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第三十七話 ドーラ・ガーナ-2

「君……かなり真剣に聞くわよ。これを持ってきた経緯を詳しく聞かせて。言っとくけどこれ、下手をすれば王室が動くほどの問題よ」

「そんな大袈裟な……」

「………」

「ああ、判った! 言うよ!」


 ドーラの無言の圧力に押され、春明はすぐに話すことにした。


「俺は今、色々あってハンゲツと一緒に旅をしてるんだ。一応目的は、赤森王国に行って、色々調べ物するためかな?」

「何で疑問系なの?」

「色々あるんだよ……。それで旅の途中で、ガルディスっていう村に行ったんだけど、そこで村に変な悪戯をしてるはぐれ幽霊がいたんだよ。そいつを懲らしめたら、こいつを貰った」

「ちょっと大雑把。もっと詳しく」


 まるで尋問を受けているかのような気分で、春明は自分が異世界人であること、そこでルガルガと会ったことや、あの寺の地下のダンジョンのことも話す。ゲームのことはぼかして、どうにか出来る限り詳しく話す。

 ドーラはしばし考え込む。しばらく沈黙した後、再び問いかけてきた。


「ガルディスって確か、今活動範囲に囲まれてて、行き来が難しくなってる村よね? そんな所に何しに行ったの?」

「え!? ……ええと、まあ……こっちも無限魔とやり合って、少しは腕を上げようと思ってな。ていうかあの村のこと知ってんの?」

「つい最近知ったわ。少し前にあそこで、切断された女性の腕が見つかったことで、憲兵隊が派遣されてるわ」

「へえ……そうなんだ」


 顔を引き攣らせながら、どもった口調で答える春明。どう見ても怪しい素振りなのだが、幸いドーラがそのことに追及しなかった。

 ドーラが次に何を聞くべきか考えている所、家の呼び鈴な再び鳴る。今日二度目の来客だ。


「あっ、どうやら来たみたいね」

「えっ?」


 先程までの難しい顔をすぐに平常に切り替えて、ドーラが玄関へと向かう。扉の向こうには、出前のカゴを持った、ヤギ獣人の男性がいた。

 どうやらドーラが頼んで置いた昼食が来たようだ。しかし春明は、この出前を持ってきた店員に見覚えがあった。


「あれ? こいつ確か飯屋の……」

「あっ! あんたはいつかの変な赤森人!」


 男性がそう言った直後に、ドーラの平手打ちが店員の頬を軽く叩く。すぐに店員は、春明に詫びを言ってきた。


「何だお前ら、知り合いか?」

「この前入った、赤森料理店の店員だよ。何となく特徴的なんで覚えてた」

「特徴的なのは、あなたも同じですよ。言っちゃ何ですが……最近赤森の子供が、よく見かけて噂になってますよ……」


 どうやら思ったほど、春明は目立っていたらしい。店員は何故か訝しげな目で、春明達を見ていた。

 何か言いたそうな感じではあったが、店員はすぐに仕事に移る。籠を開け、注文された料理が、玄関に置かれていく。


「これは……」

「話だけして、何を頼むか忘れちゃったからさ……とりあえず春明さん達が、前に頼んでたのと同じもの注文したけど。これでいいかな?」

「ああ、いいですよ。ていうかドーラさん、あの時店にいたの?」

「ええ……ごめんなさい。ちょっと気にかかって、立ち聞きしちゃった」


 どうにも初対面から、ドーラの言葉に違和感が覚えていた春明達だが、それで簡単に納得する。ドーラが勘定を済ませた後、店員は黙ってカゴを持って立ち上がる。


「ではご注文ありがとうございました! ドーラ……お前気をつけろよ」


 最後の方は小声で言ったが、高レベルの能力者である春明達には丸聞こえである。

 店員が去った後、早速料理がテーブルに並べられ、食事が行われる。そこで会話も再開されるが、話の内容はガラリと変わっていた。


「なあドーラ……あの感じ悪いヤギとは知り合いなのか?」

「ヤギじゃなくてザネンよ。駄目ですよそんな言い方!」


 あのヤギ獣人の店員の種族は、ザネン族と言うらしい。そしてヤギとか言うのは、種族差別になるようだ。ルガルガの軽い口調に、ドーラは咎めるが、本人は何やら心外な面持ちだ。


