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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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運命に花束を 終幕

こちらのお話は「運命に花束を」の主人公でユリウスの父親でもあるナダールさんの最後のお話です。

こちらなろうには「運命に花束を」を置いていないので、もしかしたら読んでも意味が分からないかもしれません。もしその場合はそっ閉じお願い致します。




「……いちゃん!」


 何処からか可愛らしい子供の声が聞こえる。


「ねぇ、おじいちゃんってば! お~き~てっ!」


 ふと、目を覚ますと目の前で可愛らしい少女が私の顔を覗き込んでいた。紅の瞳、炎のように綺麗な赤髪、それは幼い頃の娘、そして愛しいあの人を思い出させる。

 「おじいちゃんってば最近寝てばっかり!」と孫娘はぷりぷり怒るのだが、そんな姿にもまた私の脳裏には色々な思い出が蘇り、思わず笑みが零れた。


「すまないね、もう晩御飯の時間かい?」


 どうやら私は庭先のロッキングチェアでうつらうつらしていたようで、そんな私に孫娘は違うと首を横に振り「おじいちゃんにお客さんだよ」とそう言った。


「客? はて、今日は誰か来訪の予定がありましたかね? 誰ですか?」

「知らない人~ おじいちゃんくらい大きくって黒髪の男の人だよ」


 黒髪……黒の騎士団の誰かが訪ねて来たのかと、私は上体を起こし視線をやると、少し離れた場所に佇んでいたその男はぺこりと頭を下げた。

 ファルス騎士団から身を引き、しばらくはイリヤに暮らして事件の後処理のような事をして過ごしていたのだが、老後は夫婦で気の置けない友とのんびりと過ごそうとここルーンへと移住してきた。

 首都イリヤから離れているこの街に黒の騎士団が訪ねて来る頻度も昔に比べてずいぶんと減っている、不思議に思いこちらも頭を下げて立ち上がろうとしたら「そのままで結構ですよ」と男は言った。

 歳のせいか最近はすっかり体が弱り、足腰にガタがきているナダール・デルクマンは、男のその言葉に礼を述べて椅子にかけ直すと、改めて男の顔を見やった。


「黒の騎士団の新しい方ですか?」

「いえ……」


 男は静かに首を横に振る。私を訪ねて来たというのなら、それは当然騎士団の関係者かと思ったのだが、どうやらそうではなかったらしい。

 私が騎士団を引退してからもうずいぶん経つのだが、私を慕って訪ねてくれる者は有難い事にとても多いのだ。けれどそんな騎士団員とは関係なさそうなその男性の素性が分からず困惑した。


「では、ムソンの?」


 私の問いかけに男は「いいえ」と、また首を横に振った。


「私はある人達から手紙を預かってきたのです」

「手紙? 誰からですか?」

「私の父と母からです」


 彼の両親にまるで心当たりのない私は首を傾げる。黒髪の知り合いならば何人もいるが、その中に彼の記憶はひとつもない。


「失礼ですが、お名前は?」

「私の名はノーアと……」


 その名前に私は思わず立ち上がる。『ノーア』それは一度も会った事のなかった私の一番最初の孫の名だ。


「その様子ですと、やはり私の事はご存じだったのですね」

「……本当に、君が?」


 すっかり老いた瞳に孫の顔は霞んで見える、だが確かにその顔に息子の面影を見付けて私の涙腺は自然と緩んだ。

 「はい、はじめまして」と、ノーアは深々と頭を下げた。その生真面目な姿勢は彼の父親、そして私の一人息子である記憶の中のユリウスによく似ていた。


「はは……親不孝な息子が今になって何を……」

「大変申し訳ございません」

「君が謝る事じゃない、君は君で息子ではない。君も父親がアレでは大変だっただろう?」


 黒髪の青年ノーアは少しだけ複雑な表情でまた首を横に振った。


「父の人生を狂わせたのは私です、私は自分の欲であの人の人生を狂わせた。私には父を責める資格などない」

「? 分からないな、君はまるで息子を父親に選んで生まれてきたような事を言う。父親の咎を子が背負うのは間違っている、もしそんな風に思っているなら……」

「信じてはもらえないかもしれませんが、私は実際にそうやって生まれてきたのです」


 青年が何を言っているのか分からない。子が親を選んで生まれてくる、それはスピリチュアルな空想でそう語る人間がいない訳ではないが、実際にそんな事などある訳がない。

 わざわざ好んで苦労の多い人生を歩もうとする人間などいやしない、彼がそんな風に自分の生を決められたものであったと思い込んでいるのならそんなものは洗脳でしかない。

 我が息子は子に対してそんな洗脳教育を施していたのかと思うと、悲しくなった。と同時に、もしかしたら私自身息子にそう言った洗脳を施していたのではないかと恐ろしくもなる。


