第二十話 石の巨人
念のためにセーブをしておいて、その青い魔の卵に、いつも以上に警戒しながら近寄ってみる。するとその青い魔の卵は、普通の魔の卵と同じように弾け、魔物に姿を変えた。
それは大きな石の怪物だった。色は全体的に紫色。大きくくびれのある円柱のような形である。それは下の方が、上より膨らみが大きい。表面にはブロック作りのような、溝がある。
高さは5メートル程で、膨らんだ下部には、足があった。大きな蕪のような、太くて先の細い足である。
そして円柱のくびれの上の側面には、顔があった。顔と言っても、細い切れ込みのような穴が三つ掘られた、子供の絵のような簡素な顔だ。
そして円柱の天辺の両側に、腕がついている。顔より腕の付け根が上の方にあるというのは、また奇妙なデザインだ。その腕は少し薄めのブロックが、いくつも繋がったように伸びている。
手の部分は更に細かいブロックで、掌や指が形作られている。しかも腕は長く、手が地面の下にまでついている。その手の部分が、この図体に対してかなり大きく目立つため、石のオブジェから手が生えたという印象も受ける。
今までとは、外見も大きさも異質で、何だか強そうな印象を受ける無限魔である。ゲームでも見たような外見のモンスターに、春明は平然としているが、ハンゲツの方は少し驚いていた。
「何であれがここに?」
「知ってんのか?」
「ええ、あのタイプはこの大陸にはいない筈よ。本当はギン大諸島に………!?」
生憎解説している時間はなかった。その石の巨人は、鈍重な足を動かし、どんどんこちらに迫ってきた。
重い石製であるためか、他の無限魔と比べると、動きは鈍い方。だからといって、簡単に避けられると、余裕を出せるほどではない。間合いにまで迫ってきた石の巨人の、あの巨大な腕が振り下ろされる。
(うわわっ!?)
今までにない威圧感を味わいながらも、二人は慌ててその横にそれて、その一撃を躱す。巨大な腕が、ハエ叩きのように石床を叩きつける。石床が砕けて、地面が少し揺れる。
石の巨人が休まず、二撃目を二人に加えた。今度もさっきと同じ、腕の振り下ろし、体格とサイズ上、これ以外の攻撃方法はとれないと思われる。今回も何とか二人は避ける。春明は右に、ハンゲツは左に動いて、二人は距離を取ってその一撃を躱した。
(喰らえ!)
春明の刀が、石の巨人の足を斬り付けた。青い光を放つ気功撃だ。動きが鈍重なため、攻撃を当てるのは簡単だ。
ガキッ!
鈍い衝突音が鳴った。春明の刀は、確かに一撃を与えることはできたが、あまり効果があったように見えない。石の巨人が揺れるわけでも、その身体に深い傷がつくわけでもない。
刀は石の巨人の身体に、くいこまなかった。刃を叩いた後の部分に、小さな痣のような跡ができただけだ。そして刀の刃には、小さな刃こぼれがある。
攻撃を加えたのは、春明だけではない。ハンゲツも石の巨人目掛けて、ゴーストアタックを与えた。召喚されたお化けが、最初に石の巨人の顔に体当たりし、次に上部の底面をポカポカ叩く。
「全然効いてないわね」
だが全く効いている様子がない。お化けがどんなに殴っても、石の巨人には傷一つつかない。石の巨人はそんなお化けを無視して、ハンゲツの方に向き直る。そしてそちらに攻撃を仕掛けた。
「くうっ!」
石の巨人の大きな腕による攻撃を、バックステップを繰り返しながら、かろうじて避けていく。後ろから春明が、巨人の足に蹴りを入れたりしていたが、やはり効いておらず、逆に春明が足を痛めていた。
ハンゲツは魔道士であるため、身体能力は戦士系の春明より劣る。そのため、敵の攻撃の回避力も弱い。いくら敵の動きが鈍重とはいえ、やがて限界が訪れた。
ドンッ!
「ぐはっ!」
石の巨人の掬い上げるような平手打ちが、ハンゲツの腹に炸裂した。振り下ろしより威力は劣るだろうが、それでも魔道士の身体には、重すぎる一撃だ。
ハンゲツの身体が、ピンポン球のように跳ねながら、吹き飛んでいく。それに更に追撃を与えようと、石の巨人が突進した。
(くそっ、間に合え!)
