50話 城での一夜
ベッドの上でぼーと天井を眺めている時間が続く。先ほどのメイドさん達による和泉包囲網の余韻に浸っている為だ。
「あれはえがった……」
嫁は六人いるが、全員が一度に抱き付いてきた記憶は無い。やっぱり男子たるもの女の子に囲まれるのは夢だね!
「何が良かったのじゃ?」
不意に後ろから懐かしい声が聞こえてくる。このしゃべり方は……。
「あれ? どうしたの、ノンナ?」
「どうしたの? じゃないのじゃ! 久しぶりに会ったというのに上の空で生返事しおってからに!」
はて、何の事やら? ノンナが何を言っているのかわからない。てか武さんと日向は?
「訳がわからないと言った顔をしておるの……」
ノンナはため息をつきつつ僕の膝の上に乗ってきた。そして僕の腕をとると自身のお腹の前に持ってきた。後ろから抱き締めるような格好だ。
「おやおや、ノンナは寂しかったのかな?」
「うるさいのじゃ! イズミは黙って妾の椅子になるのじゃ!」
思わず笑いが込み上げて来るが、ここは我慢するところだな。
それからノンナとのおしゃべり会が始まった。一年前のあの日から何があったのか、それこそ根掘り葉掘り聞かれてしまった。それでも嫌な気分にならなかったのは、きっと話し相手がノンナだったからだろう。
「そう言えば、贈った指輪は気に入ってくれたかな?」
エルフの国で『誕生際』というお祭りの時に、指輪を作りノンナに送っていたのだ。その時はノンナの属性とかわからなかったので適当に作って贈ったのだが、喜んでもらえただろうか?
「あ~あれはダメじゃな。妾には使えん」
ガーン……。
一生懸命使ったのに使えない発言をいただきました……。どうしよう、泣いても良いかしら?
「指輪自体のサイズも大きかったし、何よりあの龍玉じゃ。力が強すぎてバランスが崩れるんじゃ」
Oh……こいつぁ盲点だった……。まぁでも直せない事もないし、ちゃちゃっとやっちゃいますか。
思ったら即行動ということで、早速ノンナに指輪を持ってきてもらう。と言ってもメイドさんが持ってきたんだけどね。ノンナは僕の膝の上から動いていない。
指輪を持ってきたのは僕を着付けしてくれたあの小さなメイドさんだった。
「失礼します。姫様、お持ちしまし……た……」
部屋に入ってくるとメイドさんは声を詰まらせた。まぁ自国のお姫様が一介の冒険者の膝の上に座っているのだ、驚きもするだろう。
「おお、シェリー待っておったぞ」
「あの……姫様これは……?」
困惑しているメイドさん――シェリーちゃんをよそにノンナは受け取った指輪を僕に手渡してくる。
「ほれ、指輪じゃ」
「いやいや、シェリーちゃんに説明してあげようよ。固まっちゃってるよ」
指を指すのは失礼だと思ったけど、先ほどから目を見開いたまま微動だにしないシェリーちゃんに注意を向けさせる。
「いいのじゃ、シェリーは妾の奴隷じゃからな」
「奴隷ぃ!?」
シェリーちゃんがノンナの奴隷……。どうしよう、エロイ妄想が爆発しそうだよ!
「イズミよ……御主、かなり失礼な事を考えておるな」
ノンナが呆れ混じりの目で見上げてくる。そんなことはないよ? いたって健全な妄想だよ?
