13 妹、自重を求める
ヤスが走って、走って、走って。
たどり着いたクランサ村で、私は誘拐されていた女性達と再会した。
そこで、ようやくだいたいの状況を把握したのだった。
あの日、(すでに丸一日以上が経過していたそうだ)幸いにも、彼女たちは無事逃げおおせ、途中で迎えに来ていたたヤスと村の男達と会うことができたのだという。
そこで事情を知ったヤスがぶち切れて、一人で乗り込んできた、というのがことの顛末の真相だったのだった。
あれだけめっちゃくちゃにやったんなら、遠からずあの街の領主が兵士を差し向けてくるんじゃないかっと警戒して、私たちは自分のまいた種を回収しようとクランサ村に滞在していた。
だけど、一ヶ月たってもその予兆は見られず、首をひねっていたのだが。
その理由は、共に奴隷商館から脱出したウサギ耳の青年がふらりと訊ねてきてくれてわかった。
「あのクソ領主。重税やら訳わかんねえ法律の乱発で領民にめちゃくちゃ反感買っていたらしくてな。あのあとすぐに反乱が起きて、ぶち倒されたらしいぞ。その混乱で領内は大わらわだ」
魔道士も、領主もなすすべもなく捕まり、いつ断頭台に上がるかという具合らしい。
その混乱で、エルフの森なんてかまっていられないのだという。
ウサギ耳のお兄さんは、自分たちを含めた近況話を教えるために、わざわざ訊ねてきてくれたらしく、ひこひこ動く獣耳の麗しさも含めてお礼を言いたい気分になった。
異邦人に痛い目を見たエルフ達ははじめこそ警戒していたけれど、攫われた女性と子供達が説得して回ったこと。
さらに言えば、隣国へ行ったというお兄さんの話がおもしろくて、数日とどまったあと、彼はクランサ村の工芸品を山ほど持たされて森を出て行ったのだった。
これで憂いはなくなったので、私とヤスも久々に自分たちのレイシュ村に帰ることに決めた。
レイシュ村はこの一か月でだいぶ日常に戻れていたから私たちが離れても大丈夫なのだが、ほかの問題はなくもなく。
ヤスと私が帰宅の準備を整えて、あてがわれていた家を出たとたん、ざっと両脇に並んでいたエルフのお兄さん達が、90度で頭を下げた。
「「「兄貴! ご苦労さんでございました!」」」
エルフ特有のさわやかに澄んでいるような声で、一斉に唱和されるのはこの数日で上達してしまったやくざ式の挨拶だった。
「おう、楽にしな」
教えた張本人であるヤスが無造作に応じただけで、エルフのお兄さん達の顔が、きらきら輝く。
そう、魔猪討伐のヤスのバーサクぶりや、私を助けに行く鬼気迫る様子などを目の当たりにした若手エルフを中心に、俠気とやらに惚れ込んで朝から晩までその背中を追いかける取り巻きと化していたのだ。
ヤスもヤスで慕われれば、面倒を見るのが男の器量だとか言って、任侠だとか、礼儀作法だとかを教え込んだ結果、いつの間にかこんなにわかやくざができ上がってしまったのだった。
まあね? エルフのお兄さん達も自衛意識に目覚めて、ヤスに教えを求めるあたりはちょっと良い変化かなと思うのだけど。
彼らがせっせとヤス直伝の脳筋魔法筋力トレーニングにいそしんで、若干筋肉質になり始めたのにはめまいがした。
いや、その。どっちかと言うとエルフの戦法は魔法に頼っているからバランスが取れるとは思うけど、ヤスほどじゃなくても多少は体内マナを回して脳筋魔法を使うことができるけど、なんか、なんか……!
さらには、こそこそと何ら意味もない花やら猛獣やらの刺青を入れる算段をしていたときにはもう意識が飛びかけたからな!
まるでわんこのような懐きっぷりに戦慄していると、今度は一斉に私に視線を向けて、頭を下げてきた。
「「「姐さんも、ありがとうございました!!」」」
やぁーめぇーろぉー!!!
