第十九話 宝箱
すっかり日は落ち、すっかり夜になった。しかし二人は、別に暗くなって困ると言うことはない。
空は快晴で、星々や月の光が、一帯を照らしている。この世界の月は、元の世界よりも、少し大きいため、月が出ている日は、夜でも結構明るい。それにこの辺りは、都会の光がないため、星々も実に多く明るく見える。そ
れに二人は、常人よりも高い身体・感覚能力を持っているため、視力も常人以上に高い。まあだからといって、夜に出歩くのは、なるべく避けた方がいいだろう。
「思ったほど時間がかかってるわね。すっかり暗くなったわ。速く村につければいいんだけれど……」
「何ならここで野宿するか?」
「それはやめた方がいいわ。無限魔は寝ている間にだって、襲ってくるし」
ついさっき殺したばかりの無限魔の死体を通り抜け、街道の先を見たとき、何故かハンゲツが険しい表情を見せる。
「何かしらね、あれは? 村の奴が、荷物を落としたのかしら?」
「いや、あれは多分……」
彼女が見つけたものは、街道の脇に、あえて目立つようにして置いてある、不審な箱形の物体。近づいて見ると、まるで海賊が持っていそうな、宝箱であった。
黄色い縁取りに、赤い板で作られた、開閉式の赤い宝箱。それが三個、街道の脇道に沿って、綺麗に並べられている。大きさは20キロ米袋程もあるだろうか?
「多分? 何か知ってんの、あんた?」
「知ってるっていうか……まあ、これは……宝箱?」
「うん? 良く知らないけど、怪しいことこの上ないわね。見た感じ、この箱、かなり新品だし。中に爆弾でも仕込んでんじゃないの?」
完全に不審物として見ているハンゲツ。宝箱とは、ゲームでは、ダンジョンなどに設置されている、アイテム入手用のオブジェクトである。
ダンジョンに限らず、ゲームでは、山の中・遺跡の中・家の中、どんな所に宝箱にあっても、全く疑問に思われることはなかった。例えそれが、他所の家の中にあるものであっても、家屋に侵入して勝手に中の物を持っていっても、大抵の場合は何の問題も起こらない。
だが現実に、こんな所で堂々と置かれていると、確かに怪しいことこの上ない。それに今言ったハンゲツの言葉は、ゲームの仕様上の意味でも間違っていない。 宝箱の中に、トラップ入りで、開けるとモンスターになったり、毒ガスや爆弾が出てきたりするゲームもある。
(この三つ並んだ感じ、何だか覚えがあるな。そう言えばゲームで、ガルディス村に入る、少し前に、こんな感じで宝箱があったような)
普通なら忘れているであろう、随分前のプレイ履歴を、まるで昨日のように思い出す。村の名前もそうだったが、自分の異様な記憶力アップに、かなり違和感を覚えた。
ちなみにゲームの方では、ガルディス村に入る直前のフィールドは、街道ではなく森であった。まあ他所と交流のある村への道が、未整備のある森の訳がないのだが。これもまた、無理矢理現実を、ゲーム通りにしている風に感じられた。
「大丈夫だよ。今回は、トラップとかはないはずだ」
「今回は?」
「ゲームにもあったんだよ。こういうの……」
「ちょっと!?」
そう言って、春明は迷いなくその宝箱の一つを開ける。鍵穴のような物がついていたが、実際には鍵などかかっておらず、あっさり開け放つことができた。
不用心に箱を開ける彼に、ハンゲツは慌てるが、彼女が心配しているようなことは、特に起こらなかった。
内部には、一個の腕輪があった。赤金色で表面に、何らかの文字が書かれている、少し幅広の、腕輪だ。サイズを見る限り、これは女性・子供向けなのかもしれない。
「これは麻痺避けの腕輪ね。町の方じゃ、護身用によく売ってるわ。結構値は張るけど……」
「市販品なのか、これ?」
ゲームでも覚えのあるアイテムだ。これをつけると、麻痺の状態異常を防ぐことができる、対状態異常用装備である。ゲームではそのデザインが、よく判らなかったが、こんな感じだったらしい。
「ええ、私も似たようなの、今持ってるし」
そう言ってハンゲツは、自分のローブの袖を捲り上げる。すると確かに言うとおり、彼女の両腕には、隠れて見えなかった二つの腕輪が、各腕に巻かれていた。デザインは今見つけた麻痺避けの腕輪と、ほとんど同じだ。
「こっちが毒避けで、こっちが石化避けよ。見た目は同じだけど、書いている文字で違いが分かるわ。それにしても、こんなでっかい箱に隠しているのが、こんな小さい腕輪一個だけって……無駄に面積使ってるわね。箱一つに纏めた方が……て、何やってんのよ、あんた!?」
「え?」
ハンゲツを驚かせたのは、春明の取った行動。彼はこの宝箱から取った、麻痺避けの腕輪を、早速自分の上にはめたのだ。彼の手首には、鳥の羽が生えているため、少し窮屈そうだが。
「よくそんな怪しいところから出てきたもん、はめる気になれるわね……」
「まあ、ゲームじゃ普通だったからな」
二つ目に開けた箱には、ジュースのような液体が入った、三本のガラス製瓶である。牛乳瓶のような入れ物の中に、青くて薄い液体が詰まっている。
瓶の表面にはシールが貼られており、そこには日本語で『ポーション』と書かれていた。
「それ何て書いてあんの?」
「ポーションだ。ゲームじゃ回復用のアイテムだったけど、この世界じゃ、ないのか?」
「いや、まあ、あるけど」
三つ目の箱には、盾が入っていた。木の葉の形の金属製の板の裏側に、手で掴むための取っ手がついている。盾の表面には紋章などは何もついておらず、綺麗な金属の光沢が輝いている。
春明はその盾を、しげしげと見つめたが、残念そうに息を吐いた。
「もしゲームの設定通りなら……これは持ってもあまり意味ないな」
「何で? ないよりマシじゃない」
「ゲームの仕様で、俺は盾を装備できねえんだよ」
春明が今まで縁を掴んで盾を持っていたが、取っ手の方に手をかけて持ち上げてみた。ファンタジーの戦士のように、その盾を前に掲げてみるが……
カラン!
