◆処刑台への道
「何か言い残すことがありますか?」
リティシア姫が決断すれば後は素早かった。国の混乱を収めるには悠長にしていられない、ということなのだろう。翌日には魔王処刑のおふれが回り、三日後には公開処刑の日を迎えた。
それまでの間、もう面会者もなく、俺は暗くジメジメとした牢獄の中で自分自身と対話した。いや、心の中にある、別の存在との対話なのかもしれない。魔王城での宣言以降、さまざまな記憶やイメージの断片が流れ込んでくるのだ。自分がもうすぐ処刑される、そのコトは理解していたけれど、それより重要なコトがその記憶の中にはあるような気がしてならなかった。
「もう一度尋ねます。魔王よ、殲滅の魔導王ルシファルよ。死出に先立ち、何か言い残すことはありますか?寛大な我が王、我が神はその言葉を聞き、届けるでしょう」
目を開ければ、そこには司祭の後ろに死刑執行官らしき黒装束の者が数名。そしてリティシア姫がいた。リティシア姫も黒い衣裳ではあったが、それはこの間のようにキチガイじみたものではなく、正装のようだった。
「何もありませんか?」
司祭が三度尋ねた。
「あ、ああ。話がしたい。その方と」
俺がリティシア姫の方を見ると司祭はチラリとリティシア姫の方に目をやり、うかがいをたてた。
「良いでしょう。お話しなさい」
リティシアは姫としての、王としての威厳を取り戻しているようだった。
「ふたりきりで」
言うとその場はざわめいた。
「魔王よ、それは過ぎたる要望ですぞ!」
瞬時に切り返した司祭をリティシアは片手で制止した。
「良いでしょう。そなた達、一時外で待機なさい」
「し、しかし!」
衛兵の隊長らしき男も不服の声を上げた。
「大丈夫です。それに死にゆく者の言葉に耳を貸さぬのはヒト族として、あってはならぬこと。私は先王の遺志を尊重します」
「ハッ」
先王の遺志、それを聞くと一同は従い、その場を後にした。
「それで……なんでしょう?言いたいコト、というのは」
リティシア姫は誰もいなくなるのを待って口を開いた。極めて冷たい口調だ。
しかし
「口づけを賜りたいのです」
俺が、そう言うと、うろたえた表情を隠すことができなかった。
「な!何を言うのです!そ、そんなことが許されるワケがないでしょう!」
この世に生を受けしあらゆる者は
誰もその生を脅かしてはならない。
脅かされてはならない。
神でさえ、さらに大いなる力によりその生を得る。
いわんや、我らごとき者がその生を弄んではならぬ。
俺は、知らぬ間に湧き上がる言葉を、そのままにリティシアに詠み上げた。
「な、なぜその言葉を……」
「先王の……いいえ、貴方のお父様の言葉ですね。この体の持ち主、魔王ルシファルの記憶の中にありました。彼は貴方のお父様を尊敬していたようだ」
「そ、そんなバカな!」
「詳細まではわかりません。しかし、これはいい言葉だ。だからこそ、その娘たる貴方は、この私という生の最後の願いをきかなければならないのではないですか?」
こう言われたら、おそらくリティシア姫は断れないだろう。たとえそれがどんな望みであれだ。それにしても、いつのまに俺はこんな交渉ができるようになったのだろう?まるで自分で自分を見ているかのように、どこからか離れた場所から自分を見ているように落ち着いていた。
「わ、分かりました……」
リティシア姫はゆっくりと近づき、目の前で目を閉じた。俺はそっと顔を上げ、美しいリティシアに口づけた。
『ああ、どうかお許しください。いとしい人よ、貴方が死に、私の心も今度こそ死ぬのでしょう。でも、怖い、怖いわ……貴方が消えれば今度こそ、永遠に私は一人ぼっちになってしまうのでしょうね』
リティシアの想いが雪崩のように流れ込んでくる。いついかなる時も、毎日毎日、毎秒毎秒、この国のコトに頭を悩ませていたのだろう。かわいそうなリティシア、篝と瓜二つのリティシア、助け出してやることが俺に出来たなら……しかし、今は伝えることがある。伝えなければならないことが。
『リティシア、驚かないで聞いてほしい』
ビクンッとリティシアの体は弾んだ。
『唇を重ねることで念話が出きるのだ』
『念話?』
『そう……心の会話だ。だから嘘は付けない。貴方も私も。俺はこの後どうなるにせよ、本当のことを伝えたかったんだ』
『本当の……こと?』
俺にしろリティシア姫にしろ念話に慣れているワケではない。だから、心で話そうとしても、どうしても口が動いてしまう。
「あ……ん……」
そして、ベロが絡み合う。
『そう。これは、このセカイの戦いは単純な物語ではないのです。俺には、この魔王の身体を得た俺には、いくらばかりか分かることがある。これは魔族とヒト族双方にとって不毛な戦いなのです』
『それは……どういうコトなのです?』
俺は、自分自身で整理するように、魔王の記憶を語った…………




