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てあさきゆめみし

  貴行は刀間に夏祭りへと誘われていた。

 洗い物をしている鈴へと声を掛ける。

「鈴、お祭りに行くんだけど一緒に行く?」

 手を止めて貴行の方を振り返り笑顔を見せる。

「行きます、今ですよね? 洗い物終わらせちゃいますね」

 突然良くなった鈴の機嫌を気にせずに貴行は立ち上がる。

「どこへ行くんですか?」

「ちょっと京子にも来るか聞いてくる」

 その言葉を聞いた鈴は貴行の方を向いて固まった。

 蛇口からは水が流れ続けている。

 そんな鈴の様子に気付かずに貴行は外へ出て京子の部屋をノックした。

 すでに壁へと耳を当てて話を聞いていた京子は知らない素振りをして慌しくドアを開く。

「た、貴行? な、なによ?」

「あの、これから刀間の所のお祭りに行くんだけど京子も行く?」

「しょ、しょうがいないわね、行ってあげるわよ」

 京子は腕組みをして偉そうな態度を見せるが嬉しさを隠し切れない。

「わかった、じゃあ自転車の所で待ってる」

「う、うん、わかった!」

 勢い良くドアを閉めた京子は急いで浴衣へと着替えた。

 貴行は自分の部屋へと一旦戻る。鈴を連れて行く為だ。

 部屋へ入ると鈴が冷ややかな態度で言う。

「早く行きましょう」

「な、何か怒ってる?」

「怒ってません」

 明らかに不機嫌そうな鈴に貴行は訳が分からなかった。

 鈴は、貴行とお祭りに行けると思ったのだった。

 刀間は祭神なので仕方ないとしても京子まで一緒となると少し気分が落ち込んだ。

「そ、そう? じゃあ行くよ?」

「はい」

 ドアを開けて外へ出る貴行の後ろを付いて鈴も部屋を出る。

 貴行は鍵を閉める。

「じゃあ行こう」

「はい」

 鈴は貴行が京子の部屋へ行っている間に尻尾と耳を隠していた。

 自転車置き場へ行き自転車の鍵を開けていると浴衣を着た京子が現れる。

「た、貴行」

 頬を紅潮させて袖を掴んでいた。

「浴衣って自転車乗れないよね?」

「そ、そうね」

 可愛いと言って貰いたかった京子は少ししょ気る。

「それなら私が自転車を漕ぎますよ」

 鈴が京子へと提案をした。

「私は袴なので、京子さんは後ろに乗ってください」

「あ、うん、それでお願い、ありがとう」

 京子はいつもより心無しか気が小さくなっていた。

 貴行は自分の自転車で走り、京子は鈴が漕ぐ自転車の荷台へと乗っている。

 もう昔のように痛みに耐えられない京子ではなかったが走り出してから貴行の自転車の方に乗れば良かったと後悔した。

  神社へと付くと人で賑わっていた。

 普段は無い仮設の駐輪スペースへと自転車を止めて鍵をかける。

「逸れない様に手繋ぐ?」

「ば、ばっかじゃないの!? 子ども扱いしないで!」

 京子は言ってしまった後に素直に繋いで貰えばよかったと思った。貴行と手を繋ぎたい。

 しかしもう貴行は手を引っ込めていて改めて手を繋いでと言える雰囲気ではなかった。

 サンダルを履いた足で歩き出して紺色の甚平のズボンに白いTシャツを着ている貴行の背中を鈴と京子は追いかける。

 階段を上がると拝殿へと向かう石畳沿いに出店が沢山あった。

 夜の神社に赤い提灯を下げ、明るい照明を焚き、ラジカセから大きな祭り音頭が流れている。

 金魚掬い、ゴムボール釣り、射的、たこ焼き、りんご飴、お好み焼き、焼きそば、重複している屋台がいくつかあった。

「ご、ご主人様! りんご飴! りんご飴!」

 鈴が目を輝かせてりんご飴屋台を見つめている。

