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58話 門出

 逆上したチビの親父に襲撃……されることもなく、僕と阿形は無事にリッカの実家へとたどり着いた。

 なぜリッカの実家かと言うと、女子寮ではみんなが集まれないし、ノーラの家は親に内緒で動いていた為却下。そうなると必然的にリッカの実家が選ばれる事になった。


 リッカの実家はアイアンシティの東側で、この地区は職人達の居住区となっている。ちなみにお店の商業施設は西側にある。

 見た目は普通の一軒家だが、周りの家と比べると少し規模が大きい。昔から鍛冶師をしているとのことなので、名家なのかもしれないな。


「お、おじゃましま~す……」


「主よ、なぜそんなにおどおどしているのだ?」


 何となく尻込みしてしまった挨拶に、すぐさま阿形からのツッコミが入った。

 なぜおどおどするかって? お嫁さん(仮)の実家だからだよ!!


「気にすることは無いと思うがな?」


 君にはわからないだろうよ、お嫁さんの両親に会う時の気持ちなんて。

 しかも僕は先ほど教会で盛大にやらかしている。何を言われても言い返せない!


「イズミさん? イズミさん! イズミさんイズミさんイズミさんイズミさ~ん!!」


 そんな事を考えていると、奥くから顔を出したリッカが僕の名前を連呼しながら物凄い勢いで突進してきた。なんか自分の名前がゲシュタルト崩壊しそうな勢いだ。


「アーウチ!!」


「イズミさん酷いです! ずっとずっっと待っていたんですよ!! それなのに年の暮れにアクセサリーと手紙を送ってきただけでそれから連絡はないし! 手紙には居場所も住所も書いてないし! 助けてくれるって言ったのに遅れて来るし!!

 寂しかったんですよ! 心細かったんですよ!」


 腕の中にいた阿形を放り投げ、今度はリッカが抱きついてきた。そしてぎゅうぎゅうと抱き締めながら溜まっていたと思われる鬱憤をここぞとばかりに吐き出してくる。


「こぅらドワーフの娘! 我輩を投げ捨てるとはいい度胸じゃね~か? あぁん?」


 投げ捨てられた阿形がぞんざいな扱いに対して文句を言うが、当のリッカには全然届いていない。


「すぅ~……はぁ~! すぅ~……はぁ~!! ああぁイズミさんの匂いだぁ落ち着く~」


 リッカは人の胸に顔を埋めると、あろうことか深呼吸をし始める。

 久しぶりに会うけど、こんな娘だっけ? 何か変態レベルが上がっているような……?


「リッカ、汗臭いから恥ずかしいよ」


「そんな事無いです! イズミさんが臭いなんてあるわけがない!

 だって……すぅ~……はぁ~。こんなに柑橘類系の爽やかな匂いをしているんですよ!」


 僕の言葉を全力で否定したリッカはまたすーはーと深呼吸を再開してしまった。

 どうしよう……確実に嫁の変態レベルが上がってしまっている……。


「あれ? この匂いは……血? でもどこから……?」


 暫く僕の腕の中で深呼吸を繰り返したリッカは、急に真顔になるとクンクンと犬の様にニオイを嗅ぎながら頭を下へと動かしていく。ってまじまじと観察している場合じゃなかった!


「ちょっと! リッカ!?」


「クンクン……ここじゃない……もっと下? でもこの下は……はっ!

 イズミさんもしかしてあの日(・・・)ですか!? 月からの使者が来ちゃいました!?」


「君もなの!? なんで男の僕に月からの使者が舞い降りるんだよ!」


 どこかの駄犬と同じセリフを吐くリッカを必死に離そうとするが、ドワーフの力に勝てる訳もなくリッカはびくともしない。


「さっき怪我をしたの! その時の血が服についているだけだから!」


「怪我をしたんですか!? 大変です! 傷を診せてください!!」


 リッカはあろうことか修道服のスカートを大きく捲り上げるとその中に潜り込んできた。


「イズミさん何処ですか? どこを怪我したんですか! あ、この下着可愛い」


「ちょ! やめてリッカ! もう怪我は大丈夫だから! そんなに太ももをすりすりしないで!

 ひゃ! 今舐めたでしょ!? もういい加減にして~~!!」


 てかその下着はロレッタが勝手に用意したものだから! 僕の趣味じゃないからね!!

