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第十八話 経験値

 無限魔の出現は、世界中に甚大な被害を与えた。一番酷いのは人的被害であるが、それに次いで大きな被害が、各所の物流の遮断でもある。

 不思議なことに、無限魔の活動地域は、町村などの人の居住範囲内には、広がらなかった。

 何だか丁寧な気遣いだな、と思ってはいけない。その範囲から出れば、無限魔は容赦なく襲ってくるのだから。それに街道や、極端に人口の少ない集落の場合、その範囲外が適用されないこともあるようだ。そのせいで、全滅してしまった集落も珍しくない。


 無限魔の活動地域に覆われてしまって、数多くの街道が使用できなくなった。鉄道なども進路を変える改造をする必要もあって、各地で大損害である。

 おかげで人や物の出入りの、麻痺・遅延が、各地で深刻化している。夕方頃になって、そんな困った状態になっている土地の一つに、二人は自ら訪れていた。


「ここから先は活動地域ね。ここを抜けると、無限魔が襲ってくるわ。そしてあんたが言った、ガルディス村に入るには、ここを通る必要があるわ」


 ハンゲツが指差す先は、彼らが立っている街道の先。途中でバリケードが張られて、封鎖されている道の先である。

 動物のオリのような、頑丈な鉄の棒の柵が、その街道の前に張られていた。最初の村で見た、森と村との境を覆っていた柵よりも、いくらかは頑丈そうである。

 そのバリケードには張り紙もあった。春明は読めないのだが、そこには「ここから先は、無限魔活動危険地域。戦闘力に自信のないものは、立ち入り禁止」と書かれている。つまり戦闘力に自身があれば、入ってもいいらしい。


「こっちの準備はいい。よし入るぞ!」

「ええ、私も遠慮なく……」


 言葉通り、本当に遠慮なく、彼らはバリケードを飛び越えた。目的地のガルディス村は、活動地域の中に閉じ込めた場所にある。そのため、どのみち活動地域を避けて、そちらに向かうことはできない。

 そして春明にとっては、今回二度目の、新しいエンカウントフィールドへの突入である。






 街道の先を進むと、やはりあの奇怪な浮遊物体=魔の卵が浮いていた。視界にある限り二つ。大分寂れた街道の上を、風船のようにふよふよと浮いている。

 こちらに一番近い位置にいる魔の卵に、二人はそろそろと進む。魔の卵が人に反応するのは、大体相手の位置から、300メートル程近づいてからである。

 その距離を、慎重に掴んで進めれば、こちらに近寄ってくる敵を、一体に絞ることができる。やがてその距離に近づいたのか、全面にいた一体が、こちらに近寄ってきた。

 その際に、春明の足下に、用意しておいた弓矢が落とされた。


(来た! ていうか前より動きが速い!?)


 魔の卵の移動速度は、最初の森で出会ったよりは、幾分か速い。正確な計測はできないが、恐らく常人だと、足で逃げるのは困難であろう。

 一定距離まで近づいて、魔の卵は早速、無限魔に変異した。現れたのは、魔の卵より遥かに超える巨体を持つ、一頭の猪である。灰色の毛並みに覆われ、鋭い2本の牙を持つ、見た目は普通の猪。だがその大きさは、雄牛ほどはある。


「プギィイイイイッ!」


 大猪が一声上げて、頭を下げた頭突きのポーズで、こちらに突進してきた。それに事前に武器を構えた二人が、即座に応戦する。


 先に攻撃を仕掛けたのは、ハンゲツの方。槍のように全面に突き出された、魔道杖の先端の宝石が光り輝く。

 するとその先に、空中に捻れたような、円形の穴が開く。そしてその穴から、何か丸い物が飛び出した。

 それは宙に浮かぶ、丸い物体。魔の卵に似てなくもないが、こちらは光がぼんやりとしていて、球体自体も少し透けている。しかも球体の形が少し変形し、大きな口と、人の眼のようなものが出てきた。

 全体の形も、何だか布を被った人のようなものになり、絵本に出てくるお化けのような姿になる。実際にこれは、冥界から召喚された、霊魂が実体化したものだ。

 それが風船のように膨らみながら、正面から突っ込む。突進の際に、後ろの方に突進の際の噴射エネルギーのようなものが、長い尻尾のように延びる。ますます絵本のお化けっぽい。

 これは《ゴーストアタック》と言って、霊術士の数少ない攻撃系魔法である。


「プゴッ!」


 ゴーストアタックのお化けの頭突きが、大猪の突進と激突する。この衝突には、双方がダメージを受けたが、大猪のほうがダメージは大きいようだ。

 突進が急停止し、猪は頭を打たれた衝撃で、身体をふらふらと揺れ動かす。それを見てお化けの方も、頭を痛そうに抱えながら、「後は任せた」とでも言うように手を振って、その場からスッと消えた。


(あれが魔法か……ゲームじゃ当然だったけど、生で見るのは初めてだな。うん?)


