第二十三話 気功治癒
ガキィイイイイン!
今までにない凄まじい剣戟音が発せられた。春明の日本刀一刀流と、甲冑幽霊のロングソード二刀流が、激しく打ち合い、火花を撒き散らす。
春明は小柄な身体による体力差を、機敏な動きで補う。甲冑幽霊も、あんな重そうな鎧を着ているとは思えない敏捷性で、その動きと渡り合う。両者の攻防は、現時点ほぼ互角である。
(付加効果を全開にして、やっと互角か。これはまずいわね。いずれ魔法の効果は切れるし。何度もかけ続ければ、確実にこっちの魔力が切れるわ。こうなったら……)
ハンゲツは少し離れた所で様子を見ている、ルガルガに目を向ける。彼女もその目線に気づくが、すぐに両腕をクロスして×マークをつくり、首を横に振った。
(まあ、得物のないあいつを加えても、かえって足手纏いになるわね。となると……私しかいないわね)
三本の剣がぶつかり合う金属音が鳴り響く中、ハンゲツは、今度は自分に付加魔法をかける。彼女が自分にかけたのは『マジックアップ』。
背中に〇マークのついた、三本の尻尾を持つ狐の幽霊が、ハンゲツの身体に乗り移る。それは二回繰り返し、自分の身体の魔力が、強く活性化されているのを感じ取ると、早速春明の援護にまわった。
(行けえっ!)
放ったのはお化けを召喚して攻撃させるゴーストアタック。以前石の巨人を倒したのと、同じ技だ。……というか、霊術士であるハンゲツには、これ以外に攻撃魔法を会得していない。
召喚されたお化けが、以前より勢いよく飛び、春明と剣戟を繰り返している、甲冑幽霊に突進した。
ドンッ!
「!?」
両者の激突に横やりを入れる形で、お化けの体当たりが、甲冑幽霊を弾き飛ばした。自動車事故のような衝撃を受けて、甲冑幽霊が畑の方に吹き飛び、土と野菜を薙ぎ払いながら転がっていく。畑の被害が甚大だ。
今の一発で、力を使い果たしたのか、お化けはそこで姿が透けて消えてしまった。一方の甲冑幽霊は、今ので相当なダメージを与えたはずだが、それで倒すには至らなかったようだ。土で鎧を汚れながらも、すぐに甲冑幽霊は立ち上がる。
そして今まで春明のみを攻撃対象にしていたが、今度はハンゲツに向かって、突撃した。
「どっち狙う気だ!」
春明も敵に向かって駆け出し、走り抜ける甲冑幽霊に、横から刀を一閃。だが甲冑騎士は、横薙ぎに放たれる刀を、障害物走のレールのように、飛び越えて躱す。
そして春明を無視して、ハンゲツに向けて真っ直ぐ突進する。その速さは、向こうの世界のアスリートとも渡り合えそうだ。
(やばっ!)
これにハンゲツも焦る。こうなるなら事前に自分に、スピードアップもう一発とガードアップ二発をかけておくべきだった。
そんなことを今更後悔しても遅い。即座に彼女は、もう一発ゴーストアタックを発射した。再び召喚されたお化けが、さっきと同じように、甲冑幽霊目掛けて突進する。
さっきは他と交戦中に、横から不意打ちだった。だが今回は、明確にこっちに視線を向けている。後ろから春明が追いかけるが、すぐには追いつけないようだ。
「ふごっ!?」
悲鳴を上げたのは、甲冑幽霊ではない。甲冑幽霊が走りながら、急に姿勢を低くして、お化けの突撃を躱した。いくらマジックアップで、魔法攻撃力を増強しているとはいえ、当たらなければどうということはない。
しかも標的に避けられたお化けが、勢い余って敵の後ろを追いかけた、春明に命中してしまう。春明は顔面にお化けの頭突きを喰らい、そのまま後ろに転んで、後頭部を畑の土の中に埋める。
「ひいっ!」
とうとう間合いにまで近づいた甲冑幽霊が、ハンゲツに剣を振った。ハンゲツはバックステップで回避を試みる。
最初にかけたスピードアップ一発分の効果はまだ残っているので、かろうじて避けられた。だがそれも二回まで。三回目の剣撃は避けきれなかった。
ザシュッ!
