第七十五話 大鬼
上への内部の、砦の庭では四人対二千人の、凄まじい戦いが繰り広げられ……てはおらず、あっさりと終わった。
庭には春明達に向かってきた教国兵達が、すやすやと安らかな寝息を立てて倒れている。
「あっけなっ! もう終わり! もうちょっと耐え抜けるようなレベルの奴はいないわけ!?」
そう口にするのはハンゲツ。最初に敵戦力を減らそうと、スリープゴーストを使ったところ、かかってきた殆どの兵士達が、それで倒れてしまったのだ。あまりに呆気ない沈黙である。
この結果にルガルガとルーリも不満げであった。彼女らは、ハンゲツが来る前に、少しの間交戦していた。その時の戦いで、手足を斬り落とされて呻いている兵士も、数十人程転がっている。
「歯ごたえなさ過ぎだろ……お前のゲームじゃ、どんな感じだったんだ?」
「どうって……普通に戦えてたけど……強さもその辺のシンボルモンスターと変わらなかったし」
「無限魔と同じ!? ゲームじゃどんな化け物揃いの軍隊だったのよ、教国軍って……」
ゲームでは敵モンスターとして登場する教国兵(素材グラフィック)は、フィールドで戦うモンスターと、あまり変わらないステータスに設定されていた。
ゲームでは戦闘になると、相手が魔物でも人間でも、仕様は何も変わらないのだ。
ちなみにゲームでは、戦闘画面で表示できる敵グラフィックの数には限りがあるため、今のように一度に数百人の敵を相手にするということはできない。
「くそっ! つまんねえな! もっとこう……凄い大物とか出てこないのかよ!」
「出ないんじゃしょうがないでしょ! さっさとパトリックを捕まえて、後は反乱軍に任せましょう……あら?」
砦を見上げていたハンゲツが、ふと変わった魔力を感じた。その直後に、砦の屋上から、何かが降ってきた。
ズドン!
屋上から実にかっこよさげな演出で、その場に現れたのは、一匹の大鬼である。
熊が二足歩行したようなずんぐりした体型で、身体を板金の甲冑を着込んでいる。鉄仮面の下から見える口は、鰐のような鋭い歯が生えそろった、頬のない口であった。片手には鋼のメイスが握られている。
身長は人間の大人の二倍以上、四メートルはあるだろう。その辺で倒れている兵士達とは比べものにならない、いかにも強そうな外観であるが……
「誰かの召喚獣みたいだけど……多分雑魚ね」
「ああ……期待しすぎないが方がいいな」
「じゃあ、次は私にやらせて」
突然のボスキャラの出現にも動じない一行。ゲームならば、この辺で出てくる敵は、四人がかりで倒さなければいけない強キャラなのだろうが……
この怪物の前に、同じメイスという武器を持ったルーリが、たった一人で歩み出る。戦い好きのルガルガも、この敵にはあまり興味が無いようで、特に何も言ってこない。
「グォオオオオオッツ!」
大鬼がメイスを両手で握り、目の前にいるルーリ目掛けて、思いっきり振り下ろす。自分よりずっと小さい相手にも、一切手加減はしない。
それに対しルーリは、避けずに真っ向からぶつかった。彼女の持つメイスの刃が、白い光を纏い輝き出す。
「どりゃあっ!」
光の魔力を纏う武器攻撃の “シャインアタック”を、自分に向かって振り下ろされる敵のメイス目掛けて、思いっきり振り上げた。
二人のメイスが、上向きと下向きから、堂々とぶつかり合う。
ガキィン!
勝負は呆気なくついた。ルーリの小さなメイスが、大鬼の巨大なメイスを、上へと弾き飛ばした。
衝撃で大鬼の手から離れ、空中を舞うメイスは、刃がかなり欠けて、細かい金属片を無数に飛び散らせている。
自分より小柄な敵の圧倒的パワーに大鬼が動揺している隙に、ルーリがすぐに二撃目を放つ。小柄なので、攻撃の連撃速度も速い。
彼女のメイスが、大鬼の具足で覆われた足を叩く。その攻撃で大鬼は、身体のバランスを崩し転倒。
仰向けに倒れた大鬼の胴体に飛び乗り、更に止めの一撃を放った。敵は人間ではないので、一切容赦はしない。
グシャッ!
