55話 ドワーフの花嫁
風が鉄と煤の匂いを運んでくる。
目の前の大きな金槌の看板がかかっている店からは今日も威勢の良い掛け声と金属を叩く耳に馴染んだ音が聞こえてくる。
「はぁ戻って来たんだなぁ」
そう僕は今、鍛冶師の街『アイアンシティ』へと戻ってきているのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆
事の始まりは久しぶりにノンナの城へと遊びに行ったときの事だった。
「母様は何の店を開くのじゃ?」
ノンナの髪をブラシでとかしていると、そんな質問を投げられた。
「エイドリアンから家を借りたと聞いていおるが……母様は鍛冶師の職をとっていたから武器屋かの?……母様?」
そうだった……確か武さんと飲んだ時も開業の事を思い出したんだった……あれから何日経ったっけ……? 一週間!? ヤバイよ! 春が終わってそろそろ初夏になっちゃうよ!!
リッカの所に行かなきゃ!
「……どうやら忘れてたようじゃの……しょうがない母様じゃ」
手が止まった僕を不信に思ったのか、振り向いたノンナが僕の顔を見て一人で納得してしまった。今の僕はどんな顔をしているのだろう……まぁ言わずもがなって感じかな。
その後、ノンナと昼過ぎまで話しをしたりお茶を飲んだりと楽しむと全力で家まで走った。
え? 何ですぐ帰らなかったかって?
すぐ帰ったら僕に会うために時間を作ってくれたノンナに悪いでしょうが。
家に到着し、ドアを蹴破る勢いで開け階段を登ってリビングへ到達すると目的の人物を発見した。
「ちょっと神崎さん! 僕をアイアンシティまで送ってちょうだい!!」
「ぐぇ!?」
しかし、当の神崎さんからはカエルがつぶれた様な鳴き声しか返ってこなかった。
「『ぐぇ』って何ですか『ぐぇ』って! こっちは一大事なんですよ!!」
「イズミ落ち着いて! 口から泡吹いてるから!!」
「おおーブクブク」
ロレッタに止められてよくよく見ると、肩を掴んだつもりが襟を掴んでいた様だ。
しかも力の限り締め付け、更に前後に揺らしていたために、神崎さんは見るに耐えないヘブン状態の顔をしていた。
神崎さんが回復する迄に三十分以上の時間を要した。まったく、神様ならさっさと回復してよね。
「それで……何があったんですか? 和泉様」
テーブルを挟み真向かいで優雅に紅茶なんぞを飲みながら神崎さんが質問してきた。
この……もう一回締めて……いいや先に進もう。
僕はお城であったことと一緒にこの家で店を開く計画を改めて説明した。そして、その開業の為に必要な人を呼びに行きたいとも言った。
「あれ? でも和泉様。この前私と一緒に各地を回ってゲートの位置情報を記録しましたよね?」
なんだって? そんな事した記憶が……。
「あ」
あった。そう言えばこの一週間でアキツ国をはじめ行ったことのある都市をゲートの位置情報を記録して周っていたんだった。いや~すっかり忘れていたね。
「もしかして……和泉様忘れてました?」
「…………てへっ★」
「『てへっ』じゃないですよ『てへっ』じゃ! 私締められ損じゃないですか!!」
ギャーギャー騒ぐ神崎さんを放置して僕はアイアンシティへ飛ぶ準備に取り掛かった。
自力で行けるんだ、これは善は急げだよ!
「それじゃちょっと行ってくるからね」
準備を終えた僕は城門の前に立ち、見送りに来てくれたロレッタやエリーに声をかけた。
「ママ……すぐ帰ってくる?」
「うん、ぱぱっと連れてくるからね~」
若干寂しそうな顔をしているエリーの頭を撫でながら約束をする。それにしても、発言が犯罪者っぽい……。
「お金持った? ハンカチは? 変な人に声をかけられても着いていっちゃダメだからね?」
「大丈夫だよ~僕だって子供じゃ無いんだから」
ロレッタはお母さんのようにあれこれと言ってくる。実家の母親にだってこんなこと言われた事無かったのに。意外と心配性なんだなぁ。
「アイアンシティって有名なお土産って無いですよねぇ」
「いや、お土産とか無いから……」
神崎さんに至っては着いてくる気はまったく無いようだ。一応担当者って肩書きじゃ無かったっけ?