ヤスの面倒を見ている私にまで尊敬の対象になってしまっているのだ。
おかしい。私はただ攫われてただけだし、クランサ村にいる間も、ヤスにひっついてばかりの奴らを働かせるために尻を叩いた覚えしかないのに。
いや、ほかにやったことといえば、未だに療養中の精霊使いの代わりにせっせと獣よけの魔法を更新したくらいだけど、我ながらむちゃくちゃ地味な作業だ。
「姐さんのおかげで、落ち着いて作業できると彼女たちも言ってましたし」
「指図が的確なおかげで、迷わなかったんですってば!」
「ののしられたい……」
をい、なんか最後妙なの混じってなかったか。
とりあえずもとにかくも、なんかきらっきらしてるし、いたたまれないしで、堂々としているヤスがきれいなのが恨めしくて途方に暮れていると、列の向こう側に長老さんがいた。
「このたびはこの村を救ってくださり、まことにありがとうございました。このご恩は一生忘れませぬ」
「ええってことよ。わしは親父の義理を果たしただけだからの」
顔役共々、深く頭を下げた長老はヤスのあっさりとした言葉にさらに感じ入った表情になると、破顔した。
「あの魔猪討伐での活躍も、愚かだった我々に救いをもたらしてくださったことも、直ぐさま語り部が歌を作り残すことでしょう。なにより、あなたがたがいてくださった一月で、この村の若者達の目が輝いております」
と、長老の視線の先にいるのは、くだんのにわか舎弟になった青年達だ。
長老はほほえましそうに見ているけど、あれは、いいのかなぁと思わなくはないんですけどねえ……。
私は空気を読める子供なので、愛想笑いで応じてお口にチャックをしていたのだが、ひょいひょいと上着の裾を引っ張られた。
それは村の子供達で、攫われた子供達も混じっていた。
「ありがとうっ。姐さん!」
そうして、にっこり笑顔で差し出された花冠を、私は照れくさい気持ちで受け取った。
ありがとうって言われて、うれしくないわけないじゃないか!
……ただ最後につけたされた姐さん呼びは全力スルーの方向で。
見ればヤスも別の子供から花冠を受け取って、その子を大きく高い高いをしていた。
前世から、ヤスは子供には優しいんだよなあ。強面だったから全く寄りつかれなかったけど。
「うちの若えもんをよこす。なんかあったら頼りな」
「なにからなにまで、ありがとうございました」
最後にヤスがそう告げ、長老をはじめみんなが深々と頭を下げる中、花冠をかぶった私たちはクランサ村を去ったのだった。
「キヨ、あれでよかったんか」
もう急ぐ理由はないので、のんびりと歩いていれば、ヤスが話しかけてきた。
「うん。十分だよ。クランサ村は一番人間の里に近い村だから。密に連絡を取り合いたいと思っていたんだ。あそこにうちの村の人を友好的に受け入れてもらえれば、自然と耳に入ってくるでしょ」
クランサ村の英雄であるヤスが提案したことなら、あの人たち何でも受け入れるだろうと思ったけど、想像の通りだった。
「つまりはスパイか。キヨは怖いことを考えるなあ」
「人聞き悪いこと言わないでよ、不可抗力なんだから。森の中だと外の世界の情報が一切入ってこないんだもの」
もう30年くらいこの森の中で暮らしているが、エルフはほとんど森から出ていかない。
森の中で完全に自給自足ができるから必要ないって言うのもあるけど、エルフが、和を尊ぶから外に興味がないというのもあるのだ。
けれど、今回のことで実感したように、人間の国は私たちに勝手にちょっかいを出してくる。
それに、クランサ村の人がたった一日でたどり着けるほど近くに人間がいるなんて気づかなかったと言うくらい、人は急速に生息域を広げているのだ。
今、エルフの森は、多くの危険な獣、慣れなければ一切を寄せ付けない複雑な植生、さらには魔猪をはじめとする魔獣の生息によって均衡が保たれている。
