第42話:ハンドレットランカー(前篇)
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6月16日、あれから理論値をはじき出すプレイヤーは現れずじまい……と思われたが、課題曲の2曲目で大淀はるかが理論値を叩きだした。
【大淀も理論値を出したらしい】
【初日に出すとばかり思っていたから、このタイミングで出した事には驚いた】
【しかし、大淀のガジェットはパイルバンカーとばかり思っていたが】
【ガジェットが大破して新調したという話だ】
【相当な無茶をしない限りはガジェット大破はあり得ない】
【相当な無茶って?】
【ゲーセンで言うと、台パンとか――】
【ソレはさすがに、ARゲームでやるとマナー違反なのでは?】
【ARゲームの場合はガジェットの酷使と言うのはザラのようだ。レンタルではさすがに大破と言うのはあり得ないが】
【思っている以上にARゲームは苛酷なのだな】
実際、ARゲームはジャンルによってはぬるま湯と例えられるゲームもあれば、地獄と例えられる物もある。
このような大差が出たのには、色々な理由が存在する。
第一にARゲームでは流行と言う概念がない。どのゲームが人気でも、Aと言うゲームとBと言うゲームでユーザー間の干渉がないのである。
このような状況が生まれたのには、色々な大人の事情もあるのだが……それ以上に、こうした過剰とも言える仕切りに関してはある種のガイドラインもあった。
【分かりやすい例で言えば、フジョシ勢の流行の移り変わり。それでも分かりづらければ、ラグビーの日本代表が予想以上の活躍で、唐突にラグビーがマスコミなどに持ちあげられるとか――】
【ラグビーの例えは分かりやすいな。しかし、それとARゲームに何の関係が?】
【超有名アイドルが宣伝を行おうとした事例があって、こうしたタダ乗り便乗等を規制した結果――ジャンルによっては過疎化している物と繁盛している物で差が生まれたらしい】
【つまり、過疎化しているジャンルは超有名アイドルの宣伝力を頼ろうとしていた、と言う事か?】
【決定づける証拠はないのだが、間違っているようで間違っていない】
【どうしてだ?】
【確かにテレビで超有名アイドルが出演している番組で取り上げられれば、注目度は上がるだろう】
【しかし、超有名アイドルの方を目立たせて視聴率を狙う番組が多い関係もあって、数秒紹介されて終わりと言うケースもある】
【ああいう番組に限って、アイドル上げの様な傾向である事が多い。ARゲームの方が引き立て役にされたりかませ犬にされるのを恐れて、あのような制限を入れたのだろう】
【実際、アカシックレコードでも似たような事例が書かれていた。つまり、アカシックレコードが一種の予言書と言われる理由は、ここにもある】
【こうしたタダ乗り便乗勢力が違法な利益を得ないようにする為、さまざまなガイドラインが作られた結果が……過疎化ジャンルと人気ジャンルの差が出来た原因とも言えるだろうな】
さまざまなつぶやきが流れる中で、スマホを片手にある人物はダイエットコーラを飲んでいた。
「タダ乗り便乗、流行に流されるだけ、そう言った人間を利用して【一億創作作家育成計画】の部類は無謀の一言だな」
ホテル並みの優遇された部屋、パソコン、テレビ、ステレオ等も置かれており、更には冷蔵庫にはペットボトルのコーラ、アイス等も常備という……どう考えても、牢獄とは思えない部屋。
そこで情報収集をしていたのはメビウス提督である。この優遇された部屋の中で異質と言えるのは、複数の監視カメラだろうか。唯一置かれていないのはトイレと浴室位だ。
「あの時の南雲は、どう考えても向こうの世界に対して興味を持っているように見えたが」
先日、南雲蒼龍はハンドレットランカーについても聞いていた。
あの時、彼は面接部屋の方へやってきた。実際、面会ルームと言うのも存在しているからだ。
「ハンドレットランカー、あれは知力チートとかパワーチートの様なネットスラングで片づけられる存在じゃない。その証拠に、アカシックレコードにも記載がないだろう?」
「アカシックレコードは常に書き換わる。流行のジャンルがあれば、そちらへ流れるように」
「そこまで知っていて、何故にハンドレットランカーについて尋ねる?」
「彼女が持っているガジェット、それはアガートラームの疑惑があるからです」
南雲は衝撃的な発言をした。彼は大和杏がアガートラームを持っていると考えていたからだ。
「アガートラームと言えば、全てのチートを過去の物にする位の威力があるガジェットじゃないのか?」
「その能力は外部ツールやチートを全て無効化する物。あの力が使われれば、嫌でも実力だけで戦わなくてはならない」
「アガートラームの力は圧倒的だ。チートなしで勝つのは難しいだろうな」
「それが楽をしてクリアしようとしたプレイヤーに対しての裁き――と言うには、おかしいかもしれませんが」
「ひとつだけ付け加えておくが、お前は何故に面接部屋を使った?」
「面接であれば時間無制限で対応できると聞いた。だから、敢えて書類を用意して面接として通したまで」
どうやら、南雲が面会ルームを使わなかったのには理由があった。後日、その際に持参した書類を監察院から手渡しされたのである。
メビウス提督が書類を手渡しされて数日後の6月16日、彼は条件付きで釈放となった。
どうやら、有力情報を絞りだせないとアキバガーディアンが判断したのか? 実際には情報と言う情報を得られなかったというのも理由だが。
『君が過去にガーディアンとして活躍していた功績を配慮し、一週間の観察処分とする』
ガーディアン側の上層部は、観察処分と言う事で決着させた。有力な提督を手放すのを痛手と考えたのかもしれない。
「パルクールの方や別のARゲームに人材が流れた結果が、この処分と言うべきか」
メビウス提督は釈放後、自宅の方へと戻る。竹ノ塚の某所にあるのだが――。
「部屋を借りているぞ」
そこにいた人物、それは予想外とも言える人物だった。寄りにもよって、明石春である。
「どういう事だ? 部屋の中で情報になりそうな物を押収しに来たのか」
「そうではない。単純に冷蔵庫の食糧とか――もったいないからな」
話がかみ合わない。冷蔵庫は何も入れていないというか、捕まる前日にはコンセントを抜いたはずだが……?
「冗談だ。丁度、隣の部屋だったからな。色々と事情を話して、合鍵を借りた」
更に話が……。隣の部屋とか言い出したのだが、ここはアキバガーディアン管轄の合同寮のような場所ではない。一体、彼女は何をする為に来たのか?