ロングソードの一本の刃が、ハンゲツの右肩に炸裂する。特殊な製法で作られたローブと、それなりにレベルがあるハンゲツの防御力のおかげか、そこまで重傷ではない。だが剣撃の衝撃は、彼女の肺と骨に、かなりの痛手を与えた。
さらに次々と亡霊甲冑は、ハンゲツに剣を叩きつけた。その一撃一撃の痛みに、ハンゲツが苦悶の表情を浮かべながら、どんどん後退させられた。
その攻撃の内の一発は、ローブの防御力の加護がない、彼女の首を狙ってきた。もしこれが当たれば、ゲームで言うクリティカルヒットに当たるダメージを受け、一発で絶命するかも知れない。
ガキィン!
かろうじて魔道杖で受け止め、これを回避する。だがこの衝撃で、ハンゲツは魔道杖を手から弾き飛ばされてしまった。
同時に身体のバランスを崩し、尻餅をついて倒れ込む。すぐ後ろには池があり、どのみち逃げ道はなかったが。
隙だらけになったハンゲツに、甲冑幽霊は右手に持ったロングソードを、頭上に高く掲げた。するとロングソードの剣身が、青いオーラに包まれて光り出した。
知識のある者ならば、それが何なのかすぐに判る。春明が持っているのと同じスキル『気功撃』である。
青い光と共に、座り込んだハンゲツ目掛けて、気功を纏った一太刀が振り下ろされる。
(くうっ!)
打つ手がないハンゲツは、左腕を盾にして防御を試みた。
ザシュッ!
一応その一撃は、彼女の脳天を切り裂くのを防ぐことはできた。だがその代わりに、ハンゲツの左腕が犠牲となる。血飛沫と共に、彼女の前腕が、ローブの袖ごと斬り落とされ、宙を待った。
腕を切断された痛みに、ハンゲツは今まで以上に苦悶した。彼女の腕の池の淵近くの水面に落ち、池を赤く濁らせる。もちろんそれで敵の攻撃が緩むはずがなく、もう一発気功撃を放とうと、ロングソードが再び青い光を放ち始めた。
「おりゃあっ!」
ハンゲツが絶望に落ちかけたその時、ようやく救いの手が現れた。追いついてきた春明が、背後から甲冑幽霊目掛けて、気功撃を一発当てた。
当てた部位は、甲冑騎士の右足の、甲冑の関節部分。幽霊だからか、血は流れ出なかったが、確かな手応えはあった。甲冑幽霊はその場で膝を落とす。
(ひゃあ!)
そのままバランスを崩し、前にいるハンゲツの方へと倒れ込みそうになる。だがその前に、春明が後ろから、鎧を掴み上げて、そのまま下手くそな背負い投げで、数メートル先まで投げ飛ばした。
大柄な鎧の身体が、数メートル先の池の岸の地面に叩きつけられて倒れ込んだ。
「こっちを狙うなって言っただろうが!」
春明は激昂し、倒れ込んだ甲冑幽霊に、次々と刀で斬り付けた。金属製の板金鎧に、渾身の力を込めた剣撃が、あちこちに叩きつけられる。
それは板金を切断するには至らないものの、内部にかなりの衝撃を与えているようで、甲冑鎧はそれらの攻撃の前に立ち上がれない。
本当ならゲームの時のように、気功撃連発で一気に片付けたいところだが、生憎この世界では、気功撃を撃つのに、事前に僅かの間の溜が必要だった。そのため敵の反撃の機会を与えたないために、とにかく通常攻撃を繰り返し続ける。
敵の板金の各部がかなり痛み、多くの凹みや傷ができあがる。敵が弱ったところを見て、春明は早速溜の時間をかけて、二度目の気功撃を撃った。
ドンッ!
