乱声・二拍──欲触愛慢明妃の蓮華(漆)
「敵襲だ!」
俄かに本陣をはじめ砦じゅうが動き始める。
法化党の先鋒隊・三郎の蛮行隊が攻め込んできたのだ。
禅円が指揮を任された法化党の軍勢は、経実達が出発した後、そっと進軍を開始した。やがて、経実が砦に着くと、順安らがその旨伝えに本陣に戻る。そして、順安が敵に気づかれずに砦に近づける道を案内し、先鋒隊の蛮行隊はゆっくりゆっくり藪の中を進んだ。
その予定の通りに事が進んでいるなら、紅梅の布、予定より遅れているなら藤色、作戦変更の必要ありなら山吹色、作戦中止なら青の布を矢で放つことになっていた。さっき、順安が東屋に打ち込んだのは紅梅の布。予定通りということだった。
こうして、予定通り先鋒隊は砦に到着。攻撃開始。続いて次鋒、主将と次々に砦を取り囲むであろう。
大乘党の面々は、乱れ入ってきた蛮行隊と応戦を開始する。が。
「うわあっ!頭!頭!」
教理を生け捕りにした経実達に気付いた。直ぐにこちらに刃を向けてくる。
「おのれ、よくも頭を!」
「さがれいっ!!」
雷鳴のように経実が怒鳴った。
だが、数人がこちらに斬りかかってくる。と、同時に教理がくぐもった呻きを上げた。
二人は十二安に斬り捨てられたが、残りの動きは止まってしまった。教理に釘付けになり……。
経実が教理の左股を刺したのだ。さっき腰を刺した小太刀で。
経実は股の小太刀を力一杯引き抜きながら、大乘党の面々に言い放った。
「動くな。動けば、教理の命はない。我は本気だ。教理が大事なら、従ったがよいぞ!」
そして、教理の猿轡に手をかけた。
「ほれ。仲間に助けを乞うてみよ」
猿轡を解く。
口が自由になった。けれど、教理は呻くばかり。
その苦痛の表情に、耐えられなくなった若い賊が、奇声とともに斬りかかってきた。
同時に二つの叫びが上がった。
一つはその若い衆。正安の刃に倒れ……
もう一つは教理。経実がさっき刺した股を、もう一度刺したのだ。
「本気だと言ったろうが。次は教理の首が飛ぶぞ。よいのか?」
経実の言葉に、大乘党はおろおろ立ち尽くした。
そして、蛮行隊が雪崩れ込んでくる。
だが、頭を人質にとられて、大乘党は身動きできない。無抵抗なまま、蛮行隊の餌食になる。
砦の外からは新たな鬨が上がった。法化党の先鋒隊に続いて第二、第三部隊と続々到着しているようだ。
経実は無抵抗な大乘党へ言った。
「もはや、こなた達の助かる道は降伏しかない。戦えば、教理は殺され、このまま手を拱いていては、全員殺される。我が法化党の軍勢は、まだまだこちらに大挙して押し寄せて来ようぞ。戦っても、こなた達には到底勝ち目はない。だが、もしも今、降伏するなら許してやる。どうする?このまま皆殺しに遭うか、降伏して命長らえるか」
今この状況で降伏を勧告するのは、頗る効果的であった。
大乘党の賊徒どもは狼狽した。本音は命惜しいのだろう。しかし。皆、経実に羽交い締めにされている教理を見た。
雲門の合図を受けて、法化党の蛮行隊長・三郎が、攻撃を止めてぎっと大乘党の面々を睨み付けている。
「我に降伏せよ!悪いようにはせぬ。我が法化党の兵として養うてやる。土地もやる。盗賊なぞせずとも、豊かに生活させてやる。もう盗賊なぞやめい。折角のその腕力、弱い者を守るために使わぬか?」
経実はさらに、追い討ちを掛ける一言、
「常陸の若者よ!」
と言った。大乘党の若い少年兵達に向かって。
「常陸の若者よ、下野の若者よ!こなた達はこの法化の民ぞ。幼き頃を思い出せ。父母を思い出せ。こなた達は我が民であった。だが、父兄はこの大乘党に殺され、母は売られ、姉は犯され、こなた達は攫われた。父の無念忘れたか?母の怨み忘れたか?大乘党はこなた達の宿敵ぞ。幼くして攫われ、大乘党の兵となるべく教育され、訓練させられたこなた達は、まことは善良なる民だったのだ。大乘党によって、無理矢理悪党に、盗賊にさせられたるぞ。父も泉下で泣いておる。さあ、我が法化の子達よ。戻ってこい。この経実がもとへ。父母がもとへ。こなた達は法化党の人間ぞ!」
