第二十四話 鉞女
春明は以前の森でのレベル上げで、何度も重傷を負っていた。そのたびに気功治癒で、その重傷を治してきた。
その傷は、常識ならば本当に致命の一歩手前のものもあった。骨折や出血などは何度も、中には手足を噛み千切られたり、目を抉られたりすることもあった。だがそれも、全て気功治癒で治すことができた。
肉体の欠損なども、先程のハンゲツのように、あっさり治せたし、大量出血もどこかから輸血でもしたのか、血の巡りも元通りである。
これらの凄まじい回復が、ゲームでは後半になると役に立たなくなる、低レベルの回復スキルでできたのである。
「最初は戸惑ってたんだけどさ。この世界では、これが常識なんだろうと思って、すっかり慣れてたんだが……。本当は違うのか?」
池の畔で座り込んで、三人は先程のことで話し込んでいた。春明の話を聞いた二人は、片方はポカンと口を開け、片方は未だ理解できないようで顔を引き攣らせている。
「なっ、なあ……そうなのか?」
「そんなわけないでしょう!? あんな技使えるの、この世界じゃ天者か麒麟ぐらいのものよ!」
回復術に関して詳しくないルガルガが、恐る恐るハンゲツに聞いてみるが、彼女はそれを全力で否定する。傷を治す回復魔法は、この世界でも昔からあるが、さすが肉体の欠損を、一瞬で治すことなどそうそうできることではない。
本当はできなくもないが、やるとしたら大掛かりで時間のかかる治療が必要だ。
「これってあんたのやってたゲームでは、常識だったわけ?」
「そんなわけねえじゃん。ゲームじゃ戦闘中にHPが減っても、腕がなくなるとか、そんな表示はでねえし。どんなにHPが減っても、回復魔法とかですぐに治せたし」
「HPが0になったら、どうなんの? 死ぬの?」
「いや《戦闘不能》の状態異常になるだけだ。それも回復魔法とか復活アイテムですぐ治せるぞ。人が死んだり、腕がもげたりとかは、イベントで起こるこたぁあっけど、戦闘中に起きたりはしねえな。ぶっちゃけ戦闘で全員瀕死になってても、戦闘が終わればキャラは普通に会話とかしたりするし」
「……ちょっといいか?」
彼らの事情を全部分かっていないがルガルガが、ここに来て問いかけてくる。
「お前の言ってるゲームのことはよく知らねえけどよ……。普通戦いの途中に、死なない程度で、すぐに回復できる程度の戦闘不能って、そうそうないぞ……」
「そういうもんなのか?」
「当たり前だろ! ……ていうかそれだったら、敵の方は、相手が復活される前に、倒れてる奴に止め刺しに狙ってきそうなもんだけど……」
それはゲームにおいては、絶対にタブーである。戦闘中に敵が、戦闘不能中のキャラを攻撃するなど、絶対にあってはならないことだ。
そう考えると、ゲームでの戦闘不能や回復法というのは、現実に当てはめると、かなりおかしなものであることに気づく。これをどう説明すべきか? 本人だってよく判らないのに、ちゃんと説明できるはずがない。
「まあそれはともかく……さっきのあの変な鎧は何だったんだ!?」
ここで無理矢理話しの流れを変えることにした。異常な回復法に、うっかり忘れてしまったが、決して無視できない事象がもう一つある。それはあの、突然現れた甲冑幽霊である。
三人は近くで転がっている、バラバラになって倒れている、空っぽの鎧に目を向ける。
「さあ……本当に何だったんだこいつ? 幽霊らしいけど、いつもの悪戯チビとは全然違うし」
「多分例のゲームマスターの差し金ね」
何故かハンゲツが、妙に確信的にそう言い放つ。
「またゲームか……? 畑を歩いていた女が、何の説明も無しにいきなり襲われる、なんて話しでもあるのか?」
「いんや、ない」
「あんたが私らの勧誘を断ったからじゃない? あんたがここで仲間にならないと、シナリオが破綻するから、無理矢理引き留めにかかったとか」
