第34話:新たなるアカシックレコードの記述
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6月3日、草加市役所近辺の会議室に集まったスタッフは今後の展開を考えていた。
しかし、話は平行線をたどり、遂には……。
「超有名アイドルを抑え込むことは出来ないだろうか? アカシックレコードの技術で」
「アカシックレコードでも限度はある。大量破壊兵器を開発する事はガイドラインでも禁止されていたはずだ」
「しかし、超有名アイドルの暴挙はとどまる事を知らない。1年前の事件では小規模活動程度で終わっていたようだが……」
「いっそのこと、アカシックレコードとは違った兵器を利用して――」
あるスタッフの極論とも言うべき意見に対し、一喝したのは会議に足を運んでいた背広姿のメビウス提督だった。
「大量破壊兵器を使えば、周辺諸国は紛争の火種として日本を集中的に叩くでしょう。それは、日本政府としても望まないはず」
彼の口から出た言葉は本心と言う訳ではないが……一般論と言う訳でもない。アカシックレコードの技術を軍事転用を、禁止している事に対しての発言である。
「確かに日本政府から経済特区の支援金を含めた援助が止まるのは、現状の聖地巡礼が活発になっている今のタイミングでは悪すぎる」
「聖地巡礼以外でも太陽光を含めた発電技術の特許、ARゲームのコンテンツ使用料――それらが全て没収されるのは、減税的な部分でも危険だろう」
「それらの収入が止まれば、草加市の市民税を大幅に上げなくてはならない。それこそ、1年前の悲劇を再現する事になるだろう」
彼らの言う1年前の悲劇とは、ARゲームとは違う技術で開発された体感型ゲームを巡り、その技術を手に入れようとした一部の勢力が乗り込んできた事である。
最終的にはARゲームランカーやアキバガーディアンの手助けで事件の首謀者は拘束されて、事件は解決したのだが……。
この事件に関しては当事者が機密事項という理由を付けて喋らない為、ネット上で嘘の噂が拡散する事になっている。
「私としては、超有名アイドルを潰せば全てが終わる……とは考えていなかったのですが、この辺りは反超有名アイドル勢力にでも任せますか?」
メビウス提督の発言を聞き、スタッフは冷静になった。反超有名アイドル勢力のような危険指定されているような団体に任せれば、事態はさらに悪化する事は避けられない。
「遊戯都市化が悪い結果に終わる事は……以前の事件という反省点を生かせなかった、とマスコミに叩かれかねない」
「それ以上に懸念するのは、遊戯都市化の影響で他県へ分散する事になった事業等の反発だろう」
今回の遊戯都市化は風俗に代表される青少年に悪影響が出るとされる事業者等を、全て他の埼玉県内や他県への移動を指示している。
それ以外にも、この計画に便乗して警察へ暴力団の追放を指示し、草加市内にある事務所の95%以上を摘発していた。
これらの行動に関しては振り込め詐欺などを含めた犯罪で逮捕……という事にはなっているが、実際は遊戯都市化やARゲーム専門のゲームセンターへの建て替える為の土地買収とも言われている。
暴力団等が摘発される事に対しては歓迎する住民がいる一方で、遊戯都市化やARゲームに関しては反対している住民も存在する。
こうした住民によるデモ活動が皆無という訳ではないが、この動きをスタッフは未把握と言う訳でもないらしい。
「我々としても、ARゲームに対する風当たりがどうなるかは不明だが……」
「現状としては市民の不安を何とかして解消し、ARゲームへの風当たりを良くすることだ」
最終的な結論としては、ARゲームに対する市民の不安等を解消する事に関しては一致し、その部分以外は先送りされた格好である。
6月6日、メビウス提督はある場所へと情報を発信しようと漫画喫茶に足を運んでいた。
ARゲーム特区でもある草加市では漫画喫茶内でもARゲームのモニターを設置して動画を視聴したり、データベース検索も可能になっている。
ただし、草加市と奏歌市では色々な部分で異なる個所も存在。後者の方は1年前の事件では影響のないエリアであり、前者は1年前の事件の影響をダイレクトに受けた場所でもあった。
「準備の方は整った。後は、向こうの反応――?」
漫画喫茶を出た所で遭遇したのは、青いインナースーツとARアーマーを装着している人物。先ほどのデータベースにあった、スカイエッジだろう。
『メビウス提督、ここで何をしている?』
ボイスの方は若干の加工がされているようだが、彼には聞き覚えのある口調でもあった。
「1年前、ARゲームを巡る事件で暗躍した人物、そのアバターを真似るとは。趣味が悪い」
スカイエッジに対し、メビウス提督は一気に機嫌が悪くなっていた。1年前の事件を再現しようとでもいう様な姿に対し、悪趣味だと。
『しかし、その1年前に状況の悪化する事を把握しておきながら、スルーを指示したのは誰だ?』
「あれは政治家連中の選挙活動に悪用されるのを防ぐ為だ。ARゲームは選挙活動の道具に悪用されるべきではない」
