第七十六話 二つ目の召喚装置
「ゲールで俺に斬りかかった、あの間抜け皇子だよ。ほらドーラに手錠かけられて、無様に引き摺られてた奴」
「ああ、そういやいたなそんな奴。あの後、憲兵に捕まったんだっけ? ほんと馬鹿みてえな奴だったな」
「ああ~~そういやどっかで聞いた名前だと思ったわ」
どうやらハンゲツも、彼のことを覚えていなかったらしい。気軽に談笑する二人。敵の罠にかかったというのに、緊張感の欠片もない。
この様子にパトリックは怒りで眉間を震わせている。
『くそっ、貴様ら! 相変わらずこの私をコケに……もういいお前ら! このまま死ねぇ……はがぁ!?』
「「?」」
何か声を張り上げたパトリックだったが、急に彼は悲鳴を上げて、苦しげな顔をこちらにでかでかと見せる。
何が起こったのか、訳が分からず、テレビを見ていた一行が困惑する。テレビ画面でこちらを見ていたパトリックが、後ろに振り返り、何やら驚愕の声を上げていた。
『何だお前らは!? ふはっ、ジュエル!? まさかお前ら春明の仲間か!?』
『ああ、そうだな』
テレビ画面はパトリックの後ろ姿で覆われて、そちらの様子は殆ど見えない。だが今聞こえてきた声は、確かにジュエルの声であった。続いてナルカの声も聞こえてきた。
『よくまあ、こんな所で、こんな豪勢な馬車を置いて、あんなでかい声を上げるものですね。目立ちすぎて、簡単に見つけられちゃったよ……』
『うっ、うるさい!』
『この人どうします? 殺しますか? じゃあ殺しますね』
向こうの様子は見えないが、どうやら控えで外に置いてきた仲間が、このパトリックを見つけたらしい。
『やめろナルカ! こいつは私の同士達が捕らえて、教国討伐後に裁判にかける』
『ええ~~~!? じゃあ……せめて両目を抉り取って、両手足をへし折って、股間を潰すぐらいはしても駄目ですか?』
『何怖い事言ってんだ!? この12歳は!?』
『だってこの人、春明さんを逆恨みで殺そうとしてるんですよ! こんな奴、絶対に許せません!』
『そっ、そうか。それはいいとして……こいつは裁判の後、散々民衆から負け犬姿を晒し者にされて、屈辱の牢獄生活をした後で、最後には絞首台行きだ。それでも充分、惨めで面白い死に様だろう? それで妥協しろ』
『う~~ん、それでもいいか』
何やら物騒な会話をしているナルカとジュエル。こちらから見えるパトリックの背中は、恐怖のためか震えているように見える。
『ジュエル! 何故貴様が反乱軍に加わった! 私の側近に取り立ててやった恩を忘れたか!?』
『恩だぁ~~!? ふざけんな! 私は十年近く教国軍で働いて、頑張って地位を手にしてきたのに……お前のような無能な上官を持ったせいで、十年の苦労が全て水の泡だ! この賠償してくれんのか!? このクソ皇子が!』
ドゴッ!
どうやらジュエルがパトリックを蹴りつけたらしい。パトリックの後ろ姿が、不自然に揺れる。あちらはあちらで、因縁の対決が始まっているようであった。
しばらくグホッ!ゴホッ!と、痛ましい音が聞こえた後で、画面にジュエルの顔がアップで映し出された。
『戦いが始まる前に、黒幕やってしまったが……どうする?』
「どうするって……そういやさっきそいつが言ってた切り札はどうなった?」
『多分これだな。こいつがこんなの持ってた』
ジュエルが画面に映るように取りだしたのは一つの魔導装置。
「うわっ! とっても見覚えのある装置ね……」
それは以前、ゲール王国で、移民街を襲撃した犯人が使っていた、無限魔の召喚装置と似ている。
「何だよ、あいつ。嘘ばっかじゃん! 教国の魔導生物だ~~」
「要は敵であるはずの赤森の天者から、無限魔を召喚する道具をもらったわけか? まあそうでないと、俺らとまともに相手できないだろうが」
「よしっ! ジュエル、それを動かして、こっちに敵を出せ!」
戦いに飢えたルガルガが、急にそんなことを言い出して、一行は少し驚く。
「いや、お前……折角戦わずに、事を片付けられたのに……」