途中から、啜り泣く声があちこちから聞こえてきた。大乘党の若い兵の中には、経実の言う通り、もともとは法化党の領民だった者も少なくない。大乘党に攻め込まれ、連れ去られて、大乘党の兵として育てられたのだ。
幼き日のことを思い出したのだろう。そう、法化の民として、両親と幸せに暮らしていた頃のことを。
そして、忠誠を誓った教理こそが親の敵、宿敵であったことを思い出した。
「こ、降伏致しまする!」
遂に一人がそう叫んで、経実の前に土下座した。
それを合図に、続々と降伏する者が出る。はじめは常陸の子ばかりだったが、次第に元から盗賊だった者まで果てなく降伏していった。
教理は何とも言えない顔。
遂に大乘党は法化党に降伏した。
勝ち誇った経実の顔。教理を見やる。
「おのれ……経実」
「おや、何が不服か教理?皆、こなたを殺されたくないから、降伏したのではないか。素晴らしい忠誠心だな。泣かせる主従愛ではないか」
経実はそう囁いた。
砦を囲む法化党の軍勢。
砦の中では、大乘党が経実に降伏。皆地に身を投げ出して経実に平伏。
そして、経実を新しい主と仰いだ。
「約束は果たそう。皆をこれから法化党の兵として養う。今からこなた達は我が臣下だ」
経実の声は朗々と響く。明るく慈愛溢れる表情。
新しい主に一安心。
「これよりは法化党の者として、御殿にお仕え致します!」
誰か大乘側の将がそう言った、その時だった。
ふいに経実が、教理に向かい、
「皆、この経実の兵となった。こなたは不要」
と、にたと笑った。そして、その耳元に唇を寄せ、密やかに、
「愛している」
と囁いたかと思うと、教理が表情を動かすより前に太刀を振るい、その首を斬り飛ばしていた。
首が飛ぶ。
噴き出す血しぶき。その返り血は、今まで経実が浴びたどの血潮よりも熱く、沸騰している。
首がごろりと転がる。首のない胴が、どんっと轟音を立てて地に倒れた。
大盗賊団・大乘党の頭目小太郎教理の首と胴。
大乘党の者達は、一瞬の出来事に皆呆気にとられ、反発も嘆きもしなかった。
こうして、この戦は法化党の勝利で、ようやく終焉した。そして、この世から大乘党という盗賊組織は消えた。
早暁。
経実は教理の首に話し掛けていた。
馬鹿な奴めと。
自分が大好きで、自分そのものを子々孫々永久に残そうとした。しかし、子にはその母が半分入ってしまう。優れた畑が必要だと言った。
女は畑。
希姫君こそ我が子を産むべき女と言った。
畑でなく、もしも一人の女として愛されたなら、こんなに憎悪しただろうか。
わからない。
何故こんなに憎かったのか。
恋故にか?
だが、こうして首だけにしてしまったこと、後悔はしていない。
何れにせよ、こうなる運命だったのだから。この男は盗賊。どんなに激しい恋に落ちても、結末は必ずこうなった筈。
悲しくもない。かえって達成感さえあるくらいだ。
「馬鹿ね」
もう一度そう言った。
そうやって暫し首級と過ごしていると、雲門がやってきた。
「殿」
「おお、雲門か。こやつの家族のこと、調べてくれたか?」
経実は教理の首を顎で指しながら、さっぱりした笑顔で雲門を迎える。
「はあ。それが、この教理は天涯孤独のようですな。両親は早くに死んだそうです。兄がおったようですが、その兄とは大乘党の頭の座を巡って争ったようで。いや、頭だった兄を殺して、その座を奪い取ったようです。妻はありませぬ。子も、庶子も含め、一人もおりませぬ」
「妻子なし?愛妾は?」
「妾もおりませぬようで。手下どもの話によりますれば、教理は酒ばかりを愛して、女はあまり好まぬとのことにございました」
「ふうむ。もしも子があるなら、その子の処分もせねばならぬが、本当に子はないのか……?」
「はあ。そのようですな」
「ううむ?」
経実は首を捻った。教理の首級を眺めて。
「こやつは盗賊の頭ぞ?側女が一人もないということがあるか?聖人ではあるまいに。盗賊というたら、女好きに決まっておろうが」
「ところが、この盗賊は清廉らしく……」
