◆それぞれの事情
ーー 数日後のホーランド、地下牢 ーー
ジャラン ジャラン
俺は、前よりも強い魔王の力を感じていた。だから、牢の鎖など簡単に引きちぎれると思っていた。が、できない。
「無駄よ。前の牢とはワケが違うわ。ここはラビリンス。決して逃げ出すことはできない永久迷宮牢」
もう一度リティシア姫達と話し合いがしたく投降したが、その主張は虚しく、俺は深い深い檻の底へと幽閉されてしまったのだ。
「驚いたな」
気がつけば目の前には、力強い目つきで俺を見下ろす女がいた。
「数日しか経っていないというのに、すごい変わり様ですね」
「フンッ!お黙りなさい!魍魎の分際で!」
それはリティシア姫だった。しかし、リティシア姫の雰囲気は一変していた。その服装も、カラダにフィットしたレザーの上下で、なんというかキワドい。まるで別の意味でも女王様のようだった。ご丁寧にムチまで持ってやがる。
「女王様になったのですか?」
「貴方のために、いいえ、貴方のせいで戴冠したのだわ!」
「アンジェリカはどうしました?」
「アンジェリカ?あの裏切り者は逃げたわ!今では指名手配のお尋ね者よ。貴方達を逃し、敵前逃亡した罪のね!」
「そうなのか……それはかわいそうに。アンジェリカは、そんなんじゃないですよ?」
「お黙りなさい!バケモノの分際で!」
「ひどい言われようですね。しかし、アンジェリカは魔族に与したりいていません。これは間違いのないことです」
リティシア姫は、すこし顔を曇らせた。
「それならなぜ逃げたのです!なぜ私の命令、「魔王を殺せ!」という私の命令を無視したのです!」
「逃げたのではありません」
すると驚いたことに、その場にアンジェリカが現れた。驚いたのは俺よりもリティシア姫の方だったようだ。
「ア、アンジー!貴方どうして……」
「リティシア姫……貴方の命令に背き、この者を殺さずその場を離れたことは認めます。弁解のしようもない。しかし、逃げたのではない。どうしても、この私の身のことを調べなければならなかったのです。この身体に課せられた、いいえ、自ら課した封印について」
アンジェリカはまさに今さっき戻ってきたのであろう。衣服も汚れたままであった。
「封印!と、解けるの?」
「ええ……」
「そうですか。それはよかった。良かったわ……本当に……」
「しかし……それには魔王の協力が必要なのです」
「魔王の……?どんな?」
アンジェリカは、リティシア姫の耳元に顔を寄せささやいた。するとなぜかリティシアの顔がみるみると赤くなっていき、耳まで真っ赤になってしまった。
「そ、そんなこと……できないわよね?ううん……しないわよね?」
さっきまでの勢いが嘘のようにしおらしくなってしまったリティシアは恥ずかしそうにアンジェリカに繰り返し尋ねた。しかし、アンジェリカは答えなかった。リティシアの望んだような答えは。
「リティシア姫……ううん、ひとりの女性として、友として言うわ。リティシア、私は女として生きたい。叶うのなら、これからの人生、女として生きてみたいの……」
「な……そんな……そ……それが、どういう意味なのか分かっているの?」
「もちろん分かっています。だけど……彼を殺してしまったら終わりなの……永遠に」
アンジェリカもやつれているだけでなく、どことなく弱々しかった。
「彼を殺しはしないわ」
「そ、それは良かった……」
厳しく張り詰めた表情のアンジェリカの顔が少しやわらいだ。
しかし再び硬直するまで、一瞬のことだった。
「でも貴方にも渡さない」
「え?」
「彼は……魔王は私だけのものなのよ!」
「な!なんという……」
アンジェリカはア然としたままリティシアの方を見ていた。まるで今やりとりしていた会話がすべて夢か何かであるように。
「そ、それなら、その前に、一度だけ試させてください!」
アンジェリカは叫ぶと同時に俺の方へ飛び込んだ。俺は、斬られる!と思って目をつむった。目を閉じて衝撃をまった。しかし衝撃はなかった。アンジェリカは俺に駆寄ると抱きついてきたのだ。
「魔王よ!さあ!解いて見せて!私の封印を!貴方ならできるでしょう!そんな鎖もものともせず、私の封印を解くことが!」
あのアンジェリカがまるで狂ったように抱きついてくる。もちろん、手足が動かない俺はなすすべはなかったが、アンジェリカが唇を重ねた時、全てを理解した。
『私の秘処に施した封印は魔王、貴方と交わることで解かれる。ああ、間違いない。こうして抱きついただけで、感じる。体の奥が熱くなるのを』
なんということだ。この世界の人間はみな過酷な事情を抱えている。俺に、もし救うことができるのなら、そうしてやりたい、いや……しかし……
想いがドンドンと燃え上がるアンジェリカに対して、俺は逆に冷めていった。向こうには今にも泣き出しそうなリティシアが見える。思いつめたような顔をしている。そして……
「衛兵!!!こ、ここに反逆者がいます!捕らえなさい!」
「リ、リティシア?どうか、どうかお願い。間違いない。今、感じたの、魔王とすれば私は開放されるのよ!」
「それはできないと言ったはずよ」
「ど、どうして…………」
「私がいるからよ。私がそれを許せないからよ!」
アンジェリカは衛兵につかまれ連れ出されていった。そこにはかつての騎士としての面影はなかった。
「おそらく……」
俺は、アンジェリカの出ていくのを見送ったままのリティシア姫の背に向けて話しかけた。
「おそらく……アンジェリカの言うことは本当です。俺には何が正しいのか?もはや分からない。けど、アンジェリカがそうしてほしいというのなら、してもいいと思う」
「もうやめて!」
ビシッ
リティシアはふりむくとムチを打ちこんだ。
が、慣れていないのだろう。そのムチは俺の足元にも届かなかった。
「しかし……本当は仲が良いのでしょう?」
「関係ない!関係ないわ!アンジェリカのコトなんてどうでもいいのよ!私は?私はどうなるというのです!」
リティシアは髪をかきむしり出した。
「いいえ、どうでも良くなんかない。アンジーはただ一人の親友。でもしかし……ああ、どうしたら良いの!女王として、女として!私はどうしたら良いのです!」
ビシッ ビシッ ビシッ
そうして、どこともなくムチを叩き回した。
やがて力尽きたのかリティシアはうずくまった。
うずくまって声にならないようなうめきを漏らした。
「そうだ。そうだわ。貴方がいるからダメなのよ。貴方が来る前は全てうまくいっていたのですから」
聡明なリティシア姫は結論に達した。ある意味、最も妥当な、基本的な結論だ。
「魔王よ。貴方にはやはり死んでいただくしかない」
つまり、魔王を……俺を殺す、という結論だ。しかもご丁寧に……
「貴方のいうように、貴方の魂が異国からの彷徨い人だとしても、その肉体には万死にあたる罪があるのです」
ということらしい。つまり、俺の事情なんて関係ない。なんの弁解も認めない、ということなのだろう。なぜだか俺も、この俺の肉体もそれを『妥当なこと』と受け入れているようだった。




