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第97話「戻るべき場所」

 突然1人のジルコニア系移民が慌てて入ってくる。


 その様子に気づいたルビアンたちは彼の方へと顔を向けた。


 何やら深刻な顔をしながら段々と近づいてくるが、メニューを一切見ずに歩いている事からも、食べるためではない事が彼にはすぐ分かった。


「あのー、申し訳ないんだけど、並んでもらっても良いかな?」

「いえ、食べに来たわけではなく……そこのお2人に用があって」

「加里ちゃんと翡翠ちゃんに?」

「ガーネ、その人は私の元部下よ。今忙しいから、話なら後で聞かせてもらうわ」

「わ、分かりました」

「まあそこに座っとけよ。もうすぐで終わるからさ」

「は、はい」


 仕事が一段落すると、加里と翡翠が彼のそばにまで駆け寄る。


 男の顔は話す前からあからさまにシュンと沈んでおり、それがルビアンたちの興味を引きつける。その様子からも、ただ事でない事はすぐに察しがついた。


「で? 一体何があったんだよ?」

「今から1ヵ月前の事です」


 男は事の詳細を話した。


 彼が言うにはジルコニア本国にいた加里や翡翠の家族が全員殺されたというのだ。1ヵ月前に実行された御影の粛清によって。


 御影は敗者に対しては肝が冷えるほどに厳しく、王都を攻めたジルコニア軍敗退の責任を加里と翡翠になすりつけ、一向に戻ってこない彼女らの家族全員を手にかけ土地を没収した。


「嘘や。そんなん嘘に決まってるやろ!」

「……それ、本当なの?」


 翡翠が声を震わせながら尋ねた。


「私は花崗の性格をよく知っていました。一度本土に戻って何度も確認しました。紛れもなく――事実でございます」

「「!」」


 加里と翡翠の2人は肩を落とした。


 まさか自分の家族が殺され、先祖代々続いた土地までをも取り上げられるとは思わなかったからだ。それは2人が戻る場所さえ失った事を意味していた。


「元四天王の残り2人にはご家族がいなかったので、それでお2人のご家族が狙われたのでしょう。私はこれをお伝えするべきかどうかで悩みました。ですが、ずっと黙ったままでいるのもどうかと思いまして」

「もう良いわ。下がりなさい。それと、私はもうお前の上司ではない。良いな?」

「はい。分かりました」


 男はトボトボ食堂から帰った。


 食堂にはルビアンたち6人以外は誰もいない。


 加里と翡翠がお互いを見つめ合うと、お互いを慰めるように抱きしめ合い、地面に膝をついたまま啜り泣きをし始めた。


「うっ……ううっ!」

「なんで……なんでや?」

「……私たちも……兵を率いて大勢を殺した。きっと罰が当たったのよ」

「だから女王陛下は――最後まで戦争を避けようとされていた。両国の家族に悲しい思いをさせたくないがためにな。あのお方は一見冷徹そうに見えるが、本当は誰よりも心優しいお方だ。お前たちは本来であれば死刑になっていてもおかしくはなかった。だが女王陛下は大臣たちの反対を押し切り、寛大な処分になさったのだ」

「「!」」


 アンが女王の本音を語ると、2人は静まり返ったように落ち着きを取り戻す。


 ――器が違う。自分の地位を危険にさらしてまで誰かを守ろうとするなんて、そんなのなかなかできる事じゃねえ。


 ルビアンは気づいた。彼女が何故国王足りえるのかに。


「女王陛下は隠し通しているおつもりだろうが、みんなあの慈悲深さに気づいている。だからみんな、反発しながらも内心では認めている」

「……私たち、もうジルコニアに戻れないのね」

「せやな」


 翡翠の問いかけに加里が力なく答えた。


 ガーネは先ほどまでもらい泣きしていたが、涙を拭いて2人に駆け寄り口を開いた。


「ねえ、良かったら2人共、うちで暮らさない?」

「えっ! うちらが?」


 ジルコニア人兵士を始めとした捕虜たちは王都の修繕作業に追われ、一通り修理が終わればジルコニアに返される予定であり、加里と翡翠も王都の修繕作業と食堂の料理番を務めた後、ジルコニアにいる家族の下で静かな余生を送るはずであった。


 戻る場所を奪われた2人に選択肢はなかった。


「私たちはグロッシュの仇だ。それでも――本当に良いの?」

「ええ。あなたたちよりも美味しい料理を作れる人は当分現れそうにないし、食堂が潰れたらお父さんが悲しむと思う。それにもう、戻る場所がないなら、ここがあなたたちの戻る場所よ。ねっ?」

「そうだな。お前らの料理は移民たちの口にも合うみたいだし、もううちの食堂には2人がいないと成立しねえから手放せねえよ。それとも責任を放棄して誰もいない家に帰るか?」

「「……」」


 加里も翡翠も返す言葉がなかった。


 ルビアンもガーネも家族を奪われる悲しみを知った2人に対し、もはや恨みなど微塵もなくなっていた。そればかりか怨讐を越えた仲間意識さえ芽生えていた。


「ルビアン、そんな言い方ないでしょ。無理にとは言わないけど、どうする?」

「ガーネが受け入れてくれるというなら、ずっとここで働かせてほしい」

「うちも同文や。これからよろしく頼むわ」

「うん、よろしく」

「ガーネ、1つ忘れてないか?」

「えっ、何を?」

「私を雇うと言ってから何時間も経ってるんだが」

「「あっ!」」


 ルビアンとガーネはアンを雇う話をようやく思い出した。


 その夜、アンは契約書にサインし、カーネリアと寝室を共にする事に。カーネリアはかなり前からここに住んでおり、ジェムストーンの事などすっかり忘れていた。


 翌日、加里と翡翠は王都に移民届を出し、無事にジルコニア系アモルファス人となったのであった。

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