「はあっ!?」
新たに出た理不尽な話しに、ルガルガがまた愕然として口を開ける。
「何でえ、そりゃあ!? 俺の知ったこっちゃねえだろ!」
「文句があるなら、ゲームマスターに言ってちょうだい。会えるものなら、私もすぐに会いたいぐらいだけど。でもねえ……」
ハンゲツがルガルガに向けて、何故か意地悪そうな表情を向けて、話しを続ける。
「このまま私らについていかないって、言い続けたら、また新しいのが襲ってくるかもね。その時私らがいなきゃ助けられないし……」
「おいおい……俺を脅す気か!?」
「多分お前だけじゃないぜ」
追い打ちをかけるように、春明が話しを続ける。
「ゲームじゃこの村でおこる幽霊騒ぎは、あんな悪戯程度じゃすんでねえんだ。ああいう危ない奴に、人が殺される事件が起きてる。意地張ってると、やばくなるのはお前だけじゃ、済まなくなるんじゃね? このままゲーム通りに事が進まなきゃ、マジで人死にでるかもな……」
「お前ら……」
ルガルガが怒りを通り越して、呆れた様子で二人を見る。そしてしばし考え込んだ後……ルガルガはようやく、首を縦に振った。
それから1時間程して。
二人は先程立ち寄った、ルガルガの家の前にいた。屋内でしばらく騒がしい音がした後、ルガルガと父親が玄関から出てくる。
「おう来たぞ……これでいいよな?」
「皆さんありがとうございます。どうか家のボンクラ娘を、鍛えてやってください」
「何で親父が礼を言うんだ? 娘がどこの誰かも知らん奴に、連れられてくんだけど?」
そういうルガルガの装いは、先程とは大分異なっていた。
赤いベストはなく、Tシャツの上に、バイク用プロテクターのような防具を着ている。全体的に黒い胸当てと、手足には籠手・具足が装着済みだ。背中には彼女の私物なのか、かなり大きなリュックサックが背負われている。
そして彼女の右手には、一本の鉞が握られていた。下の方に突起が伸びた幅広の刃があり、取り付けられている柄は、彼女の身長に近いほど長い。
(おいおい……こんなの女の細腕で持つなんて無理だろ?)
刃の大きさからして、重さは十キロはあるかもしれない。元の世界での基準で考えれば、女どころか、屈強な男性でも、武器として振り回すことが可能なのか疑問な所だ。
「うわっ!? こらっ、ルガルガ!」
「うん?」
「人のいるところで、斧を振り回すな!」
「調子を確かめただけさ。私コントロールには自信あるから、大丈夫だよ。まあ、最近全然使ってなくて、ちょっと不安だったけど」
武器として使えるかどうかに関しては、全く問題なかった。ルガルガはその鉞を、箒のように軽々と振り回している。大した豪腕である。
ちなみにその振り回された斧は、人には当たらなかったが、玄関の柱をうっかり傷つけている。
《ルガルガ Lv35 HP 380/380 MP 144/144》
《可能装備 武器/斧・大剣・鈍器 身体 和服・洋服・和鎧・洋鎧・プロテクター》
《武器/狩猟用大斧 身体/ガルディス産プロテクター 装飾1/ 装飾2/ 装飾3/ 》
《攻撃力 861 防御力 430 魔力 56 敏捷性 9 感覚 48》
《スキル 集中 0 気功撃 12 怯みの一撃 18 山割一閃 24 大打撃 24》
《獲得経験値 0/32000》
ステータスを見終えた春明は、少し考えた後、何を思ったのか自分の首にかけていた幸運の麒麟像を取り外す。そしてそれをルガルガの前に出した。
「お前、これ首にかけてみろ」
「何だよいったい? いきなり女にプレゼントたぁ……」
「そうじゃない。これつけてりゃ、強くなれる速さが上がるんだ」
「はぁ?」
よく判らない顔をしたまま、ルガルガはその幸運の麒麟像を受け取った。そしてようやく新たに仲間を加え、出発の時が来た。




