エピローグ
自室に帰って一眠りして起きると時計の針はもう昼前をさしていた。カーテンを開けると外はまぶしいくらいに明るく、冬独特の清らかに乾いた空気をもっていた。どこかの工事現場の機材を扱う音や遠くで人の話している声が聞こえる。眠りこけていた僕を優しく放置して、世界は健全にまっとうに動いていた。
洗面台で顔を洗っているとキッチンの方から律が顔をだした。
「あ、来栖おはよ。ちょうどお昼ご飯作ってるとこだけど食べる?」
「何つくってんの?」
「炒飯」
「食べる」
僕はそう答えてタオルをもったままキッチンに入った。フライパンの中にはじゅうじゅうと半熟の卵が音をたてていて、ステンレスの調理台には刻んだネギとベーコンと湯気がたっているお釜が並べられていた。律は炒めた卵を別の皿に移して、布巾で包んだお釜を胸に抱えてしゃもじでご飯をフライパンに移す。
「こんなもんかな?」
「四人分?ならもうちょい」
食器棚からスプーンを四本とりだして僕はリビングに向かった。ネイビーのラグの上ではしゃいでいた美宇が振り向く。
「あ、来栖くんおはよう。ほら見て!似合うねぇ」
ベージュ色のマウンテンパーカーを着てユーゴは胸を張ってみせる。
「あー似合う似合う」
「おい、適当だな来栖」
「来栖くんが一緒に選んでくれたんだよ」
笑うユーゴに美宇は嬉しそうに言う。ユーゴが僕の方を向く。
「ありがとうな」
「うん、誕生日おめでとうユーゴ」
モナコブルーのカーテンがしっかりと纏められた大きい窓からは眩しい陽光がさしていた。
律のつくった炒飯は程よく薄味で美味しかった。わかめと春雨の中華風スープを啜る。白いソファーに求人雑誌を見つけた僕は訊く。
「ユーゴ、またバイト増やすの?」
大きなスプーンを口元に持ったままユーゴは目を丸くする。
「いや、俺これ以上バイト増やしたら大学生じゃなくてフリーターになるよ」
「だってソファーの求人雑誌」
「あれ、私の」
美宇が言った。僕は驚く。
「私も何かしてみようかなって。ユーゴがいなくなってた時、私何にもできなかったもん。自分のことさえ。なんかすごく頼っていたなあって思ったの。だから、バイト始めてみようかなって」
テーブルの上の丸い皿の端を見つめながら美宇は言う。隣に座る律が満面の笑みを浮かべた。
「よし、じゃあ私が美宇をいろんなとこにつれてってあげよう!」
「お前は外でふらふらしすぎ」
「なんでよ」
すかさず言った僕に律は口を尖らせた。くすっと美宇が笑う。
「りっちゃんのは遠慮しとこうかなー」
「ちょっと美宇まで」
律はユーゴに視線を向ける。ユーゴは笑いながらごちそうさま、と言って食器をまとめて席を立った。おいしかったよりっちゃん、と言って美宇も食器を片付けに流し台の方へ行く。残された律は不服そうな顔をした。
「何か美宇に置いていかれた気がする」
「え?来栖が?」
ぼそっと言った僕に律が聞いた。僕はテーブルの上に置かれたスマートフォンを悪戯に弄る。
「うん。僕も電話しようかな…」
律は少し黙る。
「桜子さんに?」
「うん」
「来栖は帰っちゃうの?」
僕は首を降る。キッチンの方からはじゃあじゃあと水の流れる音と美宇が楽しそうにユーゴに話している声が聞こえる。
「帰りはしないよ、ここに住んでいたいし。ただ」
「ただ?」
優しく律が促す。僕は強そうに微笑んで見せた。
「話はしようかなって。家を出てきて長い間連絡を無視していたわけだし。久しぶりに出たと思ったら口喧嘩になっちゃったし。…僕はあの人嫌いじゃないし。」
にっこりと律が微笑む。ひどく嬉しそうな律の笑顔に僕は何だか気恥ずかしくなる。
「なんだよ、その顔」
「ううん、別にー?ごちそうさまーっと。ユーゴ、私のもついでに洗ってー」
律は食べ終わっていた僕の皿と自分の皿を重ねて立ち上がり、キッチンに向けて言う。
「なんで俺がやるんだよ。来栖も手伝え」
キッチンからユーゴが僕を呼ぶ。キッチンへ行った律の楽しそうな声が聞こえる。
「だーめ。来栖は大事な電話があるんだから」




