第45話 マリベルの春
地上に戻り、レストランで食事する。毎回、ディートハルト様の奢りだ。俺、リーゼ、ティナは完全におまけである。コブ付きでごめんね。
マリベルとディートハルト様との会話は楽しげに進んでいる。そこに恋愛要素は何もない。戦闘の話ばっかりだ。マリベルは仕方ないとしても、ディートハルト様、それで良いのか? 俺たちは明日、エーベルシュタイン子爵領に向けて出発する予定だ。今晩がラストチャンスだよ。
「ローゼンフェルト伯爵領のダンジョンにも潜ってみたいと思っていてね」
お、ここでディートハルト様のターンだ。
「ローゼンフェルト伯爵領にも二つのダンジョンがありますの。一つは初級者向けのダンジョンで……」
マリベルはダンジョンの説明を始める。ディートハルト様の思惑に感づいているのかどうか。
「マリベル様はローゼンフェルトのダンジョンにお詳しいのですね」
「祖父がローゼンフェルトの前領主ですの」
マリベル、釣られる。
「おお、では、ローゼンフェルトのダンジョンに一度、ご一緒させていただくことはできますか? 私一人ですと、許可が下りるか不安ですし、ダンジョンに詳しい方と一緒であれば心強い」
いや、そもそもマリベルの祖父がローゼンフェルトの前領主だなんて、とっくに知ってたでしょ。
マリベルは、まあ、俺たちもだが、ディートハルト様に借りがありすぎる。ここは断りにくい。ここの食事だって、五人で一万ギルはするはずだ。
「ええ、もちろん、お互いの都合が良い時期があれば……」
◇
「ごめんね~」
「貴族同士の会話で予定が決められちゃったなら、庶民のあたしたちは文句も言えないもんね」
「ほんと、ごめんって」
結局、明後日の朝、ディートハルト様と一緒にローゼンフェルト領へ向かうことになった。ディートハルト様はたぶん、明日ローゼンフェルト領に早馬を出して根回ししたりするのだろう。
「でさ、マリベルはディートハルト様のこと、どう思ってるの?」
もしマリベルがディートハルト様に対して嫌悪感を抱いていたら、ここまですんなりとは進まないはずだ。そもそも、三日間も連続で一緒に迷宮に潜っているのである。嫌いなはずはない。
「うん、ちょっといいかな、って」
女子連中がきゃあきゃあ言っている。
マリベルは十八歳。遅すぎる春である。
◇
翌日は対ゴーレム戦のために買った装備を売り払い、そのお金でリーゼとティナの服を買う。俺とマリベルは、まあ、いいだろう。ローゼンフェルトで借りることができるはずだ。冒険者っぽい恰好から、上流庶民のいでたちとなったリーゼとティナは見違えるようだ。
「どこぞのお嬢様って感じだね」
リーゼに殴られた。
◇
翌朝、宿の前に馬車が止まる。横にアイゼンフェルト家の紋章がついている立派な馬車だ。
「準備はできたかな?」
全員同じ馬車か。二台に分かれてくれることを期待していたのだが。
さて、マリベルが先に乗り、奥に座る。次が俺なのだが、どうするか。マリベルの隣に座ると、リーゼとティナは俺たちの対面に座るだろう。そうなると、ディートハルト様は俺の横に座ることになり、俺はマリベルとディートハルト様に挟まれてしまう。
リーゼとティナが俺の隣に座る可能性に賭け、マリベルの対面に座る。
さて、リーゼは……マリベルの隣に座った。違うでしょ!
ティナは一瞬迷うとリーゼの隣に座り、ディートハルト様は俺の隣に決定した。
「リュカ君はまだ職に就いていないのか」
「はい、まだ十歳ですので」
「やはり、戦士か武闘家を目指すのかな?」
「いえ、私は闘気力が低いので、たぶん僧侶などの職になるのではないかと」
「ふむ、それも悪くないだろう。君の父上の……」
対角線で話しにくいのはわかるけど、マリベルと話しなさいよ。
途中の小休止でティナに話しかけられる。
「席をなんとかしましょう」
貴族であるマリベルと俺が先に馬車に乗り、ホストのディートハルト様が最後という順番は変えられない。そこで、次に乗るときは俺のあとにティナが乗り、調整することにした。
マリベルと俺は先程と同じ配置。ティナは計画通り、俺の隣に座った。これでリーゼがティナの隣に座れば完璧だ。
リーゼは何も考えず、マリベルの横に座った。ちゃうやろ!