僕の弁解は全くもって意味をなさず、ただただ二人を呆れさせるだけだった。
ノンナの説明によるとこの世界の奴隷は僕達の世界の奴隷とは少し違うようだ。奴隷は聞くとマイナスのイメージしかないのだが、この世界ではそうではないらしい。
家の理由でやむを得ず売られてしまう人や、住む所が無くなった為に奴隷となる人が多いのだと。中には犯罪者や、自分の力を売るために奴隷となる人もいるそうだが、それはごく少数の事らしい。
買われる先は殆どが裕福な家で、家政婦や門番、ボディーガード等が主な仕事なんだとか。中には魔法使いや、鍛冶師が弟子にするために買う人もいるそうだ。そして犯罪者から奴隷になったものは国等が買い取り、炭鉱夫等のキッツイ仕事をやるんだと。まぁそのまま死刑になるよりは少しでも国の役に立てといったところなのだろう。
奴隷には基本的に市民権は無いのだが、買われた先で規定の年数を働くか、自分でもしくは主人に買ってもらうと市民権を得ることが出来る。
買う方もある程度の財力を保有している為、よっぽどの事がない限り標準以下の生活を送ることはない。
と言うのがノンナの説明だ。奴隷と聞いたときはムラム……いやドキッとしたが、これもこの世界の立派な文化なのだろう。
「あたしは姫様に買っていただき、こうしてお城の雑用をさせていただいています」
シェリーちゃんはそれは嬉しそうな笑顔で話している。きっと今の生活が幸せなんだろうなぁ。
「大丈夫? 無理してない? なんなら僕の所に来ても良いんだよ? 家は無いけど」
「妾の奴隷を誘惑するにゃーー!!」
ちょっとからかっただけなのだが、ノンナが予想以上に反応した。歳も近そうだし、良い関係を築いている様だ。よかったよかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
奴隷の話しでついつい脱線してしまったが、本来の仕事に戻るとしよう。
まずはノンナの属性から見る事にする。魔力を目に集めノンナを観察すると、全体的に白いオーラがノンナを包んでいる。
「ノンナは光属性なんだね」
「今更かえ!?」
ノンナが驚いたように見上げてくる。するとシェリーちゃんが「ルーズガス家は代々光属性の方がお生まれになるんですよ」と教えてくれた。へぇ代々光属性ねぇさすが王族って事なのかな?
「そう言えばイズミは異世界から来たんじゃったな」
シェリーちゃんの説明に頷いていると、ノンナが納得したと声をあげた。そうです、僕が異世界人です。
まぁ冗談はさておき、ノンナの属性がわかったのなら後は簡単だ。僕は指輪から宝石を外すと、アイテムストレージにしまってあったダイアモンドを取り出して魔力を込める。魔力に反応したダイアモンドは七色に光始めた。
「ほう……」
「綺麗です……」
作業を見るのが初めてなのか、二人から声が漏れた。シェリーちゃんの顔しか見えないが、きっとノンナも同じ顔をしているだろう。
十分に魔力が溜まるとダイアモンドは内側から自然に発光し始める。これが完了した合図だ。
ダイアモンドに魔力を溜め終えると、指輪本体にダイアモンドを取り付ける。完成した指輪を実際にノンナの指に宛がうと明らかにオーバーサイズで、ノンナが言う通りこれでは直ぐ無くしてしまうだろう。
僕は左手の薬指に指輪をはめ、スキルを使う。
「リサイズ」
スキルが発動すると淡い光が指輪を包み、ノンナの細い指にフィットしていく。
「イ、イズミ!?」
薬指にジャストフィットした指輪を見てノンナが驚きの声をあげる。驚くほど喜んでもらえたようで良かった良かった。
「素敵です。姫様」
シェリーちゃんがどこか羨ましそうな目でノンナの指に収まった指輪を見ている。そうか、シェリーちゃんも奴隷とはいえ女の子。やはりこういうアクセサリー類が好きなのだろう。
ふむ、水仕事もあるだろうから指輪はダメだよな……あと、あんまり過度な装飾はNGとなると……。
僕は残ってた銀と適当な鉱石を取り出した。
「何をするのじゃ?」
「イズミ様?」
二人が不思議そうな目を向けてくるが気にせず作業を続ける。
「土遁・鉱物置換」
右手に持っていた鉱石を目的の物に変化させると、そのまま鉱石精製のスキルを使い金属へと変化させる。
変化させた金属を棒状に伸ばし、同じく棒状にした銀と螺旋を画くように捻っていく。
「待てイズミ、その金属は……」
目の前で変化を見たノンナは何の金属かわかったようだ。しかし、次の言葉を笑顔で封じると最後の工程にさしかかる。
「我が言葉をその身に刻みなさい……《プロテクト》」
魔法を発動させ、金属へと封じ込めるとそのままシェリーちゃんの右手首へと巻き付ける。
「はい、シェリーちゃんの分」
「いいんですか!?」
