24話 別れの前夜
アイアンシティの冒険者ギルドから親方の工房へ報告しに行くと親方から三番目だと伝えられた。まぁ順番なんて別に気にして無いんだけどね。それから合格発表は全員が揃ってから行うため後六日は待つらしい。
工房を出た僕達はちょっとした買い物を済ましてから寮に戻った。たった一週間だけだがなんだかとても懐かしい感じがする。
「あ~戻ってきた~」
「疲れましたね~」
部屋に戻るとそのままベッドにダイブして懐かしいニオイを肺いっぱいに吸い込む。
ん~懐かしい……
しばらくベッドの上でゴロゴロしているとやるべきことを思い出した。売上を全て僕が持っているのでリッカと折半しなければ。
今回の総売上は途中で買い足した素材分とアイアンシティまでの移動代を差し引いて七千グラーになった。これを折半するから……
僕は売上を入れた袋の中から金貨を三枚、銀貨を五枚残し、残りを自分の財布へと移す。そして売上袋をそのままリッカに差し出した。
「こんなに……いいんですか?」
「良いも何もリッカが頑張って稼いだお金だよ?」
「でも物が売れたのもイズミさんの魔法が付与されていたからで……」
リッカの声はだんだんと小さくなり終いには俯いてしまった。
何をそんなに自分を卑下することがあるのだろう?
「あのねリッカ。確かにお客さんは魔法の付いた物を買っていったよ?
それでもね元が良いものじゃなきゃお客さんは絶対に勝っていかないよ」
僕はリッカの前まで移動しその手を壊れ物を扱うように優しく包み込んだ。
驚きで見開いているリッカの目を出来る限りの笑みでもって見つめ返す。
「リッカは立派なブラックスミスだよ。自信を持って欲しいな」
「でも……」
「“でも”は禁止。それともリッカはあの一週間で自信の無いものに値段を付けてお客さんに売ったの?」
「そんなことしません!」
「そうでしょ? お客さんだって自分が納得したんだからリッカの装備を買っていったんだよ。
マードックさんの妹さんを覚えてるかな? 彼女だって例えお兄さんからの贈り物だと言っても粗悪なローブだったら感謝の言葉も送って来ないだろうね。そうなるとマードックさんが二度と僕達の店にも来ることは無かった。当然マードックさんが来なければ隊員さん達の装備を作ることもなかったから僕達は未だにラグズランドでお店を開いていたかもね」
リッカは僕の話しにちゃんと頷いてくれている。良かった。これで無視されたらちょっと悲しいしね。
「……イズミさんと一緒ならそれも楽しそうですね」
そう言ったリッカの顔は一流の絵画にも引けを取らない位にとても魅力的な笑顔だった。思わず僕も見惚れてしまい、彼女の顔から眼が離せなかった。
「あの……イズミさん?」
おっといけない、完全に見惚れてしまった。いかんいかん。
「ゴメンゴメン。え~と……そう! 僕もリッカと一緒にお店を出すことは楽しいと思うよ」
「えへへ……ありがとうございます」
「うん。じゃ~はい! これ」
僕は握っていたリッカの手を放し、変わりに金貨の入った袋を置く。彼女はその袋両手で包み込むとそのまま胸に抱き寄せる。赤ちゃんを抱きかかえるお母さんのように。
「ありがとうございます。あたし大切にしますね」
「うん。でも必要な時はちゃんと使いなよ? さてと……お茶でも飲もうか」
僕は立ち上がるとそのまま速足でキッチンへ向かった。
ポットに水を入れ火に掛ける。お湯が沸く迄の間に先ほど買ってきたお菓子を皿に盛り付けるながら必死に顔の熱を冷ます。多分今の僕の顔は熟れたリンゴよりも赤いだろう。
落ち着け~落ち着くんだ和泉。君には奥さんが六人も居るじゃないか。異世界を跨いでまで着いてきてくれた六人の気持ちを裏切るのか……
今までの三ヶ月。初っぱなにお風呂へ突入されるというぶっ飛んだイベントのせいもあってあまりリッカを異性として意識してこなかった。せいぜい”手のかかる妹“程度にしか考えていなかったが、先ほどの笑顔と僕自ら手に取ったリッカの柔らかい手の感覚が未だ残っている。
そう言えば、全部見てしまっているんだよなぁ。
これまでに幾度となく一緒に入ったお風呂でのリッカの生まれたままの姿を思い出し、心臓がこれでもかと言わんばかりに速打ちを始め冷めかけた顔にまた血が回るのを感じた。
「イズミさん? お湯沸いてますよ?」
「え? あっいけない!」
何時までも戻らない僕を心配して見に来たのかリッカから声をかけられた。
ポットを見るとしゅんしゅんとお湯が沸いている。
「ははっお前も頭から湯気を出しているな」
僕は独り呟いてからお茶用のハーブを用意してカップと共にリッカの待つリビングへと戻った。
ふ~僕の頭も君と同じようにすぐ冷めればいいのにね。
物言わぬポットは湯気を出し続けている。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それからの六日間は特に何をするでもなくリッカとずっと一緒に行動していた。なんとなく彼女と一緒に居たかったのだ。
そしてついに試験の合格発表の日となる。
「イ……イズミさん。どうしましょう……ものすごく緊張して来てしまいました……」
そう言ったリッカの右手は持っているカップの中身が全てこぼれてしまうのではないかと思わせるくらいに震えていた。
「はぁ……少しは落ち着きなさいな。まだこの試験がダメでも三か月後があるんでしょ?」
「そうですけど~あたしだけ落ちれば格好悪いじゃないですか~」
「心配しなくてもリッカが落ちる時は僕も一緒だからね?」
この子は僕とパーティを組んだことを忘れているのだろうか?
