◆篝転生
次の日、いつものように俺の後ろには魅怨がいた。しかし、篝はいなかった。先に一人で帰ってしまったようだ。
「篝のやつ、信じるとか言いながら、ぜんぜん信じてね~じゃねーか!」
俺はワザと大きい声を出した。
「あんなの、その場しのぎだろう。ほんとに鈍いんだなアンタは」
「ちげーよ!」
「何がよ!」
「分かってんだよ!そんなことは。でも、アイツを巻き込まず、誤解を解くには、オレのこの状況を直すしか無いって言ってんだよ!」
「あ、ああ」
それでも魅怨にはこたえたようで、日に日に元気がなくなっていった。
そうして、当然のようにその日は訪れた。
「蒼汰!蒼汰!あ、おばさん、失礼します!」
「え?あ、魅怨さん?コンバンワ~」
ガタガタガタ ダッダッダダ ガチャ!
騒がしい魅怨の声とあわてた母の声、駆け上がる足音に、俺は寝ボケた目を覚ました。なんだかつかれてウトウトとしてしまったらしい。気がつけばベッドに寝ているオレの上に四つん這いになって肩を揺すっている魅怨がいた。その光景が受け入れがたく、夢か?としばらく思ってボ~っとしていると。
バチッ!
頬を叩かれた。
「お茶でも……」
ちょうど様子を伺いに来たらしい母親も、すぐに扉を閉めて下がってしまったらしい。
「え?魅怨?本物?」
「寝ぼけるな!篝が!篝が!篝が~~~~」
「篝がどうした!」
尋常じゃない魅怨の様子と篝という名前に、俺は飛び起きた。しかも、魅怨はその先を語ることなく、口をパクパクさせながら俺の袖を引っ張っただけだった。
「コッチへ来いってことか?良し!どこだ?どこだ篝は?」
たどり着けばそこはいつもの魅怨の家のリビングだった。足下に目をやると篝の学生証が落ちていた。
「おい!篝はどこだ?どこにいる?」
「……ない……いない……連れて行かれてしまった」
魅怨は泣きはじめてしまった。
「おい!泣いていたってわからないだろ!どこに、いや、誰に連れて行かれたんだよ!」
「……こ、ここから……この穴から……どこかへ……」
魅怨が指さした方を見てもなにもなかった。
「何もないじゃないか」
「ここだよ!ここ!」
魅怨は俺の腕を脇につかんで指を向けた。
「え?なんだこれは!」
よーく見ると、ちいさなちいさな穴が宙空にあいているのだ。
「何があった?」
「ゴメン、ゴメン、ゴメン、ゴメン、ゴメン、ゴメン、ゴメンナサイ!」
「だっかっらーーーーっ!何があったって聞いてるんだよ!謝ったて分からんだろーが!」
「耐えられなかったの。どうしても。篝と話ができないなんて。それも、これも全部私が悪いんだわ。そうよ。そう!私が悪いのよ!」
バシッ!
「いい加減にしろ!」
はじめて俺は女の子を叩いてしまった。あまり、いい気持ちはしない。しかし、今はそれどころじゃなかった。
「あ……ゴメン……うん。そうよね。そう。私は篝に嘘をつき続けることが出来なかった。だから本当のことを。蒼汰のカラダに起こっていることを言ってしまったの。そしたら、そしたら……」
魅怨はうつむいていた顔を少し上げ、俺の方を見た。俺は頷いた。
「そしたら、篝の目の前に、その穴があいて…………吸い込まれた。ううん。たぶん、連れ去られたのだわ。なにか手のようなものが一瞬見えた」
「この穴にか?この小さい……」
「ダメ!アンタまで吸い込まれるわ!」
触れようと手を伸ばすと、確かに吸い込まれるような気がした。
「これはどこに繋がっているんだ?」
「……たぶん、アンタの……ううん……魔王のいた世界だと思う。アンタが止めたのに、私が知らせた。そして異世界の存在を知ったニンゲン、つまり篝がゲートを開けてしまったのだと思う。それを知った向こう側の誰かが、篝を連れ去った」
「そうか。分かった。つまり、このカラダの持ち主、魔王のいた世界の誰かが、篝を誘拐したということだな!」
「ゴメンナサイ」
「もういい!俺もそのうち篝にバレると思っていて放置していたんだ。これは俺のせいでもある。もう俺のことはいい。篝だけは必ず助け出す」
無意識の内に、自分の体がどんどん変化していくのを感じていた。服が破れ、千切れ飛んでいった。前とは違い「怒り」による変化は体全体にその「怒り」を刻み込むかのようにカラダの色も燃えたぎったような赤だった。俺は手を尖らせ力いっぱい穴を殴りつけるとその手は穴へとめり込んだ。そして、その穴をつかみ、力任せに広げていった。
「魅怨、この先の世界とはなんだ?遠い未来とか、過去とか、遥か彼方の距離にある惑星とかなのか?」
「ううん、たぶん、どれも違う。たぶん平行世界っていうのが近いんだと思う。同じ時間が流れているけどまったく別の世界。天界からはどちらの世界にも来れるけど、それぞれの世界同士の行き来はできない。だから干渉もしない、出来ないはずなのに……」
穴はギリギリ人が入れるくらいの大きさになった。
「やはり行くしかないな」
「蒼汰!蒼汰!ダメよ!ダメ!何が起こるか分からない」
「それならなおのこと急がなきゃだ。まあ心配するな。俺は大魔王なんだろ?篝だけは助けるさ」
根拠はないが、覚悟はあった。篝だけは助ける!そう信じて俺は穴の中に飛び込んだ。
「待って!とりあえずこれを持って行ってー……」
何か投げてよこした魅怨の声は段々と遠くなっていった。俺はそれを掴むと闇の中に堕ちていった…………




