乱声・六拍──復讐(陸)
勅使の大蔵卿が則顕、時憲に対面した日、都ではとうとうその時を迎えていた。
検非違使が六条太政大臣家の大夫敏平の真実を、遂に突きとめたのである。本院の蔵人でもある敏平が、あの四辻殿の一族の生き残りであるということを。
「氏素性を偽り、五位の蔵人として、また中宮少進として、仙洞、宮中に出入りしていたとは。何たる大胆不敵。琴の灌頂まで授けられ、大相国の家司となるとは。本院を裏切り、大相国を欺く奸夫なり!」
検非違使別当は、四辻殿一族残党の存在に、はじめは驚き通り越して呆気にとられていたが、次第に立腹した。
敏平の面が割れたのは、獄中の五条の刀自のためである。だが、きっかけは山門だった。
賊軍に肩入れしていた山門が、敏平を連れ去らんとしているというので、検非違使は先ず山門と敏平の関係を調べたのだ。
前座主の宮が何故、賊軍の味方をしようとしていたのか。
座主の御乳母・周防局が則顕と時憲の叔母であることが判明した。しかも、座主の御生母・宣旨殿の乳母は、周防局の実母。その長女が時憲の母で、次女が周防局、三女が陸奥守の前妻で則顕の母。座主の坊官の聖海は陸奥守の養子である。
そのような関係から、前座主は賊軍の肩を持ったのだ。
さて、座主の坊官の聖海についても、色々調べ上げた。すると、実の姉が太政大臣家讃岐であるというではないか。讃岐は敏平の母である。
山門と敏平の関係が浮かび上がってきた。敏平は山門ばかりでなく、直接逆賊とも関わっているかもしれない。
検非違使は敏平本人は勿論、その母・讃岐にも特に厳しい調査を行った。讃岐が五条の刀自の姪となれば、尚更である。
讃岐は何も知らないと言い張った。
賊軍と通じているという疑いをかけられた五条の刀自には、拷問をかけた。賊将長行の叔母でもある。聖海の実伯母でもあった。讃岐が里下がりに使用するのは、いつも刀自の邸であるし、幼少の敏平もここに住んでいたこともある。
だから、刀自を拷問までして、吐かせようとしたのは当然だろう。
本当に耐えられないようなひどい拷問だったが、刀自は何も知らないと言った。耐えられないにも拘わらず、本当に何も知らないのだと。
もはや刀自を拷問しても無駄かと諦めかけた時である。目々女という下女が現れた。
目々女は刀自とは遠縁にあたるらしい。幼い時から刀自に仕え、忠実な女だった。
刀自は体中傷だらけ。体力はすっかり衰え、目の下には隈どころか死相が出ていた。ふっくらとした体型もげっそり痩せこけ、貧困に喘ぐ者よりも細くなっていた。
目々女には耐えられなかった。何としても刀自を助けたかった。
そこで、目々女は秘密を漏らしたのである。
「敏平大夫は幼名を菖蒲王丸と申しました。六つの歳より六条の大臣の御邸第に上がり、お仕えし、亡き姫君より琴の灌頂を授けられ、十三歳の正月に理髪したのでございます。菖蒲王丸は都生まれですが、母親の生国・讃岐で育ちました。六歳の時都に上り、暫く刀自の五条第にいて、その後、大臣の御邸へ参ったのでございます。その菖蒲王丸、実は途中で別な童にすり替わったのでございます」
「別な童とはどういうことぞ?」
「讃岐から出てきた菖蒲王丸は、今の敏平とは全く別の童でした。もっと男子らしいきりりとした顔つきの、元気な子でした。それがある日突然、やわらかな印象の童に変わっていたのでございます。それまでの菖蒲王丸とは全く異なる姿をした童でした。そして、それまでの菖蒲王丸は消滅し、新しい菖蒲王丸は、病と称して滅多に外に出ません。他人に姿を見られると、困ることがあった故でしょう。その高慢な新しい童は、そのまま菖蒲王丸と名乗り続けて、大臣の御邸に上がり、やがて元服して敏平と名を改め、今日に至るのでございます」
「菖蒲王丸が二人いると?」
