第五十四話 ロボット治癒
春明が回収した二つの物体はやはり人だった。一人は先程軍艦であった、浩一という赤い髪の少女だ。
そしてもう一人は、見覚えのない中年男性である。顔に見覚えはないが、彼が着ている服には覚えがある。これはさっき艦で会った、リーム海軍の制服だ。
二人は現在意識がなく、砂浜の上で仰向けになって寝かされている。少女は穏やかな寝顔で、海兵は苦しむような歪んだ顔で気絶している。
「こいつらも私らと一緒に転移されたのかしらね? しかしこいつ……本当にロボットなのね」
「ああ、ゲーム通りだ。しかしこいつ、何でこんな怪我してんだ?」
「あの化け物にやられたんじゃね? 海に落ちる前に、あいつのいる海に銃を向けて、挑もうとしてんのが見えたし」
倒れている浩一は、何と片腕がなかった。右手が肩にかけて、丸ごと無くなっているのである。
普通ならすぐに応急処置をしなければいけないが、彼女の場合はその必要がなかった。何かで潰されて千切られたような、グチャグチャの傷口の肩には、血が一切流れていない。そして傷口からは、肉も骨もなく、金属製のコードや内皮が、破れた紐や紙のように、壊れた状態で露出していた。
彼女の身体は明らかに人工物で出来ていた。そう、この浩一という少女は、ロボットだったのである。
だがそれ事態は驚きではない。ゲームでの知識から、そういった人物が、役を割り当てられるのは、最初から予測していただけに。
ただハンゲツは、それとは別の理由で、倒れている浩一の姿を訝しげに見ていた。
「しかしどんな奴が出ると思ったら……春明が言ってたとおりの、自律思考の人型ね。これって完全に違法じゃないの」
「違法?」
「ああ、そういや言ってなかったっけ。赤森の法律でね。人型のロボットも、人と同じ人格を持ったロボットも、どちらも作るのは禁じられてるのよ」
この世界でロボットと言えば、ほとんどが赤森製だ。赤森以外の国で作られものも、勿論あるが、大概それらは赤森製と比べると低性能な代物である。
そしてその赤森王国では、二つのロボットに関する製造規制がある。
一つ目は自律思考、即ち人間に近い人格や感情を持つロボットは、特別な許可が無い限り作ってはいけないというもの。
もう一つは、同じく特別な許可が無い限り、ロボットの外見は、生物とはっきり区別できるものでないといけないということである。
「何だ、俺たちの世界の夢を阻む法律だな。何でそうなってんだ」
「ロボットを作る意図自体に意味があるのよ。ロボットの使い処は、人間がするにしては、危険なところで代わりに仕事させる事よ。ようするに捨て石にしても構わないような作業員ね。でも人格のあるロボットだと、それが法律だと人と同じ扱いになるそうよ。それじゃあロボットを作る意味が無いってこと」
「はぁ……成る程ね。何て人道的な」
春明の世界でのフィクションでは、よく人間と同じ人格に成長したロボットと、それを認めない人間との確執を描いたものがよくある。
だがこの世界では、そういった事態を未然に防ぐ処置が、既にされていたのである。
「後は外見の話しね。これは単純な話しよ。街中歩いてる奴が、人かロボットか判らないようになると、皆色々混乱するでしょう」
「確かにな。でもそれだと、この世界にはメイドロボは無しか……」
ロボットと人との共存に関して、この世界では未然に問題が起こるのを防ぐようになっていた。実に見事だ。
だがそうなると、目の前のこの浩一というロボットは、最初からその二つの法律に背いていることになる。さっきの会話からして、彼女は明らかに、人と同じ知性を持っていた。
誰かが遠隔操作して、こちらに話しかけていたというなら、話は別だが。状況的にそれはないだろう。
つまり浩一は、違法ロボットということである。 勿論それは作ったものの非であり、浩一に責任があるわけでもないが……
(うおっ!?)
