第七十四話 不死身のパーティー
「パトリック様、少し問題が……」
「何だコルドー、こんなときに? もう奴らが来たのか」
教国軍の砦の中、食事中のパトリックの部屋を訪ねてきたのは、一人の魔道士。青いローブを身に纏った中年女性である。
この魔道士=コルドーこそ、今各地でばらまいた呪毒の女神の聖霧の魔力を調整している者だ。
彼女の意思次第で、今苦しめらている者達が、一斉に死ぬか、一斉に助かるかが決まる。彼女の来訪に、パトリックはやや不機嫌そうだ。
「少々問題が起こりました」
「問題? うっかり全員殺しましたとか言うなよ?」
「いえ、その逆です。女神の聖霧の魔力ですが……先程からどんどん消えています」
「はっ?」
パトリックは一瞬、コルドーの言っている言葉が理解できなかった。
「つまり……聖霧に犯された者達が、次々と治癒しているということですよ」
「殿下! 大変です!」
言っている内に、またもやそこに現れた乱入者。大慌てで部屋に飛び込んできた、その教国兵は、今し方偵察の召喚獣からの情報を、パトリックに伝える。
「聖霧によって沈黙させた各集落の人間が、次々と解毒されています!」
「解毒!? 何を言っているお前!」
「何を言っても……本当に解毒されているんです! 今まで全く動けなかった村人達が、治癒魔法で次々と回復していまして……もう三つの集落が、既に聖霧から開放されてしまっています!」
予想だにしない事態に、パトリックは驚愕して食事中の机から立ち上がる。
「馬鹿な! あの毒を治せる者がいるだと!? そいつは誰だ!? 春明か!?」
「いえ、ルーリというロベーン魔法学校の生徒です!」
「あんな田舎の魔法学校に、そんなとんでもない奴がいたというのか!? ぬう……、まさか赤森王国が、この時を見計らって、魔道士を潜入させていたのか!? くそっ、どのみちこれでは奴らを脅迫などできん! コルドー! 残ってる奴を全て殺せ!」
パトリックが、まだ治療が完了していない人々の、抹殺命令を下す。
ゲームと違って、女神の聖霧には、治療薬という物は存在しない。聖霧という名の呪毒を制御している魔道士が、自分で毒を解き放たないと、人々は助からないはずだった。
「いいんですか? 民衆はこれを理由に、ますます反抗的になりますよ?」
「知るか! さっさとやれ!」
「どうなっても知りませんよ……」
コルドーは自らが操る呪毒に、新たな命令を下す。それによって、まだ治療されていない村人は、一斉に事切れることになった。
……それからまもなくして、件のルーリという魔道士が、死んだ村人を大勢生き返らせているという、常識ではありえない報告がもたらされることになる。
「よっしゃ、あれが敵の砦だな! 早速斬り込むか!?」
一行は森を抜け街道を進み、とうとう目的に辿り着いた。ルガルガが、目の前にある高い塀に覆われた場所を差して、元気たっぷりに叫ぶ。あの塀が囲う中に、教国軍の砦がある。
「何か来たの私達だけなんだけど……いいわけ?」
「ああ、どうなんだろうな? ゲームだったら、反乱軍と力を合わせて、攻めてきた強行軍とぶつかるんだけど……全然状況が違ってるし。先に攻めたのは俺らだし、毒は薬を盗らずにあっさり治るし、しかも勢いのままここまで来ちまったし……」
砦を見上げるのは、春明達一行のみ。共闘を約束した反乱軍は、現在ジュエル達以外一人も来ていない。完全に主人公パーティーのみでの殴り込みであった。
「まあ来ちゃったのはしょうがないわよね」
「つうか協力なんかされても、邪魔なだけだろ? さっきあいつらの稽古したけど、弱すぎて洒落になんねえし。むしろあいつらを俺たちが守らなきゃ行けないぐらい……あっ! 誰か来たし」
先程砦で大勢の反乱軍兵士達をぶちのめしたルガルガが、実に説得力のある台詞を口にしているとき、敵側の方で動きが見えた。
見ると砦の城壁の上の方に、教国兵達が次々と上がってきている。そして城塞に設置されている銃座に乗りこんでいった。
兵士達は銃座の重機関銃の銃口を、城壁の下の地面の一カ所=春明達に向けた。計五門の機銃を向けられているのに、一行は恐れる様子も、逃げる様子もない。
「撃てぇええっ!」
こちらと対話など一切しようとせずに、教国軍の仕官が、即座に射撃命令を出す。重量六十キロの大型の銃の口が、一斉に火を噴いた。
ドドドドドドッ!
