第83話「海岸での死闘」
その頃、アモルファス王国の東海岸にて――。
総督部隊の指揮を執っていたジャスパーは女王ディアマンテからの手紙を通して既に王都の惨状を知っていたが、ジルコニア軍が思った以上に粘り強かったために王都へ引き返せずにいた。
当初はアモルファス軍9万9000人に対し、ジルコニア軍は9万5000人であった。
できる事なら10万人全員を率いたかったが、モンスターの侵入を阻止するための門番たちを留守にする事もできなかったために1000人を王都に置いていたが、そこをジルコニア軍に突かれるとは思っていなかった。
総督部隊は隊長として最前線で戦っていたアンが1人で玄武と蓮華を相手に互角以上の戦いを見せていた。
兵士1人1人の質が高く、数でも強さでも上回っていた総督部隊がジルコニア軍を東海岸にまで追いやっていた。
だがそれはジルコニア軍の作戦であり、東海岸へ近づけば近づくほど王都からは遠くなり、総督部隊が孤立していく事を意味していた。
「もう逃げ場はないぞ」
とうとう海岸へと追い詰めたアンが玄武と蓮華と対峙する。
彼らの後ろは絶海、だが彼らの表情には余裕があった。
「逃げる? おいおい、俺たちがノコノコと帰るとでも?」
「オレタチ、オマエ、サソイダシタ」
「ほう、この私を誘い出すとは良い度胸だ。死ぬ覚悟はできたようだな」
「良い事教えてやるよ。今頃王都は俺たちジルコニア軍の餌食になってるはずだぜ」
「何だとっ!」
アンは彼らの作戦に度肝を抜かれた。自分が戦っている間に本陣を攻められているとは微塵も思わなかったからだ。
ジルコニア軍の目的は総督部隊を誘い出した後、がら空きとなった王都にいるディアマンテを狙う事であった。
彼らは王都部隊が東海岸沖の戦いでかなり規模が縮小している事を知っていた。
王国主導の再編制はおおよそ見抜かれていたが、ルビアンが個人的に王都部隊を再編制している事までは見抜けなかった。
「それじゃーこっから反撃と行かせてもらうぜっ!」
蓮華はそう言うとアンに向かって手を伸ばし、質量の魔法で彼女の動きを止めた。
「なにっ! 体が動かない」
「俺は物の質量を操れるんだよ。今お前が着ている鎧はいつもの10倍の重量だぁ! その状態では動けまい。行けっ! 玄武っ!」
「オマエ、タオス」
玄武の太刀がアンに直撃し、鎧ごとその体を縦斜めに斬られた。
「あああああああっ!」
アンの体からは血がポタポタと流れ、アンは切り傷の一部を手で押さえた。だがアンは質量の魔法によって動けないままであった。
「貴様っ! わざと手を抜いていたのか?」
「あたりめーだろ。自分よりよえーと思わせなきゃ追ってこねえだろう」
蓮華はドヤ顔でアンを見下ろすように目を合わせた。
アンにとっては動けないままやられるのが屈辱だ。アモルファス軍の兵は徐々にジルコニア軍の兵を追い詰めるが、勢いのまま攻め続けていたために疲労困憊となり、今度はジルコニア軍がアモルファス軍を押し返すようになった。
剣と刀を鳴らし合う音が周囲に響く中、再び玄武が攻撃態勢に入った。
「玄武、とどめを刺せ!」
「オレ、コンドコソ、タオス」
玄武の太刀がアンに向かって襲い掛かったその時――。
爆発音と共に玄武の太刀が振り下ろされるが、太刀は誰もいない砂浜に振り下ろされた。
「ぐわああっ!」
蓮華が体から煙を上げながら倒れ、ゆっくりと立ち上がった。
「クッ! て、てめえ!」
「女1人を男2人で襲うとは、随分と趣味が悪いな」
3人が岩場の上に立っている余裕の表情のジャスパーを見上げた。
ジャスパーは赤い短髪をなびかせ、黒き鎧の姿で岩場から蓮華を攻撃し、それによって質量の魔法が解除された瞬間にアンが玄武の太刀を回避したのだ。
アンは鎧と兜を脱ぎ捨てると、大剣によって傷がつき、血が染みついた状態の全身黒タイツ姿となり、かなり身軽な軽装となった。
彼女はそのまま自らの状態も顧みないまま聖槍を構えた。
「アン、あのチャラ男は俺が相手をする。お前はそのデカブツをさっさと倒せ」
「了解しました」
アンが聖槍に炎の魔法と雷の魔法を込めると、姿が見えないくらいの猛スピードで玄武に突撃する。
「オレ、モウムリ」
玄武がその場にバタッと倒れた。体はピクリとも動かない。
「馬鹿なっ! 無敵の物理防御を誇る玄武がやられるだとっ!」
「これがアンの必殺技、フレイムボルトだ。こいつは超火力を誇るだけの技ではない。相手の物理防御と魔法防御の内、より低い方にダメージを与えるブロッカー泣かせの技だ」
「つまり……玄武の物理防御を無視して、物理攻撃で魔法防御の低さを突いたってのかぁ!?」
「ただのアタッカーではコリンティアの前衛は務まらん。それだけだ」
「だがまだ俺がいるぜ。お前らはこれで――」
蓮華がジャスパーの放った爆破の魔法が直撃しその場に倒れた。こちらもピクリとも動かない。
ジャスパーは全ての能力が高いオールラウンダーであり、パワー、スピード、ディフェンスまでもが桁違いに高い。基本的な魔法しか使えないものの、その威力や効果が恐ろしく高いのだ。
「死んだのか?」
「そのようだな。生命のオーラが消えている。たとえ生きていたとしても、この状況下で蘇生は不可能だろう」
「そうか、それは良かった――」
アンの体がふらつき、聖槍を手放しながら全身の力が抜けるように背中から倒れるが、咄嗟に岩場から素早い動きで駆けつけたジャスパーが彼女を優しく抱え込んだ。
「総督、お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「いや、もっと早く最前線へと駆けつけるべきだった。ほらっ、エンポーだ。この時のために取っておいて良かった」
アンの体がエンポーによって徐々に回復し、段々と傷口が塞がっていく。
服の傷はそのままだったが、この傷に沿うように血に染まった全身タイツがさっきまでの戦闘の激しさを物語っていた。
「総督、女王陛下が危険です」
「ああ、今すぐ退却しよう。全軍に王都への退却を命じる! ジルコニア軍の者どもは聞けっ! 大将不在となったお前たちに用はない。とっととジルコニアへと立ち去れっ!」
ジャスパーがそう命じると、両軍が次々と真反対の方向へ移動していく。アモルファス軍は西の森へ、ジルコニア軍は東から止めてあった戦艦を使い、海の向こう側へと立ち去った。
ジャスパーとアンは急ぎ王都への退却を始めるのだった。
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