「ノーア、君は何も悪くない。生まれた事をまるで罪であったかのように言うのはおやめなさい」


 私の言葉に彼は曖昧に微笑んで一通の封書を差し出した。何も書かれていない真っ白な封筒。まるで存在する事も憚られると言わんばかりのシンプルさだ。


「これをユリウスが?」


 国を裏切り家族を裏切り、たくさんの人々を殺害した息子。その罪は許されるものではなく、私自身責められた事が何度もあった。だが、息子のやった事は不思議な力で場を混乱に陥れた事であり、そんな力を持つ者の存在を認めない者は首を傾げる。

 実際に彼が行ったのは実行犯の補佐であって、ただ騙されていただけ、最終的には目を覚まし主犯格の男を成敗したのはユリウスだろう? と、そう私を慰めてくれる者もいたが、私はそれでもやってしまった罪を償う事もせずに姿を消した息子を容認できない。

 伴侶のグノーは己を責めて一度はまた精神を病んだ。けれど、時間と共にすべては風化し、こちらに越して来てからは穏やかに暮らしている。だからこそ、息子からの手紙など見せたくはないな……と、私は複雑な気持ちになるのだ。


「正しく言えば母からです。父はこれを書いただけで最後まで何も言いませんでした」

「最後まで……?」

「少し前に逝ってしまったので」


 ユリウス、お前は本当に最後の最後まで親不孝なままなのだな……受け取った封書の端がくしゃりと皺になった。


「そう、でしたか……ところで母というのは?」

「ノエル・カーティス、ご存じですよね?」


 十五になると同時に騎士団に入団したノエル・カーティスはある日を境に首都イリヤから姿を消した。その行方は知れないまま、祖父のコリーが亡くなった時にも彼は姿を現さなかった。

 そんな彼がうちの馬鹿息子と一緒にいるらしいというのを教えてくれたのは黒の騎士団のルークだった。彼は元来口が軽い、どうやらブラック元国王陛下は息子の所在をも密かに把握していたらしい、けれど陛下は私には何も告げなかった、だから私も何も問わずに今に至る。

 問える訳がない、国王陛下はユリウスのしでかした事で息子を一人亡くしている。直接手を下した訳ではない、けれど加担した事は間違いのない事実で、そんな憎むべき我が息子の所在を把握しながらただ見守っている国王陛下に私は何も問う事など出来なかった。

 『ノーア』の名もその時に聞いていたのだが、きっと一生会う事もないと思っていた。


「ノエル君が君の母親? 彼はオメガではなかったはずですが?」

「気持ちの上でと言うだけです、彼は私を母のように愛してくれた、だから私は彼の事を母のように愛しているという、それだけの話です」


 この世界には運命で結ばれた相手がいるという、私にとってそれはグノーで、そしてユリウスにとってそれが誰だったのか……私には知る由もない。

 私は真っ白な封書の封を切る。中に入っていたのは二通の手紙、ひとつの手紙の束は厚く、もうひとつの手紙はぺらりと一枚、私はその薄い方の手紙を開く、そこには震える文字で私達夫婦への感謝と懺悔の言葉が綴られていた。ユリウスの書く文字はこんなに弱々しく頼りない文字だっただろうか? けれど、末尾に書かれたその署名は間違いなく息子の物で、私は溜息を零した。

 死の間際にしたためたのだろうか、私にこんな懺悔をした所でやってしまった罪は消えはしないのに。


「文字が震えているのは薬の副作用が結局死ぬまで抜ける事がなかったからです」

「薬の副作用?」

「聞いていないのですか?」

「一体何を?」

「父が薬物に心身を侵されていた事を、です。それは父の意志ではなく無理やりに、操られていたのですよ、聞いていませんか?」


 そんな話を私は聞いていない、私にはそれを知る術もなかった。けれどあの事件の折、あちこちでそういった薬物が蔓延していたのは間違いない。もしかしたらそんな事もあるのかもしれないとは思っていたが……

 私は今度は厚い方の紙の束を開く。そこには細かい文字でびっしりと、何やら物語のようなものが書き綴られていた。


「これは……?」

「母が父から聞き出した話を纏めたものだと聞いています。そこに父の身に起こった事件の全貌が綴られているはずです」


 細かすぎる文字の羅列は老いた目にはとても厳しく、私は瞳を細め瞬かせた。


「ノエル君は今何処に?」

「ある小さな村で父の墓を守って暮らしています」

「なんだか彼には申し訳ない事をしました……」


 彼には彼に相応しい生き方だとてあっただろう、ユリウスに関わりさえしなければ平穏で穏やかな人生を謳歌していただろう彼に私は申し訳ない気持ちになる。


「母は父と共にいる選択をした事を悔いてはいないそうですよ。全てを捨ててでも一緒にいたかった、それくらいに父を愛しているのだとそう言っていました」


 ノーアの言うその感情には私も覚えがある、世界全てを敵に回してでも守りたいものが私にはあった。きっとそれと同じような感情で彼は息子の傍にいてくれたのだろう。


「ユリウスはきっと幸せの中で亡くなったのでしょうね、それを喜ばしいと思ってしまうのは本当は傲慢なのかもしれません、それでも我が子が幸せな人生を生きられたという事を私は嬉しく思います」


