第三十五話 飛竜狩り
それから三日後……一行は王都の近郊の山の中にいた。
標高は千メートル以上とかなり高い。元の世界では一般人が登るには、かなりの労力がいるだろう。だがかなりレベルを上げて、常人を遥かに凌ぐ身体能力を持つ彼らには、ちょっと遠出の散歩ぐらいのものであった。
地上よりやや空気が薄く、気温も低い、岩場だらけの山頂近く。そこで彼らは、ここ長いこと、無限魔狩りに勤しんでいた。
「よし! 撃ち落とすぞ!」
春明が破魔弓・安曇を空に向かって構え、気合いを込めて《気功矢》という、弓装備スキルを放つ。
普通に撃つよりも遥かに強い光を放ち、高速で飛ぶ気功エネルギーの矢。それが狙うのは空を飛ぶ無限魔である。
それは竜であった。大きさは雄牛ほどもある、結構大型の種類だ。全身が赤黒い鱗で覆われ、翼が大きく、前足がない、俗に言うワイバーン型の無限魔である。
それが三匹、一行のいる上空に飛び回っていた。そこにスキルを撃ち込んだのだ。
「ギギャアッ!」
放たれた矢の半分近くが、その内の一匹に見事命中。右脇腹に矢が刺さる。強力な矢が、鉄のように堅い鱗を突き抜けて、内臓を損傷させる。
そのダメージでバランスを失い、紙飛行機のように地上へと墜落していった。そして春明も、すぐに次の標的を見定めて、二撃目の気功矢を放とうとする。
勿論ワイバーン達も、黙って射られるわけがない。トカゲのような口を広げ、その喉奥から真っ赤なエネルギーを溜め込み、それを間欠泉のように一気に吹き出した。
ファンタジーではお馴染みの、竜のブレスである。人一人簡単に炭に出来る力を持ち、以前戦った巨大蜂の空からの攻撃など、これと比べれば児戯に等しい。
三本のブレスの熱線が、地上にいる春明に襲いかかる。だがルガルガが春明の前に出て、自らが盾となる。
ルガルガは斧を扇風機のように豪快に振り回し、それらの熱線を弾き返した。勿論全てを弾けたわけではなく、ルガルガの身体にも多少熱線が浴びせられたが、それほど深刻なダメージではない。《気功防御》というスキルで、全身の強度を上げてるおかげでもある。
ブレス攻撃が一段落したところで、春明が再び気功矢を撃つ。それは1発目は避けられた。そして敵が次にブレスを撃つ前に、素早くもう一発を放つと、今度は命中した。
そんなこんなでたまに外したりしながらも、三匹を全て撃ち落とす。
「おしっ! 次!」
戦いはそこで終わりではない。地上に墜落したワイバーン達は、一匹は急所に当たって死んだが、二匹はまだ生きている。弱りながらも、地面を這いながら、ワイバーン達はこちらに向かって前進している。
ルガルガが斧を振り回し、そのワイバーン達に止めの一撃を与える。身体の鱗を傷つけないように、首を撥ね飛ばす。何故かって、勿論素材を無事に採るためだ。
「よし運ぶぞ!」
「うおぉおおおっ!」
ルガルガと春明が、豪腕を発揮して、三匹の死体を引き摺るように別の場所に移動させる。これは何のためかという、解体中に次の無限魔が発生すると困るので、再発生前に別の場所に移動させるのだ。
そしてある程度離れた場所に置くと、三人が解体用に持ってきたナイフを使って、ワイバーンの鱗の解体を始める。
馴れた手つきで、ワイバーンの鱗の一番頑丈な部分、背中の皮を剥ぎ取る。剥ぎ取るときに吹き出た血で、全身を真っ赤に塗らしながらも、三人は黙黙と素材の採集にかかった。
彼らはここ数日、ここでひたすらワイバーンを狩り続けていた。王都付近では、最も高価な霊素材が採れるのが、このワイバーンだからだ。
最初はかなりのミスをした。春明が手っ取り早く片付けようと、百撃矢を放つと、鱗が穴だらけになって、売り物にならなくなったりした。その他にも、剥ぎ取りの時に、うっかり鱗を壊してしまうこともあった。
だが少しすると、問題もなく簡単に器用な剥ぎ取りが出来るようになっていた。この上達の早さは、恐らく最初の春明の戦闘技術と同じ物に思える。
「もう大分溜まったし……そろそろ王都に戻らない? 野宿もちょっとつらくなって来たのよね」
「うん? そうだな。何か俺も飽きてきたし」
「確かに、この辺りで潮時か……回復アイテムも減ってきたし。もっと買い込めれば良かったんだけどな……」
「それは駄目だって言われたでしょ……。それに今戻ったところで、多分まだ在庫は揃ってないわ」
回復アイテムの数も限りがある。お金は充分あるので、何千個でも好きなように買えると、最初は思ったが、現実の世界ではそうないかなかった。
金の多さに調子に乗り、セレブ気分で爆買いしようとしたところ……
『スキルポーション、二千個くれ!』
『何言ってんだ! そんなに売れるか!』
