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幼なじみは難攻不落悪役令嬢  作者: さつきばれ
13/13

その13

暗闇に浮かび上がる、白地に藍色の朝顔の浴衣。つやつやとした黒髪を髪留めで纏めて肩に流している。彼女―花澤冴里は、私を見て微笑んだ。黒目がちな瞳からは、なんの表情も読み取れない。赤い唇が三日月の形に弧を描く。


『あなたって本当に、いとも簡単に幸せになれちゃうのね。昔からそうだった。だから私、あなたを不幸にしてあげる』


どん、と、その細腕からは想像できないほどの力で、冴里は私の肩を押した。宵闇に紛れる紺色に大輪のひまわりがひらめいた。私―博田愛の浴衣の袖のひまわり。そのまま私は後ろへ倒れて、その先に広がるのは底の見えない夜の川――


「博田愛(名前変更可)はともかく、私は泳げないんだよ!! 死ぬわ!!」


花火大会当日、そんな叫び声とともに私は目を覚ました。また見たくもない夢を見てしまった……。


花火大会行こうってなったとき、純粋に楽しみという気持ちもあったけれど、実は不安もあった。だって花火大会だよ? これは絶対なにかしらイベントがあるでしょ。とはいえ、その時点では―私が思い出せている限りでは―『どきメモ』で花火大会のイベントはなかった。

だが、流石はかつて一世を風靡した乙女ゲーム、花火大会なんてもってこいな催し物をスルーするわけがない。

該当するイベントを思い出したのが一昨日の夜のこと。思い出したら頭から離れなくて、今朝もご覧の有り様である。


夢にも出てきた通りだけど、花火大会のイベントでは花澤冴里に川に突き落とされる。もはや展開がサスペンスだが、このあと博田愛(名前変更可)は一緒に花火大会に来ていた蝶野正に助けられて、彼との仲を深めるのだ。あれ? こう考えてみると花澤冴里って実はキューピットだったのか? しかし、こんな物騒なキューピットは嫌だ。


このイベントには、ご丁寧なことに美しくもホラーな花澤冴里のスチルが用意されていた。正直このあとの蝶野正のスチルより印象的だ。そんなだから冴里ゲーとか呼ばれちゃうんだぞ。『どきメモ』制作陣は花澤冴里に歪んだ愛情でも抱いているのか。ユーザーだってまさかホラーサスペンス方面でどきどきさせられるとは思っていなかっただろうに。

……で、でも繰り返すけど『どきメモ』は名作なのだ! 迷作あつかいされることも多かったけど。


とにかく、今日の花火大会は水難に注意しよう。さーちゃんが花澤冴里とイコールの存在ではないことは、ダブルデート夏の陣のことからも分かったし(むしろダブルデート夏の陣でファイトしてたのは私とさーちゃんではなく風見くんとたっくんである)、そんなに心配することはないと思うんだけど、私の日常と『どきメモ』 での出来事はやっぱり微妙にリンクしている気がするのだ。さーちゃんが私のことを川に突き落とすとか有り得ないが、私が勝手に足を滑らせて川に落ちるのはありそうだし……。


ふと、机の上に置かれた浴衣を見る。お母さんが今日のために引っ張り出してくれた浴衣だ。紺色の生地に大輪のひまわり。……なんか、これ、よくよく見てみると『どきメモ』で博田愛(名前変更可)が着てた浴衣の柄そのままだぞ。


動きやすい格好が好きな私は、もともと花火大会にも私服で行くつもりだった。でも蝶野くんが私の浴衣姿が見たいとかそんなことを言うので、あわてて昔着ていた浴衣を探したのだ。白地に金魚柄の浴衣である。見つかりはしたけれど、その浴衣はもう小さくて、私には着られなくなってしまっていた。お気に入りだったのに残念だ。