青く輝く刀身が、甲冑鎧の首に炸裂した。そこはさっきも何度も刀で斬り付け、既に三割ほど、首の肉が切れている。ただし幽霊であるためか、血は流れ出ていないが。
そしてそこに止めの必殺の一撃を加えた。結果、甲冑幽霊の首が、切断され撥ね飛ばされる。池の水面に、甲冑幽霊のグレートヘルムを被った頭部が、派手な水しぶきを上げて落ちる。
やがてその落ちた所の水面と、首を切断された甲冑の胴体から、モクモクと焚き火のような煙が沸き上がってきた。
「これは?」
「中の霊体が昇天してるのよ。気にしなくていい」
やがて煙が晴れると、その甲冑がガラガラと崩れ落ちる。そこには人が甲冑を着ていた痕跡はなく、鎧のパーツの中身は空っぽであった。どうやらこれで勝利のようだ。
「これで勝ったのか? じゃあここでの亡霊イベントは終了?」
「どうかしらね……うぐっ……」
ハンゲツは未だに出血している左腕を抑えながら立ち上がる。まだ池の水面には、さっき斬り落とされた自分の腕が浮かんでいた。さっきまで様子を見ていたルガルガも、これを見て我に返って駆け寄ってきた。
「おいおい、やばいだろこれ!」
「早く接合しないと……この村の病院は……?」
「ああ、大丈夫だ。俺が治してやる」
ルガルガが大慌てで池に飛び込み、その腕を回収する。だが何故か春明が、あまり深刻に思っていない風で、ハンゲツに歩み寄ってきた。
ちなみにこの時のハンゲツのステータスは……
《ハンゲツ Lv42 HP 50/352 SP 200/400 》
HPが極端に減っている。数字とは別に、《出血》の状態異常と、攻撃力低下のバッドステータスが表示されていた。
「治すって、あんた……」
「気功治癒をかければいいだけだろ?」
そう言って春明は、ハンゲツの身体に気功治癒をかける。春明の身体から溢れる気功の光が、手から放出されて、ハンゲツの身体を包み込む。その時、驚くべき事が起こった。
「えっ? えええっ!?」
「おっ、おい!?」
治癒を受けたハンゲツと、彼女の腕を持て岸に上がってきたルガルガが、絶叫とも言える驚きの声を上げる。何が起こったのかという、失ったハンゲツの左腕が……なんと切断面から生えてきた。
まず最初に、血が流れ出ていた切断面が、気功の光で覆われた。するとその光がどんどん切断面から、手の形を沿うように広がっていく。そして広がる最初の方から、光が徐々に消えていくのだが、何と消えた部分から、失われたはずの部位の手の肌が見えてきた。
瞬く間に光は、手の形を象り、そして光が消えると、そこには無傷の手が存在している。変化はそれだけに留まらない。腕が完全に修復されると、今度は腕と一緒に斬られた、ローブの袖も一緒に修復されていく。
あっという間に、斬られたはずの腕と、さっきの戦闘で破損した衣類が、完全に元通りになっていた。
(気功治癒を二連発は、結構疲れるな……)
実はこの時、春明は気功治癒を連続して二回放っていた。ここには敵がいないので、回復に完全に集中しても問題ない。
二回分の回復であるため、ステータスを見ると、ハンゲツのHPは全快していた。
「えっ、ちょっと……何で?」
困惑するハンゲツは、左手の指を小刻みに動かしてみる。結果は完全に正常な状態で、その指を自分の意思で動かせる。特におかしな感覚とかはない。
掌を広げてみると、手相の線が、以前と全く同じ形で引かれていた。ちなみにさっき切断されたハンゲツの腕は、今も変わらず、びしょ濡れになったルガルガの手の中にある。
ハンゲツはルガルガが持っている、もう一本の自分の腕を見て愕然としている。ついでにルガルガも一緒に愕然としている。
ハンゲツは試しに、一緒に修復されたローブの袖をまくってみた。するとそれを見て、今度は春明が声を上げた。
「あ~~さすがに装備品は、一緒に生えてこないんだな」
「「へっ?」」
間抜けな声で同調した声を放つ二人。
「ルガルガ、そっちの腕に、毒避けの腕輪はまってないか?」
「えっ? 腕輪?」
確かに今生えてきた腕には、ハンゲツが装備しているはずの、毒避けの腕輪がない。ルガルガが、言われるままに切れた腕の袖を捲ると、確かにそこに腕輪がついていた。
「ああ、あった。悪いけど、それ取ってくれる?」
「あっ、ああ……」
半ば放心しながら、ルガルガは腕輪を外し、春明に渡す。そして春明は、未だに呆然として固まっているハンゲツの腕に、その腕輪をはめ直した。
そしてここになって、ようやく春明が、事態の異常さに気づいたようだ。
「ところでお前ら……さっきから何そんなに驚いてんの?」
「「当たり前だ!!」」
再び同調した二人の声は、驚きから、理不尽な事象への怒りの声へと変わっていた。




