束の間の休息~セレアとリアのお買い物編~
今回は前半がセレア視点、後半がリア視点となって物語が紡がれます。
第三章 第三部<束の間の休息~セレアとリアのお買い物編~>、是非最後までお付き合いくださいませ。
「タカシ様は本当に優しいですね・・・こんなの、奴隷になってから初めてですよ・・・」
一緒にご主人様を見送りながら、リアさんがどこか羨ましそうな口調で言いました。確かに、私が聞かされた奴隷の生活とは掛け離れ過ぎています。リアさんはご主人様と出会うまでは他の人の奴隷だったそうですから、その違いは私と違って実感を伴って感じているのでしょう。
「はい。ご主人様は本当に心の底からお優しい方です。ご自身では決してそれを認められませんけれど。」
「まるで、自分の為にそうしろって言うみたいな言い方ですもんね。」
「はい。でも、全部私達の事を考えてくださって、思いやってくださっての事ばかりです。」
「ですね。本当に誤解していた事が申し訳ないです。」
「無理もないと思います。私も、最初の頃はご主人様のお優しさも暖かさも素直に受け取る事ができませんでしたから。」
どうしてでしょう?リアさんは驚いたような表情でこちらを見ます。
「セレアさんが、ですか?」
「? はい。今思い返しても、その時の私の態度はご主人様に申し訳なく思います。でも、ご主人様は全く気にされる素振りも見せずに、変わらない優しさと暖かさをくださっています。」
まだほんの少ししかご一緒の時間はありませんけれど、ご主人様と過ごした時間をこうして思い返すだけでも胸が暖かくなって幸せな気持ちになれます。それに、私なんかをたくさん求めてくださって・・いけませんっ。これは思い出すと嬉しいのと恥ずかしいのが一気にやってきて、わけが分からなくなりそうですっ。
首を振って、淫らな気持ちを振り払いますが、リアさんがなんだか恨めしそうな目でこちらを見ています。
「・・・正直に言わせてもらうと、セレアさんが羨ましくて堪りません。そんな時期があったなんて信じられないくらいにタカシ様に可愛がってもらっていて・・・私は誤解してしまっていて、酷い態度をタカシ様に取り続けてしまっていました。タカシ様は優しいから、同じように扱ってくださっていますけど、きっともうセレアさんのようには・・・」
リアさんは物凄く悲しそうな顔をして、俯いてしまいます。
あぁ、やはりリアさんもご主人様をお慕いしているんですね。奴隷という立場からではなく、1人の女性として。ご主人様のように、お優しくて暖かくて、少し可愛い所があって、でも、頼り甲斐もある素敵な方ならば惹かれて当然です。だって、私の最高の大好きなご主人様なのですから。
だから、私は自信を持ってこう言えます。
「そのような事はありませんよ。」
「え?」
リアさんは少し涙の滲んだ目で私を見ます。
「そのような事は絶対にありません。ご主人様はとてもお優しくて、懐が深く、器も大きな方です。きっと全てを許して、いいえ。もう気にも留められていないかもしれません。」
「え?で、でも、あんなに優しくしてくれて気遣ってくれていたのに、私は・・・」
「ご主人様ですから。」
きょとんとされるリアさん。
「ご主人様のお優しさも懐の深さも器の大きさも、全てが規格外です。獣人の私が、甘えさせていただいても、ヤキモチなんて分不相応な感情で動いても、ご主人様を求めても、全てを喜んで受け入れてくださるんですから。」
リアさんの両手を包んで握ります。
「ですから、きっとご主人様は受け入れてくださいます。」
リアさんはほんの少しの間だけ俯いていましたが、顔を上げて決意されたような表情になります。
「はいっ。せめて、今は本心からお仕えしたいと思っている事だけでも分かってもらえるように、頑張ってみますっ。」
意気込むリアさんですが、これだけは譲れませんから、言っておかなくてはなりません。
「でも、ご主人様の第一奴隷は私ですからね。」
私の宣言に、リアさんは苦笑されます。
「敵う気がしてませんから。タカシ様はセレアさんにデレデレし過ぎですもん。」
リアさんの思わぬ一言に、顔がとても熱くなるのを感じました。ご、ご主人様が私にデレデレなんて・・・私がそうなっているのは自覚していますけれど、もし、本当にそうなら・・・・嬉し過ぎて死んでしまうかもしれませんっ。
それから、私達はご主人様のご厚意に甘えさせてもらって、お買い物に向かいました。人間族の女性を見て憧れてはいたものの、とてもそのような余裕がなかったお洒落をさせてもらう為に。ましてや、奴隷の身となってからできるなんて、夢にも思っていませんでした。
しかし、ご主人様に喜んでもらえるような、それに、可愛いとまた言ってもらえるような格好をしたいのですが、困った事にどのような物が良いのかがさっぱり分かりません。