「あれ食べたいの?」

 聞かれると鈴は必死な形相で何度も頷いた。

「じゃあ買ってくるから」

 貴行は鈴と京子を待たせてりんご飴を買う

「りんご飴4つください」

 一つ300円だと確認した貴行は1200円を出した。

「はい、どうぞ」

 貴行は差し出された4つのりんご飴を受け取って鈴と京子の所へ戻る。

「なんで4個?」

 京子に聞かれて貴行は鈴にりんご飴を渡しながら答える。

「刀間の分だよ」

「た、食べていいですか?」

「どうぞ」

 貴行が許可を出すと鈴はりんご飴を一心に舐めて齧り始めた。

「もうちょっと出店見てたいなら、俺一人で刀間の所に行くけど、どうする?」

「わ、私も行く」

 京子は刀間に会いたいのではなく貴行と離れたくなかった。

 そしてそれは鈴も同じ。

「私もです」

 頬に端に粘付く物を付着させている。

「じゃあまず刀間の所に来たよって挨拶に行ってから出店を回ろうか」

「そうね、それでいいと思う」

「はい」

 鈴と京子の同意を確認した貴行は拝殿の横裏へと向かう。刀間との約束の場所だった。

 歩いて行くと約束通り刀間の姿があった。

「た、たかゆ、き……?」

 一瞬喜ばせかけた声は貴行の後ろにいる鈴と京子を見て低くなる。

「刀間、こんばんは、お祭り久しぶりに来ると良いね」

「貴行」

 刀間は肩を震わせて下を向く。

「私は、お主を、祭りに呼んだのじゃ」

「だから来たんだけど」

 貴行は刀間の言っている事が分からない。

「なぜ鈴と京子までいるのじゃ! お主は本物の呆けか!!」

 一気に上げた顔の目には涙が溜まっていた。

「だ、ダメだった?」

「ダメじゃ! ダメじゃ!」

 激しく髪を振り乱して駄々を捏ねる。

「私は貴行と花火を見るんじゃ!!」

 そのあまりの乱れように京子と鈴は譲ってあげようという気持ちになる。

「じゃあ出店を回り終わったら私達は帰るから、それまで貴行貸しててよ」

「そ、そうですね、私もそれで良いです」

「ほ、本当か!?」

 驚きを露にして鈴と京子の顔を交互に見る。

「私は良き者に囲まれて幸せじゃ!」

 今度は笑顔になって貴行へと抱き付く。

「ま、まぁそういう事なら、今は離れてよ」

「うむ、そうじゃな」

 素直に貴行から離れた。

「あ、そういえばこれ、刀間の分のりんご飴」

「た、貴行が買うて来てくれたのか?」

「うん、鈴がどうしても食べたいって言うから刀間にだけ買わないのは気が引けてさ」

 刀間は少し期待させた肩をまた落とす。

「まぁ、そんな所じゃろうと思うたわ……」

 りんご飴を受け取りながら気を取り直したように言う。

「それでは出店で遊んで来い、早くせぬと花火が始まってしまうのじゃ」

 腕を組んで待つ姿勢をとる刀間を見た鈴が貴行の手を引いた。

「私、金魚掬いやりたいです」

「ちょ、ちょっと貴行は私と射的勝負するのよ」

「俺の意見も聞いてよ」

「嫌よ、時間が無いんだから」

「でも金魚掬いが先か射的が先かはご主人様に決めて貰いませんか?」

 鈴が冷静に事を判断する。

「そ、そうね、貴行、どっちがいい?」

「えっと射的の方が良いかな」

「よっし!!」

 京子はガッツポーズを取り鈴は項垂れる。

 射的の屋台へ行くと5発350円、10発500円と書かれていた。

「すいません、5発でお願いします」

 貴行のその声に京子も続く。

「わ、私も5発お願いします」

「はい、二人とも350円ね」

 貴行はお金を払ってからコルク銃とコルクの玉の入ったプラスチックの皿を受け取る。

