第十五話 初ダンジョン?
さて村の方で色々騒がれて、憲兵の方々から、たっぷり説教された、その翌日のこと。
春明は相変わらず森の中にいた。ただしそこはいつもの、無限魔の活動範囲内の森ではない。そこは現在、無限魔が発生しない安全地帯とされている森の中である。
その森を進むと、奥に一つの大きな建造部が見えた。
(見つけた……ここまで来るのは長かった。まあ、俺が山に篭もりすぎたせいだけど)
彼が辿り着いたのは、森の中にある、一軒の洋館である。これは以前、王都の富豪が使っていた別荘らしい。
今は手放されたのかは不明だが、もう何十年も人の出入りがなく、手入れも全くされていない。
塀の門は開いているので、あっさりと庭の中には入れた。近くで見ると、庭の中には雑草が生い茂り、壁にはツタ植物が張っている。洋館全体もすっかり汚れきっている。
この建物の様子は、ホラー映画の舞台にしても問題ないような雰囲気であった。
(さて件の霊術士はいるか? ゲームなら中で、まずアンデットと戦闘になって、そして館のトラップとモンスターを攻略して、それから霊術士とボス戦をして……)
春明は、ゲームだった頃の、ここの設定を思い出す。
まず記憶喪失の主人公は、自分の記憶の手がかりを求めて、この辺りに不審なものがないか探す。そこで主人公は、ある話しを村人から聞く。
今は誰もいないかつての領主の館に、魔物と化した特殊な幽霊が住み着いているというもの。そこにはかつて違法な実験を行い、王都から追放された女性霊術士がおり、そこでもまたかつての研究の続きをしていた。
館で主人公と出会った彼女は、一戦交えた後、色々話し合い、彼女は主人公の記憶を取り戻す度に付き添ってくれる。
そういう内容である。その女性霊術士は、元のゲームで最初に仲間になるキャラクターだ。
(でもこの館の設定からして、ゲームとは微妙に違うんだよな。その霊術士ってのは、こっちではどんな設定になってるんだ? まあ、会えば判るか)
洋館は静かだが、中には確かに人の気配がする。彼は用心しながら、館の大きな木製の扉に手をかける。
(中に入った瞬間、いきなりアンデットが襲ってくるかもな。用心しなきゃ)
彼は刀を構えながら、恐る恐るゆっくりと扉を開ける。そして中を覗く。結果として、中にはアンデットの姿はなかった。その代わり人がいた。
「……ようやく来たわね」
その人物は乾いた笑いを浮かべながら、ホールの中央階段に腰掛け、中に顔を出した春明に声をかける。
身長160センチ程で、ゲール人には一般的な、灰色の髪と褐色の肌を持っている。髪は短く切り揃えられている。彼女は茶色いベルト付きの黒いズボンを履いていた。
上には白いシャツに黒いネクタイで、その上にフード付きの黒いローブを着込んでいた。この地域の温暖な気候を考えると、随分暑苦しい装いである。
片手にはいかにもなデザインの、青い宝石の着いた杖を持っている。これは魔道杖という、見た目通りの、魔道士の魔法の威力を増幅させる力がある。
髪型と服装から、性別の判断は少し難しい。だがその細い顔つきと、さっきの声からして、この人物は女性の筈だ。年齢は二十代半ばだろうか? その身なりは、間違いなく魔道士だろう。
「おい春明……」
「はい?」
眉間を振るわせながら、彼女はいきなり初対面の春明の名を呼ぶ。
(何だ? ゲームと展開が違うぞ? 入っていきなり霊術士と会うなんてなかったし、しかも向こうは最初から俺を知ってるし……)
訳が分からないまま、春明は彼女=霊術士(?)の言葉を待つ。そして次に発せられた言葉は……
「いつまで待たすんじゃーーーー! このクソガキがーーーー!」
発せられたのは凄まじい剣幕と、大声で発せられる、身に覚えのない怒りの声であった。
「まっ、待たす!?」
