第7話 1回目の破滅
当時、消費者金融の返済には、妙な仕組みがあった。
50万円を借りている場合、ATMに22,000円を入金すると、再び10,000円を引き出すことができた。
つまり、実質12,000円を支払っているわけだが、俺の感覚では、そのほとんどが利息だった。
毎月返済しているはずなのに、借金は一向に減らない。
最初は、金ができた時にまとめて返せばいいと思っていた。
だが、その「金ができた時」というのは、一体いつ来るのだろうか。
さすがの俺もKも、自分たちが相当やばい状況にいることに気づき始めていた。
俺の借金は約230万円。消費者金融のカードは5枚とも限度額いっぱいだった。
Kも似たような状況だった。
毎月の給料で返済を続けたところで、いつになれば借金がなくなるのか見当もつかない。
そして俺たちは、真剣に考えた。
どうすれば、この状況から抜け出せるのか。
その結果、二人が出した答えは、今考えれば何とも馬鹿げたものだった。
カジノで金を増やす。
世間の人から見れば、アホとしか思えないだろう。
ギャンブルで借金を作った人間が、その借金をギャンブルで返そうというのだから。
だが、当時の俺たちは大真面目だった。
毎月少しずつ返済するより、カジノで大きく勝って一気に返してしまえばいい。
そんな都合のいい考えに、二人とも行き着いてしまったのである。
しかし、カジノへ行くにも金がいる。
借金を返すために勝負をしたいのに、その軍資金すらない。
そんな時、またしてもKが妙な知恵を持ち出してきた。
Kはなぜか、金を工面する方法について俺よりもずっと詳しかった。
消費者金融のカードを教えてくれたのもKだったが、今度はクレジットカードのショッピング枠を使って現金を作る方法があるという。
いわゆる、ショッピング枠の現金化というやつだ。
今でこそ問題視されている方法だが、当時はどうだったのか、正直なところよく分からない。
何しろ、消費者金融が全盛期ともいえる時代だった。
街には消費者金融の看板があふれ、テレビでも金を借りることを勧めるようなコマーシャルが流れていた。
ショッピング枠の現金化を宣伝するチラシも珍しくなかった。
驚くことに、新聞の折り込み広告などにも載っていた記憶がある。
今考えれば、何とも不思議な時代だった。
もちろん、そんな方法で金を作ったところで、借金が減るわけではない。
むしろ増えるだけだ。
しかし、当時の俺たちが考えていたのは、先の返済ではなかった。
今、勝負するための金をどうやって作るか。
ただ、それだけだった。
そして俺たちは、カジノで勝つための方法を真剣に考えるようになった。
いわゆる、バカラの必勝法である。
例えば、1万円負けたら次は2万円。
それでも負けたら4万円。
負けるたびに賭け金を倍にしていけば、いつか勝った時にそれまでの負けを取り戻せる。
いわゆるマーチンゲール法というやつだ。
ほかにも、負け続けている奴を見つけて、その逆に賭ければいいのではないか。
そんなことまで考えた。
誰かが負けているということは、その反対側に賭けていれば勝っているはずだ。
理屈だけなら、いかにも正しそうに聞こえる。
しかし、そんなにうまくいくわけもなかった。
倍賭けは、負けが続けばあっという間に賭け金が膨れ上がる。
1万円、2万円、4万円、8万円、16万円。
たった5回続けて負けただけで、合計31万円の負けである。
しかも、次に必要な賭け金は32万円だ。
借金だらけの俺たちに、そんな勝負を続けられるはずもない。
負けている奴の逆に賭ける方法も同じだった。
それまで負け続けていた奴が、俺たちが逆に賭け始めた途端に勝ち出すことだってある。
結局、どんな方法を試しても思い通りにはいかなかった。
勝てば必勝法を見つけた気になり、負ければ何かが間違っていたと考える。
そして、また別の方法を探す。