先程よりも強い魔力を纏った一撃=シャインアタック2が、大鬼に脳天を叩きつけて、嫌な音を立てる。大鬼の鉄仮面を見事の潰れ、内部にある彼の頭を、頭蓋骨ごと陥没させた。
凹んだ鉄仮面の淵から、ダラダラと血が川のように流れ出て、大鬼はそのまま動かなくなった。ボス戦と言うには、あまりに呆気ない圧勝であった。
ルーリは返り血で身を濡らしながらも、気分良くガッツポーズを上げる。
もう戦う敵もいないので、さっさと砦の中に入る一行。結界で強化された特殊金属製の扉を、ルガルガが蹴り一発で叩き壊す。
「あれ~~もう敵は出ないのか?」
「皆逃げたんじゃないの? 外であれだけやっちゃえばね……」
ゲームでは敵の拠点に潜入してから戦闘が始まっていた。反乱軍が外で、教国軍と戦っている間に、主人公達が精鋭部隊として、敵の拠点に突入である。
だが現実では、大部分の兵達は彼らだけで呆気なく全滅。拠点に突入したら、皆逃げたのか誰もいない。廊下を歩き、各部屋の扉を開けても、そこはもぬけの空である。
砦の内部は、ファンタジーの砦っぽく、訓練場や食堂などがある。中には魔導研究室なのか、大きな魔方陣や怪しげな機材が大量に置かれている部屋もあった。
「あっ、いた!」
「ひえっ!? うわぁああああっ!」
人の気配があると思って、ある部屋を開けたら、そこは食料庫。大勢の兵士達が、袋詰めの食糧をかき集めて、火事場泥棒作業中であった。
そんな彼らも、春明達の姿を見ると、食糧を捨てて一目散に逃げていく。
「こんなに沢山……皆が食糧不足で困ってるときにあいつらは……」
部屋の内部を見て、ルーリは憤慨してそう口にする。この体育館並の大きさの部屋には、一体何万人分かと疑うほどの兵糧が、たっぷりと詰め込まれていたのである。
「この様子だとパトリックも逃げたかな?」
「う~~ん、確かにこれだとね。敵の大将なんか一番に逃げてそうね?」
「うん? あっちの方で音が聞こえるぞ?」
「うん? そうみたいね。偵察に向かわせた私の幽霊も、そっちで何か見つけたみたいよ」
ルガルガが牛の獣耳を震わせてそう口にし、霊術で当たり探索していたハンゲツもそれを肯定する。ホタイン族である彼女は、聴覚や嗅覚が、純人である他のメンバーよりも高い。
「おい待てよ!」
ドウン!
ルガルガがさっさと声の聞こえた方向へと走っていく。もう通路だろうが部屋だろうが、全く気にしない。
邪魔な壁をどんどん鉞で叩き壊し、まっすぐその方角へと走っていく。ゲームでは反則ともいえる、城内攻略である。
『ふはははっ、よくここまで来たな! だが残念! 俺はもうここにはいないのだよ!』
砦の中を壊しまくりながら、一行が辿り着いたのは、砦の会議場らしき大広間の中。まるで大学の講義を少し小さくしたような、椅子が綺麗に整列されて大量に並べられた部屋の中。
その机が向かい合う部屋の深部には、大きな映像画面が映し出されていた。その画面には、この砦の指揮官であったパトリック・リームの顔が、大きく映し出されていた。
そして二流の悪役のような台詞を、余裕綽々の顔で口にする。
『お前を直々に成敗できないのは残念だが仕方がない! お前はここで私が仕掛けた、究極の兵器の前でくたばるがいい!』
「なあ、あのテレビって機械だろ? しかも結構高価そうだし。リームじゃ機械は禁止じゃなかったっけ?」
パトリックが何か言っているのをさっくり無視して、ルガルガが今の話題とはどうでもいいような質問を口にして、パトリックがずっこけかける。
『何を言っている!? これは我が国の魔導技術を駆使して作り出した、魔影投写装置だ!』
「絶対に嘘ね……どうせそれも敵国の赤森からの密輸品でしょ? さっきあんだけ機関銃とか擲弾筒とかぶっ放しといて、今更誤魔化してもしょうがないじゃん?」
『くう……まあいいっ! 今更リームの面子など……』
ルーリの冷静な突っ込みに、屈辱的な顔を向けながらも、パトリックは話を続ける気のようだ。
『そこには我が教国の秘術によって生み出された、究極の戦闘魔導生物の召喚式が仕掛けられている。最も強力すぎて危なっかしい代物でね。下手をすれば、味方にも襲いかかりかねない化け物さ。だから私はこうして先に、退避させてもらったわけだ! 私が命令一つ出せば、すぐにでもそこに召喚されて、その砦にいる者全てを喰らい尽くす! ここの通信映像から、お前が無様に喰われるのを、ゆっくり見学させてもらうぞ。お前がゲールで私を貶めた罪を、今ここで最大の苦しみを味わいながら償うがいい!』
「ゲールで? お前とどこかで会ったっけ?」
パトリックの長い説明の後、一行が最初に口にしたのは、ルガルガの全く関係の無い質問であった。
彼女はパトリックの名前を聞き、今ここで顔を見ても、彼のことを全く覚えていなかった。