「あははは」
清廉というのが可笑しかったか、経実は不意に笑い出した。
「の、教理め、あはは……」
この盗賊め、純愛か?希姫君に━━。
目に涙さえ滲ませて笑い転げているので、雲門は経実の心理を訝った。
「あの……殿?」
「あ?ああ、いや、すまぬすまぬ」
経実はそこで笑いをおさめて、
「子がないなら、首級のことだけよな」
と、涙を拭き拭き言った。
「はっ。首級は朝廷にお送りになられましょう?」
「朝廷か……」
そこで、真面目な顔に戻る。
「いや。上野殿にお任せしよう」
「上野殿に?」
雲門は明らかに不服そうな顔をした。
「不満か?」
「はい。殿は上野殿の家臣ではございませぬ。何故、上野殿に首を渡す必要があります?」
「わしが直に朝廷にこの首級を送ったとて、相手にされまい。無位無官のわしなぞ。帝はお認めになるまい。ここは上野殿にお願いする方が得策。上野殿にお口添え頂くのよ」
「どうだか!」
珍しく雲門は意地張った。
「折角殿が仕留めた首を上野殿に渡して、果たして上野殿が我等の望み通り動いてくれますかどうか。殿の御手柄を横取りし、さも自分の手柄のように、朝廷に奏上するかもしれませぬ」
「雲門。その度量の狭い考えは何とした?上野殿は今や東国武士団の長という立場ぞ。そんなことをしたら、皆の信頼が失墜する。立場のある者は立場を考えて行動するものぞ。それに、我が法化党はこの戦で大乘党の軍と領土を手に入れた。上野殿の支配地と我等の支配地を比べてみよ。我等の方がずっと広い。今の我等に憎まれて、上野殿が得することなど一つもない。上野殿は馬鹿ではない。そう滅多なことはするまい」
「はい。言われてみればそうですね。でも、口惜しうございます。羽林家の御子が、烏丸左大臣なんかの一族の者の力を借りねば、朝廷と話もできぬとは……」
「代々羽林の家の、祖父は大将のと言ったところで、仕方あるまい。父は流人になってしまったのだから。しかも、許されても帰京しなかったのだからな。都の人々に忘れられても当然よ。今更祖父や父の名を出すよりも、上野殿の親族という現在の縁の方が余程使える。そうだ、父が悪いとはいえ、逆恨みとはいえ、烏丸左大臣が憎いことには変わりはない。その親族たる上野殿と、何のために縁続きになったというのだ。上野殿を利用しないでどうする。上野殿には、親族の者が教理の首級を穫ったと、朝廷にとりなして頂く。そうすることによって、官位も賜りやすくなろうぞ」
雲門は経実に平伏した。
「浅はかなことを申しました。殿の御考え、感服つかまつりました」
経実は教理の首級を上野殿に送った。
上野殿は経実の望み通り、上野殿の親族の者の手柄であると、朝廷に伝えてくれた。
朝廷は、送られてきた教理の首級と、その上野殿の親族のことで、日夜議論となった。
教理の首級は都大路を渡され、獄門に掛けられた。
そして、上野殿の親族のこと。
長年、朝廷を悩ませ続けた大盗賊団・大乘党を壊滅させた功績は大きい。その功績は誰もが認めた。
褒美は十分与えるべきである。
ただ、田舎の無位無官の庶民のしたことである。上野殿は官位を与えて欲しいと言ってきているが、いったいどの位を与えればよいのか。
与える位のことで、公卿達の意見が分かれた。
「かなりの功績です。時有朝臣の親族でもあること。叙爵させてもよいのでは」
「無位の者ですぞ。この功績を考えても、せいぜい六位が妥当でしょう」
「無位の者に、六位さえ与えるべきではない」
「いや、いっそのこと、陸奥の内乱を鎮めさせるために、位も与え、逆賊・陸奥在庁の追討使に任じては?」
「秋田城介は?」
「いっそ、征夷大将軍にして、陸奥在庁ばかりでなく、ついでに蝦夷も退治してもろうたら如何で?」
「阿呆。せいぜい追討使だわえ。何や、征夷大将軍とは?」
「いや、時有朝臣よりも素質があって、余程使えるのでは?」
「常陸の者なのであろ?常陸介でよいではないか」
様々な意見が出て、なかなか話は纏まりそうにない。経実に位が与えられる日は、いつのことやら。