「ええ、そうよ! 私がここに篭もってから、何日経ったと思ってんのよ!? この埃臭い家で、毎日毎日、いつ来てもいいようにスタンばってたのに、もしかして私置き去りかと、思ったわ! だからって金貰ってるから、勝手に帰るわけにいかないし……。おかげで村からは浮浪者扱いだし。判る? この誰もいない風呂もないボロ屋で、ずっと出られないで、閉じこもっている私の気持ち!」
「待て待て、落ち着け! 待ってたって、俺をか?」
「ええそうよ! あんたが村に来たって話しが出てからずっとよ! いくら子供だからって、流石に怒るわよ!」
ふと春明は思い出す。彼は宿で霊術士の話を聞いて以降も、彼はすぐにここには来ず、森でレベル上げをしていた。その期間は、おおよそ二週間。
それはゲームでは当たり前のことだった。ゲームでは基本的に、主人公が次の行き先に着くまで、何かが起こることはない。
今にも世界が滅びそうになっている最中、最終決戦直前に、世界中を飛び回って寄り道したり、宿屋に百回以上寝泊まりしても、特に問題はなかった。どのようなイベントも、必ず主人公が、その現場に到達するまで、運命の流れが待ってくれているのだ。
だがこの世界では違うらしい。ゲームと同じように待たせたら、そちらさんを怒らせたということだろうか?
一声上げて彼女が落ち着いたのを見て、とりあえず彼女か話しを聞いてみることにした。
「え~~~と、結局あなたは何者です?」
「私はハンゲツ・マックギウス。霊術士よ」
やはり彼女=ハンゲツは霊術士だった。ゲームの時とは、名前や容貌が大分違うが。
「ここで何してたんだ?」
「人に頼まれて、あんたを待ってたのよ。ここにあんたが来たら、適当にやり合って、あんたについて行けって」
「その人って、誰だ?」
「さあ、知らないわ。金に困って野宿してたら、いきなり話しかけてきたのよ。フードを被って鳥みたいなマスクで顔を隠した背の低い女よ。でも口調からして、子供には見えなかったけど」
何と基礎設定からして、ゲームと全然違った。別にここで魔道の研究をしているわけでもなく、本人も好きでここにいたわけじゃない。
明らかに、ゲームのイベントに合うように、意図的に配置された人物である。
「そんな変な奴の頼み、よく聞く気になったな……」
「それ、そいつからも言われたわね。“今まで、沢山の霊術士に話しかけたけど、やっと引き受けてくれる人に会えた”て、何か泣きそうな声で感謝されたわ」
「ああ……そう……」
ぶっちゃけこれには春明も呆れた。ハンゲツと雇った女、両方に対して……
「あんたここに来る前は、何やってたんだ?」
「行く当てがなくて、国のあちこちを歩き回ってたわ。何ヶ月か前は、王都で憲兵をやってたけど、もう首になったし」
「何で首に?」
「私が業務中に飲み屋に入り浸ってたり、御法度な賭博に手を出してたからじゃないの?」
「ああ……そう」
公職を追放された点は同じだが、ゲームと違って、何と小物臭い理由であろう。
春明は前にニュースで聞いた話を思い出す。何でも半年ぐらい前に、王都の憲兵隊や役所で、多くの不正や怠慢が広がっているのが判明し、大規模な人員整理が行われたと。
話を聞く限り、彼女もその人員整理にあった人物の一人なのであろう。
「ああ……うん。それはすまなかった。……そんで話しは判ったけど、俺はどうすりゃいんだ?」
「さあ? どうすりゃいいのかしら?」
2人揃って首を捻る。もうゲームのイベントとは、全然違う話になってしまっている。
「確かゲームじゃ、ここでアンデットといっぱい戦って、そんで最後にあんたと戦う設定だったけど……」
「ゲーム? よく知らないけど、確かに私が召喚した幽霊と、戦わせる手筈で、色々配置してたわ。でも何日も待たされて、疲れたから、もう解除したけど……。どうする? 最初から始める?」
「いや、やめておく……」
