第108話 ゲロ野郎って……
翌日の朝一番に異世界調査の続行の意思をノアに告げた。もう1日考えても良いと言われたが、あと3日考えても俺の意志は変わらないだろう。
俺は別に前の世界で、どうしようもない奴では無かなった。友達も2人だけどいたし、借金もたくさんあって、毎日つまらない日々を送ってた。だかしかし、仕事はしてたし、犯罪者でもなかったし、自立して生活してた。
どうしても、あの生活に戻れと言われたら、戻れなくもない。でも、この世界に居続けられるなら、多少のリスクがあっても、その方が良い。
俺が、こうなってしまった原因。どうしようもなく消化しきれない事。夢であり、呪いであり、願いのような望み。その目的が前の世界では達成できない。そのせいで生きていけない事は無いが、心に大きな棘をいくつも刺したまま人生を送るのは辛い。
きっと、この世界でなら、俺は、あの人に胸を張れるヒーローになれるだろう
もう、会う事は出来ないけど。
※
その日はノアと2人で説明会ツーの続きをした。
他にも気になった事を聞いてみたり、今後の方針を決めたり、俺がもっと強くなるには何をすべきか考えたりして、部屋で過ごした。
次の日は朝から準備をして、我儘亭が開店する前に、皆に話をした。皆とはいっても、夏休みで寮にいない先輩が2人がいるが。
誰も俺達に不満を言う人はいなかった。それどころか心配する人もいなくて、「英雄ジークってのは、どんな奴だった?」って聞いてくる始末だ。
どうやら昨日の俺がノアに謝ってる姿を、シェンユが言いふらしてたらしい。つまり、その光景が俺とノアの平常運転なんだと。
なんてこったい!
3人の先輩と1人の同級生は、他の謝罪も頑張って行ってこいよ。って感じになった。シェンユはすぐにでも一緒にトレーニングをしたがっていたけど、今日は謝罪に行かないといけないから。と伝えて我慢してもらった。
センギョクさんだけは、なんか難しい顔してた。やっぱり長年の経験から、苦言を言いたかったのかもしれん。
そして冒険者育成学校に向かった。
ノアが一昨日に、謝罪の品として少し良い酒を大量に買ってきてくれたので、それを差し出すと喜ばれてしまった。
すっごい怒られるかと思っていたけど、以外にもそういう感じではなくて、生きて戻ってきてこれて良かったな。って感じだった。
どうやら、この長期大型訓練にてハッスルしすぎて問題が起きるのは通例の事らしく、毎年3、4人は死者が出るらしい。
それでも長期大型訓練をやるのは、むしろ危険に遭遇してもらい、冒険者の厳しさ、身近にある脅威、人族の弱さを体験して理解させて、改めて己を鍛え上げてもらう為に必要な訓練なんだとか。
ちなみに、夏休み明けに自主退学する訓練生も毎年何人かいるっぽい。
なので、学校としても死者が出ないように、ギルドに協力してもらって、D級冒険者を引率に出してもらったり、必要な物資の提供をしてたり、している。
※
昼過ぎに英雄広場まで戻ってきて、ギルドの中の食事場で昼食を食べてから、ギルドマスターに会いに向かった。
ギルマスってのは、普通は簡単に会う事のできる人物では無いので、突然に会いに行っても無理なのだが。今回はD級冒険者ノアが昇進して早々に、やらかしているので、ずっと、出頭命令が出ていたらしく、少し待ってからギルマスの部屋に通してくれた。
ノアが問題行動を起こしたのが7月14日でギルドのユウツオ支部に連絡鳥が着いたのが7月18らしい。さらにノア4がユウツオに帰還したのが7月22日で、その日の内にセンギョクさんからギルマスに報告が入ったとの事。そして、今日は8月4日だ。
つまり、ギルマスが情報を得てから出頭命令が出て昨日まで9日間、ノアは出頭命令を無視し続けた事になる。そりゃ、すぐにでも部屋に通されるワケだ。
部屋にはギルドマスターのクー=リトワウさんだけで、ローゼスさんがいなくて良かった~と思ってたら、ギルマスにめっちゃ怒られた。
まぁ、怒られて当然なのだが、静か~に額の血管をピクつかせて、怒りの炎を充てられるのは恐ろしい。やらかした当人はノアだけど、俺の使用人なので、俺に対しての説教が長々と続いた。
学校からの訓練引率依頼を、すっぽかして独断行動をした事も問題だが、それよりも、冒険者ギルドのMA級冒険者で人族最高戦力で英雄のジークに対して無礼をしたという事実が大きな問題らしい。
日本の大企業でいうなら、平社員でちょっと仕事が上手くできるノアが調子に乗って、社長秘書に「どっちが仕事を上手くこなせるか勝負しようぜ?」って、吹っ掛けているようなもので。ギルドの組織的に大問題になるそうだ。
というワケで、ノアはE級冒険者に1つ降格、2か月の間はギルドから簡単な奉仕依頼を毎日1つ受ける、さらにこの2か月の間はどれだけ頑張ってもD級には昇格できない。という3つの処分が下された。
「領主様に取り入って、シェンユさんにも好かれ、問題児のフォルストとも仲が良いとなっては、あなた方も問題児の予感がしていましたよ。でも本当に面倒事を起こすとはね。しかも、かなり予想外の大問題です!」
「すみません」
「いいですか、冒険者が己の肉体や技術に自信を持つ事は良い事です。ですが過信してはいけません! 少し他の人より優れているからといって自分の力量を見誤ってはいけませんよ! 相手の力量もです! ノアさん。貴女が向上心を持って、MA級冒険者であるジークに相手して貰いたいと思った事は良い事かもしれませんが、飛躍しすぎでしょう。ユウツオにも素晴らしい実力者がたくさんいます。なんなら私が相手になってやりましょうか?」
こ、怖い……
「はぁ~。貴女のD級昇格への推薦者3人に、私も加わったのですよ? 貴方の冒険者としての姿勢は素晴らしいと感じましたから。E級やF級は昇格するに時間がかかりますし、ギルドへの貢献度もありますから、真剣に取り組む人が少ないですからね」
なるほど。自分自身もノア推しをしてしまったから、それもあって激怒してるのか。推薦者あと2人って誰だろう? フォルストとパメラ氏かな?
