王城襲撃④
その日から俺とじいちゃんはユリウスさん達の家族と共にこの祭りの期間中はお城で過す事になった。じいちゃんは毎日屋敷に戻ってなにやら作業をしているようだったけれど、俺には何も言わなかった。
爆薬のほとんどはじいちゃんと王様達が割り出した場所に在ったらしい、ちゃんと見つけ出せたの凄い。
お城での爆発騒ぎは失火による小火騒ぎとして内々に片付けたと聞いた。
そうしてなんやかんやのお祭り最終日、二回戦をきっちり勝ち抜いていたユリウスさんだったのだけど、三回戦は一対一の試合で、早々にウィルのお父さんと当たって、負けるのはあっという間だった。
「あはは、また3年間分団長ですよ、まぁ降格しなかっただけ良しとしなければいけませんね」
あまり悔しそうな顔も見せずにユリウスさんは笑っている。
「なんでそんなに呑気なんですか! そこはもっと悔しそうにしましょうよ!」
「あはは、別にそこまで悔しくもないですからねぇ。なんと言っても相手は武闘派騎士団のトップ、アイン団長ですよ、勝てるわけないない」
「もう! ユリウスさん、絶対手抜いてたでしょう! あれ! 二回戦でやったあの怖いヤツ、全然使ってなかった!」
「アレはお腹が空くのでねぇ……」
「お腹が空くなら俺がご飯作ります!」
「それはずいぶん魅力的な誘惑ですけど、アレは本来あまり軽々しく使うものではないのですよ。あの時は君を無事にゴールまで連れて行く為に使いましたけど、自分の為には使えないんです」
「え? そうなの? それって、すごく不便」
「特別な力なんてのは使うに不便なくらいで丁度いいのですよ」
そう言ってやはり、ユリウスはにこにこと笑っている。
そしてそんな話をしている反対側で今度はヒナノさんが「ユリ君ばっかりずるいのです」と俺の腕を引いた。
「ノエル君はユリ君と仲が良過ぎます。もっとヒナも構ってくださいです」
そんな言葉に俺はどうにも困ってしまう。お城で過すようになってから何故かこうやって俺は2人に囲まれている。
ヒナノさんは俺が二度も悪漢からヒナノさんを庇った事が余程嬉しかったようで、こうして好意を隠さない、一方でユリウスさんの胃袋をがっちり掴んでしまった俺にユリウスさんもとても優しいのだ。
兄と妹2人に挟まれ、俺は嬉しいのだけれどどう反応を返していいのか分からなくなっていた。
「ヒナノさん、あんまりくっ付かれると恥ずかしい……」
「私の事はヒナ、もしくはヒナちゃんと呼んで下さいです」
「え、ヒナ? えっとヒナ、ちゃん?」
「はいです」
にっこり笑った彼女の笑みは眩しい限りだ。
「それはズルイですね、だったら私もユリでいいと言ったはずですが?」
「さすがにそれは……」
ヒナノは半年ばかり上だがそれでも同年代、それに引き換えユリウスの歳は6歳も上なのだ、そんな馴れ馴れしく呼ぶのはなんとなく憚られる。
「さん付けで呼んだら、今後返事しませんよ」
ユリウスさんはにっこり笑って脅しのような事を言ってくる。
えぇ……どうしよう、どう呼べばいい? 呼び捨てはどうも自分の中で抵抗がある、皆はどう呼んでいた? と、幾つか記憶を反芻して出した答えが「ユリ、兄じゃ駄目ですか……?」だった。
「ウィル坊と同じ呼び方ですか、まぁ『ユリウスさん』より多少親しさは感じますかね」
満足という表情ではないけれど、及第点といった所か。
「じゃあヒナちゃんとユリ兄で、俺は呼び捨てで構いませんから」
「ノエル君はノエル君ですよ」
「そうですね、ノエル君はノエル君以外しっくりこない」
えぇぇ……
「あ、何なら王子様でもいいですよ」
「何でですか!?」
「ヒナもそれには賛同します! ノエル君はヒナの王子様なのです」
「2人揃って何なんですか! 王子様とか意味が分からない! こんな庶民的な王子がいてたまるかっ」
「王子様は庶民的なものですよ」
「そうそう、ノエル君は王族に夢見すぎです」
兄妹は揃ってうんうんと頷きあっているけれど、本当に意味が分からないから!
