第29話「傲慢な女」
ルビアンはもう限界だった。目の前にいるモルガンを直視できない。
それ故に彼はモルガンを見ないまま会話をする。モルガンの武装はルビアンが追放される前よりも豪華なものとなっていた。
「景気が良いんだろ? より軽くて頑丈な武装してるし」
「こっ、これは、いつ出撃する事になっても良いように常備しているだけだ」
「俺はなー、お前に追放されてからずっとひもじい思いをして生きてきたんだぞっ! ずっと求人と睨めっこして、貯金を切り崩しながらやりたくもねえ日給の仕事で食いつないで、元メンバーからは散々ボロクソに言われるわでどれだけ大変な思いをしたかっ!」
「!」
モルガンはようやく気づいた。ルビアンの大変さを。そしてずっと頼ってくるのを待っていただけのつもりが、彼を苦しめるだけの結果に終わってしまった事を。
「――済まなかった」
モルガンは頭を下げて謝罪する。
「今更謝っても俺はお前んちのハウスキーパーにはならねえからな」
「分かってる。私は馬鹿な事をした。ルビアンの気持ちも考えないで……放置してしまって済まなかった。あの時は他のメンバーがそばにいたから、みんながお前を嫌っている手前、とてもハウスキーパーに誘える状況じゃなかったんだ」
「……」
ルビアンはようやくモルガンの真意を知る。だが彼は既に『居場所』を手に入れていた。ありのままの自分を受け入れてくれて、それでいて温かい家庭のような居場所がある今、彼に迷いはなかった。
「許してくれ。私が悪かった」
「顔を上げろよ」
「ああ、分かった――」
モルガンが頭を上げた直後、ルビアンが彼女の腹部を右腕のこぶしで思いっきり殴りつける。
「ぐふっ!」
鎧を装備してはいたが、ルビアンは相手の防御力を無視する『貫通の魔法』を使っていたため、痛みがそのまま彼女を直撃していたのだ。
モルガンは地面に膝をつき、両手で殴られた腹部を抱えながら必死に痛みに耐え、彼を敵のように睨みつける。
ルビアンは攻撃力こそ低いが急所を捉えていたために激痛となっていた。
「ぐっ……ううっ……ルビアン……お前」
「今日のところはこれで勘弁してやる。さっさと帰れ」
倒れているモルガンを置き去りにしたまま、食堂の扉が冷酷にも閉まる。彼女にはその音が彼の心が閉ざされた音であるかのように感じた。
「あ~っ、スッキリした~っ。気分爽快だぜ!」
「どうかしたの?」
ガーネが不思議そうにルビアンを見ながら質問をする。
「ハウスキーパーになれってしつこいから答えを教えてやったんだよ」
「ええっ!? もしかして出て行っちゃうの?」
「んなわけねえだろ。ここは俺にとって初めての居場所だからさ」
「ルビアン……」
ガーネはホッとした事を示すように優しくルビアンの名を呼ぶ。
ルビアンにとって食堂がかけがえのない居場所であると同時に、食堂の同僚たちにとってもルビアンは大金をかけられても手放せない存在となっていた。
その頃、外ではたまたま買い出しのため外出していたスピネがモルガンを見つける。
「! モルガンっ! どうしたのっ!?」
「だ、大丈夫だ、問題ない」
「でもダメージを受けてるじゃない。誰にやられたの!?」
スピネが咄嗟に周囲をキョロキョロする。目の前にはルビアンが就職した食堂がある。既にアルカディアのメンバーたちにもルビアンが就職した事が知られていた。
アナテとブルカがルビアンの近況を全てを暴露していた。2人はいかんせん口が軽いのだ。この2人がいつも極秘任務の内容を知らされないのはそのためである。
「ルビアンにやられたのね」
「ち、違う。木にぶつかっただけだ」
「木にぶつかっただけじゃ膝をついたりしないわ。明らかに貫通の魔法じゃない。物理攻撃用に使われる一般的な魔法だけど、これを使える人であなたを殴りたくなるような人といえば、もう彼しか思い浮かばない。みんなに知らせてくるわ――」
「待て!」
走り去ろうとするスピネをモルガンは一声で止めるようとする。だが彼女は走り続ける。モルガンは腹部の痛みをこらえながら彼女を追いかけ回し、人目につかないところまで行きようやく追いつく。
追いついたモルガンがスピネの細い腕を掴む。
「どっ、どうして彼を庇うのよっ!?」
「私は殴られて当然の事をした。だからもう良いんだ」
「やっぱりルビアンじゃない! あたしもう我慢できない。私、やっぱりみんなに――」
モルガンの聖剣がスピネの喉元ギリギリにまで到達していた。この聖剣の切れ味は近くで見てきたアルカディアのメンバーであれば誰もが知る威力である。スピネはモルガンが手加減をしていなければ自分が出血多量で死んでいた事を想像し恐怖する。
「……どうしてなの?」
「!」
スピネは彼女に訴えかけるように目から涙を流す。
「済まない。だがルビアンは人生をやり直そうとしている。それは当然の権利のはずだ。もしルビアンの邪魔をするというなら……斬る」
「……だったら斬れば良いじゃない!」
「! 何を言うんだ! お前、自分が何を言ってるか分かってるのか?」
「分かってるわよ。あたし……モルガンが心配なのっ!」
「!」
モルガンはスピネの言葉に動揺し、彼女への憐みから突きつけていた聖剣を鞘に納めるとようやく冷静さを取り戻す。
「いつまでルビアンの背中を追いかけるつもりなの? あなたはルビアンを追放した張本人なのよ! 恨まれて当然じゃない。なのに……どうして? どうしてあたしたちには全く見向きすらしてくれないのよっ!?」
スピネの涙が止まらないままその場に泣き崩れる。
モルガンはそんな健気な彼女に優しくハグをする。
「スピネ、お前の気持ちはとても嬉しい。だが分かってくれ。みんなが私を想っているのと同じくらい、私もルビアンの事を想っているんだ。好きな人が痛い目に遭うのは苦痛だろ?」
「うっ、ううっ、うわあああああん!」
モルガンは自らの行動を恥じた。みんなの気持ちを知らないまま自分が帝都まで彼を追いかけていた事を悟った彼女はどれほど傷ついていたのだろうと。
それからしばらくは自らを律する事を決めたのだった。
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