第十六話 霊術士ハンゲツ
かくして村に戻ってきた二人。宿に戻り、借りていた部屋に入る。一人用の部屋に、二人が入ったため、結構狭苦しい感じだ。
そこで春明は、先程のウィンドウの事も含めて、色々と自分の身のことを話す。
「そんでこれからどうすんのよ?」
「どうするって?」
「春明がこれから何処に行くかっていうのよ。今聞いた話だと、全然これからの予定立ててないじゃない。そのゲームのシナリオ通りに動くわけ?」
「そうだな……まあそれ以外に、手はないか」
実際に本当に、それ以外の手段がなかった。どうも彼をこの世界に落とした何者かは、彼にそうしてほしいようであった。
「ふ~~ん。それでそのゲームだと、この後どこいくわけ?」
「ゲームのシナリオだと、この後記憶の手がかりを探しに、王都の方に行くんだけどな」
「パイパーね。それだと結構遠いわね。旅費とかあんの? 言っとくけど、私はお金を貸さないわよ」
「それなら大丈夫だ」
春明はハンゲツに向けて、ウィンドウ画面を見せる。そして数字が書かれたある一点を指差した。
「これって……」
「今こんだけ金持ってるっていうことだ。アイテムと同じで、金もここから召喚できる」
そこに書かれている数字を見て、愕然とするハンゲツ。そして春明の方に目をやると……
「!?」
何と抱きついてきた。いきなり背中に手を回され、彼女の胸元に春明の顔が激突する。
「あんた最高よ! こんなに可愛くて、その上、こんなに金持ってるなんてさ! あんたについてきて大正解だったわ!」
「ぶぉい、ぶぉい! ぶぁなぜ!(おいおい! 離せよ!)」
そう言って彼女は、自分のない胸に、春明の顔をうりうりとこすりつける。ちなみに二週間風呂に入っていない、彼女の抱擁は、少し臭かった……
「駄目ね、これじゃあ。王都についたら、あんたの武器と服、買い換えた方がいいわね。他の大陸にも行こうっていうなら、あんたの今の装備じゃ、色々無理とあるし」
「ああ、やっぱそうなのか?」
旅立ちの前に、持ち前の武器を確認しようと思い、ハンゲツに自分の得物を見せてみた。
刀の方は、ゲームマスターが寄越したものなので、どの程度の価値かは知らなかった。だがハンゲツがこれを見て、その辺の適当な木を試し切りして、感想を調べたところ、先程の回答が返ってきた。
「これナマクラっていうほど、酷いもんじゃないけどさ。それでも憲兵隊で、正式に使われているのと比べると、あんまり良くないわね。この弓もそうね。まあ、こんな田舎で買える武器なんて、こんなもんでしょうけど」
それは春明が来ている、白い着物も同じだという。彼の服は、錬金術による強化で、かなり丈夫にできているが、それでも正規の武装とはほど遠いとのこと。
「王都についたら、思いっきり値打ち物を買ってやりましょう。ついでに私のも、一緒にちょこっと選ぶわね。武器の値打ちの判らないあんたに、とびっきりいいのを選んで上げるから、楽しみにしてなさい」
「ありがとう。でも金払うのは俺だよな?」
その後、二人は早速宿と解約し、銭湯でひとっ風呂浴びる。そしてそのゲーム通りの冒険というものに出ることにした。
まだ時刻は11時。いちいち時間をかける理由もない。
「そんでこれから王都まで行くんだけどよ……そっちの道判る? 俺この世界の地理とか知らねえし」
村の出入り口前まで来て、春明は隣にいるハンゲツにそう問いかける。目の前にある、森の中を貫く歩道の脇には、標識のような看板が置いてある。
書かれている文字は読めなかったが、その絵から見ると、どうやら途中で道が分かれるようだ。
「大丈夫、判ってるわよ。ここから駅まで行くのに、最初の分かれ道は真っ直ぐ行って、次に右よ。途中で標識とかいっぱいあるから、別に迷うこともないわ」
どうやら彼女についていけば、問題ないようだ。だが彼女発した言葉に、意外すぎる単語が出てきた。
「駅? 駅って、もしかして鉄道があんのか?」
「当たり前でしょ? まさか歩いて王都まで行くわけでもないし」