けれど、それがいつまで保たれるかはわからない。
森の中に眠る有用な資源を求めて、あるいは今回のようにエルフそのものをもとめて、やってこないとは限らないのだ。
私はもうエルフだ。
お父さんやお母さん、村のみんなを守るためにも、何よりヤスを無残に死なせないためにできることをやるのだ。
と、改めて気合いを込めていると、ひょいとヤスがのぞき込んできた。
「キヨは森の外を知りたいんか」
「まあ、端的に言えばそうよ。この森だけが世界じゃないんだから、知っておいて損はないわ」
何気なく言えば、ヤスがふむふむとうなずいたあと、にやりと唇の端をつり上げた。
「なら、今行くか!」
「…………は?」
完全に虚を突かれて立ち止まった私を、ヤスがひょいと抱え上げる。
「えっ、ちょっと! まって今!?」
「思い立ったが吉日だろ。わしもここらの酒には飽きてきたところだったからちょうどいい」
「いや、だからって村のみんなに帰るって言ったのに心配するよ!」
「キヨが電話をかければええ」
精霊伝言を前の感覚でそう言い表すヤスに、絶句していれば、ヤスは長い耳を楽しげに揺らしながら、碧眼の瞳を細めた。
「前はキヨに我慢ばかりさせて、気楽に旅行もできんかったからな。舎弟達も大事だが、ワシはキヨの方が大事だ。今世でしがらみなしに家族になれたんだから、めいっぱい楽しまにゃ損だ」
ヤスの言葉に、私は言葉に詰まった。
前世は血のつながりよりも濃いといわれる兄弟分に殺されたヤスは、ことあるごとに、私と血のつながったことを喜んでいた。
生まれ変わってもほとんど変わらなかったヤスの、一番変わったところだと思う。
それがすごく嬉しいと思ってしまうのが悔しい。
なおかつ、あっという間に抗議する意思が薄れてしまっていた。
「ヤス。私たち、人里で騒ぎを起こしたばっかり何だけど」
「んなもん、べつの国にすりゃいいだろ? あの毛玉が言ってたじゃねえか。そこにしようや!」
「……どっちの方向にあるか知ってる?」
「知らん、がキヨならわかるだろ? なにせ、村一番頭がええからの!」
ああもう、この謎の信頼感はなんだこんちくしょう!
毛玉こと、ウサギ耳の青年から大まかな方向は聞いてたし、方向感覚は問題なし。
ついでに彼が根を下ろしている街の名前も教えてもらってるから、訊ねてみるのもいいだろう。
「東へ向かって歩いて三日よ、その間のご飯と水は」
「なんだそんなもんか。んなら途中で獲物を捕りゃあええだろ」
「ついでに、私たち文無しだから。お金は」
「んなもん。奴隷商館からかっぱらってきた分があらあ。あとはワシの運に任せえ、賭場があればがっぽり稼いでやるぜ」
「それ全然安心できないからね!? そのやくざ思考どうにかしてよ!?」
ぎゃあぎゃあ抗議してみれば、ヤスは私を見て言ったのだ。
「そりゃあ、無理だ。こいつはワシの根っこだからの。いっぺん死んでも治らんかった!」
それは自慢げに言うことじゃないだろう!
……ただ、恐ろしいことに納得してしまう自分もいるわけで。
カタギにしよう、と思っていた私だけど、ヤスの過ごしてきた前があってこそ今があると、思え……
「とりあえず、まずは賭場を見つけんとなあ。イカサマなんぞがのさばってたらつぶさねえとな」
「やっぱなし、今のなし! なんでそんなつぶす前提なの! 穏便にまともな仕事で稼ごうよ!」
方向転換して、一路森の外を目指すヤスに抗議はしつつも、結局私は両親に当てて、精霊に伝言を頼むことになったのだった。
とりあえず、やくざな兄はすぐには更生できそうにないけれど。
私は割と充実した二度目の生を送れそうなのでした。
「お、キヨ、さっそく今日の夕飯がやってくんぞ」
「え、ちょ、私を抱えたまま行くなー!!」
急募。ヤクザな兄に自重を覚えさせる方法。
これにて完結です。ご愛読ありがとうございました!