22話 最終試験③
「「いらっしゃいませ!」」
結構大きな声を出しているがアトリエ内の喧騒で欠き消されてしまいそうだ。
一番人気はやはりダマスカス鋼の武具を販売しているノーラ達のお店だ。
先着十名など既に終わっているだろうに人の流れが途切れない。これはダマスカス鋼以外の武具も出来が良いということなのだろう。
一方僕達のお店もそれなりにお客さんが来てくれている。しかも僕の予想では格好目当ての男性客が多いだろうと思っていたけど、今のところ女性客の方が多い結果になっている。
どの世界も女性はファッションには敏感なのだろう。まず最初にこの服は売って無いのかと問い合わせがあり、立ち去る際に販売する時は必ず連絡して欲しいと言われる。
「武器じゃなくてこっちが人気みたいですね」
「う~ん……こっちはスキルで作れないからなぁ。それに材料もアキツ国に行かないと手に入らないし……」
「でも武具にも満足してくれて良かったですね」
「そうだね~これでこの服装の事を聞くだけのオマケで買われたら目も当てられないよ」
まだリッカと会話出来るだけの余裕もあり嬉しいやら悲しいやらといった感じだ。
お昼を回り客足も落ち着きをみせ始めた頃合いを見計らって順番に休憩をとる。
今日は準備出来なかったけど明日からは手軽に食べれるお弁当か何かを用意した方がいいかな……それか吽形に屋台で買ってきてもらおうかな……
「ちょっといいかな」
「あっはい! いらっしゃいませ!」
食べ物の事を考えていてお客さんを無視したとか、さすがにリッカも怒るだろう。
声をかけてきたお客さんは見た感じ僕より少し歳上の優しそうな男性だった。
「イズミのお店はここで合っているかい?」
「はい……僕がイズミですけど……」
「そうか、実はエマ……冒険者ギルドで紹介してもらったんだけど。ウィザード用のローブはあるかい?」
本当にエマさんは紹介してくれているようだ。
改めてお客さんを見ると金髪の碧眼で細身のイケメン。『王子様のモデルは?』と訊かれれば十中八九この人を指差すだろう。
「えっと今用意出来るローブはこの三点になります」
僕は見本のローブを取り出し次々に並べていく。お客さんは出されたローブを一つづつ手にとって見ているが首を捻っている。あんまり詳しく無いのかな?
「これは何が違うんだい?」
「これはですね……あ、お客様これを作った者が戻りましたので代わりますね」
説明しようとしたところにちょうど休憩を終えたリッカが戻って来たので休憩明けで申し訳ないけどお願いした。
僕も説明は出来るのだが、リッカの方がより詳しく説明出来るのでお客さんの為にも頑張ってもらおう。
決して説明がめんどくさかった訳じゃないよ。本当だよ?
リッカがお客さんの相手をしている間に二人、別のお客さんを相手にした。リッカ達の方を見るとリッカは身を乗り出さんばかりの勢いで詳しく説明している。自分の得意分野なので力も入りやすいんだろうけど……お兄さんよく我慢しているなぁ~
丁寧なのは良いけどここまで暑く語られると逆にアレなんじゃないかなぁと思ってしまう。
リッカの熱弁はまだまだ続きそうだし……このままお昼に行こうかなぁ
そんなことを考えているとリッカから質問を受ける。どうやら僕のお昼はまだまだ先のようだ。
「どうしたの?」
「この素材で作ったローブをウィザードさんが使うと仮定した場合、付与する魔法は何が良いんでしょう?」
「そうだね~使う人のタイプにもよるけど……これはお客様が?」
「いや、僕にはウィザードになるだけの素質が無くてね。これだけで手一杯さ。
このローブは妹へのプレゼントにしようと思ってね」
お客さんはそう言いながら腰に差してあるショートソードをひと撫でした。
ふむ、妹さんへのプレゼントか……
「妹さんの属性を聞いても?」
「ああ、確か土属性だったと思うけど」
「土属性ですか……であるならば付与する魔法は二パターンですね。
一つは土属性の長所を生かした防御主体。
もう一つは短所である攻撃力や速度を補助する魔法付与ですね」
「なるほど。防御主体はどのような感じになるんだい?」