『それに関しては否定しない。ARゲームの技術は共用されるべき存在であり、何処かの企業や芸能事務所が独占するべきものではないだろう』
「あの大量破壊兵器を連想させるようなガジェットを表に出した結果、国際情勢が悪化し、その火消し等でネットまとめサイトや炎上系つぶやきまとめ等がぼろ儲けする事態にも――」
『それは結果論だ。どちらにしても、夢小説勢や超有名アイドル投資家がARゲーム批判を展開するのは目に見えている。それはアカシックレコードにも記述された事実』
「アカシックレコードは歴史の無駄な繰り返しに対して、警告を続けている。超有名アイドルが無限の利益を得るようなサイクルはあってはならないのだ」
『だからと言って、反超有名アイドル勢や夢小説勢が超有名アイドルファンとの同士討ちを演出するのは……そちらの方が悪趣味だろう』
2人の話は続く。その一方で、アキバガーディアンの情報班と思われる人物がタブレット端末を上手く使いこなし、アカシックレコードの調査を行っていた。
「お話し中申し訳ありませんが、これを――」
男性スタッフの一人がスカイエッジにタブレット端末に表示された情報を見せる。
そこには、夢小説勢とフジョシ勢が実在ビジュアル系バンドのBL小説を裏サイトではなく表サイトに堂々と掲載している等のニュースが掲載されていたが――。
『メビウス提督、アカシックレコードに何をした?』
冷静な口調だったスカイエッジも、今のニュースを見たとたんに落ち着いていられなくなっていた。それ位に衝撃が大きいニュースだったのだろうか。
「別の小説サイトに非BL作品のBL化させた夢小説やSSを投下し、それらがランキングを独占していく……アカシックレコードだけでなく、現実でも存在する手段のひとつですよ」
『お前が、何をしたのか分かっているのか? 炎上ネタを自らの手で提供したのと同じだぞ!』
スカイエッジがショートソード型のARガジェットをメビウス提督に突きつけるのだが、それで切りつけるような動作はしない。あくまでも威嚇である。
「スカイエッジ、貴方は一番重要な事を忘れている。ARガジェットで殺傷行為、犯罪行為、テロ行為等行えば……アカウントの抹消だけではなく、永久追放も避けられない――」
メビウス提督はスカイエッジを逆に煽っている。まるで、ワザと自分を斬りつけるように仕向けているようだ。
『確かに、お前の言う通りだ。ARガジェットを犯罪行為で使えば、永久追放は免れないだろう。しかし、特例も存在するのは知っているはず』
スカイエッジが距離をとり、複数のガジェットコンテナをARガジェットで読みだす動作をするまでの間、わずか10秒。しかし、その間にメビウス提督の方も武装を用意する時間があり、何かの超兵器を呼びだそうとしたようだが、転送までに2分と言う表示がされ、間に合いそうにない。
「特例か。確かにアカシックレコードの存続危機に至る案件が起こった場合、その相手を拘束する為――ハッ!?」
メビウス提督が気づいた時には、既にスカイエッジが臨戦態勢に入り、複数のビームダガーを投げつけていた。どうやら、呼びだしたガジェットは早いタイミングで呼び出せる武器に絞り込んだらしい。
その内の数本は何とかバリア等で対応したのだが、最後の1本は避けられるかどうか――。手持ちのガジェットで弾き飛ばそうとも考えるのだが、その考えは甘い物だったかもしれない。
『気づくのが遅かったようだな』
スカイエッジは既に勝ち誇っている。逆にメビウス提督は勝ち誇りがいわゆる負けフラグだと言い返そうとしたが……結果として、裏目に出る。
「馬鹿な――スカウトナイフとでも……」
ファンネルの様なものではなく、ビームダガー自体にビームガンの機能を持たせたような物……それをメビウス提督に命中させる。
スカイエッジが投げた物、それは類似武器にスカウトナイフがある。しかし、ギミックとしては別の武器を参考にしたのかもしれない。
『メビウス提督を拘束してください。彼がダブルスパイなのは――』
その一言を聞いたメビウス提督は、最後の力でハンドガンタイプのガジェットでスカイエッジの死角から攻撃を仕掛けようとするが、それが命中する事はなく、そのまま気絶をした。最後の一言を残して……。
「明石、春――」
『私は明石春ではない。仮に同じ名前を持っていたとしても、お前が思っている人物ではない』
明石春、それがスカイエッジの正体なのかは不明であるが、最低でもメビウス提督は1年前の事件に関係した明石なのではないか、と考えていたらしい。
しかし、スカイエッジは自分が明石ではないと否定をする。厳密に言えば1年前の事件に関係がある明石春がスカイエッジなのではないか、と。
『イースポーツランカー……その称号は過去の物に過ぎないと同時に、ミュージックオブスパーダでは知名度上昇の理由にもならないだろうな』
そして、スカイエッジはバイザーをオープンし、気絶したメビウス提督の姿を確認する。
その素顔は、黒髪のショートヘアに、いわゆる萌え系とは程遠いようなクールビューティーを思わせた。