 黒髪の青年は微かに微笑み頷いた。彼は不思議な青年だ、私の言葉にまるで私と同じ目線に立っているかのような反応を返して寄こす。彼にとってユリウスは父であるはずなのに、その落ち着いた様子はまるで我が子を見守る親のようにも感じられる。

 ノーアは「それでは」と、ひとつ頭を下げて踵を返した。その背中は最後に息子を見送ったあの頃の事を思い出させた。

 私は受け取った懺悔の手紙に改めて瞳を落とし、その紙を撫でた。

 私は後悔のない人生を送ってきたつもりだが、我が子の中で唯一道を踏み外してしまったユリウスにはもっと正面から向き合い、抱きしめてやれば良かったという想いがずっと心の中に燻り残っていた。けれど、私が出来なかった事をきっとノエル君はしてくれていたのだと思うと感謝の気持ちでいっぱいだ。


 ひとつ息を吐き出して家の扉を開ける。私達の実子は三人、ユリウスがあんな事になっても娘二人は無事に嫁ぎ先を見付けて嫁に出た。現在私達の面倒を見てくれているのは、私達の養子になった一番末の息子夫婦だ。

 血の繋がりなどまるでないのに、一緒に暮らす孫娘は血を分けた我が子によく似ている。それはなんだかとても不思議な事だ。

 私はリビング脇の部屋へと足を向ける、そこには私の最愛の伴侶がベッドの上でぼんやりと宙を見つめていた。


「おや、目が覚めましたか?」


 声をかけると彼はこちらを向いて、にっこり微笑み手を伸ばす。私がベッドの端に腰かけてその頬を撫でると、年老いてなお美しい彼はその手にそっと自身の手を添えた。

 言葉はない、彼はもうすっかり言葉を失くしてしまった。

 短命だと言われているオメガの彼がずいぶん長生きをしてくれたと思う、幸せだけを与えて彼の人生を幸福で彩りたいと思っていたが、結局人生山あり谷ありでそう上手く事は運ばなかった。それでも晩年は穏やかに幸せな最後の時を過ごせていると思う。

 誰を忘れても、生活の全てを忘れてしまっても彼は私にだけは零れるような笑みを零す。私はそれを嬉しく思う。


「ユリウスが先に逝ったそうですよ」


 私の手に添えられていた指がぴくりと揺れた。そして彼は微かに頷いた。もう理解もしないと思っていたのに、僅かに返ってきた反応に驚いた。

 彼に寄り添い肩を抱く、昔のように抱き上げてあげられない程に私もすっかり衰えた。

 声にならないようなか細い声で微かに紡がれた子守歌に瞳を閉じる、彼は何を想ってその唄を口ずさむのだろうか。

 しばらくすると歌声が止んだ、彼もまた私にもたれかかるようにして瞳を閉じている。


「どうやら、私もあなたとの約束は違えなくてすみそうです」


 彼の唄声をそのまま引き継ぐようにして、私も子守唄を口ずさむ。この唄は彼から教わった唄だった。辛い幼少時代を送っていた彼が、誰に唄ってもらったのかも覚えていないけれど、とそう言いながら子供達に唄って聞かせていた子守唄だ。

 不思議とその唄をムソンの住人達は知っていて、さすが人種の坩堝な村なだけはあるなと私は思ったものだった。この唄はメリアの古い民謡なのだと聞いている。私はこの優しい響きの子守唄がとても好きだった。

 命の営みはどこまでも続いていくけれど、私達の物語はもう終幕を迎えようとしている。


「おじいちゃん! もう、おじいちゃんたら、また寝ちゃった。おばあちゃんも、起~き~て! ご飯の時間だよっ!」


 どこか遠くで聞こえる声。

 目の前に手を差し出され立ち上がると、愛しい伴侶がにこりと微笑んだ。

 最近は痛みの走る事も多かった節々の痛みが今はもうない。


「一緒にいこう」

「ふふ、そうですね」


 言って私は彼の身体を抱き上げた。


「ちょ……お前はしゃぎすぎ!」

「久しく出来なかったので嬉しくて」


 光の道を二人で手を繋いで歩いた、道の両側には延々と咲き乱れる花畑が続く。


 あぁ……もう思い残す事は何もない。

 

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