第96話「新たな生活」
パーティ追放から1年後――。
王都は少しずつではあったが徐々に街の修復を進めていく。
ジルコニア系を始めとした移民への差別が法律で禁止されるようになり、移民たちはようやく人権を手に入れる事となった。
――ルビアン、ガーネ、カーネリア、加里、翡翠の5人は食堂で働いている。
店長職はガーネが継いでおり、ルビアンは雑用係、カーネリアは接客係として働いている。加里と翡翠は街の修繕につき合いながら料理番を務め、もうすっかりと食堂の一員として溶け込んでいた。
食堂は街全体が修復中という事もあり、今までにないほどの大盛況であった。移民たちまでもが食堂の常連として来るようになり、食堂の貴重な収入源となっていた。
アモルファス王国とジルコニア帝国は戦争終結条約を結び、ジルコニア側がアモルファス側に多額の賠償金の支払いとダイヤモンド島の統治権を譲る形で両国の争いは決着した。
「どうにかジルコニア米が尽きる前に戦争が終わって良かったぜ」
「結構ギリギリだったもんねー」
「ああ。でもどうにかジルコニア米を取引できるようになったのは幸いだな」
食堂の扉がいつもより早く開いた。
「邪魔するぞ」
闊歩するように入ってきたのはアンだった。何やら真剣な表情だ。
「アン、久しぶりだな。今までどうしていた?」
カーネリアがアンに尋ねた。2人はお互いにとっての数少ないライバルであると同時に信頼できる仲間でもあった。
「ちょっと色々あってな。ルビアン、私はお前に惚れた。私と結婚してくれ」
「「「「「はぁ~!?」」」」」
信じられない光景に周囲が騒めいた。アンはそんな事はお構いなしにルビアンを見つめている。
「いやいやいやいや、意味分かんねえから!」
「私は本気だ。さっきコリンティアと総督部隊を辞めてきた」
「「「「「辞めたっ!?」」」」」
「ああ。私は生涯、ルビアン、お前に尽くそうと思う。あの最終決戦の場で尽きるはずだった命だ。私はお前に救われたこの命を、お前のために使いたい」
アンは生涯の伴侶を力強く誓うものの、ルビアンはそれに反発するように戸惑い、カーネリアは両腕をプルプルと握りしめながら笑顔を保っている。
「気持ちは嬉しいけど、そ、そう言われても困るっていうか」
「あっ、そうだ。じゃあさ、アンもここで働く?」
「私が食堂でか?」
「ええ。ここで働けばずっとルビアンと一緒にいられるわよ。ルビアンもまだ心の準備ができていないわけだし、どうかな?」
「分かった。よろしく頼む」
「「返事早っ!」」
ガーネがうまくアンを誘う事に成功する。
ルビアンはガーネの狙いに気づいていた。ガーネは人の欲望をいち早く見抜き、それをうまくうまく逆手に取り、自分の思い通りに操る術に長けていた。
これはずっと人事と看板娘を務めてきた経験によるものであった。
ルビアンはガーネの腕をバックヤードの近くまで引っ張った。
「アンまで雇って人件費大丈夫なのかよ?」
「今はもう無職の身なんだし、全てを捨ててあなたに想いをぶつけてきた彼女をこのまま返すなんて可哀想じゃない。それにもう1人人手が欲しいって思ってたし」
「やっぱりそっちが本音か。今は食料の供給先として機能してるおかげで客が大勢来てるけどよ、王都が復興して他の飲食店も復活したら人件費が負担になるぞ」
「その時はその時よ。それにみんな凄い美人ばかりだし、きっと大丈夫よ」
「やれやれ、ガーネは相変わらず楽観主義だな」
「楽観主義にでもならないとやってられないわよ。特に今のご時世じゃね」
ガーネはそう言いながら窓越しに空を見上げた。
彼女はこの時にも今は亡き父親の事を考えている。
だがこのまま食堂がなくなってしまえばグロッシュが更に悲しむと思い、ずっと店の経営に勤しんでいた。そんな彼女にグロッシュを弔う暇はなかった。
「ガーネ、心配すんな。食堂は必ず立て直す。そしたらグロッシュもきっと喜ぶよ」
「……ええ……そうね」
ルビアンは自分を顧みず周囲の事を優先的に考えられるガーネに惹かれていく。
本当は食堂の財政に余裕などない事を彼は知っていた。しばらくは復興税が発生し、いつもより税金を多く納めなくてはならなかったためである。
「アン、あれからジルコニアはどうなった?」
カーネリアがアンに尋ねた。アンはカウンター席が空くとそこに座り、注文した激辛チャーハンを食べながら質問に答えた。
「あの戦いが終わった後、玻璃石英が皇子の派閥に譲位させられたそうだ。今はその皇子が皇帝に即位している。今までは花崗のおかげで地位が保たれていたようなものだったからな。それに女王陛下が言うには、その皇子や兄弟たちに国を治める才はないようだ。ダイヤモンド島に執着を燃やす者もいなくなったし、本国の軍も壊滅した上に賠償金の支払いと権力の安定化を図る必要もあるから、もう私たちが生きている間に攻めてくる事はないそうだ」
「それは良かった。だが1つ忠告しておく」
「忠告だと。一体どういう事だ?」
「ルビアンを愛しているのは私の方だ」
「ふっ、笑わせるな。ルビアンは命の恩人だぞ。医者でも治せないあの魔力の爪から私を救ってくれたんだぞ。私はルビアンに愛されてる」
「命の恩人ならあたしも同じだ」
2人はお互いを睨みつけ、目には見えない火花を散らせている。
実力が拮抗している上、心底惚れている相手までもが同じとあっては、もはやお互いを無視する事などできるはずもなかった。
「まさか別の意味でも争う事になるとはな」
「それはあたしの台詞だ。私は正々堂々と戦い、お前を倒してルビアンと結婚する。あいつは曲がった事が嫌いだからな」
「望むところ」
そんな相変わらずの2人にルビアンもガーネもため息を吐いた。
「ルビアン、もうジルコニア米がない。また仕入れてほしい」
無表情のまま翡翠がルビアンに注文をする。ジャンルにこそ拘りはないが、食材にはとことん拘るという食堂の方針に忠実であった。
「ああ、分かった。じゃあ今から行ってくるか」
ルビアンは雑用係として食料の調達がすっかり板についていた。
彼はジルコニアにまで瞬間移動しようと荷物を持った。
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