 京子も自分でお金を払って同じ物を受け取った。

「貴行ってこういうの得意だったわよね」

「お……」

 京子の言葉が耳に入っていない貴行の目に魅力的な景品が映る。

 猫耳の巨乳美少女が水着を着た際どいフィギュアだった。

 その景品へと狙いを定めた貴行は、コッキングレバーを引き、銃口へとコルクの玉を詰め、実際には照準器のない玩具のコルク銃に照文と照星を見る。

 コッキングレバーを引くのに手子摺っていた京子は貴行の流れるような動作を見て言葉を失っている。

 貴行は猫耳美少女の頭部へと実際には無い空想の照文の間から見える照星を合わせて、最後の瞬間に呼吸を止めながら引き金を引いた。

 コルクの玉はまるで貴行の心のように真っ直ぐ猫耳少女のフィギュアへと向かい、貴行の狙い通りに頭部を弾いて落とす。

 それを確認した貴行はゆっくりと姿勢を戻し、静かに佇んだ。

 落ちた景品はすぐに拾われて小さな紙袋で包装されてから貴行へと渡された。

「どうぞ」

「あ、どうも」

 その光景を見ていた京子は自分も何か取れるという期待を強く持ち、狙う景品を選ぶ。

 京子の目に一体のテディベアが留まる。縦の長さがおよそ60センチ程度ぬいぐるみだ。

 京子はこれに狙いを定め、首の少し下を打つ。

 玉は命中して弾かれ、景品が落ちる事はなかった。

 微動だにしていない。

「京子」

「な、何よ! 次は上手くやるわよ!」

「あの、できるだけ上を狙うと良い、今の景品だったらおでこ」

 貴行は京子の体へと覆い被さるように手を取った。

「ちょ、ちょちょちょちょっと! な、何してんのよ!!」

 耳と顔を真っ赤に火照らせながら恥ずかしがる。

「こうした方が分かりやすいと思うって」

「い、いくらなんでもこれは、恥ずかしいわよ、ほら人だって見てるし」

 貴行と京子を見ている小学校低学年位の男の子と女の子の二人組みがいた。

「別にいいでしょ、兄妹なんだし、それよりほら、こうだよ」

 京子の顔の横から顔を出してできる限り京子と同じ目線になる。

「きょ、兄妹だからって、さすがに、こんなのはないわよ」

 文句を言いながらも京子は少し兄妹でよかったと心に思っていた。

「京子、そんな事よりほら、こうやって銃身の根元から先までを真っ直ぐに景品へと向けるんだよ」

「う、うん」

 京子は貴行との過度な触れ合いにのぼせてしまっていた。

「それで、この距離なら玉が下に落ち始める前に景品に当たるから、重力による誤差は考えなくて良い」

「うん」

 貴行の話を聞いていない京子は適当に引き金を引いてしまった。玉はどの景品にも当たらない。外れてしまった。

「きょ、京子、ちゃんと話聞いてる?」

「き、聞いてる」

 話を聞いていない者は決まって話を聞いているという。

 京子はその状況を体言していた。

 上の空になってしまった京子のコルク玉の残り3発を貴行が使い、テディベアを落として京子へと差し出した。

「ほら、取れた」

「あ、ありがとう」

 京子はそれを受け取りながら俯いて頬を赤くする。

 射的で遊んでいる間中待っていた鈴はもう待ち切れないとばかりに貴行へと声を掛けた。

「今度は金魚掬いですよ、早く行きましょう」

 貴行の服の裾を掴んで歩き出す。

「ひ、引っ張らないでよ」

 その後ろをぬいぐるみを抱いた京子が付いて歩く。

 金魚掬いはポイ一つで150円、ポイ2つで250円だった。

「えっと4回やります」

「はい、500円になります」

 貴行は尻ポケットから500円玉を取り出して差し出される4本のポイと交換した。