「それに下級冒険者への見本として、時と場合を考えて行動して頂きたいですね! たとえ実力者であっても、状況を見誤ると命を落とす事もあります! 私の所には毎週末に死亡報告があがってきて、多い時には10人程度の死者を確認します。全ての冒険者を把握しているわけではありませんが、ユウツオ支部のギルドマスターとして、ユウツオに貢献してくれる冒険者は気にとめています。ノアさんもその内の1人です。誰かが亡くなるのは悲しい事ですが、世界というのは残酷で簡単に人は死にます。私とて死亡報告を毎週確認しつつ気丈にしていますが、よく知る相手の名前が死亡報告にあがってくると、やるせない気持ちになります。先日のパメラさんの件は苦しい思いをしました」
「えっ?! 何だって?」
「もしかして、まだ、聞いてませんか?」
「何を? まさか……」
「パメラさんは、大平原にて怪人に遭遇し亡くなりました」
嘘だろ……。
パメラ氏の事が頭に浮かぶ。
初めて、この世界に来た次の日、俺をこの部屋に連行してた真面目な顔。俺が大砂漠に落ちた時に、捜索隊に参加して心配してくれた顔。フォルストと飲んでたら、偶然にも店でパーティメンバーで入ってきて、8人で飲んだ時の楽しそうな顔。ミスをしてパーティメンバーを失い、悲しみと責任に染まった暗い顔。
胸の中の何かが込み上げてきて、同時に胃がひっくり返るように込み上がってきて、食べたばかりの昼食を、ギルドマスターの部屋にリバースしてしまった。
追加の説教を少し貰った後に、俺は1階の食事場で水をもらってノアを待つ事となった。なぜなら、ノアのギルドへの奉仕作業の初仕事がギルドマスターの部屋の掃除となったからだ。
「タツキ。大丈夫か?」
「あっ。ルーファンさん」
「悪いけど、これをフォルストの所に持って行ってくれないか? 私はしばらく仕事が忙しくてな。それに、こういう時に女が男の部屋に行くのは、身体で慰める事にならそうだから、私は行けないんだよ」
「あ、えーっと。そうなんですか。そういう事なら、持って行きます」
「助かる」
「あの~、これは?」
テーブルに置かれたのは、通常の3倍の幅がある15センチぐらいの短剣だ。綺麗な模様の入った皮の鞘に収められている。
「パメラの2つある愛剣の内の1つだ。魔力を込めると一瞬だけ輝いて目眩しが出来る。パメラが家を出る時に、父がくれた物だそうだ。私は受付の仕事だからな、持っても微妙なんだ」
「なんで、持ってるんですか?」
「詳しい話は、聞いてないのか?」
「はい。さっき、知ったばかりで」
「そうかぁ。じゃぁ、簡単説明するよ」
まず、パメラのパーティ“深緑の支配者”は全滅では無かった。訓練生1人とパーティメンバー2人が生き残り帰還した為、その報告によって、事態が分かったらしい。
準備を整えてテンルウを出発し、順調に進んで大平原中央の陥没地帯にさしかかった時に、空から怪人が襲来。初撃で訓練生1人が死亡し、パメラ氏と副リーダーは残りのメンバーを逃す為に囮となり、直ぐに死亡したそうだ。その時、逃げれるようにパメラ氏から託されたのが、この剣らしく、唯一の遺品だそうだ。
襲ってきたのは通称“四頭翼の怪人”と呼ばれ大平原を飛び回っており、稀に遭遇すると襲ってくる好戦的な危険な個体らしい。
そして、この世界には、こういう事態があった時の為に、信頼できて立場の違う人を〈引受人〉として登録できるらしく、昔、冗談半分でパメラ氏の引受人として登録したルーファン氏の下に、この剣が渡されたそうだ。
「この剣のおかげで生き残った人がいる。そういう使い方が出来る人に託した方が、パメラも喜ぶと思うんだ」
「確かに。フォルストなら適任ですね」
「だろ?」
「マスターお待たせしました」
みっちり、2時間かけて掃除を終えたノアが戻ってきた。きっと、ピカピカにしてくれたんだろう。申し訳ない。
「ちょっとマスター! 私に嘔吐物の掃除をさせておいて、なんで、美人ギルド受付嬢を口説いてるんですか!」
「ごめんノア。私から声かけたんだ」
「えっ? このゲロ野郎のどこが良いんですか?」
「ゲロ野郎って……」
「ノア! ちょっと黙ってろ。今は、そんなバカ話をしてる気分じゃない」
「それは、失礼しました」
俺のゲロを掃除してくれたのは、感謝だけどさ。今は、ふざけないで欲しいな。
フォルストが住んでるのは中央広場から西に入った所って聞いている。
今から向かうと18時になってしまうな。
だが、行かない。という選択肢は無い!
元々、今日のスケジュールではギルドの後に孤児院に寄ってからフォルスト亭に向かう予定だった。
シャンウィ君とシェンファちゃんへの謝罪は、また後日にしよう。
「ノア。フォルストの所に行くぞ」
「分かってますよ!」