行くつもりだった。というかゲームではそうだった。ここに来て機械技術の恩恵による、ゲームとの差異が、再び現れた。
二人は一緒に街道を歩く。街道は地面がコンクリートのような石で固められて、人が渡りやすいようになっている。途中で休憩所なども設置されていた。
その街道は森の中を切り分けて延びており、道の両側には高い木々が、壁のように生えている。街道は結構広く、そして二人以外にも、その道を進む者は結構いる。
すれ違う者達には、歩いている者、自転車で進む者、馬に乗る者、自動車等、様々な人々がいる(ちなみに自動車もゲームにはなかった)。いや人以外にも、幽霊も結構いった。面白いことに人魂となって飛んでいる者まで、しっかりこの街道に沿って移動している。
森に囲まれているせいか、途中で鹿や狸などの野生動物が、街道を横断することもあった。これには別に人々は驚かない。動物の方も、人を恐れる様子もない。それどころか、動物に餌をやる者までいた。まるでどこかの観光地である。
ちなみにこの街道は、活動範囲外であるため、無限魔は出てこない。もちろん他所では、活動範囲に入ってしまった街道も多い。
それらは閉鎖されたり、道を反らす大工事が行われたりしていた。
「にしてもさあ~~列車も街道も使わずに、森の中を突っ切るって……あんたのやってたゲームて、どんだけハードなのよ?」
「ハードって……別にあれはゲームでの仕様上だったし。それ以外にも、結構現実とは違うとこもあったし」
そのゲームをプレイしたことがないハンゲツは、それをどんなゲームと想像しているのだろうか?
「ふ~~ん、じゃあ私のことは、どんな風に出てきたのよ?」
「見た目も名前も全然違ったぜ。ゲームじゃあ、顔はもっと美人だったし、髪は長かったし、胸はでかかったし、履いてるのはズボンじゃなくて、女らしいスカートだったし」
何やらハンゲツが、不愉快そうに眉を潜めた。
「何かむかつく言い方ね、それ……。ていうか何それ? 色々突っ込みどころ、いっぱいなんだけど……」
「突っ込み所?」
今説明したのは、元の世界のフィクションでは、極々一般的な容姿である。何が変だというのか?
「一応戦いに出るような立場の女が、スカートなんて動きにくいもん、履くわけないでしょうが。髪なんて、伸ばしても邪魔なだけだし。それに他じゃ知らないけどさ、少なくとも私が前に働いてた憲兵隊じゃ、胸のある女なんて、一人もいなかったわよ。身体を鍛えてれば、無駄な脂肪は全部なくなんのよ」
「うわぁ……俺たちの世界の男の夢を、見事にぶち壊してくれるな、お前。……まあ、俺はそっちのほうがいいけど」
「うん?」
そんなこんなで二人は、戦闘なども起こらず、順調に駅までの道を進んでいった。
途中で12時を過ぎ、二人はそろそろ頃合いとみて、近くの山小屋のような休憩所に入る。そこで村の店で買っておいた、弁当を食す。
アイテムボックスから召喚しているので、実に持ち運びが楽である。木製の長方形の弁当に入っているのは、元の世界で言う、チキンライス・ハンバーグ・切った林檎、という、日本人の感覚からすると、アンバランスな組み合わせだった。
それを竹製のフォークとスプーンで食す。そんな風に物を食べながら、春明はふとハンゲツに問いかける。
「そういやお前、さっき行くとこないとか言ってたけど。家族とかいないのか? 何か訳ありだったら、すまないが」
「う~~ん、訳ありって言えばそうね。色々事情があって、実家に帰りづらいのよ」
「何かあったのか?」
もしかしたら昼ドラのような、良くない家庭の事情があるのだろうか。春明は心の中で身構える。
「王都へ行くときに、実家から金を幾らか、くすねてきたのよね。それでその金も、すぐに賭博で使っちゃったし。それで帰りづらいのよ」
「自業自得だろうが……」
何でこんな奴が、憲兵になれたんだろうと、実に不思議な話しであった。
「まあ憲兵首になったのは、今思えば逆に良かった気もするけどね。あのまま残ってたら、むかつく移民共の相手をさせられてただろうし」




