2-23 トーレ動く
「〝貴族〟のトーレ、ちょっと話があるんだけど」
トーレは疲労感漂う二十人以上の男子に囲まれていた。
畑作業に参加した男子たちは昨日より人数が三倍に増え、朝からララと一緒に〝高速〟種蒔きをしていたため、まだ昼前なのに見るからに身体がよれよれになっている。
トーレは思った。彼らのことを働き者だと感心して見ていたが、与えられたポイントが業務内容と合っていなかったのだろうか、不満顔の彼らが〝貴族〟にポイントアップの交渉をしにきたのかもしれない──。
そんな風に推し量っていたトーレの脇でアリーチェとクラリッサが男子たちへの警戒に表情が変わった時、トーレは後ろから別の声を掛けられた。
「トーレさん」
トーレは振り向く。
見覚えある風貌⋯⋯つい最近だ⋯⋯そう昨日のアデルーンギャザリング雑貨店で、ララの醜態をガン見していた巻き毛の男だ──。
「俺たちが先だぞ、割り込みするなよ」
苛立っている男子たちは、畑にそぐわない品のいい服の男性に文句の矛先を変えた。
「ごめんごめん、すぐ終わるから」
男は謝るが、男子たちの反応を待たずに言いたいことだけすぐに伝える。
「ララ姫は用事ができて先に宿に戻ると言っていました。ジェレミーとトーレに伝えてほしいと言われましてね。それでは」
巻き毛の男は踵を返し、片手を上げながらトーレから離れていく。隣のグループに居たジェレミーにも聞こえたので、すぐにお礼を言いつつ大きく手を振った。
「伝えに来てくれてありがとねー!」
「親切にありがとう」
トーレも男の後ろ姿に言葉を投げる。
「えっ⋯⋯?」
男子からは困惑の表情と共に声が上がり始める。
「ララ先に帰ったの?!」
「そんな〜ハグは? これを期待して来たのに!」
「昨日誘った奴、ずるいぞ!」
「ララー!」
一斉に嘆く男子たちの精根尽きた落胆具合が半端ない。ポイントへの文句ではなく、ララに昨晩伝えたハグのことかもしれないとトーレは察しがついた。
そう昨晩は、参加者とはハグではなく握手にしたほうがいいとララに進言した。昨夕の畑仕事の後、ララは人数が多くても一人ひとりしっかりと長く抱擁をしていたため、男子の帰宅が遅くなってしまったからだ。トーレから見たらララも男子もまだ子供、日が暮れて灯りも持たずに外を歩くのはよろしくない。
「しかしララはまた一人で勝手な行動か。こっちももう出発できるのに待てないのか。しっかり注意しなければいけないな、きっと途中で追いつくと思うが」
「ララはパレスで侍女もついていなくてずっと一人だったんだ。だからちょっとでも楽しいものを探し回る猫みたいなところがあるんだ。記憶力がいいから道には迷わないけれど、今回垣根がなくなったから、気になったことがあってぴゅんと行っちゃったのかもね」
ジェレミーがララの行動原理を伝えると、御者のトーレは目を細くして迷惑そうな表情になっている。そしておでこに手を当てて考え込んでしまった。
すでに皆への野菜やノートの配布が終わり、それぞれの箱車の周りには帰る人が集まっていた。
箱車の扉を開けようとすると、畑の主フランツと一緒に保全部長のマーカスが近づいて来た。今日彼はここの作業には居なかった筈だが、いつ畑へ来たのだろうか。
「ジェレミー、トーレ、ちょっと話があるんだが」
皆の注目が一気に集まる。
「タウン・クライヤーのパティが昨夕から家に帰っていないそうだ。行方が分からない。母と弟が帰ってくるのを玄関の外で待っていて、道へは出ないと言っていたのだが、姿が消えてしまった」
「タウン・クライヤーのパティ⋯⋯雑貨屋と宿屋の間に住んでいる女の子だ。咳が出ていたのでララがおぶって皆で家まで送り届けたんだ。行方不明はこの国ではときどきあるのか?」
「ときどきどころか全くない。昨日パティと会った人物に当たっているんだが、ジェレミーとララも家に行ったと聞いてね。父親からは、王子と姫は先に宿へ帰って行ったと聞いているが、少しでも手掛かりが欲しい。自分も畑に行きたいと言っていたそうだ」
一緒になって話を聞いていた男子たちの後ろのほうから、アラステアがマーカスの近くまでふらふらしながらやって来た。タウン・クライヤーの男の子だ、びっくりした顔になっている。
「パティとは昨日のモールでの帰りに別れてから会ってないよ。畑にも来ていないよ」
トーレがアラステアの背中に手を当てた。アラステアがとても心配しているのが伝わってくる。
ジェレミーも情報を補足する。
「咳が治まったらララが歌を教えてあげるからって、休むようにララの花のカチューシャをパティにあげたんだよ」
「ああ、それは父親から聞いている。貰ったものをとても喜んでいて、その後ララみたいな格好を真似ていたそうだ。だがパティは羽目を外すような事は普段しないらしい」
トーレは嫌な予感がした。
「ララに⋯⋯間違われたのか?」
