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乱声・七拍──因果(肆)

 その頃、前判官時憲は三河介の邸に投じられていた。未だ処分が下らないからだ。


 そこを検非違使別当が、大尉、少尉らを連れて来訪した。


 この別当、前太政大臣俊久公の北ノ方の兄なれば、時憲の仕業で俊久公が辞職に追い込まれたのを、ひそかに恨んでいた。


 別当は新院の御意を受けて来たのだが、改めて挙兵の理由を問うた。


 時憲は、


「復讐がためなり」


と、胸を張った。


「何故、俊久公に復讐するか?」


「俊久公は故烏丸左府の子息なるが故に。烏丸左府の血を引く人は皆害さんと欲して、挙兵した。されど、途中でさようなことより、世に真実を伝えんと思い直した。烏丸左府の悪行を朝廷に認めさせ、四辻殿の恥を濯いで差し上げるために都を目指した」


「亡き烏丸の大臣の悪行とは何か?」


 別当はちょっと色をなした。


「第一には、四辻殿などの流人を全て害したること。朝廷が流罪と定めしものを、烏丸左府は己一人の意志で皆殺しにした。朝廷の決定に逆らいたるこの事を、悪行と呼ばずして何と称するべきか?四辻殿はおん自ら投身遊ばしたのではない。烏丸左府の内意を受けし領送使が、四辻殿を崖から突き落とし、四辻殿ご自害と虚偽の報告をしたに相違ない。そのご子息は急病で果てられたにあらず。毒を盛られたもの。風香殿は長旅の疲れで衰弱死遊ばしたにあらず。弱い毒を盛られ続けたが故のものを、さも病の如くに報告されたものなり。三位殿と羽林を襲いしは盗賊にあらず、烏丸左府の刺客なり。おいたわしいことだ!」


 時憲は次第に興奮してきて、しまいにはおいおい泣き出した。


「流人どもはたまたま亡くなったに過ぎぬ。偶然だ」


「さにあらず!」


「ならば、院、東宮の崩御は何とする。これ皆偶然。院と東宮もたまたま同じ頃に崩じられ、流人もたまたま全員死んだに他ならぬ」


「院と東宮はたまたまかもしれぬが、流人はこれ皆必然。なれば、何故、烏丸左府は四辻殿の御血筋を根絶やしにしたのか。あどけなき児まで。その小さな首を捻り潰して……これ、烏丸左府第二の悪行なり」


「そはただの噂ぞ!」


 別当はそう言い返したが、時憲はいい歳をしてしゃくりあげて泣いていた。そのまま不明確な言葉で続けた。


「いいや、真実!……そして、悪行はまだある。第三の悪行。そは、そもそも呪詛が偽りだったことだ。烏丸左府が政敵の四辻殿を嵌めんがために、でっちあげたもの。己が欲望を満たすためならば帝をも欺き、嘘をでっち上げ、政敵を嵌めて殺す。手段を選ばぬこの横暴、悪行以外の何たるぞ?」


「……」


「全ては烏丸左府の仕業なり。烏丸左府を殺したかったが、すでに死人となっている故に、復讐できず、仕方ないからその子息の解官を求めたまで。また、先帝は四辻殿無実と知りながら、烏丸左府に同調遊ばしたるが故に、廃位を求めたまでのこと。あとは四辻殿無実と認められれば、我に望むものはない。国を乱したるは大罪なれば、喜んで首刎ねられようぞ!」