「だってよ~~魚ドラゴンの時といい、良いところで全然戦えてねえじゃん! もう俺は欲求不満で死にそうだ!」
「死ぬって、そんなおおげさな……」
『俺からもそうしてくれるよう頼む! これ以上シナリオが破綻すると、かなりやばいことになる!』
「「あっ!?」」
会話の途中でいきなり出てきたのは、やはりあの謎のウィンドウの文面。一瞬出てきたその文面に、一行は釘付けになるが、すぐにそのウィンドウは空中から消えてしまった。
『どうしたの? そっちで何かあったか?』
「ゲームマスターからの伝言だ。どうやらここでボスと戦ってくれないとやばいらしい。ジュエル、その装置動かせるか?」
『出来ると思うが……ご丁寧に、こいつの懐に説明書が入ってるし。でもホントにいいのか?』
「ああ、やってくれ」
「おっしゃぁ~~張り切っていくぞ~~!」
戦えると判って上機嫌のルガルガ。まもなくして、その部屋に、召喚の門が出現した。以前ゲールでの、移民街襲撃犯の召喚と、全く同じ現象であった。
部屋の中に出現したのは、一人の鳥人間。人のような体型をしているが、服は着ておらず、真っ白な素肌の上に、腰や足に紫色の長い布が巻き付いている。それは腰の方からも長く伸び、二本の尻尾のように垂れ下がっている。
背中には紫色の、仏像の光背のように広がる羽が生えている。そして顔は、やはり人の顔ではなく、鷲のような獣人の顔であった。実に派手な装いの烏天狗である。
「おお~~強そうじゃないか! ようし!」
ルガルガが鉞を振り回し、その鳥獣人に突進する。こちらの敵意を感じた鳥獣人は、背中の豪華な翼を羽ばたき始めた。
ズゴォオオオオオッ!
魔法によるものなのか、通常の羽ばたきではあり得ない、豪快な突風……いや衝撃波と呼べるものが、戦場となったこの部屋に吹き荒れる。
「ひゃぁあああっ!」
この突風に耐えきれなかったハンゲツが、多くの椅子や机と共に吹き飛ばされて、後ろ部屋に壁に激突した。
春明とルーリは突風に吹き飛ばされそうになりながらも、踏ん張ってどうにか耐える。正面から鳥獣人に向かっていったルガルガは、持ち前の剛力と気功防護によって、風を耐え抜き、収まったあとすぐに再突撃した。
「しゃぁあああっ!」
ルガルガの鉞攻撃のスキルの気功撃二式が、鳥獣人目掛けて振り下ろされる。鳥獣人は翼をしまうと、それを間一髪回避した。
「クェエエエエエッ!」
瞬時に翼を開き直し、鳥獣人は上へと飛んだ。上には当然、部屋の天井がある。鳥獣人はそれを突き抜けた。
推進力は不明だが、まるでロケットのように飛ぶ彼は、その天井を突き破り、上へ上へと進み、とうとう砦の屋上の床をぶち抜いて空へと舞い上がった。
すぐ近くにいたルガルガの頭に、崩れ落ちた天井の欠片が、雨のように降り注ぐ。
「うがぁああああっ! あんにゃろ! 逃げんな!」
勿論この程度の瓦礫でルガルガに怪我などない。頭についた埃を払い上げ、上の穴から見える空を見ると、鳥獣人がその地点をホバリングして、挑発のように聞こえる泣き声を上げている。
どうやら逃げたわけではなく、彼には不利な屋内戦を避けて、外に移動したということのようだ。
激昂したルガルガが、すぐ上に向かう。ご丁寧に階段を探したりはせずに、自分もジャンプして、天井に頭突きをかましてぶち破り、上階に着地する。
それを繰り返して、ルガルガはどんどん上階に向かっていった。その様子を春明達は唖然としてみていた。
「行っちゃったけど……結局俺らを部屋に誘い込んだ意味って何だ?」
「あいつ馬鹿だから、そこまで考えてなかったんじゃないの?」
『もしくは、出てくる無限魔を、自分で指定できないか……。この説明書、よく見るとどの無限魔を召喚できるか、全然書いてないし……』
「そうなのか? ゲールの時は、普通に種類を選んでたけど?」
『強い無限魔を召喚できるようになった分、そっち方面の性能が落ちたんじゃないのか? とにかく早く行ってあげた方がいいと思うぞ?』
「ああ、そうだな」
画面に映っているジュエルに、とりあえず礼を言い、春明達もルガルガを追って、屋上へと向かっていった。