そんな疑問を残しつつ、僕はゲートを開きアイアンシティへと移動した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
つい先程起きた事を思い返しながら巨大な金槌の看板を眺めていた。
「さて……と、リッカを探さないといけないな~」
なんとなくだけど、この店で働いている気がしたので一番に寄ってみたわけだ。
「イズミ……さん?」
店に入ろうと一歩踏み出した所で後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには綺麗な金髪をドリルの様な髪型にした中学生位の女の子が立っていた。
「もしかして……ノーラ?」
うわ~懐かしいなぁ金髪ドリルも健在だぁ。
「この時期に貴女が訪れるなんて……まさに天の助けです!」
ノーラは何か呟くと僕の右腕を掴むと、そのまま走り出した。
「うぇえ!? ちょっとノーラさん!?」
力でドワーフに敵う訳もなく、僕は引きずられる様にノーラに拉致られてしまった。僕は早くリッカに会いたいのに!!
◇◆◇◆◇◆◇◆
「リッカが結婚!?!?」
引きずられぼろ雑巾の様になりながらも連れてこられた場所は、懐かしき第三女子寮だった。
第三女子寮のノーラの部屋(僕が去ってからはリッカとお付きのエルヴィの三人部屋だったらしいけど)に通された僕はそこで衝撃的な話しを聞かされた。
「あ、相手は?」
「このアイアンシティの領主の息子です」
あちゃーいいとこのお坊ちゃんか……リッカは玉の輿って訳か。
「ですが! この結婚は仕組まれた事なんです!」
今まで黙って話しを聞いていたエルヴィが急に声を張り上げた。
って言うか仕組まれた? どういう事?
僕の疑問を感じ取ったのだろう。ノーラが詳しいことを説明してくれた。
事の始まりは昨年末。ちょうど誕生祭があった時期だろう。親方の店で働いていたリッカに領主の息子が一目惚れしてしまったそうだ。
当然、息子は猛烈にアタックを仕掛けるが、リッカは相手にするどころか手酷く振ったそうだ。
普通ならここで終わるのだが、相手が悪かった。領主の息子は親父の権力と金を使ってリッカの外堀から攻撃していったのだった。
「その外堀と言うのがリッカさんの実家です」
リッカの実家を探し出した領主の息子は、直接的な手段に売って出た。それは仕入れ先を買収しリッカの店に材料が入らなくする事だったのだ。
なんとも昔から使われている姑息な手段だと思ったのだが、効果があるので昔から使われいるのだろう。
素材が手に入らなければ商売は出来ない。そして出来上がるのは負の遺産、そう借金だ。
借金は雪だるま式に大きくなり、気が付けば総額100万Gにまで膨れ上がっていた。
100万Gなんて言ったら日本円にして1億円である。たった半年で1億なんてヤミ金もビックリな利率だ。
そして質が悪いことにこの借金、なんと返済先が領主になっているのだ。
ここまで露骨にやられたら誰だって領主を疑い非難の声を上げそうなのだが、書類は正式なものだし、そして何より相手が領主と言うことで誰もなにも言えない状況なのだと。
こんなところで封建社会の恐ろしさを実感した。
「あんなことをするなんて! ドワーフの恥さらしです!」
あくまでも冷静に話してくれるノーラと対照的にエルヴィはひどく興奮している。どうやら一緒に暮らす内にとても仲良くなった様だ。
興奮しているエルヴィをノーラが宥めている間に情報を整理する。
問題なのはリッカの実家の借金とそれを記載した契約書って事か……なら僕は、
「その領主の息子を館ごと吹き飛ばせばいいのかな?」
