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40話 カンシュザーキ教

 一晩明け、僕はカンシュザーキ教の教会前に立っている。しかし、昨日の様なやる気は全く無い。

 昨晩、夕飯を盾に取り神崎さんに洗いざらい吐かせた結果意外な事実が判明した。それはこのカンシュザーキ教の主神と言うのが何を隠そうこの神崎さんだと言うのだ。

 まだこの国に宗教を言うものが根付いていなかった頃の話しになるのだが、貧困で民が死んでいくのを嘆いた当代のルーズガス王は神に祈りを捧げたそうだ。それをちょうどやることもなく暇を持て余していた神崎さんが聞いてしまったのが間違いの始まり。

 演出たっぷりに王の前に出てあっという間に貧困を解決。あれよあれよという間に崇め奉る人が増え神様に祭り上げられることになったそうだ。そしてまだ光属性の魔法が無かった人達に自分が知っている治療魔法などを授けたんだと。それがカンシュザーキ教の始まりであり、世に治療魔法が広まった元の話し。

 プリーストを目指すとなるとその主神でもある神崎さんを崇めなければいけなくなる。なんてこったい。


「やぁ貴女は昨日の」


 門の前でうんうん唸っていたところを昨日の男性に見つかった。悩むなら宿で悩んでおけばよかった。


「おはようございます。司教様は……?」


 僕の逃げ腰の姿勢にも笑顔を崩さす答えてくれる。現在司教様は朝礼の真っ最中なのだと。すぐ終わるという事だったので教会の中で待たせてもらう事になった。


 案内された部屋は二対のソファーとローテーブルが中央に置かれているだけのシンプルな部屋だった。一応窓際に観葉植物が申し訳程度に置かれているが、なんとも殺風景な部屋だ。

 まぁ教会の応接室が豪華絢爛だったら逆に落ち着かないか。


 この部屋に通されて随分経つけど司教様は未だに来られない。はっきり言って暇だ。エリスリナを神崎さんに預けて来たのが痛いなぁ……連れて来れば話し相手になってくれたのに……。

 特にする事も無くただただボーとして時間を潰した。考えれば何かしらの事は出来ただろうが、それすら放棄した。


「お待たせしてしまって申し訳ない」


 虚空を見つめているとドアの開く音と一緒に男性の声が聞こえてきた。飛び掛けた意識を戻し音のした方を向くと、入り口で案内してくれた男の人と老人が部屋へと入ってくる所だった。

 慌てて立ち上がり頭下げ自己紹介すると、老人は笑顔で席に座るように促して来た。

 御言葉に甘えソファーに座り改めて老人を見る。真っ白な祭服に身を包み常に笑顔でいる。身長は僕と同じ位か少し大きい位だろう。少し太めの体型は優しさというか包容力が増して見える。『好好爺』という言葉を全身で現した様な人だ。


「では改めて、私がここの司教でアンスといいます」


「和泉です。よろしくお願いします」


 アンスさんに再度頭を下げる。

 それから少しアンスさんと話しをした。好きなものとか趣味の話しから始まってどうしてプリーストを選んだのかなど様々な話しをした。

 一通り話し終わるとアンスさんは大きく頷いた。


「わかりました。貴女は冒険者としてのプリーストを目指しているんですね」


 アンスさんの言葉に素直に頷く。と言うか冒険者以外の目的でプリーストに……あ、宗教目的か。


「それでは光魔法と治療術を中心にして、後は……そうですね護身術も身に付けましょうか」


「あの治療術はわかるんですけど、何故護身術も学ぶんです?」


 アンスさんの提案に疑問を感じたので質問してみる事にした。彼は嫌がる素振りも見せずに笑顔で答えてくれた。笑顔がデフォなんだろうか?


「そうですね、確かに私達は後衛で直接の戦闘には加わらないでしょう。しかし、だからと言って自分で身を護る術を持ってなくていいと言う訳じゃありません」


 確かに、前衛が崩れれば後衛の僕達にも敵が来る事になる。その時何も出来ないでいるとあっさり全滅ってことになりかねないのか。

 アンスさんは僕が頷くのを確認して続きを話し出す。


「ですので、あくまで自衛という事でこの教会では棒と杖、それにメイスの使い方を教えているんですよ」


「なるほど、わかりました」


 刃物じゃないのはやっぱり教会だからなのかな?


「他に質問はありますか?」


 アンスさんの問いかけに首を振って意思表示する。


「それじゃこれから生活をする寮へと案内しますね。アレク、シスター・ロレッタをここに」


 アンスさんが声を掛けると案内をしてくれた男性が頷き部屋の外へ出た。

 彼の名前はアレクさんと言うか、初めて知ったよ。自己紹介の時も一歩後ろに居たし。やっぱり階級とかあるのかな?