流石にそんな茶番をする気にはなれず、春明はやんわりと断った。
「……何ていうか、すまん。こっちも準備に時間がかかってな」
「何の準備だってのよ」
「あんたの用意したアンデットに対抗する為の訓練」
一応嘘ではない。ハンゲツはやや納得しきれていないようだったが、それ以上追及しなかった。
かくしてゲームでの初期のイベントの一つである、森の幽霊屋敷の攻略は完了した。
「よし、じゃあ行くわよ。久しぶりに風呂に入りたいし」
「うん。おおそうだな」
そして一緒に屋敷を出る2人。そして同じ道を辿り、同じく村に入り、同じ宿に向かおうとしていた。
「ちょっと聞くがハンゲツよ。もしかしてお前、俺についてきてる?」
「そうだけど?」
今になって突っ込む春明に、さも当たり前のように肯定するハンゲツ。そういやこいつ仲間キャラだったなと、春明はうっかり忘れていたことを思い出した。
「いや、どういう理由でだよ?」
「雇い主に言われたからよ。あんたについていけば、一生職探しで悩む必要はないって言われたんだだけど?」
「一生って……」
もしかしてこいつとは一蓮托生決定なのか? 春明の知らないところで、勝手に何かが取り決められている。
「どうせあんたと別れても、行くとこなんてないし。あんたは駄目だって言うわけ?」
「ああ、いや……別にいいが」
呆気にとられながら、流れに任せて肯定の言葉を発した途端。その場で突然、レベルアップの時と同じ、ラッキー音が発せられた。
《ハンゲツが仲間になりました》
「えっ、ちょっと何これ!?」
「後で説明するよ……」
突然空中に現れたウィンドウ画面に、ハンゲツは驚いている。どうやら今ので、色々決定したらしい。
春明は早速ウィンドウ画面を開くと、やはりそこには自分の自己状態の下に、新しくハンゲツが追加されていた。すぐに《ステータス》を押し、ハンゲツを選択する。
《ハンゲツ Lv42 HP 352/352 SP 400/400 》
《可能装備 武器/杖・短剣・剣 身体/和服・洋服・プロテクター》
《武器/ブルースタッフ 身体/黒い魔道ローブ 装飾1/毒避けの腕輪 装飾2/石化避けの腕輪 装飾3/ 》
《攻撃力 350 防御力 355 魔力 899 敏捷性 35 感覚 34》
《獲得経験値 0/160000》
《スキル ガードアップ 20 アタックアップ 20 マジックアップ 20 スピードアップ 20 ガードダウン 20 アタックダウン 20 マジックダウン 20 スピードダウン 20 TPアップ 40 ゴーストアタック 30 ゴーストズアタック 50》
どうやら仲間入りが決定した人物のステータスも、普通に見ることができるらしい。だが春明は、そんなことよりもっと注目したことがある。
(おいおいっ! こいつ俺よりレベルが高いんだけど!? ステータスも馬鹿高いし!)
森で戦い続け、レベルを二倍にまで上げたとき、もしかしてレベルを上げすぎたかな?などという調子のよいことを考えていた春明。だが実際の所、全くそんなところなかった。
もし村に着いてから、すぐにここに来た場合、どうなっていたのだろう? 配置されたアンデットに瞬殺されていたのでは?
「ハンゲツ……ちょっといいか?」
「うん?」
表情が一変した春明を、ハンゲツが怪訝そうに見ていたが、春明の方から彼女に恐る恐る話しかける。
「お前さっき憲兵隊にいたって言ってたよな? そこではお前、どのぐらいの強さだったんだ?」
「私の強さ? う~ん、結構微妙な所だったわね。雑魚って程でもなかったけど、別にエリートなんて言える程でもなかったし。でも足手纏いにはならない自信はあるわよ」
どうやらこの世界では、レベル40台で、並のレベルであったらしい。
「はは……そうだな。期待してる……」
彼はそう悲しげに答えるのであった。