「あんた達仲良いわね」
声をかけられ顔を上げたら、そこには3兄妹の一番上、長女のルイさんが何人かの取り巻きを引き連れて苦笑していた。
「姉さんこそ、皆仲良しじゃないですか」
「仲良しって言うんじゃないわよ、勝手に付いてくるんだから仕方ないじゃない……」
ルイの周りには男女も年齢も問わずたくさんの人が取り巻いていた。
それでも彼女の真横を陣取り、ルイさんと腕を組んでいるローズさんは綺麗な微笑で「ノエル君、こんにちは」とこちらに笑みを見せる。
「ローズさんも観戦ですか?」
「えぇ、ルイちゃんがお父さんの試合を観たいと言うので、一緒に参りましたよ」
「別にローズはこういうの興味ないでしょ、付いて来なくてもよかったのよ?」
「何をおっしゃいますの、せっかくルイちゃんと再会できたのですもの、一分一秒でも一緒に居たい乙女心を分かってもらえないなんて、悲しいですわ」
ローズのその言葉にローズとは反対隣にいた黒髪の男性が少し機嫌の悪そうな表情を見せる。
「ローズ嬢、そういう台詞は控えていただけないものかな? ルイは私の婚約者だと何度も言ったはずだけど?」
「ジャック、私もあなたと結婚する気はないと何度も言ったはずよ。仮にもあなたはこの国の王子様なんだから、軽はずみな事は言わないでちょうだい、迷惑だわ」
心底迷惑そうに言い切ったルイさんにローズさんは勝ち誇ったような笑みを浮かべ「ジャック王子、あなたαじゃないですか、ルイちゃんも同じαで結婚なんてありえませんよ。王子には跡継ぎも必要でしょう? もっとあなたに相応しい可愛いΩのお嫁さんを見付けたら如何ですか?」と、さらに追い打ちをかける。
「自分は王家の跡継ぎじゃない、兄が国を継ぐから問題ない」
「まぁ、なんて図々しい」
「それはこっちの台詞だ」
「もう! 2人共うるさい!」
どうやらユリウスの姉ルイはこの2人から想いを寄せられ、それに少しばかり迷惑している様子だ。でも、確かもう一人彼女に想いを寄せている人がいた気もするな、誰だっけ?
取り巻きをぐるりと見回し、一番端にいた黒髪の人と視線がぶつかった、えっと……確か名前は、シキさん?
視線をふいっと逸らして彼は何も言わない。控え目な人なんだな。
わいわいと賑やかにその集団は行ってしまう、あれ全員ルイさんの取り巻きなのかな、ルイさんって人気者なんだな。
「いつにも増して人数が多いのです、ルイちゃん大変」
「姉さんの取り巻きもさる事ながら、王子の護衛とローズ様の護衛も一緒に付いて回ってるんですよ、マイラー家はローズ様の誘拐を、王家の方は王子の暗殺を警戒している、まぁ、あれは必然的なものです」
あぁ、成る程そういう事なんだ。身分が高い人達ってホント大変なんだな。
間もなく試合開始の鐘が鳴った。残す試合はあと3つ、ウィルの父親は勝ち進み、残りは決勝を残すだけ。今からの試合で勝った方が決勝に駒を進める訳だがその一方がユリウスとヒナノの父親、ナダール第一騎士団長、そして対戦相手は第四騎士団長だ。
「そういえば第四騎士団長ってどういう人なんですか?」
「第四騎士団長はスコット・ミラー騎士団長、人気のある騎士団長ですよ。元々の出が第三騎士団だからタイプ的には第三騎士団寄りですけど、第三騎士団ほど武闘派って訳じゃなくて、少し緩い感じかな」
「へぇ、やっぱり強いんですか?」
「それはね」
「でもパパは負けないですよ」
2人はすでに父親が勝つと思っているようで、にこにこと笑みを絶やさない。父親に全幅の信頼を置いているのがよく分かる。
「格好いいお父さん、いいですよねぇ」
「そういえば、結局ノエル君のお父さん探し中途半端になったままだったね」
「あぁ、もうそれいいです。何となくもういいかなって思ったんで」
「諦めてしまうのですか?」
「諦めるというか、この人かなって人は居るんですけど、完全に認識されてないみたいなんで、わざわざ言うのもどうかと思って。元々会ってどうこうしようと思ってた訳じゃなくて、どんな人なのか知りたかっただけなんで、見て満足しました」