「ええ、入れ替わったのです。そうです。敏平大夫は讃岐の君の子にあらず。取り替え子です」
「で、もとの菖蒲王丸は取り替えられて、今どうなった?」
「さ、そこまではわらわにも……でも、敏平大夫の秘密は申し上げました。もう刀自のことはお許し下さいませ」
この目々女の告発がきっかけとなり、全てが露見するに至ったのである。
讃岐と敏平母子のもとに、再び検非違使が来た。そして、二人を連行した。
庁で別当直々に問いただされ、讃岐はこう言った。
「ある晩、お尋ね者の判官時憲が、一人の見知らぬ児を連れて訪ねてきました。時憲は『この子と菖蒲王丸を取り替えてくれたら、全財産を差し上げよう』と言いました。罪人時憲の財産です。きっと悪いことをして手に入れたものに違いありません。なれど、悲しいかな、この身は強欲な商人・刀自の姪。財産に目が眩むのは血のせいか。悲しい本能です。我が子よりも金に目が……最低な母ですが、どうしてもどうしても金が好きで。時憲の全財産と引き換えに、我が子を時憲めにくれてやってしまった……時憲の連れてきた子と我が子を交換して、わらわは何処の馬の骨とも知らぬその児を、我が子菖蒲王丸として育てました。やがて、大臣に仕えさせ、叙爵までさせて頂いてしまって……時憲に騙されたわらわの罪です。氏素性の知れぬ者を我が子と偽り、大臣に仕えさせて頂き、任官までさせて頂いたのですから」
母のまことしやかな話に、敏平は面食らった。たが、初めて聞く話と見えて、別当は興味深げに身を乗り出した。
「四辻一族の遺児と知りながら、取り替え子をしたのか?」
「四辻?」
讃岐は首を傾げた。
別当は苛立ち気味に、
「おもとの横に座っておる男。おもとの、その取り替え子よ!」
「……は?」
「其奴、四辻殿が甥・韶徳三位殿の遺児だそうだな!?」
讃岐はぽかんとしている。
「今の今まで、其奴の素性を知らなかったとでも言うのか?」
声を荒げる別当に対し、しばし何も言い返せなかった讃岐であったが、
「……韶徳三位殿の若君だというのですか?この子が?……この子が……?」
と、茫然自失として言う。
「すっとぼけおって!」
「……」
余りな話に絶句していたが、やがて、はっと気付いて讃岐は叫びだした。
「騙された!騙されました、時憲めに!大臣も騙されていた!彼奴、時憲!よくも、許さぬっ!」
しゃあしゃあと、次から次へと出てくる。讃岐は必死だ。四辻殿一族の遺児と知りながら、大臣が長年匿い続けていた事実を知られるわけにはいかない。敏平の冷や冷やする心中を知ってか知らでか、讃岐はさらにまくし立てる。
「これが韶徳三位殿の若君だと言うなら、我が子の菖蒲王丸は……!時憲の餌食にされたに違いありませぬ!早く!早く!時憲を捕まえて下さい!」
「何だか話が見えないぞ」
「ですから!この敏平が韶徳三位殿の若君ならば!思い出して下さい!三位殿の若君は殺されたとかいう噂!烏丸の大臣が盗賊の子として斬ったとか、そんな噂があるではございませぬか!もし、この敏平が真に三位殿の若君ならば、実際に処刑された子はいったい誰だったのでございますか?偽物だったということになりますよね?もしや、斬られたのは、我が本物の菖蒲王丸だったのではないのですか?」
「なに?」
検非違使じゅうが、この発言にどよめいた。
讃岐はよよと泣きながら、なおも言うのである。
「憎や、時憲。他人の子を育てさせて。わらわの子を烏丸殿に殺させるなんて!」
わっと泣き伏して、ばんばん床を拳で殴りつける。
これには鬼の別当にも、二の句が継げなかった。
盗賊の頭の子を処刑したのは、この検非違使だ。もし、あの時の頭の子が韶徳三位殿の若君ならば、それは烏丸殿の犯罪だし、検非違使にも責任がある。三位殿の子だったのか、替え玉だったのかということとは、また別の問題だ。
別当が思考を停止させている間に、大尉が敏平に問うた。