 太ももを擦られる感覚や、お腹の辺りを舐められるという未知の体験に僕の声も大きくなっていく。 するとどうなるかと言えば、当然……。


「「「………………」」」


 リッカが顔を出した所から新たな顔が三つ、無言で僕達を生暖かい目で見守っていた。吽形とノーラ、それにどこかリッカに似ているドワーフの男性。心なしか顔が赤い気がするのは気のせいじゃないだろう。


「見てないで助けて!!」


 僕の悲痛な願いが叶ったのは、それから十数分後の事だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「先ほどは私達の娘が失礼をしました」


 目の前のドワーフの女性が頭を下げてくる。そんな彼女に僕は苦笑いしか返せなかった。

 彼女の名前はレッカ・カートラ。何を隠そうリッカの母親だ。


 暴走したリッカを止めてくれたのもレッカさんで、呼びに行ったまま帰って来ない夫と娘の様子を見た瞬間のアノ顔をは僕は忘れないだろう。

 当の夫と娘は部屋の片隅で頭に漫画みたいなタンコブを作ってのびている。何があったかは……割愛させてもらおうかな。それにしてもドワーフの力で叩くとああなるんだね、一つ勉強になったよ。


「そ、それにしてもうまくいってよかったですね」


 若干顔を赤くしたノーラが僕のお腹の辺りをチラチラと見ながら話しかけてきた。彼女には厳重注意で事を済ませたが、どうやらリッカ達と一緒に物理的に注意した方が良かったのだろうか?

 なお、阿形と吽形だが有無を言わさず召喚を解除しておいた。


「本当に……イズミさんもノーラさんもなんとお礼を言っていいか……」


 レッカさんはそう言葉を切ると、先ほど以上に頭を下げてきた。それこそ土下座する勢いで。


「頭を上げてください、僕達は友達の為に当然の事をしたまでです」


 僕の言葉にノーラも大きく頷いた。まぁ僕の場合“お友達”じゃなくて“お嫁さん”だけどね。


「リッカはいいお友達に恵まれて……幸せ者ね」


 レッカさんは部屋のすみで倒れている娘に向かってそれはもう生ぬるい視線を送っていた。



 リッカと彼女の父親であるダッドさんが目を覚ましたのはそれから数十分後の事だった。

 気絶から復活したダッドさんはお礼と謝罪の土下座を繰り出し、頭を上げてもらうまでにさらに数十分後の時間がかかったが、まぁ些細な事としよう。うん、そうに違いない。


「まぁなんにせよ無事に終わって何よりだ。これからは奴らの妨害も無くなると言うことだし、ゆっくりと借金を返していこうか……なぁ母さん」


「そうですね。100万G位直ぐですよ、あなた」


「父さん、母さん……あたしも手伝います!!」


 三人のドワーフが抱き締め会うと言う家族愛を目の当たりにすると「あ、借金は返済しておきました」って言いづらいなぁ。せっかく家族全員が一致団結しているのに水をさすってのも……気が引けるなぁ。


「すみません、イズミさん。せっかく迎えに来てくれたんですけど……あたし、父さんと母さんを手伝いたいんです!! 勝手な事だとは重々承知していますが、もう少し待っててくれますか?」


「私からもお願いいたしますわ」


 家族の輪から抜け出したリッカと両目に涙を溜めたノーラが頭を下げてきた。てかノーラさん意外と涙もろいのね。


「あ~うん。待つのはいいんだけど……借金、返済してあるよ?」


「「「「…………はい?」」」」


 見事なまでにシンクロしたドワーフ達の顔はしばらく忘れないだろう。何だろう、今日は忘れられない事が多すぎて逆に忘れそうだよ……。


◇◇◇◇◇


 あの日、ノンナの『国が買い取るレベル』という言葉を思いだした僕は、ノンナの元を訪れた。

 そして、即金でアクセサリーを買い取る事情もしくは余力のある国を教えてもらい、自宅にいる神崎さんに転送してもらったのだ。


 送ってもらった国は連合国の中でも最南端に位置する『レムプス』と言う国だった。

 最南端に位置する為か春先だと言うのにまとわりつくような暑さで、前の異世界を彷彿とさせた。


 なぜこのレムプスを選んだかと言うと、近々この国の王子様が結婚をするそうだ。

 そして、その結婚式に使うためのアクセサリーを探していると情報をもらったからだ。


 結婚式に使うアクセサリーなら多少吹っ掛けても買い取るだろうとふんでいたのだが、予想を遥かに越える食い付きぶりで逆にこっちが驚いた程だ。


「そんなことで、借金の100万Gはしっかりとあのオチビに文字通り叩きつけてきたよ」


「それは……なんと言うか……」


 僕の話しを最後まで聞いて、反応出来たのはダッドさんだけだった。まぁ話しをしている僕でも信じられない様な話しだけどね。


「あ、でも借用書は……?」


「はい、これ」


 リッカがぽつりと呟くとほぼ同時に、僕は一枚の紙を取り出しカートラ一家へ手渡した。

 手渡されたダッドさんはもちろん、覗き込んだリッカとレッカさんも目を丸くして固まってしまった。

 う~んこの反応……ちょっと癖になりそう……。


 カートラ一家へ手渡した紙はもちろん借用書である。何故僕の手元にあるのかと言うと、チビの家からぬす……返してもらってきたのだ。


 いくら痛め付けてもこの借用書が相手の手に有る限り『リッカ達が安心して生活出来ない』と考えた僕は、神崎さんにナビをしてもらいちょちょっと拝借して来たのだ。この時程『忍者』のスキルに感謝した事はない。使い方は完全に間違えているけどね!