金属と石床が当たる、綺麗な音が響いた。突然盾が春明の手から離れ、街道の床に落ちたのだ。
「この通りだ。俺は盾を持てない」
「いや、あんたが離したんじゃ?」
「次はハンゲツも持ってみるか?」
言われるがままに、ハンゲツもその盾の取っ手を掴んでみる。するとハンゲツの手からも、その盾は落ちて、地面にあの金属音を鳴らした。
「ちょっと何!? 今これ、私の手からすり抜けたんだけど!?」
ハンゲツは別に、その盾から手を話し手などいない。取っ手を掴んで数秒も経たない内に、何故か取っ手が、実体を失ったように、彼女の手からすり抜けたのだ。まるで幽霊が物を掴んだようだ。
「ゲームじゃ仕様なんだよ。キャラクターには装備できる種類は、固定されてるんだ。俺とお前は、装備可能防具に盾がないから、こうなる」
「何よそれ……何の為に、そんな仕様なのよ?」
「キャラクターのイメージのためじゃないのか?」
『鶏勇者』の主人公のキャラデザインは、和風系のキャラクターだった。それが西洋の甲冑や盾を持ち歩いていたりしたら、それはキャラクターのイメージを崩すだろう。
ちなみに大概のゲームでは、キャラクターがどんな装備をしていても、表示されるキャラグラフィックや立絵に、変化が起こることはない。
春明は今まで手に入れたアイテムを、アイテムボックスに仕舞う。ウィンドウのアイテム覧に『ポーション 3』『鉄の盾 1』という新たな名前が追加された。
どうやらあの盾は、鉄の盾というシンプルな名前らしい。
「この辺りに宝箱が三つ出るのも、手に入るアイテムも、ゲームと全く同じだよ」
「ふーん。これも例のゲームマスターの仕業なわけね。面白いことするわね」
「ちなみに盾を装備できるキャラは、ここより大分後になってから仲間になるよ。ていうか盾を装備できるのって、そいつ一人しかいないんだよな」
だとしたら今手に入れたアイテムは、そのキャラクターの為の装備と言うことになる。
「でもそいつ、仲間にしたときにゃ、初期装備でさっきより、性能のいい盾を持ってるんだよな……」
だが装備できても、装備させる価値がなかった。
「え? じゃあこの宝箱の意味って何?」
「さあ……?」
ゲームをプレイしていたときは、このアイテムの存在自体、その時忘れていたので、全く気にならなかった。
だが記憶力が冴えてきた今、思い返すと何とも不思議な話しである。まあ、恐らく制作者のミスだろうけど……
「それともう一つ思いだしたことがある。ゲームじゃこの宝箱がある先に、ボスキャラが出てきた」
「ボスキャラ? ……あっ!?」
言われてみて気がついた。自分たちがいる街道の先に、何やらおかしな物が浮いていることに。
それは魔の卵だった。形や大きさは、普通の魔の卵だが、色が違う。全体が青く発光しているのだ。しかもそれは他のと違って、周囲を徘徊しておらず、街道の真ん中で黙って浮き続けている。まるでこちらが来るのを待っているかのようだ。
また今になって気づいたのだが、彼らが喋りこんで、しばらく経っているのに、さっき倒した魔の卵が復活していない。
「あからさまに怪しいわね……森を迂回して避ける?」
「やめた方がいい。多分ゲームの法則が邪魔してくる」
以前会った見えない壁を思い出し、春明はそう断言した。