一発当たっただけで、人体を粉々にするほどの威力の弾丸が、秒間十発の速度で連射される。それが五門同時に放たれたのである。
それらが下にいる春明達、わずか七人の人間に向かって掃射された。弾丸が次々と彼らの身体に命中する。
外したり跳弾(!?)した大型の銃弾が、地面に着弾して地面を砕き、大量の土埃を上げる。あっとうまに一行は、舞い上がる雲のような土埃に覆われて、その姿が見えなくなってしまった。
「撃てっ、撃てぇ!」
弾帯の弾を撃ち尽くすと、すぐに予備の弾帯をつけて給弾し、再び発砲する。飛び散る薬莢が、銃撃主の足下を埋め尽くしていく。
一斉掃射は一分近く放たれ続けた。撃たれた弾の数は二千発を超えるだろう。やがて弾を撃ち尽くし、あれほどガンガンうるさく鳴り響いていた銃声は消えて、当たりは静かになった。
「やったか?」
一行がいた地面は、まだ土埃が立っていて見えない。そう思ったら、突然突風が吹き、その土埃がかき消されていく。
「これは魔法の風! まさか!?」
そのまさかであった。今の風を起こしたのはナルカ。風が舞い土埃が消えた先には、案の定無傷の春明達一行が立っていた。
「これで終わりか? 前は拳銃でも結構痛かったのに、俺たちも強くなったな!」
「俺は気功防護したから、もっと平気だ。まあ、別に必要もなかったしな」
「私は結構効いたわよ……HPが一割ぐらい減ってるし」
あれだけの銃弾を受けたのに、全く効いた様子のない春明達。防御力の低い魔道士組は、多少痛い思いをしたが、それだけである。
かつて春明が、拳銃の威力に驚いていたのを思い出すと、あまりに異常な成長ぶりであった。
「嘘だろ! あいつら本当に人間か!?」
「まだだっ! 擲弾筒発射!」
どうやら機関銃を発砲中に準備しておいたらしい。グレネードガンを装備した兵士達が、一斉に春明達にグレネードの先を向ける。
そのグレネードガンは、春明達の世界の、パンツァーファウストとよく似ている。
「あれはさらに痛そうね。こっちはマジックバリアで防護させてもらうわ」
「俺はいらねえぞ! 素で受け止めてやるぜ! どんとこい!」
グレネードを向けられても、逃げようとか防ごうとかいう発想がない一行。その余裕ぶりに怯えながらも、教国兵達は一斉にグレネードを発射した。
計十発のグレネードが、火を噴きながら、一斉に春明達に向かって飛ぶ。
ドドドドドドォ~~~~!
銃声の次は、凄まじい爆音が発せられた。本来は対人ではなく、戦車を攻撃することを想定されていただろうグレネードは、全弾春明達のいる地面に着弾し爆発した。
大地が削れ、地面が少し揺れる。先程以上の大量の土埃が、一体を覆い尽くした。
その後どうなったのかというと、先程銃撃後と、全く同じパターンなのではしょります。
土煙がナルカの風魔法でかき消され、後には五体満足の春明達が、自分たちを攻撃した城壁の兵士達を見上げていた。
「化け物だ! こんなの相手にしろってのか!?」
「冗談じゃねえ! 俺は降りるぞ!」
城壁で迎え撃っていた兵士達は、何も攻撃を受けないままに、あっというまに逃げだし、城壁の上はあっとまに静かになる。
「行っちまったな。じゃあ俺たちも行くか?」
「まあ、敵が逃げたんじゃ、そうするしかないし……」
「それじゃあ次は私に任せてください!」
威勢良く名乗り出たのはナルカ。ついさっき手に入れたばかりの魔導銃を、目の前に立ち塞がる、砦の城壁に向ける。
特殊な石材で作られた、この城壁はかなり頑丈で、しかも今は魔法結界によって覆われていて、更に防御力を高めている。普通なら、こんな拳銃ごときでどうにか出来る物ではないのだが……
「ファイアブレッド!」
ドン!
引き金が引かれ、銃口から発射されたのは、一発の赤く輝く弾丸。火属性の魔力が具現化して形作られた魔法の弾丸である。
それが音速を超える速度で飛び、目の前の砦の城壁の壁に着弾した。
ドウン!
それは着弾と共に爆発した。爆発と言っても、衝撃波は少なく、強い熱と光が一定範囲に放出され、その一点を一瞬で蒸発させた。
光は一瞬で消える。そして着弾の後には、大きな穴が開いていた。あの頑強で分厚い城壁の壁に、直径三メートルほどの大穴が、ブスブスと煙を上げながら、ポッカリ空いているのだ。
地面の部分には、土が真っ黒焦げにくり抜かれたようなクレーターが出来ている。ナルカが撃った技は“ファイアブレッド2”という、銃装備時のみに使用できる魔法攻撃である。
「ようし行くぜ!」
「私も行くわ!」
ルガルガとルーリが、1番手で中に突入し、春明とハンゲツが続いて中に入る。控えメンバーは、そのまま城壁の外に残った。
残ったのはナルカ・浩一・ジュエルの三名だが、その内の一人、ナルカが今撃ったばかりの銃を見つめながら、一言呟いた。
「控えにいる人でも、敵以外なら攻撃できるんですね……」