 一人考え事をしていると再びドアが開きアレクさんの他に女性が一人入ってきた。


「彼女がこれから君の教育係となるシスター・ロレッタです。シスター・ロレッタ彼女は本日よりプリーストを目指すイズミです。お願いしますね」


「わかりました司教様。はじめましてイズミさん、ロレッタと言います。これからよろしくお願いしますね」


 女性が頭を下げてきたので僕も立ち上がり頭を下げる。

 ロレッタと名乗った女性は金髪が良く似合うお嬢さんだった。歳は僕と同じか少し上位か。目線が同じなので身長に差は余りないだろう。全体的に肉付きが良いが決して太っている訳ではなくちょいポチャと言った感じだろう。その肉付きのお陰か修道服を着ていても強調されてしまう胸部装甲に目が行ってしまうのは男としての性だろう。

 と、あんまし凝視するのは失礼か……。それにしても、気になる事が。


「……あの、一ついいですか?」


「何ですかイズミ」


 このままだとよくない方向に行きそうだったのでアンスさんに質問をする事にした。


「あの、僕が行くのは男性寮・・・ですよね?」


「いいえ? 貴女が行くのは女性寮・・・ですよ」


 やっぱりか~

 思わずその場で頭を抱え込みながらしゃがんでしまう。急にしゃがみ込むものだから周りの三人は一斉に焦りだす。


「イズミ、貴女は女性ではないのですか?」


 震える声でアンスさんが質問をしてくる。


「ごめんなさい、僕はこんな姿をしていますが男なんです……」


 最初に言っておけばよかった。場所的に大丈夫だろうと思っていたけどやっぱり駄目だったか。


「これは困りましたね。アレクどうしましょう」


「制服も女性物しかないですし、それにこの格好で男性寮にいったらイズミの身が危ないのでは?」


 僕の身が危ないって……ここの男性寮はどうなっているんだ? まぁいきなり見た目女の人が男性だけの建物にこれから住みますって言ったら……いや、手は出さない……よね?

 アンスさんとアレクさんが僕の為に相談していると言うのに、僕は一人変な事を考えていた。


「あの私が相部屋になればいいのではないでしょうか?」


 男三人が唸っていると唯一の女性であるロレッタさんが挙手をしながら爆弾を投下してきた。

 なんで貴女が相部屋になれば解決するのでしょう?


「それは……どうなんですか?」


 アンスさんもすっかり混乱している。するとロレッタさんが笑顔で質問に答え始めた。


「イズミさんが男性寮に行くのはイズミさんにも男性寮の人にも良くないんですよね? なら女性寮に入れるしかないと思うんです。それでも男性を女性寮に入れるんですからイズミさんが他の子にオイタ・・・しないように見張る人が必要ですよね? 幸いにして私の部屋には同居人が居ない状態ですから教育係として私がそのまま見張ろうと思ったのです」


 な、なるほど。なんとなくだけど説得力がある。

 ロレッタさんの説明を聞いた男性三人はなんとなくだけど見合ってしまった。


「イズミさんはどうなんです? 私と一緒がいいか、それとも身の危険を感じながらも男性寮がいいか」


「その言い方ならロレッタさんと一緒が良いですけど……いいんですか?」


 ロレッタさんの質問に質問で返してしまう。だって、ねぇ?


「私は問題ないですよ。弟が出来たと思えばどうってことないですし」


 お、弟ですか……姉は一人で間に合っています……。

 ロレッタさんの弟発言に思わず実家の姉を思い出してしまった。それと同時に幼少よりイジ……いや可愛がられて来た記憶も同時に。楽しい思い出ではなかったと言いたい。


「ん~男性を女性寮に入れるなんて……でも男性全員を見張るよりもイズミ一人に我慢してもらった方が……」


 アレクさんが今度は深みにはまったようだ。一人でうんうん唸っている。


「はぁしょうがないですね。ここはイズミに我慢してもらいましょう」


 アンスさんはため息まじりに僕の女子寮への入寮を決定した。その際絶対に問題を起こさない事。他の人にばれないようにする事など色々と約束事を決めた。


「もう大丈夫ですか?」


「あ~あと一点。入寮は今日からですか?」


「その予定でしたが……何か予定でも?」


 僕の質問にアンスさんもアレクさんも身構える。まぁいきなり性別が違うという爆弾を落としたのだから身構えるのもわかる気がする。


「あの、予定ではなくてですね。実は子供を一人預かっているのですが……」


 僕はエリスリナの事を詳しく説明した。龍族の事なども隠さずに伝えた。本当の所は龍族の事なんかは隠しておいた方がいいと考えたが、ここで下手に隠して後々問題になる方が嫌だったからだ。

 説明をし終わるとアンスさんの笑顔に始めて曇りが見えた。やっぱり難しかったかなぁ。


「そうですか……龍族の……」


「何とかなりますか?」


「そうですね……昼間一緒に同じ訓練をするわけにもいきませんし……」


 アンスさんの変わりにアレクさんが呟く。そうだよね~流石に五歳児に訓練とか……やってたわ。そう言えば。


「それでは、隣に孤児院がありますので昼間はそこで面倒を見てもらいましょう。夜は同じ部屋で寝泊りしてもらうと言う事で。特例ですよ?」


 アンスさんがそう提案してきた。と言うか何で泣いているんだ?