 ちなみに、案内を終えた神崎さんには親父の方を調べてもらっていた。あの時、悪事をまとめた紙をもっていた理由はそこだ。帰ったらちょっとだけ感謝してあげようかな?



「イズミさん……いや、イズミ様!!」


 詳細を説明し終えた僕に向かって両親揃って頭を下げてきた。

 なぜか呼び方がランクアップしているし……。


「な、何ですか?」


「ありがとうございます……ありがとうございます!!」

「このご恩は一生忘れません!!」


 ダッドさんとレッカさんはそれはもう見事な土下座を決め、涙ながらに感謝の言葉を言ってくる。

 ちょっと予想よりも大袈裟だと思うけど、人に感謝されるのは気持ちがいいものだ。

 娘の窮地を救い、一億もの借金を完済したのだから大袈裟って事はないのか……。


「イズミさん……ありがとうございます。あたし達家族を救ってくれて」


 そんなことを考えていると、腕の中にリッカが飛び込んで来た。座っている状態だったがなんとか後ろへの転倒を間逃れたのは、リッカの勢いが弱かった事と、エリーのダッコ攻撃を毎日受けていた事だろう。


「気にしないでいいよ。好きな女の子を助けるのに理由は要らないよ」


 うわーどうした? どうしたよ僕? いつからそんな気障ったらしいセリフが吐けるようになった!?


 考える事もなく自然と口から出たセリフに自分自身がすっかり混乱している。

 これはあれか、ハーレムの一員になるとリア充のレベルも上がるのか? ギルドカードに『DQN』って書かれていたら嫌だな……。


「お父さん、お母さん。あたし、この人と結婚したい……この人じゃないと嫌です!!」


 腕の中から抜け出したリッカは、僕の横に座ると真正面から両親を見て堂々と宣言した。


「リッカ!? いや、私もイズミ様ならいいと思うが……」


「そうね……イズミ様が男性なら何も言わずに送り出すのだけれど……」


「リッカ……女性同士では結婚出来ませんわよ?」


 突然の発言に目を白黒させながら、ドワーフ三人が何とか言葉をかけてくる。


 そうだよね……そういう反応になるよねぇ。これ僕は言わなくてもいいかな? ダメだよね……言わないと先に進めないよね……。


「あのですね……何と言いますか……」


 僕がぼそっと口を開いた瞬間に全員の視線が集まる。

 いや! 無理だよ!! 何このプレッシャー!?


「僕はですね……男……なんです……」


「「「はぁ?」」」


 こんなにも宣言しずらい事があっただろうか……。驚きの声をあげた三人にぽつりぽつりと僕の事について説明した。


 異世界から召喚されたこと、既に結婚していること、リッカの他にもこの世界で結婚を前提に付き合っている人がいることなどなど……。

 当然怒られて、嫌われてもしょうがないと全てを隠さずに話した。


「……と言うこと……なん……ですけど……」


「「「………………」」」


 ダッドさんは腕を組み目をつぶっていて、レッカさんはそんな夫を静かに見ている。

 ノーラに至っては驚き過ぎたのか、口をパクパクしているだけだ。

 三人とも黙ってしまったので、痛いほどの静寂が部屋を支配する。


「イズミ様……いや、イズミ君」


「は、はい!」


 そんな静寂を破るようにダッドさんに名前を呼ばれた。

 


「正直な所、私は君の様な人に娘を任せることは出来ない」


 うん、ダッドさんが言いたいことはわかる。エリーが僕みたいな男と結婚すると言い出したら、腸が煮えかえり灰すら残さず焼き尽くすだろう。


「しかしだ、君は娘の為にあれだけの事をしてくれたのも事実……。多少思うところはあるが、娘が嫁ぎたいと言うのなら……許さないこともない……。多少思うところはあるがね、多少は!」


 重要なことなので三回言ったんですね、わかります。


「君は娘を幸せにすると誓えるか?」


 ダッドさんは真っ直ぐに僕を見て質問をしてきた。僕はそんなダッドの視線から目を逸らすことなく、自分の答えを口にした。


「誓います」


 しばらくどれくらいの時間が経ったのだろうか、ダッドさんは急に肩から力を抜くと優しく話しかけてきた。


「イズミ君、出来れば娘だけを見てもらいたいのだが……話しを聞く限りそれは難しいのだろう。

 だから、これだけはお願いするよ、娘を幸せにしてやってくれ」


「わかりました。この命に代えてもリッカさんを幸せにしてみせます」


 こうしてアイアンシティにおける僕の嫁騒動は幕を閉じたのだった。

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