それから何回か言葉を交わしたけど一向にリッカの緊張がほぐれる事はなかった。
ん~どうしたものか……あ、そうか。これはあの時と一緒なんだ。
「リッカ」
「なっなんですか?」
「ほら、手を出して」
「あ……」
僕はリッカの手を優しくとると、その小さな掌に『人』と言う字を三回ゆっくりと丁寧に書いて行く。
リッカは最初は気付かなかったようだけど、途中から思い出したのか僕の人差し指の動きを懐かしそうに眺めていた。
「さぁこれを呑み込めばおまじないは完成だよ」
「そうですね。あの時と同じです……」
リッカは両手を口元迄持っていった。
「さてと、落ち着いた様だし、工房へいきますか」
「はい!」
僕達は揃って寮を出て工房まで向かった。その時リッカから繋いできた手は今まで震えていたのが嘘の様に力強かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
工房前には既に今回の受験生が揃っていた。どうやら僕達が最後の様だ。
受験生達は腕組みをし堂々と立っている人や不安気な表情で辺りを見回す人、落ち着きなく同じ場所をうろうろしている人もいた。
その中でも実に堂々とお供の二人を両脇に控えた人物が一人。ノーラだ。
彼女には緊張と言うものは無いのだろうか?
「遅かったな! 余りにも遅いから逃げ出したと思ったぞ」
目敏く僕達を発見し話し掛けてきたのはノーラではなくお付きその一であるエーリクだった。
こいつ直ぐに僕達を見つけるなぁ……はっもしかしてエーリクの奴リッカの事が好きなんじゃ? お嬢様であるノーラも同じドワーフだし……やはり奴はロリの星から来たロリ星人だったか!
「おはようノーラ、早いね~」
「おはようございます、イズミさん。お恥ずかしい話しですが試験の結果が待ち遠しくてついつい早く来てしまいました」
「わかります~あたしも緊張して寝れなかったんです~」
「あらリッカさんも? 試験というのはやはり緊張しますわね」
僕はめんどくさかったからエーリクをガン無視してノーラと会話する。エーリクは陸に上がった金魚みたいに口をパクパクしていたがそのうち脱力し膝から崩れ落ちた所をお付きその二の少女に慰められていた。
エーリク。哀れな奴。
「おーし、皆集まっているな? 合格者を発表するぞー」
エーリクがノーラの一言で元気を回復したところでタイミングよく親方が一枚の紙を手に工房の中から出てきた。多分あれが合格者の名簿だろう。
「名前を呼ばれた奴が合格だ。合格者はこの後説明があるから中に入って第一会議室へ行くように」
親方は右手の親指で後ろの建物を二三回指すとリストを読み始めた。
まずは先輩達から名前が呼ばれているようで、どの名前も聞き覚えが無い。
「よし、次からは初めて受験した奴等だ」
今か今かと発表を待っていると脇腹に違和感を覚える。何事かと確認するとリッカが僕の服をおもいっきり握り締めていた。本人は緊張した表情で親方を見ているから無意識なんだろう。
全くこの子は……
僕は服を握り締めているリッカの手を上から優しい包み込むように握った。手が触れると肩が跳ね上がり、怯えた子犬の様な顔をしたリッカが見上げてきたので微笑んでおいた。
するとリッカも微笑み、服ではなく僕の手を握り返してきてくれた。
「まずはエルヴィ・エクマン」
誰だろう? 聞いたこと無い名前だけど……
辺りを見回すとノーラのお付きの女の子が工房へ向かって歩いていた。
三ヶ月経って初めて名前聞いた気がする……あ、一次試験の合格発表の時に呼ばれてたか。完全にスルーしてたけど。
その後、エーリクとノーラも名前を呼ばれて工房の中へと入っていった。これで残されたのはリッカと僕の二人だけだ。
「あ~次なんだが……」
リストを見ながら親方が言いよどむ。
え? なんだが? ヤバイ、何かやらかした?