「明らかにやり過ぎです!」
え? だって他人の嫁を横取りしようとしているんだよ? 万死に値するでしょう。
「壊して欲しいのは結婚式の方です!」
「だって、結婚式を壊したってまた手を出してくるよ? ならいっそのこと亡き者に……」
「……アルヴ・ヘイムに行ってから考えが過激になりましたのね……」
ノーラはどこか遠くを見ながら溜め息をついた。
「でもイズミ様の言うことも確かです。一度や二度の妨害では彼方も手を引かないでしょう」
興奮状態から覚めたエルヴィは僕と同じ様に考えていた様である。
「そうだよね! やっぱり吹き飛ばそう!」
「はい! ドカンと一発派手にやりましょう! 無理矢理結婚を迫る野郎なんて全女性の敵です!」
「イズミもエルヴィも少し落ち着きなさい!」
その場のノリで今にも部屋を飛び出そうとした僕達をノーラが押さえつけた。小柄な体格だが力では到底敵わない。
「まったく、少しは考えて行動して下さい」
だって……リッカの一大事なんだもん……。あの一度だけ見た朝日に輝く白桃が誰かの手にわたるだなんて……。考えただけでも発狂しそうだよ!!
「式当日迄はまだ一週間の時間があります。その間に出来る限りの事をやりましょう」
そんな悠長な事を言っていて良いのだろうか?今この瞬間にも魔の手が……!
「リッカさんはこちらの家で匿っていますから大丈夫ですよ」
ノーラが優しく微笑みながら話しかけてくる。てかどうしてリッカの状況を? そりゃ必要な情報だけど……。
「イズミさんの顔を見れば一目瞭然ですわ」
どうやら顔にモロ出ていたようだ。
「さて、話しを戻しますが、私たちはこれから息子が行った卑劣な行為の証拠を押さえます」
「じゃ僕は借金の方をなんとかすれば良いのかな?」
これから一週間で100万Gか……自分で言っておいてなんだけど、無理だよね?
「一週間で100万Gなんて到底無理です。それこそ王族か貴族の中でも上流の人達でないと……」
王族か貴族……そう言えばこの前どこかでそんな話しをしたっけ……。
「ですのでイズミさんにはどうして証拠が集まらなかった時に動いて欲しいのです」
どこだ、どこで話しをしたんだ……確かノンナと話しをしていた時だと思うけど……。
「あの? イズミさん聞いていますの? イズミさん!」
考えに没頭していたら急に肩を揺さぶられる。何事かと顔を上げると、先ほどまでとうってかわり心配そうにこちらを覗き込むノーラがいた。
「大丈夫ですの?」
「ああ、ごめんねノーラ。ちょっと考え事……を……」
その時、ノーラの髪飾りが目入る。真赤で大きな花弁を模ったとても上品な一品だ。
しかし、今重要なのはその髪飾り本体じゃない。その赤色だ。
『国が買い取るレベルじゃな』
するはずの無いノンナの声が脳内で再生されると、頭の中で電気が走った。
そうだよ、その手があった! これなら借金はどうにかなるかもしれない!
「ノーラ!!」
「きゃ!」
僕は、近づいていたノーラの肩を抱くと声を張り上げた。その際、ノーラの口から可愛い悲鳴っぽいものが聞こえた気がしないでもない。
「借金、なんとかなるかもしれない!」
「本当ですかイズミ様!」
驚きで動けないノーラの代わりにエルヴィが反応してくれた。
僕は、エルヴィの方を向き早口で捲し上げる。
「まだ保証が無いけど動いてみるよ。だからエルヴィとノーラは証拠集めを……」
「任せて下さい!」
全てを言い切る前にエルヴィが力強く頷いた。
よし! やることが決まったら早速行動だ!
僕は、勢いよく部屋を飛び出すとそのままの勢いでアイアンシティを後にした。