「せっかくですから、タカシ様に喜んでもらえるような格好がしたいですよね。」
並んで歩くリアさんも同じように考えていたようです。
「はい。でも、どのような物が喜んでもらえるんでしょうか?」
「ん~・・・セレアさんは、その、なんていうか・・・・タ、タカシ様に、えっと・・・・抱いてもらってます、よね?」
リアさんが赤くなりながら問いかけてくる内容に、私の顔がまた熱くなります。あ、改めて確認されると、凄く恥ずかしいです。
「は、はい。」
思わず、俯きながら答えてしまいました。
「それなら、やっぱりその、そういう時用の服、なんてどうでしょうか?わ、私も、できれば、その・・・そう、してもらいたい、ですし。」
「は、はい。で、では、やはり布地の少ない物の方が喜んでもらえるんでしょうか?」
「そ、そうですね。あ、でも、セレアさんは胸が大きいですから、そこを強調できるようなものが良いかもしれないです。」
「胸を強調、ですか。」
どうしてでしょうか?昔はこの胸に視線を感じるのが嫌で堪らなかったのに、ご主人様に見てもらえると思うと、少しも嫌ではありません。むしろ、それが嬉しいと思っている私がいます。そういえば、ご主人様は終わった後でもよく触れていますし、体を洗ってくださった時も・・・・
「はいっ。そうしてみますっ。」
「私はどうしよう・・・胸は小さいですし・・・・」
「でも、リアさんは凄く肌が綺麗です。そこを引き立てるような物はどうでしょうか?」
「肌を引き立てる・・・はいっ。探してみましょうっ。」
「はいっ。」
それから、この街の服屋さんを全て見て回りました。やはり獣人の私が入店すると、どのお店でも嫌な顔をされましたが、ご主人様に喜んでもらう為なら全く気になりません。入店を断られそうになった事もありましたが、ご主人様のご厚意に甘えさせてもらって、ご主人様の命令という事にさせていただくと、問題なく店内を見せてもらえました。中には、手の平を返したように丁寧な応対を始めた店主もいた程です。
ご主人様は異世界の方で、この世界の常識が分からないと仰います。確かに、ご存知でない事もあります。しかし、主人の命令であれば奴隷も問題なく行動できるという、私も知らなかった事を推察されて見事に的中されてしまいました。普通、見も知らない世界の事をそのように的確に捉えられるものでしょうか?やはり、洞察力もそれを生かす思考力の高さも素晴らしい方です。私はそのようなご主人様に相応しい奴隷となれるように精進しなくてはなりません。きっとご主人様はそんな事は必要ないと仰ってくださいますが、それには甘えられません。だって、ご主人様は私が一生お守りすると誓ったのですから。
悩み過ぎて、もう夕暮れになってしまいました。ご主人様は宿にいらっしゃるという事でしたが、退屈されてはいないでしょうか?喜んでもらう為に悩んで、それでご主人様を退屈させてしまっては本末転倒です。反省です。
でも、不思議と怒られるかもしれないとは思えません。お優しいご主人様に心の底から甘えてしまっているからでしょうか?急いでご主人様の所に帰らなくてはとも思えないのです。純粋に早くご主人様の所に帰りたいと、勝手に足が速くなっているのです。ご主人様を退屈させてしまっているかもしれないのに、可愛いと言ってもらえたら嬉しいなどと、自分勝手な事を考えながら。
◇
服を選んでいる時のセレアさんは真剣そのものといった表情で、一切の妥協を許さずにこの街全部の服屋を網羅してしまいました。横から見ていても、タカシ様に喜んでもらえるようにと考えているのが一目で分かります。それについていっていて、微塵の疲れを感じない私も相当に真剣なんだと思いますけど。
セレアさんは、悩む私の背中を押してくれました。ただの奴隷と主人の関係では有り得ない、全幅の信頼というものをタカシ様に寄せているからこそ出てきた言葉なんだと思います。
でも、タカシ様は本当に私を受け入れてくれるでしょうか?私はセレアさんみたいに可愛いげのある奴隷ではないです。最初は誤解してトゲのある事ばかり口にしていました。誤解だと分かった後もタカシ様の優しさに甘えてばかりで、口から出てくるのは嫉妬からの刺々しい言葉ばかり。それでもタカシ様は気分を害されたような素振りは少しも見せずに、変わらず優しくしてくれて・・・
もし、タカシ様に受け入れてもらえなくても、素直になろう。ほんの少しでも可愛いげがあると思ってもらえるように。リブラベールでお別れする事になっても後悔が少なくてすむように。後悔しないなんて絶対に無理だけど、せめて、自分の気持ちは全部伝えられたと思えるように。
宿に戻る途中、屋台で水蜜果が売られていました。スッキリした甘さで、老若男女問わずに人気のある果実です。見た目が毒々しい赤紫色なので、初めて食べた時には抵抗がありましたけど。
セレアさんも気付いたみたいで、屋台の側で一緒に立ち止まります。