「いつ、己が韶徳三位殿の若君と知った?」
敏平も母の迷演技に合わせなければならない。
「さあ、未だにわかりませぬ。今、大理卿(別当)の御口から聞かされ、初めて知りました。この身は卑しいとばかり思っておりましたのに、謀反人とはいえ貴人の子だったのだと、俄かに告げられましても……実感がなく、まるで他人事のようです。いったいどうやって、私が四辻殿の身内だとお調べになったのですか?」
とすっとぼけて、堂々言ったものである。
「……」
更に別当は呆気にとられ、何か狐につままれたようであった。
検非違使では、諸国を放浪していた旅の僧からの情報を得ていたのだ。僧は自ら庁へ出向いてきた。そして、全てを知っていた。
別当が直接会うと、僧は、
「山階の覚如と申します」
と名乗った。そして、ことのいきさつを語り始めたのである。
「小右京という女が、我が娘を誘拐しました。その女と連れ去られた娘の行方を追って、諸国を巡っておりましたが、とうとう見つかりません。その女はかつて韶徳三位殿にお仕えした女房でした。ある時、私の養女に悪い虫がついて、迷惑に思っていると、たまたま小右京が我が庵を訪ねてきました。小右京はその男を若君よと言うのです。それが敏平でした。私の養女に手を出した敏平を、小右京はかつての主・韶徳三位殿の遺児の青海波の君だと、はっきり申しました。何を思ったかその後、小右京は我が娘を盗んで消えました」
「人質にとられたのだろうな。敏平の秘密を知った覚如を口止めするために。秘密を破れば、娘は殺すということかもしれぬ」
別当らは勝手にそう思い込んだようだった。
実はその後、あの輪台尼から覚如に宛てた、一通の遺書が出てきた。
書かれていたことは三つ。
尼公はまず覚如に育ててもらった恩に対して、礼を述べていた。そして、次に敏平の素性を知ったと書いていた。最後に、兄の子と兄を宜しく頼むと書いていた。
それで覚如は、尼公の自害の理由の全てを悟った。
覚如にとって、尼公は我が子だった。実の子ではなかったとはいえ、すっかり情が移っていた。だから、尼公を自害に追いやった理由が憎く、許せなかった。その運命を呪った。だが、同時に敏平も憎かった。敏平も運命の犠牲者だ。敏平が悪いのでないことは、わかっている。でも、愛する尼公が自害した原因だと思うと、憎くてならない。
それに、兄の子を産んだ尼公は、堪えられずに自害したというのに、妹に子を産ませた敏平は、今でものうのうと生きているではないか。敏平は尼公が妹だと知っているのに。
その破廉恥な厚顔ぶりが、覚如の憎しみを倍増させたのだった。そして、小右京にも怒っていた。
本当の娘の福生を連れ去られたことに、強い恨みを抱いている。
小右京の行方をつかみ、検非違使に捕らえさせ、娘の福生を取り戻したいと思う。敏平にも復讐してやりたかった。
だから、恨み晴らす好機とばかりに、わざわざ庁に出向いて来たのだった。
ただ、輪台尼の子のことだけは、彼女の不名誉になるので喋らなかったし、彼女の身の上についても、ただ自分の養女とだけ言って、真実は明かさなかった。
だが、それは皮肉にも、敏平にとっては幸いなことであった。彼は、尼公や子のことを世間に知られるのを恐れていたから。
ともかく、先にこの覚如の密告を得ていたので、やや頭の整理がついた別当は、
「往生際の悪い奴!事はとうに露見しているぞ。こなたは己が韶徳三位の遺児だと知っていた筈だ!」
と、言うことができた。
敏平は観念せざるを得なかったのだが、不思議と心は平静だった。彼は今後の自分ではなく、覚如について考えていた。
覚如は敏平の氏素性を知らないとばかり思っていたのに、知っていたとは頗る意外だと。
かつて、敏平を卑しい者呼ばわりしたというのに。憎らしくも思った。