石の巨人の後ろ側にいた春明が、石の巨人を通り抜けて、ハンゲツの方へと向かう。石の腕の攻撃範囲から離れるため、大分横に迂回した走り込みだが、石の巨人よりずっと足の速い春明は、そいつを追い越すことができた。
春明は倒れたハンゲツを抱え込んで、走り込みを続ける。ついさっきまでハンゲツが倒れていた場所に、石の巨人の大手がめり込んだ。
春明はそのまま、ハンゲツを横抱きにした状態で、敵の攻撃を避けるために走り続けた。人一人を抱えて走るなど、とんでもない重労働であるが、元の世界の一般人の身体能力を持った、今の春明ならば苦もない。
だからといって、走力の低下は避けられない。石の巨人に背を向けて走っているこの状態では、反撃など到底無理だ。
「ゲヘッ! ……このまま逃げられる? 一旦退きたいところだけど……」
口から血を吐きながら、ハンゲツが抱かれた姿勢で、春明に問いかける。外傷は見た目では酷くないが、衝撃は内臓にかなり負担を与えたはずだ。
《ハンゲツ Lv42 HP 92/352 SP 190/400 》
ステータスを見ると、HPの減りが酷い。ハンゲツは魔道士だが、装備品の性能差なのか、戦士系の春明より防御力が高かった。それでこのダメージ量である。
もし春明が、さっきの一撃を受けていたら、一体どうなっていただろうか?
この状況に一時、植物怪獣の時のように、ロードしてやり直そうかとも思ったが、すぐにやめた。
今は仲間にハンゲツがいる。あのロードは、自分以外の者も、一緒に生き返れるのか、まだ不明である。まさか実際に、死んでもらって確かめるわけにも行かない。
「多分無理だ。例え逃げ切れても、見えない壁に阻まれるだろうし……」
「見えない壁?」
「ゲームの仕様なんだよ。それよりハンゲツ、この状態で魔法を撃てるか?」
「まあ、撃てるけど……杖がないし……」
彼女はさっき吹き飛ばされたとき、魔道杖を落としてしまった。武器無しで撃てる魔法の威力など、たかが知れている。
「よし! じゃあ戻るぞ!」
「えっ!?」
何とここで春明がUターン。石の巨人の一撃が振り下ろされた直後に、大きく方向転換して、石の巨人の脇を通り抜ける。石の巨人は、反応も鈍重なのか、急に方向を曲げた春明の走行を読み切れず、うっかり逃がしてしまう。
そしてさっきまでとは真逆の方向に走り続けた。石の巨人もそれを追い、途中で倒れている無限魔の死骸を蹴散らしながら、彼らを追う。
「よし見つけた!」
走り続けて、やがて最初に戦っていた地点に戻ってきた。魔道杖は折れておらず、無事のようだ。滑り込むように手を地面に伸ばして、魔道杖を掴んで、それをハンゲツに渡す。
「それでどうすんの!?」
「あいつにスピードダウンを!」
春明はゲームの時の、あの石の巨人の攻略法を試すことにした。
あの石の巨人は、防御力・魔法防御が極端に高く、普通に戦っても、微量しかダメージを与えられず、大変な苦戦を強いられる。
そこで活躍するのが、このボス戦の少し前に仲間になる、霊術士のバッドステータス魔法である。石の巨人は、バッドステータス付加の攻撃が、100%成功するという弱点を持っていた。それで敵の戦力を落としてから倒すのが、この石の巨人の攻略法である。
ゲームの時の戦い方では、まず最初にアタックダウンで攻撃力を落とす。
ゲームの時の戦闘は、己のタフさを比べ合う殴り合い戦闘の傾向があった。互いに攻撃を与え続け、HPが少なくなったら、回復して補充する。その繰り返しで、敵のHPをガリガリ削っていく寸法だ。
アタックダウンを使って攻撃力を落とせば、こちらHPの減る速度が落ちて、その間に多くの対策ができる。
だが現実の世界であるここでは、ゲームの時とは要領が大きく違う。順番通りに敵味方の行動出番が来る、ターン制の戦闘ではないのだ。
こちらの戦闘では、敵の攻撃を受けきる耐久力よりも、攻撃を避ける回避力が重要である。さっきも記述したとおり、あの敵の攻撃は、一撃もらっただけでも大事である。
それならば攻撃力を落とすよりも、敵の動きを鈍らせるほうが大事だと、春明は考えたのだ。
