怪異19.狭き闇、蠢く夜(後編)
安寧のゆりかごで眠りにつく赤子を決して起こしてはならぬ。
――それは白き夜を呼び起こすのも同じだ。
ゆっくりと足を踏み込むたび、ロッカールームに敷かれたフロアマットの埃が舞う。
丸椅子に腰掛け眼前の獲物を舐めるように見定め、霜江は口角をあげる。
「な、なんですか?」
石塚はわずかに後ずさる。何が起こるのか、石塚は理解できていなかった。
椅子の上であぐらを組み、霜江は靴下を脱いでその素足をさらけ出す。
無機質な白い蛍光灯は目にも留まらぬ高速の点滅でその足裏、指先、すねを照らしていく。
男性にしては白い肌に手入れのないすね毛は彼の人柄を物語る。
「これや……俺は蟲を『飼う』こと。いや、『飼い慣らす』ことにしたんや」
蟲を飼う――
一体どういうことなのか。息を呑み、その言葉の続きを待つ。
石塚課長は述懐する。
あの人のこと、なめてたわ。と。
「蟲や……水虫やぁ。めっちゃ、かゆいんやあ……」
ぐっと足裏を見せ、足の指を開いていく。そこには、白癬菌たちにとっての楽園。暗く湿った花園が広がっていた。
窓の外に稲光が走る。
どこか近くて落ちたのか。
絶叫をかき鳴らす雷の後、雨は降り続けている。
霜江部長は水虫と共生を始めたのであった。
恐るべき真実だ。そんなくだらないことをわざわざ昼休みに呼びつけたのか。
しかし、辻褄がいった。
霜江がたまにムズムズした様子だったのはその水虫が足の指の間をぐちゅぐちゅにしていたからだったのだ。
それからというもの、霜江部長はことあるごとに石塚課長の昼休みにその秘密の花園を見せつけようとしていたらしい。
石塚課長は私と仲山課長に嘆いていた。
「あの人、メシ食いよるタイミングで靴下脱いで俺に水虫みせてくんねん。これパワハラちゃう?」
涙目で語る石塚課長に私は同情の念を禁じ得なかった。
夜は蠢く。
狭き闇の中を縫うように這いずる。
皮をはぎ取り、肉をむさぼり、飲みくだす。
生ぬるい湿気のこもった小さな暗い花園で。音もなく、ゆっくりと、白き夜が侵し掠め取る。
一人、また一人と蝕まれてゆく。怨嗟を叫ぶ声なき声は絶望と苦しみを。
憎しみの連鎖は終わらない。
その嘆き、悲しみ、怒り、憂いに立ち向かう者たち。
そして、それらをすべて嘲笑い喰い荒らす者。
暴虐の徒、彼の者の名は、
――水虫
あなたのオススメの薬はなんですか?
皆さんの会社にもこんな人はいますか?これは私が知り合いから聞いた話です。
ぜひ読者の皆さんも会社であった怖い話や面白い話を教えてください。
勝手に想像を膨らませ、ホラー、コメディ、シリアス…お好みの短編にしてみます。
ぜひ、よろしくお願いします。
※1.「自転車の魔法使い」も毎週金曜日20時に更新しています、引き続きよろしくお願いします。
※2.「鉄火、錆を削ぐ」(じゆうに大賞応募作)一部完結済みです。第二部(完結編)は2026年7月15日から再開いたしました。こちらは毎週水曜日更新予定です。あわせてご覧ください。