全く覚えがないんだけど……ごめんなさい。少しは覚えがあります。
「イズミとリッカ」
「「はい!!」
「お前らがトップ合格だ。ラグズランドのキースから評価が届いているが……
お前ら本当に何をやったんだ? えらいべた褒めだぞ」
「あ~……ちょっと付与品を少々……」
「付与品だと!? 前々からおかしな奴だと思っていたが……まぁいい。ほら説明を始めるから会議室へ行け」
「は~い」
会議室へ歩き出したが、右手に軽い抵抗が……。振り向くとリッカが立ったまま動こうとしない。目の前で数回手を振るがどうやら名前を呼ばれそのまま気絶してしまったよだ。
何と言うか……まぁ可愛いから許すけどね。
とりあえず工房の前に放置するわけにもいかないので背負って会議室まで運ぶ事にする。この時ばかりはリッカの体が小さい事に感謝した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
結局リッカは親方の説明が終わっても暫くは気絶したままだった。親方も最初は起こそうと色々と試していたがまったく効果がなかった為、起きたら自分の所に来いと僕に告げ説明に戻っていった。
それにしてもリッカは凄いな全く反応しないなんて。
親方の話しは簡単に言ってしまえば店を構える為の心構えなどで、説明と言うよりは教訓と言った感じの話しだった。
二時間程話しを聞いた後ギルドカードを更新し、今後についての簡単指示があった。合格者は今後は街の外での活動が可能で、各街の冒険者ギルドへ行けば露店の出店許可証が貰えるそうだ。もちろんこのままこのアイアンシティに留まり親方の許でさらに修行を積むことも可能であるとのこと。
まぁどうするかは本人に任せますと言った感じだ。
僕は気絶したままのリッカを再度背負って一度寮へと戻った。色々と準備もあるしね。
「イズミさん! 名前を呼ばれましたよ!……あれ? 寮?」
自分の荷物をまとめ終わった所でリッカが目を覚ました。お~かれこれ四時間近くは気絶していた計算になるけど意外と元気だね~
「おはよう、親方の説明はもう終わったよ~後で説明するから工房に顔を出せってさ」
「え? あ、そうですか……わかりました。それでイズミさんは何を?」
「ん~次の街に行く準備」
「……やっぱり移動しちゃうんですか……一緒にこの街でお店をやったり……とか……出来ませんよね?」
「……ごめんね……」
リッカは「いいんです」と小さく呟いて暫く俯いていたが何かを吹っ切ったように立ち上がった。
「あたし、親方の所に行ってきますね!」
務めて明るい声を出していたがリッカの目には大粒の涙が今にも溢れんばかりに溜まっていた。
僕はリッカに合格の喜びの以外の理由で涙を流させてしまった事が重りとなり、彼女が出て行った扉を見つめる事しかできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
数時間後、リッカは親方の工房から戻って来た。僕は何か声をかけなければと思いながらも声が出なかった。
「イズミさん」
言葉を探している内に逆にリッカの方から話し掛けられた。
「何……かな?」
「あたし待ってます。このアイアンシティで。親方の許で修行して胸を張ってイズミさんの相棒だと言えるように」
「リッカ……」
「ラグズランドでノンナ姫と決着も着けないといけないですし。だから……だから必ず迎えに来てくださいね!」
リッカは両目に涙を溜め、しかし決して泣くことはない。僕はそんなリッカの気持ちに応える様に彼女の体を抱き締めた。
元の世界の奥さん達を裏切るつもりはない。そして目の前の少女も必ず幸せにしてみせる。忍者の里で宣言したじゃないか、僕はどっちかを諦める道は選ばない。両方手に入れる新しい道を選んでやるさ!
「必ず。必ず迎えに来るよ」
その日初めてリッカと一緒のベッドで朝を迎えた。