不思議そうに倒れている浩一を見ていたら、突如彼女の目が開き、僅かに驚く。そして声を上げずにゆっくりと、倒れていた上半身を起こしていった。
気絶(ロボットの場合でも、この表現が適切かは不明だが)していた浩一が、たった今目覚めたのだ。
「うっ、ぐうう……お前ら。……ここは?」
機械のようなぎこちない動きではなく、弱った生き物のような、ふらふらした感じで、浩一は立ち上がる。海水に濡れた身体で、砂浜で寝ていたせいで、彼女の背中は砂まみれである。
自分の腕がないのを見て険しい顔をするものの、すぐに気を取り直して春明に問いかける。
「さあな。何か知らんが、いつの間にか、ここにいた」
「漂流してたのか。くそっ、今日は踏んだり蹴ったりだぜ! あれからどのぐらい……あれ?」
何を見たのか、急に浩一が不思議そうな顔で首を傾げている。
「あれから1時間も経ってねえじゃん! 船はどこにいった!?」
浩一は辺りの海を見渡すが、そこにはあの艦隊もフェリーの姿も、影も形もない。
「時間判るのか?」
「ああ、俺の中に内蔵された時計で……うおっ!?」
浩一がまたもや驚きの声を上げる。彼女が見たのは、自分のすぐ足下で寝ている、あのリームの海兵であった。
「この階級章は……おい、てめえ! 起きろ!」
浩一はその場で、海兵の腹を強く踏みつける。海兵は「げほっ!」と、苦しげな声を上げて、あっさりと目を覚ました。どうやらそれほど重体ではなかったようだ。
「うううっ……ひゃあっ!?」
「お前あの艦隊の提督だな! 何でメロン王国(ギン大諸島の一国)行きの船を襲った!」
海兵=提督は自分を見下ろす浩一の顔に怯え、浩一はそれを助長するように、彼の胸ぐらを掴み上げて、脅すように問いかけた。
「ふぁああっ! 待ってくれ! 俺は命令でっ!」
「お前の言い訳なんぞ聞いてない! まず理由を言え!」
「あっ、ああ……本国からの命令で……ゲール王国でパトリック皇子を奸計に嵌め、更には聖都から国宝“次元の大水門”を盗んだレグンを逮捕しろと……」
「レグン?」
浩一は近くにいた唯一のレグン族である春明に目を向けた。それに春明がよく判らない風である。
「パトリック? 誰だっけ?」
「ゲールであんたに斬りかかって、憲兵に捕まったあのキザ野郎よ」
「ああ、そういえばそんなやついたな。でも俺が奸計をしたってなんだ? 俺があいつと関わったのは、あの時の一回だけだよな?」
「さあ、私もよく分かんないわね……」
春明達の会話を聞いて、浩一は何か納得した様子で息を吐く。そして提督には興味を失ったのか、掴んでいた彼を離して、春明の方に歩み出た。
その間に、提督は抜けた腰をどうにか動かし、砂浜から森の方へと逃げていった。
「お前とは、色々話したいことが山ほどあるけどよ。何かそれ以上におかしな事になってやがる。話しは後にして、ここで街を探したいんだが。俺の腕もこんななってるし……」
浩一が無くなった自分の片腕を指してそう言う。
「ああ、確かにひでえなこれ。すぐに回復しねえと」
「そうだな。この辺りに代わりになる部品があるといいんだが……ておい?」
いきなり春明が、浩一の破損した肩に手をかける。そしてそこに気功治癒をかけてきた。彼の手から放射される青い輝きが、彼の壊れた機械部分に照射された。
「おいおい、そんなので……てええっ!?」
浩一の呆れ顔が、一瞬で驚愕に変わった。
彼の傷口が青い光に包まれたかと思うと、その光が一気に巨大化変形し、彼女の腕の形に変わる。そしてその光が消えると、そこには最初にあったときと変わらない、傷一つ無い彼女の腕が、見事に修復されていた。
以前切断されたハンゲツの腕を治したときと、全く同じ現象である。
「ちょっ、おい!? 何だよこれ!?」
「はははっ、すごいでしょ! 私も最初は驚いたわ。春明の気功治癒は、こんなすごいこともできるのよ」
「すごいも何も……何で機械の身体に、治癒術が効くんだよ!? 色々おかしいだろ!」
「「えっ!?」」
驚愕する浩一の様子は、以前のハンゲツとルガルガの時と似ていたが、驚く理由はあれとは別にもあったようだ。
「機械の身体って、治癒術効かないもんなのか?」
「どうなのかしら? 私ロボットなんて今日初めてあったし。まああんたの気功治癒って、服も一緒に治したりするから、あんま気にしてなかったけど」
浩一が驚いているのは、本来生命力を高めて傷を治す技の治癒術で、何故か生命のない身体が修復されてしまったこと。
普通ならこの事実に、春明達も驚くべきなのだが、どうも感覚が違っているようだ。
ゲームというものには、実に様々なタイプのキャラクターが登場する。ロボットや幽霊などの、特殊なキャラが仲間になる場合もある。
RPGゲームでは、そういった非生物系のキャラクターでも、HPが設定されており、回復魔法や回復アイテムが、普通に効いていたのだ。
今ここで起こった現象は、ゲーム的に考えれば、別におかしいところなど、どこにもないのだが……
「お前ら一体何者だ? 天者なのか?」
「異世界人だよ。何か知らないが、緑人の力って言うものを貰ったらしいが」
「異世界人? 緑人だと……」
これに僅かに驚き、浩一が何かを考え込む。そしてたった今修復した自分の腕の指を、小刻みに動かして、体調を確かめてみる。
「稼働状態は良好……新品同然に治ってやがる。これって反則だろ……」
「なあなあ、いい加減さっき言ってた街探ししねえ? そろそろ腹が減りそうなんだけど」
何か独り言を言っている浩一が、先程の現象などどうでも良いといった感じで、ルガルガが声をかけてきた。
「あっ、ああ……そうだな」
未だに事態を完全に飲み込めず、釈然としない様子だが、浩一は春明達とともに、砂浜から歩き出した。
「そういやあいつ、国宝がどうとか言ってたな。あれって何の話しだっけ?」
「知らないわよ。あいつ、いつのまに逃げちゃったし」
皇子の話とは別に、もう一つ身に覚えのない話しをされていたのを思い出すが、既に提督はおらず。正直あまり興味も湧かなかったので、一行は彼を追うことはせずに、街探しに歩き始めるのであった。