「それは早計だ。近所の人が言っていたんだが、家の近くに馬がいたようなんだ」
「馬⋯⋯ああ、アイスタニア王国内では珍しいんだったな。でもアデルーンに着いてからはよく見ている。昨日の午前はアデルーンギャザリングの横に一頭馬がいた。ステージの終わった昼過ぎは俺たちがパティを送ったときに、宿のある大通りへ一騎移動していくのも見た。そういえばこの畑にも三頭馬がいるな」
一歩後ろで聞いていたフランツが驚く。
「えっ馬?! うちは馬を持っていないんだ。でも交換するものがなくなって困った外国の商人が、馬糞と何かを交換してくれと来くることが増えたけどね。堆肥になるからと懇願されるんだ。今日は外国の人とは会っていないよ」
「ついさっき林の陰に三頭繋がれているのを見たんだが。鎖国中だ、馬に乗って移動するのは限られた外国人の商人か外交関係だけだろう? そういえば今さっき声をかけてきた巻き毛の男は外国訛りがあったな」
「ニルラ共和国だね、きっと」
トーレの言葉にジェレミーが再び補足した。あの少しのやり取りで、ジェレミーは訛りを判別できていた。
「どういうことだ?」
マーカスが二人を見る。
「男が伝えに来たんだ、ララが先に宿に戻ると。ほんのついさっきだ」
トーレが林のほうへ目をやる。しかしすでに林には馬も人もいない。
「あの辺りだ⋯⋯ポイント登録が始まる前には馬が繋がれていた⋯⋯」
差した指がすぐに戻らない。トーレの動きが止まり、疑問を口に出したくないといった心境になる。
「ララ⋯⋯ララは何故先に帰ったんだ? 三頭はどこに消えた?」
その時、町のほうから人を乗せた馬が三頭やって来た。
「トーレ、あれか? 三騎だ」
「もう少しこっちに近づけば判るんだが⋯⋯まず鞍が違うな、袋もぶら下げていなかった⋯⋯」
「トーレすごいね、そこまで見ていたんだ」
ジェレミーが感心する。
皆に見られながら近づいて来た馬の三人は、馬を止め地面に降りると片言のアイスタニア語で話し掛けてきた。
「コンニチハ、ワタシ、アル、オネガイ」
彼らの服の袖には特徴的な模様があり、ハクラスカ帝国の紋様だとトーレは一目で気づいた。
『ハクラスカ帝国民か?』
『ああよかった! 言葉が通じる。馬糞と作物を交換して欲しいんだ』
馬の両脇にぶらさげた袋を指差しながら、トーレに笑顔を向ける三人。
トーレは長年住んで使っていたハクラスカ語で三人に再び問いかける。
『ここに来る途中に別の馬とすれ違わなかったか?』
『ああいた。すれ違ったというより、分かれ道から町ではないほうの道へ進んでいくのが見えたんだ』
『男三人と女の子でございます』
『女の子⋯⋯ピンクの髪か?』
『色は分からないな、近くではなかったし帽子を被っていたから』
トーレは彼らの乗って来た馬の一頭に手を当て、馬と気持ちを合わせようと試みた。
『この馬はどこで借りた?』
『港町のメルボーレです』
『借りるぞ、俺は貴族だ。作物の交換も十分にもらえるよう伝えるから安心しろ』
馬に優しく合図をすると、トーレはばっと馬に飛び乗る。背中に力が入ったため、ほんの一瞬眉根に皺が寄った。
医療班のアリーチェとクラリッサが仕事の顔に戻り、馬に乗ってしまった美青年に注意の声を上げた。
「だめよトーレ、怪我しているんだから!」
「ひどくなってしまうわ!」
「そういう場合じゃないんだ! フランツ、この人たちが満足する分、希望の品を調達してくれ、あとで俺が補填する。アリーチェ、クラリッサ、ジェレミー王子をフォローしてくれないか。ジェレミー、このハクラスカ帝国民も箱車で町まで乗せていってくれ。マーカス、私は馬を追う」
トーレは矢継ぎ早に指示を出し、馬の向きを変える。
『困ったことがあれば言ってね』
ジェレミーがハクラスカ語で三人に話し掛けるのを聞き、安心から小さく頷いたトーレは颯爽と馬を繰り出した。
「待って、トーレかっこいい! 馬に乗れるのね」
「外国語も喋ってたぞ。あれが貴族というものなのか」
踊り子のジリアンは、馬に乗って駆けていくトーレの後ろ姿に感嘆せずにいられなく、周りの女性たちときゃーきゃー言い始める。貴族に物申す状態だった男子たちもざわざわし始めた。
「そりゃあハクラスカにいたんだから」
ジェレミーはみんなの反応にちょっとあきれたが、トーレはかなり素早く反応できるタイプなのかもしれない、すぐに行動する──だから襲われたララを助けられたんだと納得し、トーレの信頼度をじわじわと上げていった。
トーレを問い詰めようとしていた男子たちはすでに戦意喪失し、ギャラリーの一員になっている。
でも一人、パティと同じタウン・クライヤーのアラステアだけは心配そうな顔をしていた。
「大変だ⋯⋯パティが⋯⋯どうすればいいんだ⋯⋯」
涙を浮かべたアラステアにジリアンが気づき、きゅっと寄り添った。




