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人型陸戦兵器「|武士《もののふ》」   作者: 荒井尾 麓
第二部 防衛高等学校編入編
9/51

第九話

 寮の中に入ると広いエントランスが俺を迎える。

 まあ、下手すると千人近い生徒が出入りするんだ、これくらいは当然だろうな。

 とりあえず俺は、そのエントランスに隣接された寮母さんのいる受付みたいなところに声をかける。


「こんちわー。今日ここに入寮することになった斎藤ですけどー。どなたかいらっしゃいませんかー?」

「はいはい、ちょっと待ってね」


 小さな小窓からのぞき込むと、奥の方から白髪の目立つ頭をした優しそうな50から60歳くらいの女性が来るのが見えた。


「君が斎藤君ね、聞いてますよ。この季節には珍しい転入生ですからね。まぁ、転入生自体珍しいのですけれどね」


 そういいながら女性は、小窓の横にあるドアから出てきて俺の前に立つ。


「はぁ、そうなんですか。あ、改めまして、今日からお世話になる斎藤祐司です」

「あらあら、これはご丁寧に、私はここの寮母をしています。田中涼子(たなかすずこ)と申します。私のことは涼子さんってよんでね。今後ともよろしくね」


 丁寧にお辞儀をして挨拶をする女性を見て俺はなぜか感慨深い気分になる。

 なんだろう、最近癖の強い人間とよく話していた影響か、普通にしゃべってくれる人がすごいありがたく感じる。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「はい。じゃあ部屋に案内するわね」


 そうやって俺は自分の部屋に案内される。

 寮の構造は本棟、三年棟、二年棟、一年棟に分かれている。

 大まかな形は、大文字のEのような形で、本棟はこの文字の左の縦棒の部分にあたり、横棒の上から順に一年棟、二年棟、三年棟の順番になっている。

 そして本棟にあるエントランスは西を向いていて、三年棟側が南向きになっている。

 この配置にには明らかに日照格差を感じるんだが、この建物十階建てですよ?北側の一年棟の一階とか確実に日がほとんど当たらないんじゃないだろうか。

 これ確実に年功序列になってるよな。

 

「あ、そうそう。先にこれ渡しておくわね」


 俺たちが一階の本棟と一年棟の間に来た時、涼子さんが俺に一枚のカードを渡してくる。


「え、ああ、これって、部屋の鍵ですか」


 俺は一瞬、なんなのか理解できずに呆けてしまうが、すぐに状況から推察して答える。


「そうそう、これがないとお部屋に入れないからね」

「ああ、ありがとうございます。ってか、まさかの電子ロック式なんですか、ここ」


 俺はそのカギを受け取ってから涼子さんに話す。


「そうなの、すごいでしょ?これの方が何かあったときにすぐにお部屋に入りやすいですから」


 そういって涼子さんはまた歩き出す。

 確かにこれだけ部屋数があると、マスターキーをいちいち用意するのも面倒だし、いざ、無くしたときなどに、中の電子ロックの解除コードを変えるだけでいいから、ある意味経済的かもしれない。

 まぁ、俺にとっては、やろうと思えば電子ロックなんて解除するのは物理ロックより簡単だからセキュリティ的にはこれでいいんだろうかと思ったりするんだが。そんなに大事なものもないし関係ないか。

 

「斎藤君は、パイロット科なのよね?」


 一年棟の長い廊下を歩きながら涼子さんが俺に話しかけてくる。


「ええ、まあ。そうなりますね」

「あら、ずいぶんと歯切れの悪いお答えね。あまり嬉しくないのかしら?」


 涼子さんはちらりと後ろにいる俺のことを見ながら、普通に不思議そうに問う。


「あー、涼子さんはなんで俺がここに来たかご存じないんですか?」


 俺はその視線から逃げるように顔を背けながら涼子さんに聞く。


「一応は聞いてるわ。この前にあった堅田の事件での活躍で軍のお偉い方の目に留まって、それでここの推薦をいただいたんでしょう?」


 間違ってないけど、これには情報が欠落している。


「涼子さん、わかってるんですか?活躍って、それって、どういうことか」

「どういうことなのかしら?」


 いつの間にか俺は歩を止めて、それに合わせて涼子さんも歩を止めて振り返り、俺に向き合っていた。


「俺は、俺が、そこで戦ったことです。軍医としてでも、工兵としてでもなく、パイロットとして活躍を認められたってことは、俺は戦って、相手を、敵を......殺したってことなんですよ!?」


 俺はそんなつもりはなかったのに、気づけば叫ぶように言っていた。


「そうなの、辛かったのね」

「辛かった?そんな単純な言葉で片付けないでください!俺は戦いたくなんてなかった!でも、仕方がなく。そう、相手を殺そうなんて思ってなかった。なのに俺は人殺しだなんて言われて、仕方がなく。選択肢なんてなかった。なのに、ここにきてうれしいはずがない......」