「タカシ様も好きでしょうか?水蜜果。」
「いえ。恐らく、食べられた事はないと思います。」
あ、そっか。タカシ様は別の大陸の出身の方なんでした。
「でも、以前に甘い物が欲しいと仰っていましたので、甘い物はお好きなんだと思います。ただ・・・」
「ですよねぇ・・・この見た目が結構抵抗ありますよねぇ・・・知らなかったら、毒があるようにしか見えませんし・・・」
表皮だけでなく、中の実までが赤紫で種は濃い青色という、最初に食べた人を尊敬するくらいの見た目なんですよね、これ。匂いは甘くて美味しそうなんですが、それがまた逆に怖いんです。まるで罠みたいで。
「癖のある味ではありませんから、食べていただければ喜んでもらえると思いますが、見た目がどうしても駄目な人もいますから・・・難しいところです。」
「悩みどころですよね・・・」
「はい。ご主人様に喜んでもらえると嬉しいのですが。」
「どうしましょうか?」
「・・・・・もう随分遅くなってしまっていますから、あまり悩んでもいられません。リアさんはお好きですか?」
「え?あ、はい。セレアさんは?」
「私も好きですよ。では、せっかくですから、ご主人様の使い切るようにと仰ってくださったお言葉に甘えさせていただいて、いくつか買っていきましょう。もし、ご主人様のお好みに合わなかった時には、私達でいただく事にすれば無駄にはなりませんから。」
「そうですね。はいっ。」
セレアさんの決断に従って、水蜜果を3つ買って、再び宿に戻り始めます。
セレアさんはやっぱりタカシ様を完全に信頼してるんですね。素直にタカシ様の言葉に甘えるっていう選択ができるんですから。私は、まだどうしても怒られてしまうんじゃないかという不安が拭い切れなくて、そんな風にはできません。だって、具体的に言われたのがお洒落だけでしたから。
言われた事以外の事をしたら、これまではキツイ罰が待っていました。体を奪われそうになって全力で抵抗した後もでしたが、飲まず食わずで倒れるまでの状態に追い込まれたり、酷い暴力を受けたり・・・
体の傷は治癒魔法で跡形もなく消えてはいます。それに、前の主人が死ぬ事になった依頼のしばらく前からは同じ奴隷だった鼬人族の女性に手が伸ばされていた時期だったから、その期間だけは私に矛先が向く事もありませんでした。同じ奴隷だった猫人族の男性には何度か襲われそうになったけど、それを撃退しても呪印は反応しませんでしたし、罰も与えられる事もありませんでしたから、衰弱するような状況にはありませんでした。
でも、やっぱり怖いんです。タカシ様はそんな方じゃないっていうのは分かっています。顔を見ていれば、そんな恐怖は全然襲ってもきません。でも、こうして離れていると、どうしても怖くなってしまって、セレアさんみたいには・・・
だから、自分が悲しくなります。あんなに優しいタカシ様をまだ信頼できないのかって。正直、宿に戻ってからするつもりのお願いも、叱られるんじゃないかと不安にもなっています。
でも、いつも優しく笑ってくれるタカシ様、初めて頭を撫でてくれたタカシ様、私が嫉妬してセレアさんとの時間を邪魔してしまっても怒るどころか、逆に申し訳なさそうな顔をするタカシ様、私を言い負かして満足げな顔をするタカシ様。ほんの僅かな時間ですけど、これまで私に向けてくれたタカシ様のいろんな表情が、大丈夫なんじゃないかっていう気にもさせてくれます。
きっと、不安な気持ちは、タカシ様と出会えるまでの経験が私を臆病にさせて生まれてきているだけのものなんです。だって、タカシ様の顔を見ていれば言いたい事が言えてしまってます。嫉妬して刺々しい言葉をぶつけてしまったり、もう1回頭を撫でてくださいなんてお願いができてしまっているんですから。
早くタカシ様に会いたい。会って、この恐怖が間違いだって、タカシ様は違うんだって感じたい。タカシ様が側にいてくれさえすれば、怖くなんてなくなりますから。
セレアの境遇も辛いものですが、この世界では一般的な奴隷の境遇とはいえ、リアも充分過ぎる程に辛い思いをしてきています。根が純粋な女の子だっただけに、単純に相手の事を思うという事ができなくなっており、第二章では少し嫌な感じの台詞を口にしてしまう事があったのです。
しかし、自分がどういう態度を取っていようとも、変わらない優しさを見せてくれる主人公に心を開いていっています。ただ、セレアと違って奴隷としての過去の経験がある為に、まだセレアのようには主人公を信頼しきれていませんが、それも時間の問題でしょう。主人公は美人と可愛い子には徹底して弱い上に、自分と関わりのある人に対しては情が深いですから。
では、これにて第三章 第三部の幕を下ろさせていただきます。最後までお付き合いいただいた皆様に感謝です。また次もお付き合いいただければ幸いです。




