第30話「因縁の常連」
その日の夜、モルガンは枕に涙をにじませながら床に就く。
ダメージを受けた事よりも、ルビアンから怒りの一発を受けた事がたまらなく悲しかった。もう一度彼に会いたい。その想いだけが彼女を支配していた。
数日後、モルガンが単身で食堂へと赴く。
メンバーたちには何も伝えていない。黙って食堂へ赴く事が彼女にとっての最善策であった。このままルビアンと全く話せないままであれば任務に集中できない。だからルビアンが嫌がろうともまた食堂の常連になってやろうと考えていると、またモルガンが食堂へと入ってくる。
「あっ、モルガンじゃない。いらっしゃい」
「げっ! また来たのかよっ!」
「ルビアン、いくら因縁がある人でもお客はお客よ」
「分かってるけど――じゃあガーネが相手してくれよ。俺はあっちの食品を冷やしてくるから」
ルビアンはそのままキッチンの奥まで行き、箱の表面と中を冷やした後、そこに食品を詰めて少しでも賞味期限を延ばそうと尽力する。
これが今や雑用に使われているルビアンのアイテムの1つ、フリーズフラムである。
通常はこの青色のボールを相手に放り投げ、相手にダメージを与えながら凍らせる氷の魔法が込められているのだが、ルビアンはこれを冷気として使い、ただの保存用の箱を冷蔵庫として活用している。
調理には炎の魔法、照明には雷の魔法、保存には氷の魔法を使う事が一般化している。賞味期限切れとなった食材の回復や服の洗濯には鮮度の魔法を使うが、これを使える者はかなり希少であった。
ルビアンの場合は炎の魔法の代わりにフレイムフラム、雷の魔法の代わりにサンダーフラム、氷の魔法の代わりにフリーズフラムを使っている。本来は爆弾であるが、威力を弱めてから使う事で生活にも応用する事ができるのだ。
最も戦闘で使う事が多いのは爆破の魔法が込められた通常のフラムだが、これも本来は壁を壊したりトンネルを掘ったりして進路を確保したり、用済みの家やアイテムを処分する目的で開発された雑用アイテムである。
その姿をモルガンはキッチンの真向かいにあるカウンター席からしっかりと見ていた。その働きぶりに彼女は思わず微笑みを浮かべた。
「ふふっ――」
「そんなにおかしいか?」
「い、いや、そんなつもりじゃ」
2人の間には微妙な距離感があった。話しかければ返答に困り、黙っていれば何のために来たのかと悩む事は分かっていた。だが来ずにはいられなかった。
このまま来なければルビアンと疎遠になってしまう気がしたからだ。
彼女はルビアンを放っておけなかった。ハウスキーパーにする事は諦めても、恋仲になる事はまだ諦めきれなかった。自分に嘘は吐けない。その正直さが彼女の心を傷つける。
「はい。チャーハンとラーメンのセットね。私たちね、アモルファス料理もジルコニア料理も好きなの。だから両国には仲良くなってほしいの。このチャーハンだって、米はジルコニア米だけど、肉はアモルファスの豚肉を使ってるの。美味しいでしょ?」
「ああ、とても美味しい。本当に――このチャーハンのように仲良くしてくれたら良いのに」
「早く貿易摩擦が解除されると良いね」
「そうだな」
「ルビアン、いつまで拗ねてるつもりなの? モルガンが困ってるでしょ。いくら裏方とは言っても、お客さんと円滑なコミュニケーションを取るのは全員の義務なんだからね。ほーら、モルガンの隣で賄いでも食べたら? 今日はまだお昼食べてないでしょ?」
「へいへい、分かったよ」
ルビアンは雑用を終わらせるとしぶしぶとモルガンとの雑談につき合う事に。彼はチャーハンとラーメンのセットを賄い飯として受け取ると、言われるがままモルガンの隣に座る。
気まずいっ! 一体何を話せってんだ?
沈黙が続く中、ルビアンはチャーハンとラーメンを食べ続ける。早くこの修羅場を終わらせたかったのか、いつもより食べるスピードが速い。対照的にモルガンは食が進まなかった。
「うっ! げほっげほっ」
慌てて食べていたのかルビアンがむせてしまう。
「ルビアン、大丈夫かっ!?」
「大丈夫だよ。何ともねえ」
「そ、そうか」
また2人の間に緊張が走る。だがモルガンはようやく食べ始めた。
「――アルカディア創設以来、いつもここで一緒に食ってたな」
「ああ……あの頃は先代と毎日のように喧嘩してはここで愚痴をこぼしてたな。あいつと仲良くしていれば、今頃はお前が隊長だったかもしれないぞ」
「うるせえ。俺は納得いかない命令には従わねえ。先代がパーティから追放された時だって、俺が突撃命令に従っていればパーティが全滅してた。今思うと、俺は討伐隊に向いてなかったかもしれねえな」
「私は今でも、お前が隊長だったらと本気で思っている」
「冗談だろ。俺には人望がねえ。物理攻撃力も魔法攻撃力も、どのメンバーよりも低いからな。唯一差別化を図れるのは回復だけ。でもその回復もエンポーの価格破壊のせいで無意味な能力になっちまった。こればかりはどうしようもねえよ」
ルビアンがエンペラーポーションに八つ当たりをする事はなかった。
彼は回復担当がその価値を失わなかったとしても、どの道いつか別の理由で追放されていたと本気で信じているからだ。それほどにまでメンバー間の信頼関係が冷えきっていたとも言える。
ルビアンにとって彼らとの関係は氷の魔法よりもずっと冷たいものだった。
彼はそんな事を考えながら息を吐いた。
「ルビアン、私はこうしてお前と愚痴を言い合いたい。だから……その……また来ても良いか?」
「……勝手にしろ。でも他のメンバーは連れてくるなよ」
「ああ、分かった。休日になったら隙を見てここに来る」
彼女はそう言うとお代をカウンター席に置き、そのまま食堂から立ち去った。
「ありがとねー」
ガーネはモルガンを快く見送る。
こうしてモルガンという厄介な常連が誕生してしまった。お金を落としてはくれても逆に気まずい時間を提供されてしまう事に、ルビアンは複雑な思いである。
モルガンは彼の気も知らないまま王都の街を闊歩するのだった。
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