「防御を重視するのならば『属性強化』『物理防御上昇』『魔法障壁の自動発動』ですかね」
「完全に防御に偏った魔法付与だね」
「まぁ極論ですけど、ウィザードを固定砲台として運用する為の装備になりますね」
お客さんは僕の説明を聞き何かを考えるようにじっとローブを見始めた。
自分の中で考えがまとまったのか一回大きく頷くとお客さんはローブを手に取り話しかけてきた。
「決めました。このローブに防御主体の魔法付与をしてください」
「かしこまりました」
ローブの素材は僕達のお店で扱える中で最高級のモノだった。このお客さんなかなかお金持ちのようだ。
「じゃリッカは外側をお願いね。僕は裏地を作るから」
「わかりました」
二人で同時に作業を始める。素材を手元に置いてスキルを使うだけで簡単に防具が作られていく。
いや~本当にスキルって凄いや。
出来上がったローブと裏地に別々に魔法を付与していく。
最後にローブの内側に裏地を重ねてスキルで合成して終わりだ。
「凄いですね~僕もあまり魔法付与には詳しくないけどこの国とはまた違ったやり方だね」
「実は故郷のオリジナルなんですよ」
「へぇこの服装も故郷の物なのかい?」
「ええ。今朝超特急で仕上げました。さて、ローブも仕上がりましたので説明しますよ」
「ああ、よろしく頼むよ」
簡単にローブの性能の説明をするとお客さんは真剣に聞き入り解らないことは何度も質問をしてきた。余程妹さんが大切なのだろう。
「いや~良いものを作って貰えて嬉しいよ。それじゃ御代だけど……」
リッカに会計を頼み僕は出来上がったローブを包装していく。ちょうどいい和紙があって良かったよ。
またアキツ国に行ったら仕入れてこよう。
「イズミさん。一七〇グラーでいいですか?」
「リッカが売りたい値段で良いよ。作ったのはリッカなのだから」
「わかりましたー」
代金を貰い包装したローブを手渡すとお客さんは大変喜んでくれた。
何だかんだ言ってもこの瞬間が好きなんだと思う。
「喜んで貰えて良かったですね」
「そうだね~自分が作った物で喜んで貰えると嬉しさも一段と違うね」
リッカと一緒にお客さんを見送りながらなんとも言えぬ幸福感を味わえた。
当然お昼は食べ損なったけどね。
◆◇◆◇◆◇◆◇
試験が始まってから四日が経った。
お店の方は好評でアイアンシティへ帰るための資金も順調に貯まっている。しかし、このまま後二日間が今までと同じ業績だった場合微妙に足りない。
自腹を切っても財布的にも困らないけど不正行為で試験に落とされる確率が高い……そんな金額だ。
「さてと……どうよ?」
「何がです?」
カウンターで呟いた独り言をリッカに聞かれたようだ。リッカは同じパーティメンバーで相方なのだから現状を相談することに何の問題も無いのだが、お金が足りないと言いにくいのは僕が男だからだろうか。
「そうですか……やっぱり上手くはいきませんね」
独り言の理由を包み隠さずリッカに打ち明けると案の定気落ちしてしまった。
「でもまだ二日あるから大丈夫だよ。これから開店なんだ、元気出していこう!」
「そう……ですね。ここで落ち込むよりやってやれですね!」
リッカは何とか元気を取り戻してくれた。彼女のこういう強さは本当に凄いと思う。
午前中の客入りは昨日と変わらずむしろ安定していると言えた。
しかし、問題ってモノは人が一息入れたところにやってくる。
「ああ、まだ出店してくれていたんだね」
お昼も交代で済まし、午後も頑張ろうと気合いを入れようとしたところで最近聞いたような声が聞こえる。
「あっローブのお客さん!」
リッカが声をあげると声の主。ローブを買ってくれたイケメン君が爽やかに微笑んだ。
これだからイケメンって人種は……。
イケメン君は僕達のお店に近付くと先日のローブのお礼を言ってきた。どうやら妹さんに大変喜ばれたらしい。
「本日ははどのような御用件でしょうか?」
「ああ、実は君たちの腕を見込んで頼みたい仕事がありまして」
そう言ってイケメン君は一枚の紙を手渡してきた。何々……隊員の昇級試験実施について?
この紙が何だって言うんだ?