「何だよ大袈裟な……そんな気にするようなことか?」

「あなた牛みたいな人だと言われたら、不愉快でしょう?」

「いんや別に。だって実際そうだし」

「だったらこれから気にしなさい!」

「ていうかあいつの最後の言葉何? 何だかあれも失礼な言い方だけどよ……俺たちって危険人物扱い?」


 最後の春明の問いに、ドーラはちょっと気まずそうだ。


「いえ、多分珍しいお客を入れてて驚いたのかと……。彼はラッセルって言って、小さい頃からの付き合いなんですけど……」

「ふ~~ん。それであいつの店にはよく行くの?」

「ええっ……昔私が酔った調子で、冗談半分で“赤森の料理人になってみてよ。そうしたら毎日食べに来て上げる”て言ったら、本当に赤森料理の修業を始めちゃってて」

「ああ……そう」


 何だかとてつもない青春の香りがする。話しがこそばゆい方向に流れる前に、無理矢理話しの筋道を変えることにした。


「そういえばドーラさん。ハンゲツから聞いたけど、あなた入隊前に急に強くなったんですよね?」


 話しの筋道を変える口実ではあるが、実際にそれは春明が聞きたかったことだ。

 目の前にいるこのドーラという女性、あまりにもゲームでの特徴と似通っていた。名前も身分も同じで、容貌もゲームの顔グラフィックと似ていた。また魔法剣士という能力者としての種別もである。

 そして今会ってみて春明が感じた、この誠実で礼儀正しい性格も、まさにゲームのままである。今まで会ってきたハンゲツとルガルガが、全く似ていない配役だったのとは、大違いである。


 ただ一つ違う点があった。それは彼女が昔から強かったわけではなく、憲兵隊に入隊する直前に、急に力が伸びたらしい。

 それ以前は、注目を浴びるほど優れた能力者ではなかったらしい。


「ええそうですね。確かにそれは今でも不思議だわ。朝目覚めたら、急に力が伸びてて、私も皆も本当に驚いたわ……」

「何もしてないのに、急に強くなったのかよ? うらやましいな、おい……」


 何やらルガルガが、そう食いついてきているが、今は無視するとする。


「そうなる前に何かなかったのか?」

「ええ……実を言うと、少しだけ心当たりがあるんです。実はその日の前日に、ちょっと変わった人に会ったの。子供なのかどうか判りませんが、かなり背の低い女の人だったわ。黒いフードをすっぽり被ってて、仮面で顔は見えなかった」


 ちょっとどころかあまりに怪しい。しかもその女の特徴、ここにいる三人にはとてつもなく聞き覚えがあった。

 春明達は「……またそいつかよ?」といった感じで、ドーラの話の続きを聞く。


「その人が“その人が、酔い覚ましにいい薬を上げる”て言ってきて、緑色の液体が入った瓶を出してきたの。それで言われた通りに、それを全部飲んだんだけど……」

「おいこら……」


 もう突っ込むまでもない。何故そんな胡散臭い薬を、素直に飲んだりするのか?


「ええと……うん。あの時はちょっと酔ってて……」


 そう恥ずかしげに語るドーラ。そう言えばあのレックに赤森料理の話しをしたときも、酔っていたと言っていたが。この女性が酒を飲んだときは、どんな姿なのか? ……あまり考えない方がいいだろう。

 ともかくこれで、聞きたいことはおおよそ聞いた。さて次はどう話しをするかというところで、春明はふと思いついた。


「何かこの話ししたら、何か急に飲みたくなってきたな。俺ちょっと行ってくるわ……」


 春明がふとそう言って立ち上がる。どうやら一旦外に出るつもりらしい。


「どこに行くの?」

「酒屋。ここ通るときに、何軒か見つけたんだ」


 その瞬間、その場の空気が一瞬凍った気がした。ハンゲツとルガルガは唖然としている。ドーラの方は、何故かさっき以上に目つきが鋭くなっている。


「酒屋に何の用?」

「酒買うんだよ。考えてみれば俺、この世界に来てから、一回も飲んでねえし」

「へえ……それはつまり、元の世界では春明君はお酒飲んでたんだ……」

「えっ? ああ、そうだけど……何で怒ってんだ?」

「あなたの世界では、お酒の年齢制限はどのぐらいなの?」

「20歳以上だけど……おい、さっきから何なんだ?」


 何やら冷たい口調で問いかけるドーラに、春明が困惑気味に答える。ちなみにゲール王国での飲酒制限は20歳以上。そしてこの世界で変異した春明の今の姿は、13~4歳ほど。春明は現在までに、自分の実年齢を、仲間にも話していない。