「金魚掬いするの久しぶりだな、前は何度やってもダメだったよ」

「今回はきっと上手く行きます、頑張ってください」

 貴行と鈴はしゃがみ込む。

 浮いている掬った金魚を入れるボウルを手にとって水を入れ、狙う金魚定める。

「こ、こう、かな」

 自信無さ気に水の中へと入れられたポイはすぐ破れてしまった。

「だ、だめだ、鈴やってみてよ」

 自嘲気味な笑顔を浮かべて鈴へとポイを渡す。

「は、はい」

 待ってましたというようにポイを受け取り、ボウルを用意して、水の中へとポイを入れる。

 鈴は入れただけでポイを破ってしまうという事はなかった。

 金魚の下までポイを滑らせて一気に持ち上げようとする。

 しかし薄い紙でできたポイにはそんな圧力に絶えられる耐久性は無くあっけなく破れてしまい、金魚は空いた穴をすり抜ける。

「も、もう一回です! もう一回!」

 貴行からポイを残り二つとも受け取って金魚掬いを再開したが、一度目は先程と同じミスで失敗、そして二度目はポイに金魚が乗ったが、金魚の重みと動きに耐えられずポイが破れて失敗した。

 立ち上がって貴行に慰められる。

「俺もできなかったから」

「い、一匹位、こう、上手くやりたかったんです」

 後ろから金魚掬いの様子を眺めていて少し落ち着きを取り戻していた京子が声を掛ける。

「ちょっとお腹空かない? せっかく来たんだし何か食べましょうよ」

「そうだね、俺はたこ焼きがいい」

「私もそれでお願いします」

 鈴は少しまだ落ち込んでいたが平静を取り戻しつつあった。

 貴行がたこ焼きを3人前注文していると後ろから鈴が声を掛ける。

「ご主人様、花火が始まるみたいですよ」

「あ、そ、そっか、刀間の所に行かなくちゃ」

「もうそんな時間なんだ」

 代金を支払い、パックに入れられた出来立てのたこ焼きの内二つを鈴と京子に渡す。

「じゃあ俺行くけど」

「うん、私達は飲み物でも買ってから帰る」

「そうですね、花火は家からでも見えますし」

「うん、じゃあ」

 最後に一言残して貴行は刀間の元へと向かった。

  貴行が拝殿の横裏へと付くと刀間は腕を組んで不満げに立っていた。

「遅い」

「ごめん、でも間に合ったでしょ」

「私を不安にさせおって」

「ま、まぁまぁ、せっかくなんだから早く見ようよ花火」

 刀間は貴行の言葉を聞いていないかのように歩いて社の裏へと向かう。

「ど、どこ行くの? 花火始まっちゃうよ?」

「こっちじゃ、私の取って置きの場所がある」

 社の裏の刀間の御神体が納められている本殿の来た刀間は貴行に抱き付いた。

「な、何?」

「す、少し黙っておれ」

 刀間が軽く力を込めると貴行と刀間の体は浮き上がり、屋根の上に乗った。

「ま、まさか屋根の上から見るの?」

 貴行の言葉に刀間は頷いた。

「で、でも屋根って、撥当たらないかな」

「この社は私の物じゃ、私が良いといえば良い、貴行なら、良い」

 最後の言葉を紡ぎながら少し頬を紅潮させた。

 刀間は貴行を抱いていた手を離して屋根へと腰掛け、貴行を隣へと座らせる。

 次の瞬間、大きな太鼓が目の前で力強く打たれたような胸に届く強い鼓音が響いた。

「始まったぞ」

 刀間と貴行は、夜空へと舞い上がり、一時ひとときの儚い輝きを見せてから散る、火の花を見つめた。

「今年の花火は何時にも増して美しい」

 刀間の淑やかで澄んだ純水のような瞳は空が火に輝く度にその色を映す。

 小さな手は大きな手へと重ねられていた。

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