『大丈夫だ、金ならあるぜ!』
『そんなに在庫があるわけないだろ! つうかそんなに買ってどうする気だ!? 戦争でもする気か!?』
とまあこんな感じで、断られた上に怪しまれた。
ゲームのようにありったけ回復アイテムを買い込もうとしたら、在庫切れというゲームではなかった現象が起きてしまったのである。ゲームでは金さえあれば無限にアイテムを買えたし、アイテムの購入動機を問われることもなかったのだが……
仕方ないので各店を回って買い込んだら、憲兵から行き過ぎな買い占めは駄目だと注意されてしまった。
まあそんなことで狩りをする時間にも制限が出来てしまった。たった今採取した鱗の皮を、アイテムボックスに仕舞う。仕舞った鱗の数は、既に三百を超えている。
こうして三人は、素材採取&レベル上げという、ゲームでは数十分で済んだことを、何日もかけてようやく引き上げたのだった。
この世界にはファンタジーに良くある、冒険者という仕事は存在しない。魔物討伐や市民の護衛は主に憲兵の仕事であるし、素材の買い取りは専門の業者が行う。一行はその霊素材買い取り店を訪れていた。
その店は大きな倉庫の隣にある。中にはいくつかの受付があり、個々で買い取りや売却の取引が行われていた。
そして入り口とは別の、大きな扉から、様々な霊素材を積んだ箱が、出たり入ったりしている。恐らく隣にある倉庫が、買い取った素材を貯めておく場所なのだろう。木製の広い建物の中、早速受付に売却を申し出る。
「それで売り物は? 見たところ、何も持っていないように見えるけど?」
「ちゃんと持ってきてるわよ。こいつのアイテムボックスの中よ。それで霊素材はどこにおけばいいの?」
「ボックス? ああ、そこに置いてくれ」
受付が指差す先には、青い敷物が敷かれた場所がある。どうやら一旦ここに置いておけということらしい。
「じゃあ、春明。パパッとやっちゃって」
「ああ……」
春明は言われた通りに、ウィンドウを開き、そこに持ってきたワイバーンの鱗を、全てそこに解放した。
ドザザザザッ!
その上に次元の穴が開き、大量の鱗が、まるで滝のように流れてくる。あっという間に赤黒い立派な山が出来上がっていた。これには受付も、周りにいた他の客も、目を見開いて驚いている。
「こっ…こいつは驚いた。あんたレグンなのに、魔法を使えるのかい?」
「どうだろ? 俺も良く判らねえ」
受付の問いに、春明の回答は、自分でも判るぐらいパッとしないものであった。ゲームでは当たり前の仕様だった、この物資無限収用。果たしてこれは魔法なのだろうか?
「売上は421万ゼーニにちょっとか……この調子なら、金欠の心配はなさそうだな」
「そうね。もっとレベルを上げれば、更に高い霊素材も、いくらでもとれるわ」
金を稼ぐ方法に目処がついたことに、とりわけハンゲツが嬉しげだ。
「でさ……金もレベルも稼いだのはいいけど。この後どうすんだ? もう次の大陸に行くのか?」
「「………」」
ルガルガの言葉に、二人は一瞬固まった。資金問題が、実に上手くいっていたので、しばらく忘れていたのだが、いい加減この王都でのゲームイベントを終えないと、自分たちは先に進めないのだ。
「そうはいってもな……向こうの方から来てくれないと、先に進みようもないんだよな。あれから何日も経ったけど、憲兵は未だに俺らに絡んでこないし……せいぜい買い占めは駄目だって、真っ当な注意を受けたぐらいだし」
「何だか憲兵の横暴を歓迎してるみたいね」
「他に何かないのか? いっそ憲兵所に殴り込むか?」
「それは駄目だろ! 向こうが悪役でないと困る……う~~ん、後あるとすれば……」
仕方ないので春明は、憲兵の略奪イベント以外のことを思い出してみる。
「ゲームじゃ麒麟像を取られた後に、ドーラっていう憲兵と知り合いになるんだよな……」
「ドーラ? そいつに会えばいいの?」
「ああ、まあこの世界の配役がどうなってるかは知らないけどな。そいつは仲間キャラじゃないけど、後から盗賊討伐イベントで重要になってくるんだけど……」
ゲームでは麒麟像を取られた後で、ドーラが主人公達の元を訪れて、先程の横暴を謝罪しに来るのだ。それがきっかけで、主人公一行は彼女と親しくなるのだが、今の状況じゃ会える要素がまるでない。
「どのみち憲兵が来てくれないと……」
「そのドーラって、ゲームじゃどういう設定なわけ?」
「え? ああ……。確かゲール人とリーム人のハーフで、赤い髪の女だよ。もの凄いエリートで、若くて少佐にまで出世したって設定だ」
この説明に、何故かハンゲツが目を丸くする。そして何故か、嫌なことを思い出すように、顔をしかめた。
「私……そいつ知ってるわよ」