 ドーラが立ち上がり、力強い足取りで、彼に迫ってきた。


「いでっ!? 何すん……てぇええええっ!」


 訳が分からぬままに、いきなり両頬を、ドーラに引っ張られる。


「あなたって悪い子ね。ちょっと折檻が必要かしら?」


 この後しばらくの間、春明はドーラから、きつい説教を受けることとなった。





(ああ~~ひでえ目にあった。いっそ俺の歳を言っちまうかな? でもそれだと周りから、きもく思われるかもな……今までずっと黙ってたし)


 ハンゲツやルガルガが、あっさりと自分を受け入れたのも、もしかしたら自分が子供と思われていたからかも知れない。今後のゲームシナリオのことも考えて、しばらくこれは黙っておくことにした。

 まあ色々あった後、食事を終える。しばらく話した後、彼らはドーラの家を後にすることにする。もう既に夜で、外はすっかり暗くなっている。


「この像を届けてくれてありがとう。これから科学捜査所に行って、これを詳しく分析してみるわ」

「ああ、頼んだ……」


 ドーラはすでに外出用の服に着替えている。どうやら春明を見送った後に、すぐに憲兵所に行くつもりらしい。


「折角の休暇だってのに、何か悪いことしたな……」

「別にいいわよ。今日の休暇だって、レック殿下に無理にとらされた感じだし。それより貴方たちはこれからどうするの? 赤森王国に渡りたいって言ってたけど、あそこはまだ無理よ」

「そうらしいな……」


 赤森王国との行き来は、今でも無理だ。まあゲーム通りのシナリオが進んだら、次の目的地はギン大諸島なのだが。


「とりあえず、ここでしばらく時間を潰してみるわ。手持ちは充分あるしな」

「でもそれじゃあ、いつになるか判らないわよ?」

「別にいい。時間が経ちすぎたら、ギン大諸島に行ってみるわ」


 一応嘘ではない。この国でのイベントが止まってしまったら、課程を無視してそこに行くしかない。


「そう……もう暗くなったけど、これから宿に?」

「ああ、まだ決めてないから、歩いていって適当にとる予定だ」

「そうじゃあ寄り道しないで、ハンゲツさん達とはぐれないようにして、気をつけてね」

「はいはい……」


 見事に子供扱いな言葉に、春明は呆れた様子で頷く。


 ドーラのいる団地を離れて、夜の街を歩く一行。

 空は曇り空で、今日の夜はかなり暗い。ここは郊外であり、更に今は夜であることもあって、この細い街道には人の行き来は少なく、実に静かだ。

 定期的に並べられている、街灯の明かりと、道案内の看板のおかげで、こんな所でも迷うことはないだろう。

 一行は街の大通りへ向かって進む。そこは今でも人が大勢ごった返しているだろう。その途中で、春明は少し話をした。


「あのドーラって人、ほとんどゲーム通りだった。でもさっきの飲まされた薬の話しは……」

「ええ、間違いなくゲームマスターが、何かの筋書きに従ってやってるわね」

「今まではゲームの筋書きが沿って、人を動かしてる感じだけど、今回はちょっと違うな……。こっちの世界で出来上がった筋書きに沿って、ゲームのストーリーを作ってるみたいだ」


 それはつまり、あの鶏勇者というゲームは、こっちの世界のゲームマスターが作ったものだということになる。


 鶏勇者は個人製作で、無料で配布されているフリーゲームだ。そしてその作者の、サイトもメールアドレスも、一切公開されていない。

 こうしてみると、あのゲームの作者の正体を、実は誰も知らなかったことに気づく。


「それでこれからどうするの? 封印像が憲兵隊に渡ることと、ドーラと親しくなることにイベントは、一応これで果たしたけど……」

「さっきも言ったとおり、時間を潰すしかないな。いつまで経っても、何も起こらないんだったら、このまま西の港に行って、ギン諸島に行くぞ」



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