 何やらハンゲツがこちらを見て、何かを催促するように首を動かしている。その意図に気づいて、春明は動きが止まった猪に向かって、足を踏み込む。刀を抜き、その猪に飛びかかった。 

 彼の刀の刀身は、いつもと様子が違っていた。刀身が青い光を放っているのだ。まるで刀の形をした、光の塊に変じたようだ。


 猪にその光の一撃が炸裂した。斬撃が、猪の首から肩の部分を切り裂き、大量の血飛沫を上げた。それで致命傷を負った猪は、その場でバッタリと倒れてしまった。このエリアの最初の敵の撃破である。

 先程春明が使った技は、「気功撃」というスキルである。ゲームでは主人公が、刀・槍を装備中にのみ使用できる、近接攻撃強化技だ。


「確かに前の所より強かったけど、これなら一人ずつでも倒せたな」

「でもどうせなら、二人でやったほうがいいでしょ? 折角仲間になったんだし」

「でもSPの消費がな……」


 彼はウィンドウのステータスを見てみる。そこで自分たちの獲得経験値を確認した。


《春明  経験値 865/100000》

《ハンゲツ  経験値 20/160000》

(あれ? 思ったより、経験値の上昇が少ないな?)


 さっきの猪は、手応えからして、最初の森の敵より遥かに格上だった。だが思ったほど、獲得経験値が多くない。最初の敵の一匹分より、多少多い程度の経験値量だ。


(経験値の増える量なんて、所詮こんなものってことか? それとも二人がかりだから、経験値が分割されている?)


 このことは元のゲームでも、どうだったか覚えてない。一人で戦ったときと、仲間ができてからとで、経験値量に変化があっただろうか?

 まさか今からハンゲツと別れる訳にもいかないし、元の森に戻って確かめるのも億劫である。そのためこのまま気にせずに、次の敵に挑むことにした。

 ちなみに彼らの近くには、今倒したのとは別の猪の死体が、多くの蝿たちの天国になった状態で、何個か転がっていた。しかも街道の石版の上に、無数の薬莢と思われるものが、砂のように散らばっていた。


「なあ、ところでこの無限魔の死体は……」

「多分ガルディス村の住人の仕業ね。村の外を出入りする度に、無限魔と激しくやり合ったんでしょ」







 その後彼らは、どんどん街道の先を進んだ。奥へ進むうちに出現する、魔の卵が増えている感じである。そのため慎重に一体ずつエンカウントするというのが、難しい状態である。

 だがそれは別に問題にはならなかった。このエリアの敵は、最初の森よりは強いが、今の春明とハンゲツの二人がかりならば、苦もなく倒せる相手であった。

 このエリアに出現する無限魔は、全部で三種類。最初に戦った、巨大猪。蝙蝠のような羽根で空を飛ぶ、小悪魔風の怪人。そして青い鱗の大蛇。いずれも苦もなく倒せた。


 空を飛ぶ小悪魔達三匹を、矢で撃ち落として戦闘を終了させた後、春明は現在の取得経験値を見てみる。実は今の三匹と戦う直前にも、既に一回見ている。これで今の三匹分の、獲得経験値が判るはずだ。


(やっぱり二分割されていると見ていいかな?)


 計算してみたところ、今の小悪魔一匹分の経験値は、あの巨大蜂の二割五分増し程度の経験値であった。巨大蜂より各上のモンスターに違いないのに、経験値の上昇量が少ない。

 二分割されていたのなら、こいつらの経験値は、巨大蜂の2.5倍ということになる。

 色々と頭の中で、経験値の分散と蓄積の計算をしながら、春明は無限魔を蹴散らしながら、その先へと進んでいった。



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