「その御歳で子供の面倒を見ながら冒険者を目指すなんて……なんて素晴らしいのでしょう!」


 そう……なのかな? よくわからないや。

 とりあえず、一度部屋に行ってからエリスリナを連れてくる事になった。


 アンスさんとアレクさんは応接室で別れ今はロレッタさんが案内をしてくれている。流石に女性寮までは入って来れないようだ。


「イズミ様は今御幾つ何ですか?」


 前を歩いていたロレッタさんが振り向きながら質問をしてきた。きっと気を使ってくれたんだろう。


「今年で二十歳ですよ」


「本当ですか! 私も今年二十歳なんです!!」


 見た目から同じ位だと思っていたけど、まさか本当に同い年とは……僕の観察眼もなかなか精度がいいね。


「それにしても私と同い年でもうお子さんが居るなんて……凄いですね!」


「あ~親代わりってだけだからね、僕が産んだわけじゃないよ?」


 何か勘違いしていそうだから訂正しておこう。

 ロレッタさんは笑っているけど、わかっているのかな?


「わかっていますよ。それでも、子供の面倒を見るという事は凄い事だと思います」


 ロレッタさんは優しく微笑んだ。彼女の笑顔を見ていると胸の奥がコトリと反応する。

 この笑顔どこかで見た覚えがあるんだよなぁ。いや、顔と言うか雰囲気か……。


「あの……どうかしましたか?」


 ロレッタさんが首を傾げている。どうやら顔をジッと見つめながら考え事をしていたようだ。


「あ、ごめんなさい。笑顔が素敵だったものですから」


 何とか誤魔化そうとほとんど何も考えずに話すとまたもや僕の口から発せられたとは考えられないイケメンなセリフが……。

 こうも簡単にイケメンのセリフが出るという事は、僕のイケメン力がレベルアップしている? んなことないか。

 僕のイケメン的なセリフを聞いたロレッタさんは顔を真っ赤にしながらも笑顔でありがとうございますと言ってくれた。何とも、初対面の人に何てことを言っているんだ僕は。

 その後施設の簡単な説明を受けつつ女子寮まで移動した。


◆◇◆◇◆◇◆◇


「さぁここですよ。どうぞお入り下さい」


 ロレッタさんに連れられて来た女子寮はレンガ造りの三階建てで、その外見は清楚な作りをしており教会の雰囲気とマッチしていた。


「ただいま戻りました」


 ロレッタさんが先にドアを開け寮内に入っていく。外見に気を取られていた僕は慌てて後を追った。


「はい、お帰りなさい。あら、そちらは?」


 中に入ると一人の女性が出迎えてくれた。見た目五〇後半から六〇前半位、アンスさんと同じ位かな? と言った感じの初老の女性である。

 身長は低めでやや腰が曲がっている。農作業でもやっていたのだろうか? 柔和な顔つきは見ているだけで心癒される。


「はい、今日からこの寮で一緒に生活をする事になったイズミさんです」


「おやおや、また新しい人が増えるんだね~いいことだよ」


 ロレッタさんが僕を紹介してくれると、お婆さんは嬉しそうに微笑んだ。歓迎されているようでよかった。


「イズミ様。こちら寮母のアガサさんです」


「今日からお世話になるイズミです。よろしくお願いします」


 僕は勢いよく頭を下げる。それにしてもアガサって……推理小説でも書くのかね?


「はい、よろしくお願いします。お若いのにちゃんと挨拶が出来るのですね~」


 アガサさんは笑顔を絶やさずに話しかけてくれる。と言うか挨拶が出来ない人もいるのだろうか?


 アガサさんに挨拶をして階段を上がる。どうやら部屋は最上階の三階にあるそうだ。三階まで上がり廊下を突き進む事数分、一番奥の角部屋の前でロレッタが立ち止まる。


「ここが私達の部屋になります。ちょっと散らかってますけど、どうぞ」


 ロレッタがドアを開けてくれる。彼女は散らかっていると言っていたが中は綺麗に整頓されていた。

入って正面と左手側に大きな窓があり部屋の中は十分に明るい。左手側には二段ベッドが設置されている。他には入口のすぐ右手側にクローゼットがあり、正面の窓の下には机が二つ設置されている。


「それで、明日にはイズミ様の制服が来ると思いますので今日はこれで我慢して下さいね」


 ロレッタは何を思ったのかクローゼットから自分の制服を取り出し手渡してきた。

 もしかしてコレを着れと……?


「女子寮なので、この制服じゃないと入れませんよ?」


 受け取った制服とロレッタを見比べてしまう。コレを着るのか……いや、いいんだけどね。もう女装にも慣れたさ。

 新地でも女装はデフォのようだった。

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