「いいよ、ノンナだけに渡してシェリーちゃんには無しっていうのはちょっとね」
「でも、あたしは奴隷ですし……」
シェリーちゃんはどこか申し訳なさそうに右手首に巻かれたブレスレットを撫でる。
「気にしない気にしない」
「シェリーよ、貰っておけばよい。せっかくのプレゼントを断る方が失礼じゃと思うぞ?」
膝の上からノンナの援護射撃が加わり、ようやくシェリーちゃんは納得してくれた。
「時にイズミよ、あの金属……オリハルコンじゃろ?」
ノンナは僕を見上げながら呆れた目を向けてくる。まぁ隠すことじゃないから教えちゃうけどね。
魔法を金属へと封じ込めるには金属との相性が重要になってくる。
普通の鉄や鋼鉄、ダマスカス鋼は魔法との相性は余り良くない。やって出来ない事は無いが、劣化が激しかったり中には魔法が暴走した事例もある。
それとは逆に魔法と相性がよい金属もある。代表的なのがミスリル、オリハルコン、ヒヒイロカネである。最初親方の秘蔵書を盗み見……拝借した時はゲームかよっと思わず突っ込んでしまったが、よくよく考えればこの世界はゲームを元に作っていた事を思い出した。
しかし、この三つの金属。精製方法が秘匿にされているために一つひとつがどえらい金額で取引されている。特にヒヒイロカネはアキツ国の方でしか手に入れられない金属ということでその価値は天井知らずだ。その中で今回使用したオリハルコンは比較的に手に入りやすい金属なので、
「まぁこの量じゃとここの一等地に庭付きで一軒家が建つじゃろうな」
あ、そんなもんなんだ。ぱぱっと作れちゃうからあんまり気にしなかったよ。
「一等地に庭付きで一軒家!?」
しかし、当のシェリーちゃんには刺激が強かったようで右手首を見ながら固まってしまった。
「見た目もよく、プロテクトの魔法も付与されておるしの……国が買い取るレベルじゃな」
「国!?」
ノンナのセリフを聞いたシェリーちゃんはそのまま気絶してしまった。
「ふむ、少々脅かし過ぎたか?」
ノンナを膝からおろすと、立ったまま気絶してしまったシェリーちゃんをベッドへ寝かしつける。そしてふと気になった事を彼女へと問いかける。
「今日のノンナはちょっと意地悪だったね? あ、もしかして“やきもち”?」
「にゃ、にゃんの事じゃ!? 妾は決してシェリーに対して構いすぎ等とは思っておらぬぞ!?」
図星のようだ。まったく、まだまだお子様だね~。
「違うのじゃー! 妾は、妾は……!」
「いいんじゃない? やきもちくらい」
まだ何か言いかけていたノンナを正面から抱き締めながら軽く頭を撫でる。
「だってノンナはまだ13歳なんだし、それに歳に関係なくそれって自然な事じゃない?」
13歳と言えばまだ中学校に入学した位だろう。去年までランドセルを背負っていた様な子供が誰にもやきもちを妬かないなんて、そっちの方が不自然だと僕は思う。ノンナは姫様という特殊な立場なのはわかっているけど、それでも僕の前では子供のノンナでいて欲しいと思ってしまった。
どうやらこっちに来た時よりも情が移っちゃったようだ。まぁ仕方がないか。
「ぬぅ……母様はズルいのじゃ……」
背中に回った腕にしっかりと力を込め、ノンナは僕の胸元に顔を押し付けてきた。こういう姿は元の世界にいる義妹と似ている。義妹の方が三つも上だけどね。
「さてと、今日は遅いからもう寝ようか?」
時間を確認すればすでに日付が変わりそうな時間だ。学生時代ならまだまだこれからだが、ノンナは明日も予定がいっぱいだろう。
「今日は母様と寝たいのじゃが……」
な、なん……だと……僕と寝たいだと!?
これはあれか? ノンナからのお誘いって事か? いや、いやいや……待て、待つんだ和泉。相手はまだ13歳。子供だ。だから“一緒に寝たい”の意味もその言葉通りのはず……。いや、しかし……もし、もしもノンナが“そういう意味”で言っているのなら? 僕は彼女の気持ちを裏切る事になるんじゃないのか? くっそーどっちだ? どっちが正解なんだ!?
「……ダメかえ?」
ノンナは捨てられそうな子犬の様な目で見上げてきた。この目に対抗できるほど僕の精神は強靭に出来ていない。
「し、しょうがないですね~ノンナは」
結果。ノンナ、僕、シェリーちゃんの順で川の字で寝る形になった。
「えへへ、母様……」
「お母さん……」
二人の寝言と幸せそうな寝顔を見ているとさっきまで邪な思いで悩んでいた僕を全力で殴り飛ばしたい。二人はまだまだお子様。さっきそう自分で言っていたじゃないか。まったく、なんて奴だ! 僕って奴は!!
二人の寝言については思うところがあるけど……まぁ邪な事を考えた罰ということで甘んじて受けよう。
こうしてラグズランドの夜は静かに更けていく。