それでお母さんに相談したら、お母さんがどこからかこの紺地にひまわりの浴衣を出してきてくれた。昔お母さんが着ていた浴衣らしい。


……思いがけず浴衣の柄が一致したからって、川に落ちるとは限らない。落ち着け落ち着け、大丈夫。心配なら、水に近付かなければ平気でしょ、うん。


昼間はいつも通り生徒会準備室で文化祭の準備をして、一度家に帰ってから再度集合という運びになった。さーちゃんが私の家に着て、一緒に浴衣の着付けをする。

いつも下ろしっぱなしの髪の毛をさーちゃんに結ってもらったとき、ちょっとどきどきした。お姉ちゃんがいるってこんな感じなんだろうか。私は一人っ子なので分からないけど、その分きょうだいというものに憧れがある。きょうだいがいる人はみんな「そんなにいいものじゃないよ」と言うけど、やっぱりきょうだいには独特の絆がある気がする。


「はいめぐちゃん、できたよ」

さーちゃんが言った。私はテーブルに置かれた折り畳み式の鏡を覗きこむ。……自分で言うのもなんだけど、いつもより大人っぽく見える気がする。

「さーちゃん、ありがとう!」

嬉しくなって、振り向いてさーちゃんにお礼を言うと、さーちゃんは髪型が崩れないように優しく私の頭を撫でた。


「めぐちゃんはかわいいなぁ、妹になってほしいよ~」

「あはは、私もさーちゃんの妹になってみたいけど、たっくんがめちゃくちゃ嫌がりそう」

お前、冴里のこと横取りしてんじゃねーぞ! とプンスカしているたっくんとか想像に難くない。それに、小さい頃はマジでさーちゃんを取り合って喧嘩をしたことがあるたっくんと私なのだ。今思えばかわいい喧嘩だと、私が思い出し笑いしていると、意外なほど真剣な顔でさーちゃんが首を横に振った。


「そんなことないよ! 普段はあんな態度とってるけど、拓人はめぐちゃんのことかなり好きだよ!」

「……? う、うん、そうかな?」

「そうだよ!」


深く頷くさーちゃん。何か微妙に話が噛み合っていないような気がするけど、まあいいか。


準備をして出ると、家の外ではたっくんが既に待っていた。

「やっと来たか。しかし二人ともめかし込んでるな~」

たっくんが並んだ私たちを上から下まで眺める。

「冴里、やっぱりその柄似合ってるな。俺が選んだんじゃないのがしゃくだけどさ」

たっくんが言う。さーちゃんの浴衣は、例の白地に藍色の朝顔だ。清楚で上品な雰囲気がさーちゃんによく似合っている。

「さーちゃんの浴衣誰が選んだの?」

私が尋ねると、たっくんは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「……風見」

「へえ、そうなんだ」

風見くんセンスいいな。

「よく分からないけど、花火大会に行けないから、せめて浴衣を選ばせてくれって頼まれたの」

さーちゃんが首を傾げる。好きな人と花火大会行きたかったけど行けないから代わりに浴衣を選ぶという熱烈なアピールだと思うんだけど、まあさーちゃんってそういうの鈍いからなあ。そこまでして「よく分からないけど」と言われてしまっている風見くん、憐れだ……。でも私から「風見くん、さーちゃんが好きだから浴衣選ばせてって言ったんだよ」とか伝えるのも風見くんに悪いかもしれない。それにここでそんなこと言ったらたっくんが怒り狂いそうだ。やめておこう。


「そういや、めぐも新しい浴衣なんだな。金魚のやつじゃなくて」

「えっ、あっ、うん。そう。金魚のやつはもう小さくて着れないから、お母さんの浴衣借りたんだ」


たっくんから思わぬ指摘を受ける。金魚の浴衣、覚えてたんだ。

たっくんはじっとこちらを見てくる。な、なんだなんだ。たっくんってやけに目力強いから、あんまり見られると緊張する。

やがてたっくんは腕を組んでこう言った。


「それなり、って感じだな」

「……ありがと」


それなりって。でもまあ、私に対するたっくんの評価の中では上々な方ではなかろうか。褒め言葉として受け取っておこう。さーちゃんはそんな私たちのやり取りをにこにこと見守っていた。

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