 狂った奴だと別当は思った。こんな奴の要求なぞ聞いてはいけない。


 別当が庁に戻って暫くすると、今上よりのお召しがあった。


 別当が御前に参ると、早耳の今上は、


「時憲に面会したそうだな。何と言うておったか?」


と尋ねるので、別当はかしこまって答えた。


「くだらぬ戯言ばかり。主上に申し上げるまでもなきことにございます」


「四辻内府は何者かに崖から突き落とされ、風香中納言は毒殺で、韶徳三位を害したは刺客なりと喚いたそうだが」


「……は……そのような戯言、いったい誰が……」


「誰でも構うまい。それは事実か?確かに時憲はそう喚いたのか?」


「……はい」


 今上に報告したのは大尉だった。大尉が六条太政大臣を通して報告してきたのである。


「では、当時の領送使を集めよ。四辻内府に同行せし者全員集め、審議せよ」


 帝の仰せ故、その場はかしこまりましたと返事した別当であったが、もとよりその御命に従うつもりはない。どうするべきか。それは新院の判断に任せよう。


 別当はその足で冷泉院に向かった。


 散位敏平が放免された由を知り、冷泉院の新院は激怒していた。さらに、別当の讒言に狂う。


「帝は間違いを犯し給うた!」


 そう言って歯軋りし、握り拳を床にぶつけ、そこから出血したのも気付かない。


 おろおろする院司どもを前に、


「逆賊時憲が首刎ねよ!!」


と、院宣下した。


 さらに、敏平放免を取り消すよう、帝に苦言した。


 前には帝が敏平放免を、今度は新院が放免された敏平をもう一度捕らえよと言う。検非違使は混乱した。


 別当は直ちに院宣に従うべしとしたが、亮以下が、


「しばしお待ちを!」


と、帝の判断を仰ごうとしたので、時憲処刑も敏平追捕も延引されたのを、新院、狂って、


「すぐに逆賊を斬れ!斬らねば、検非違使逆賊に同調したと見なし、全員死罪に処すぞ!」


と、逆上した。


 そして、院は今上へこう言ってきた。


「すぐに逆賊時憲を処刑し、敏平を捕らえ、六条太政大臣を流しなされ。敏平は山門と通じていた。そして、山門と力合わせて、時憲を都に導き入れようとしていたのです。逆賊四辻内府の呪詛をでっち上げなぞとほざいて、第二の謀反を興した。四辻内府の第一の謀反は真実。第二の謀反は内府の一族の敏平が興した。そして、六条太政大臣は、逆賊四辻内府の一族と知りながら、多年に渡って敏平を匿い続けた。逆賊の一族を匿うは、これ逆賊に同調する心あるが故。主上にあらせられましては、何卒御賢明なるご決断を」


 今上は途方に暮れてしまった。


「何としても六条太政大臣は救わねば。こうなったら、四辻内府のことを徹底して調べ直さねばなるまいぞ。内府が無実と証明されない限り、逆賊に同調したとして、太政大臣は罪に問われてしまう。しかし、内府が無実となれば、いくら父院でもぐうの音も出るまい。父院の魔の手から太政大臣を救う手だては、内府の無実を証明することだけだ」


 ところが、そこに女院が助け船を出さんとて、御子の帝に言ったことが……


「主上が院の御意と正反対のことを遊ばせば、角が立ちます。何れにせよ、国家を混乱させた時憲は処刑せねばなりませぬ。ここは院の御意をお立てになり、逆賊の首を一刻も早くお斬り遊ばしませ。さすれば、院の御心も少しは鎮まりましょう。そして、四辻内府のことは調べ直したりなぞなさらぬことです。内府に罪ありと定めしは、院です。それなのに、事件を掘り返すというのは、院のご決定に異を唱えることになり、角が立ちます。内府もその一門も既に死に絶えておりますれば、今更事件の真相を明らかにしても、仕方のないことです」


「されど、それでは敏平はどうなりますか?彼はこの度の戦とは無関係ですし、何より太政大臣をどうします。四辻内府が逆賊のままでは、その逆賊の一族を匿い続けた太政大臣は、院の残忍な御遊びの格好の餌食ですぞ。太政大臣は大宮、あなたの養父ではありませんか」


「そうではありません。四辻内府のことを調べないのは、死した者の名誉よりも、今生きている者の命を救うためです。敏平のことも叔父の大臣のことも救いたいから、私は主上にお願いしているのです」


 女院は必死に御子に訴えた。あの新院に対して、どうすることが最も危険であるのかを。


「とにかく、院の誇りを傷つけてはなりませぬ。院の決定を尊重遊ばしませ。さすれば、大臣の命は助けられます。四辻内府の名誉回復なぞしては、院の逆鱗に触れ、それこそ大臣極刑の院宣下りましょう」


「されど、院の御意に従えば、太政大臣は無罪というわけには行きませぬ。逆賊四辻内府の一族を匿った罪に問われます」


「でも。極刑は回避できます。解官くらいは致し方ないでしょう。いえ、解官で済むなら……早く時憲を処刑して院を満足させ、機嫌をよくさせ、大臣の罪が軽くなるよう、うまくおやり下さいませ」