 思わず俺の目には涙があふれ出しそうになる。それ必死に堪えようと、必死に隠そうと俺は下を向き、手がが白くなり、爪が食い込んで血が出そうになるまで拳を握りこむ。


「斎藤君、あなたは、たぶん私や多くの人が味わうことのないような苦しみを体験してきたんだと思うわ。それは筆舌にしがたく、簡単に分かってあげられないものだともおもうわ」


 下を向いていて俺には見えなかったけれど、涼子さんの優し気な声が近づいてくるのは何となく感じた。


「でもね、そのせいで人生に、生きることに絶望するのはやめましょう?

 あなたは必死に、本当に必死に『生きよう』としたのでしょう?何も相手の人を殺そうだとか、悪いことを考えながらやったわけではないのでしょう?」


 涼子さんの声は、俺のすぐ前にまで来て、涼子さんの足元が見える。

 そして涼子さんは優しく俺の頭を撫でてくれる。


「あなた自身が言ったじゃない、仕方がなかったって」

「でもっ!俺が殺したことには!」

「じゃあ、その時あなたが何の抵抗もしなかったら殺さずに済んだ?そうかもしれないわ、でも代わりにあなたは死んで、軍の大切なものは奪われてしまったわ」

「でもっ!でもっ!」


 俺は、顔をあげ、何かを請うように涼子さんを見る。


「いいのよ。自分の行動を、自分の選択を受け入れても、肯定しても。あなたはなにも悪いことなんていていないわ。そうやって自分の罪を攻めすぎてはだめよ。あなたはもう十分にその罪に見合う罰を受けたのよ。苦しかったでしょう?辛かったでしょう?不安だったでしょう?怖かったでしょう?寂しかったでしょう?」


 そういいながら涼子さんは、俺を優しく抱きしめて背中をさすってくれた。

 その時、俺の中で張りつめていたものが切れて、同時に目から涙が溢れただした


「でも、もういいのよ。そんな呪縛のような思いに囚われなくても。そうするしかなかった。すべては最善の選択肢の結果だった。何の間違いもなかった。そう、それでいいでしょう?」


 俺はその言葉に答えることもできずに、ただ、ただ、泣き続けることしかできなかった。


     *********


 日が沈み、景色がオレンジに染まる時。

 寮の玄関口で一人の女性が箒で掃除をしていると、その前に白衣を着た男が立つ。


「彼の様子はどうです?涼子さん」

「これはこれは、楠君じゃないの」


 女性は箒ではく作業の手を止めて男を見据える。


「ずいぶんと精神的に参っていたみたいね。あなた、よほどあの子のことを『可愛がった』みたいね」

「いやぁ、ついつい、手放したくないので、ちょっと固めに楔を打たせてもらいましたよ」

「ちょっとね...」


 その瞬間に女性の全身から剣呑な雰囲気が放たれる。


「気をつけなさい。人の心はそんなに丈夫じゃないわ」

「...?知ってますが?」


 男は心底不思議そうに、なんでそんな当たり前なことを言うのか、という顔をする。


「そうね、あなた自身壊れてしまっているものね。でもね、みんながみんな、あなたのように心が壊れても平気なわけではないのよ。それを自覚しなさい」

「かもしれませんねぇ。でも、いいじゃないですか。今回は、壊れてませんし」


 その瞬間、男の目の前、本当に触れるか触れないかの間合いに箒の先が置かれる。


「口を慎みなさい。壊れなかったからいい?あの子は壊れる寸前だった。分かっていないようだけれどね。ふざけるのも大概にしなさい。あまりふざけた口をきくようだったら......」


 そこで女性は一拍、間を置く。


「私はあなたを、あらゆる方法、方式、手法、手段、手だて、手口、を尽くして、あなたを粛正するわ」


 その言葉を吐く女性の顔つきは、普段通りの優し気な表情だが、その眼だけは鋭い殺気を纏っていた。


「ははっ。本当に怖いなぁ。以後気を付けます」


 さすがに男もその殺気に当てられて冷や汗を流していた。


「本当に気をつけなさいね。私は身内にだけ優しいのだからね」


 女性は箒を下して剣呑な雰囲気を収める。


「そうですか。まぁ、なら彼の私生活のことはことは任せますよ」


 男はそれだけ言うと踵を返して帰り道につこうとする。


「待ちなさい。あなた、最近は私の弟子のことも可愛がってるそうじゃない?」


 女性の静止の声とその後の言葉を聞いて男は、一時停止してから一目散に逃げるように走り出す。


「まったく、彼は変わらないわね」


 女性は呆れたように溜息をこぼしながら寮の中に入っていく。


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