「僕はルーズガス帝国騎士団第08独立部隊、隊長のマードック・ラングレーと言います。
それで、その用紙にも書かれていますが今度僕の隊からも昇級試験に参加する者がいまして。その人達の装備をお願い出来たらと思いまして」
「あたし達みたいなのでいいんですか?」
「是非ともお願いしたいです。
正直言いまして騎士団もなかなか苦しくてですね……新人の部隊はその……」
なるほど、懐具合が宜しくないって訳だね。
「それで、予算内だとこのアトリエで揃えるのが得策かなと思いまして」
「あたし達を選んで下さったんですね」
「あなた達の腕は最高です! あのローブを見れば一目瞭然ですとも!
どうですか? 引き受けて頂けませんか?」
イケメン君もといマードックさんが頭を下げてきた。一介のそれも新人のブラックスミスに隊を預かるべき人が頭を下げたのだ。
この気持ちに応えなきゃ男じゃない!
「わかりました。全力を尽くさせて頂きます。いいかな? リッカ」
「あたしはイズミさんについていきますよ。何処までも」
予想以上に重い言葉が返ってきたけど気にしない様にしよう。
僕達の答えを聞いたマードックさんは嬉しそうにお礼を言ってきた。感謝するのは僕達の方なのにね。
「それじゃ早速……こいつらの装備をお願いしたいんだ」
マードックさんが誇らしげに出した手の先には……誰もいなかった。
「あの……」
「マードックさん、透明人間の装備はちょっと……」
「え? あ、彼奴ら何処に!?」
マードックさんは辺りを見回すと目的の人物達を見つけたのか物凄い駆け足で居なくなってしまった。隊長さんも大変だね~。
◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらく待っていると男女五人を引き連れたマードックさんが戻ってきた。どうやら無事捕まえられたようだ。
「お待たせしてしまって申し訳ない。こいつらが装備をお願いしたい隊員達です」
マードックさんの横に男の人が三人、女の人が二人整列して居る。その中に一人。見知った顔があった。声をかけようと思ったがマードックさんが説明を続けるので後にしよう。
「一人一五〇〇グラーまでの予算で防具一式と武器をお願いできますか。防具は全員お揃いで構いませんが付与する魔法は個人の要望を聞いて頂ければと」
なるほど、防具は頭、胸、腰、腕、脚の五ヶ所。リッカは二十五個の装備を作らないといけなくて、僕は武器と武具への魔法付与か……こりゃ大仕事だなぁ。
「量が多いから分担するよ!
まず吽形、そこの更衣室で女の人のサイズを計って。リッカはそのサイズを元に防具の作成。
阿形は僕と一緒に男の人を担当するよ!」
「はい! ご主人様!」
「わかりました」
「主よ、何故我輩は男の担当なのだ!?」
「セクハラするから」
「“エロイのは男の罪、それを許さないのは女の罪”と昔の忍者が言っていたぞ!」
「はいはい、さぁやるよ~」
阿形の戯れ言を聞き流し作業に入る。今回は得に量が多いんだ、ちょっと付き合っている暇はない。
阿形と協力して男の隊員の使用する武器を聞き、防具のサイズを測定して行くと目的の人物が僕の目の前に立つ。
「やぁ久しぶり」
「久しぶり。それで? ここで何をしているのかな? 武さんは」
見知った顔正体。それは高校から異世界まで着いて来てくれる僕の友人。
武田涼だった。
武さんは他の隊員とお揃いの制服に身を包み平然と僕の前に座っている。
てか冒険者になったんじゃないのかい?
「この部隊は冒険者を主力に構成されている部隊だからな。オレが所属していても問題ないんだ」
あっそうですか。後、人の顔色を見て先回りで答えるのは辞めていただきたいよ。
「それで? 武器は片手用直剣でいいの?」
「いや、両手持ちの大剣で頼むわ。後出来ればハルバートみたいな槍も」
「おや、武器を変えたんだ」
「戦い方が変わったからな。無理そうか?」
「誰に向かって言っているのかな? 両手用の大剣と槍でしょ? 御安い御用よ」
「サンキュー。流石いずんちゅやで」
「そうだよ、崇め奉りたまへ?」
「うっざ」
久しぶりの友人に思わず軽口も多くなる。
さてと、友人の為に一肌脱ぎましょうか!
思わぬところで思わぬ人物と再会したけど、お陰様でこの試験を乗り切る為の元気が湧いてきた。残り二日だけど僕が作れる最高の武器を作ってみせようじゃないの!