そんなことの繰り返しだった。
今思えば、俺たちは勝つ方法を探していたのではない。
勝てると信じられる理由を探していただけなのかもしれない。
ところで、当時のカジノには面白い仕組みがあった。
大抵どこの店でも、10万円分のチップを買うと、1万円分のチップをサービスしてくれたのだ。
つまり、10万円を出せば11万円分のチップで勝負ができる。
最初から1万円得したようなものである。
もちろん、現金が1万円増えたわけではない。
だが、当時の俺たちには、このサービスがずいぶん魅力的に思えた。
実際、カジノには、このサービスチップだけを目当てに遊びに来る客もいた。
10万円分のチップを買い、サービスでもらった1万円分だけで勝負する。
そして、その店での遊びを切り上げると、別のカジノへ向かう。
いわゆる店のハシゴである。
当時、こうした行為を「ガジリ」と呼んでいた。
当然、俺たちも考えた。
店を何軒も回って、サービスチップだけで遊べば、少しずつ金を増やせるのではないか。
しかし、そんな地道なことが俺たちにできるはずもなかった。
そもそも、そんな細かい計算をして、欲を出さずに遊びを切り上げられる人間なら、今こんな状況にはなっていない。
少し勝てば、もっと勝ちたくなる。
負ければ、取り返したくなる。
それが俺たちだった。
結局、俺たちに足りなかったのは必勝法ではなく、勝っても負けてもやめられる自制心だったのだろう。
そして、ついに俺たちは破滅した。
借金を返すために、さらに借金を重ねる。
その金を持ってカジノへ行き、一発逆転を狙う。
負ければまた金を工面する。
そんなことを繰り返していれば、いつか限界が来るのは当然だった。
だが、不思議なことに、その限界が来るまでは、自分たちが破滅するとは本気で思っていなかった。
どこかで大きく勝てる。
いつか全部取り戻せる。
そんな根拠のない希望だけが、俺たちを動かしていた。
俺に至っては、とうとう車まで売ってしまった。
そして、その車を売って手に入れた金さえも、すべてカジノで使い果たした。
借金は限度額いっぱい。
車もなくなった。
給料が入っても返済に追われる。
もはや、まともな生活ができる状況ではなかった。
そして、ついには家賃さえ払えなくなった。
俺が選んだのは、逃げることだった。
いわゆる夜逃げである。
ギャンブルで一発当てて、借金を全部返す。
そんな夢みたいなことを考えていた人間が、最後には家賃すら払えず、自分の住んでいた部屋から逃げ出すことになった。
何とも情けない話である。
だが、これが当時の俺の現実だった。
金を増やすつもりが、最後には帰る家まで失ってしまったのだ。
そして、俺以上に悲惨な状況になったのがKだった。
Kは、とうとう薬にまで手を出してしまった。
一緒にパチンコへ行き、カジノへ通い、どうすれば勝てるのかと必勝法を考えていた男。
消費者金融のカードを俺に教え、金を工面する方法にも妙に詳しかったK。
そんなKが、いつの間にか薬にまで手を出し、やがて行方が分からなくなってしまった。
最後の方に聞いた話では、消費者金融だけではなく、闇金融にまで手を出していたらしい。
まるで漫画や映画に出てくるような世界の話である。
そんなものは、自分たちとは無縁の世界だと思っていた。
だが、気がつけば、すぐ身近にいた友人がそこまで追い詰められていたのだ。
もっとも、俺にKを責める資格などなかった。
俺だって、車を売り、家賃も払えず、夜逃げするところまで来ていたのだから。
二人で金を増やそうと考え、二人で必勝法を探し、二人でカジノに通った。
そして最後には、俺は住む所を失い、Kは姿を消した。
あの頃の俺たちは、どこで引き返せばよかったのだろう。
今ならいくらでも答えは出せる。
だが、当時の俺たちには、その答えが見えていなかった。
これが、俺の人生で最初の破滅だった。