「……」


 御母の女院の身内を守るためにも、帝は真実を暴いてはならないのだ。


 かくして、今上は院宣に賛同した。


 よって、間もなく前検非違使大尉時憲の処刑が行われた。


 執行は上野殿時有が買って出た。五条河原で。


 かつて、敏平の身代わりになって斬られた毘沙王丸と同じ場所で、異母弟によって、時憲は斬首された。その首は獄門にかけられたのであった。


 そして、四辻事件再調査の件はうやむやにされたのだった。で、院の気も少しは鎮まったのか、敏平を捕らえよとも、太政大臣を流罪にせよとも言わなくなった。


 時憲処刑のあった日。


 そのことを知った讃岐は激しくぎりぎり歯軋りした。それを目にして敏平は、我が身の危機よりも母の身が案じられた。


 また、時憲への気持ちは何と表現したらよいのかわからない。感謝の念もあるが、哀れにも感じ、有り難くも思うが、恐ろしくもあり。迷惑でもあり。しかし、そよ風のようなやさしさ、あたたかさもある。


「母上、ちょっと私の琴をお聴きになりませぬか?」


 敏平は讃岐の局に行って、秋声の琴を示した。


 少し気を鎮めた方がよいかもしれないと、讃岐も自覚していたから、


「わらわも自分の気持ちを持て余していたところです。それをお察し下さったのですね。ありがとうございます」


と、敏平の心根を嬉しく受けた。


 敏平は母を慰めるためだけでなく、時憲への鎮魂も込めて弾く。


 曲ははじめに『高山』。続けて『流水』。


 弾き進めるうちに、讃岐の眼に涙が溜まり、ぽろぽろこぼれ始めた。止まらなくなる。次第にさめざめ泣く。『流水』の見せ場に至った頃には、嗚咽していた。佳境の技巧的なところは、まさしく流れる水を写実的とさえ感じられるような表現で作曲されており、その川の流れのように、讃岐の涙も流れ続けた。


「……母上」


 曲が終わり、敏平はそっと讃岐に声をかけた。


 讃岐は急に泣きやんだ。突然、心に変化が起きた。音仏のことでも思い出したか、きっと彼方を見たかと思うと、その睨めつけた品物目掛けてすたすた歩き出す。


「母上?」


 それは、以前敏平が奪って自害しようとした太刀だった。


 実はこれは時憲の太刀であった。昔、時憲が都を出た嵐の夜に、形見として受け取ったものだったのだ。


「臥薪嘗胆、わらわはいつもこの太刀を、一番見えやすい所に置いて眺めていました。毎日これを見、見る度怒り、憎しみを忘れないようにしていた。見る度、あなたを育てる決意をし、復讐を胸に誓った。音仏もこれで殺そうとしました。でも、音仏の血で汚したくなかったので使いませんでしたが……。もうこれは用なしです」


「あっ、何をなさるか!」


 敏平が立ち上がった時には、もう遅かった。


 讃岐は抜いたかと思うと、もうこれを柱に打ちつけていた。太刀は中程から真っ二つに折れる。


「母上……」


「伯牙弔子期。あなたは今のわらわの気持ちを察して『高山』『流水』を弾いた。伯牙が山を思い描いて琴を弾けば、音を聴いただけで、鍾子期にはそれが高山を表現していると解った。伯牙が川を思って弾けば、鍾子期にはそれが流水を表現しているとわかった。知音の友。わらわと時憲判官の友情と、伯牙と鍾子期の友情と。あなたの思いはわかりましたよ」


「ああ、でも何も、太刀を折らずとも──」


「鍾子期の死を嘆き、愛用の琴を打ち壊して、二度と琴を弾くことのなかった伯牙と、わらわの判官を弔う心は相同じ。二度と太刀は持ちますまい。わらわは武を捨てる」


 後年、出家した讃岐は生国にて庵をつくり、経を読む日々を営むことになるが、その庭の片隅に太刀塚というものが作られた。毎日花が手向けられ、香を捧げられたが、そこに埋められたのはこの時の太刀であったという。

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