もちろんゲーム時の弱点が、あの敵の場合も同じかは不明だ。ハンゲツの話しだと、バッドステータス魔法は、自分より遥かにレベルの高い敵には、まず効かないのだという。そのためハンゲツは、使っても無駄と考え、あの石の巨人にバッドステータス魔法を使わなかったのだ。
この時点で、ゲームとの違いが出ている。ゲームではそれらはほぼ確率と、あらかじめ設定されている耐性によって決まる。レベルや魔力の強さが、状態異常やバッドステータスの成功率に影響することなど、ゲームではなかった。
そのためこの戦法は、春明にとっては博打に近いものであった。
「判ったわ! えいっ!」
ハンゲツの魔道杖が光り出す。そしてゴーストアタックの時と同じように、異空間から幽霊が召喚された。ただし外見は大きく異なっていた。
それは一頭の馬であった。軍馬のような屈強そうな外見で、全身は青白く透けている。そして胴体の両脇には、赤い色で「☓」のマークが、大きく描かれていた。
その馬が、宙を走りながら、春明達を背後から追う石の巨人に突撃する。攻撃するためではない。あの石の巨人の中に入るためだ。
幽霊馬の身体が、石の巨人に頭から触れると、その頭の方から、石の巨人の身体に潜り込んだ。実体がなく、物理的干渉を受けないため、何の障害もなく、幽霊馬の全身が、石の巨人の中に入り込んでしまった。
するとどうなったか……
(効いた!?)
石の巨人の動きが、明らかにさっきよりも遅くなった。走る速さも、手を振る勢いも、確実に落ちている。
「やった! 効いてるわ!」
「もう一発だ!」
「ええっ!」
確かな手応えを感じ、嬉しそうにハンゲツがもう一発スピードダウンを放つ。幽霊馬がもう一頭現れて、またあの石の巨人に憑依した。
すると石の巨人の動きが、更に低下した。この程度の動きなら、余裕で見切り躱すことができる。
春明は走って逃げるのをやめて立ち止まる。そして鈍足になった、石の巨人の動きを、簡単に躱しながら、気功治癒でハンゲツを回復させた。
《ハンゲツ Lv42 HP 273/352 SP 150/400 》
「もう大丈夫よ、下ろして……」
今まで横抱き=お姫様抱っこ状態だったハンゲツが、彼の手から降りる。
「ちょっと惜しい気もするわね……」
「何がだ?」
「いいえ、次行くわよ」
そして杖を構えて、次の魔法を撃つ準備をする。今度の魔法はアタックダウン。身体に☓マークがついた、狼の幽霊が現れて、さっきの幽霊馬と同じように、石の巨人に憑依する。
それを更にもう一発。見た目では判りにくいが、これで敵の攻撃力は、大幅に低下したはずだ。
ドンッ!
石の巨人の大手が振り下ろされる。二人はそれを簡単に回避する。大手が石の地面を叩くが、今までのように、石床が壊れることはなかった。アタックダウンが効いたようだ。
「ようし、じゃあ次行くわよ!」
次に唱えたのは、ガードダウン。今度は☓マークのついた、亀の幽霊が現れて、石の巨人に乗り移った。それを二回やったところで、今度は魔法をかける対象を変えた。
「行くよ、春明!」
最後のSPを使い切って放たれたのは、アタックアップ。味方の攻撃力を上げる、ステータス補助の魔法だ。
今度現れたのも、アタックダウンと同じ狼の幽霊。ただしこちらは身体に記されているのは、〇マークである。その幽霊狼が、春明の身体に乗り移る。
身体に獣の力を宿した春明。その身体に、熱く強い力が沸き上がるのを感じ、春明が攻撃を仕掛けた。
「てりゃあっ!」
放たれたのは気功撃。さっきは通用しなかった技だ。だが今回は違った。石の巨人の身体が、まるで野菜のように、スッパリと切断される。それで身体のバランスを崩した石の巨人が、その場で倒れ込む。
「おっしゃ! やったれ!」
ここから先は、ほぼ楽勝と言っていいものである。春明の剣撃が、石の巨人の身体を切り刻む。ハンゲツのゴーストアタックが、その石の身体をガリガリと砕いていった。
あっという間に石の巨人は、バラバラに破壊されてしまった。