「そう」とユリウスは静かに頷いた。俺の父親はたぶん第五騎士団長のスタール・ダントン騎士団長で間違いない。
ナダール騎士団長が口を滑らせ、奥さんもそれに同意するような素振りを見せていた。祖父もそれに頷いたし、カイトの父親が「思っているより近くにいる」と言った言葉はたぶんそのままの意味だったのだろう。その時自分の横にはスタール団長が立っていたのだから。
それにしても本人だけは全く心当たりが無さそうだったのが少しだけ解せないんだけどね。
試合会場に目をやると激しい鍔迫り合いが続いている、ユリウス達の言葉通り第一騎士団長はとても強かった、けれどそれに負けるとも劣らず第四騎士団長も善戦を続けている。
しかし、いつしか第四騎士団長は端に追い詰められ、その剣は宙を舞っていた。
「やった!」
場内からわあっと歓声が上がる。それに礼をして、第一騎士団長は観客に手を振った。
その時、視界の端の違和感にそちらを見やると、一直線にそちらに駆け寄る黒い影。
「え……」
それは一瞬の出来事だった、その黒い人影の握った剣の剣先が第一騎士団長の腹に刺さった。
「父さん!」
上がる悲鳴と怒号、ゆっくり剣に縋るようにして崩れ落ちる第一騎士団長、ユリウスは慌てたように試合会場に駆け下りて行き、ヒナノは俺の横で真っ青になって震えていた。
第一騎士団長の倒れた場所にはぽたりぽたりと血だまりが広がっていく、彼を刺した男はすぐに取り押さえられたのだが、場内は騒然となったまま収まりが付かない状態だった。
「ヒナちゃん、行こう。きっと大丈夫だから」
顔を青褪めさせ涙目の彼女は無言で頷き立ち上がろうとするのだが、貧血でも起したものかよろけてしまうので、その身体を支えるようにして俺達は城内へと足を向ける。
試合会場同様、城の中も騒然としている。つい先日爆発騒ぎがあったばかりでこれである、皆動揺を隠せないのがありありと伝わってきた。
「ナダール!」
「あぁ、グノー大丈夫ですよ。このくらいのかすり傷どうという事もありません」
傷を抑え、ユリウスさんに支えられるようにしてナダール団長は奥へと引いてきた。けれどその道筋には血の跡がぽつりぽつりと続いている。
傷口を押さえた手は完全に血に濡れて真っ赤に染まっていて、奥さんは「かすり傷じゃねぇだろう!」と彼を怒鳴りつけた。
「私は大丈夫ですから、泣かないで。あなたが泣くと子供達が不安になるでしょう、ね?」
「うぅ……」
医者が呼ばれ彼は連れられ行ってしまう、残された彼の家族は皆沈痛な面持ちでその姿を眺めていた。
「ママ……」
ヒナノが駆け寄ると、奥さんはその身体を抱き締めて泣き崩れた。
「どうしよう、また俺のせいだ……俺のせいでまた……」
「母さんどういう事ですか!」
「今回の一連の事件、まるで過去俺達が起した事件をなぞるみたいに進んでる。この事件を知っているのはファルスの人間じゃない、メリアの……たぶんファーストの関係者……」
「ファースト?」
「俺の兄、先代のメリア国王。もうすべて終わったはずなのに、もうメリアになんて関わりたくないのに、あいつ等は、どこまでも……」
「グノー、それは違う」
かけられた言葉に奥さんが顔を上げる。そこには今回はちゃんと煌びやかな衣装を着た国王陛下、ブラックさんが立っていた。
「今回のこの事件、多少メリアも絡んでいると予想はしていたはずだ、それはお前の責任なんかじゃない、すべては国王である俺の責任だ。お前が自分を責める必要はない。今回お前の旦那が刺されたのも、お前の旦那だから刺された訳じゃない、あいつがこの国の第一騎士団長だから狙われたんだ、その辺はきっちり理解しておけ」
「だけど、ブラック……」
「お前はメリアという国に囚われ過ぎている、自分がメリアを捨てた王族だという事に負い目があるのは分かるが、お前は出来る事はちゃんとやっている、それ以上自分を責めるな」
国王陛下の言葉に奥さんは微かに頷き、またナダール騎士団長の姿を探すように視線を彼の消えた部屋へと向ける。
「しっかりしなきゃ、俺がしっかりしなきゃ……」
そんな呟きが聞こえた気がした。