ディートハルト様はリーゼの隣に座ることになった。今度はディートハルト様はマリベルに積極的に話しかける。挟まれるリーゼ。そこで反省してるが良い。
その後、座席は俺、ティナ、リーゼが一列、マリベルとディートハルト様で一列に固定された。そして二日後、何事もなくローゼンフェルト伯爵領の領都、ローゼンフェルトに到着する。
◇
「ジークハルト・フォン・ローゼンフェルト殿、この度はお忙しいところ……」
長い貴族同士の挨拶が始まる。最初にマリベルが挨拶し、今はディートハルト様が挨拶をしている。このような場では、リーゼやティナは挨拶しない。後ろで控えているだけだ。俺もそっちに入れてよ。
「ジークハルト殿、ご無沙汰しております。この度は知らせもなく、いきなりの訪問になったことをお許しください」
「リュカ君か、ずいぶん大きくなったな。訪問を歓迎するよ。ゆっくりとしていってくれたまえ」
「ご厚意に感謝します」
夕食にはルドルフ様も現れた。マリベルとディートハルト様の距離が縮まっているのが嬉しいのだろう。会話は偉い四人で進んでいく。
「ほう、我が領のダンジョンを。かまわんぞ。存分に楽しむが良い。人を出そうか?」
「いえ、このままマリベルズで行かせていただければと」
「マリベルズ?」
「いや、このパーティー名はノリでつけたのよ!」
マリベル、顔が真っ赤だ。やっぱりマリベルズは変だよね。
「いや、大変良いパーティー名かと」
そこはよいしょしなくて良いから。
◇
ローゼンフェルト領のダンジョンは、近い方は領都から半日、遠い方でも一日程度である。どちらのダンジョンもマリベルの案内でスムーズに潜れる。どちらも攻略済みのダンジョンで、近い方は十層まで、遠い方は十七層まである。これらのダンジョンには獣系の魔物も出るため、肉の供給に役立っている。
「ディー様!」
「よしきた!」
うん、すっごく息が合ってるね。
「違う、リーゼ、そっちじゃないって」
「ちょ、リュカ君、こっち来てる。なんとかして~」
こっちはぐだぐだである。
一週間ほどローゼンフェルト領に滞在した後、ヴァルクレインに戻ることとなった。ずいぶん時間がかかったものである。
ディートハルト様は自領に戻るため西に向かい、我々はヴァルクレインに戻るために南に向かう。
「次はヴァルクレインで会おう」
「はい! お待ちしています」
来るんだ。なんか、名残惜しそうだな。
◇
ここからは勝手知ったる道だ。スムーズに進み、翌週には帰り着いた。リーゼとティナとはここでお別れである。いや、久々の我が家だ。ごろ寝生活に戻るぞ。
「わたくし、ディートハルト・フォン・アイゼンフェルト様との婚姻のお話、受けようかと思いますの」
マリベルが家に帰るなり、ギルベルトとフリーデガルトにぶっ飛んだ報告をしている。
「うむ、アイゼンフェルトから早馬が来てな。話は聞いている」
初耳である。雰囲気良さそうだなとは思ってたけど。
◇
夜、マリベルと少し話す。
「私、魔法力も少しあるの」
「うん、少しだけ感じられる」
「でも、魔法使いは難しいかも。魔法力は、完全に使い切れば翌日少しだけ増えるから、魔法力を高めることはできるわ。でも、私は生活魔法の発動にすら届かない。だから、魔法力を空になるまで使うことができないの」
「巫女って、“祈り”で魔法力は空にできるみたいだよ」
「巫女と魔法使いだと、得られる中級職は司祭よ。闘者には届かない」
闘者になるためには、戦鬼と魔剣士の組み合わせである必要があるとのこと。
「それにね、私には神聖力はほとんど無い。だから、モンクには就けないから、どのみち闘者は無理なのよね」
前衛職の憧れ、闘者に就くには、戦士、武闘家、モンク、魔法使いの四つの職から二つの中級職を得て至るのが一般的だ。ちなみに、後衛職の最高位である賢者は、巫女か祈祷師、僧侶、魔法使い、モンクから至る。モンクは闘気力、魔法力、神聖力の全てがそこそこないと就けない職なので、モンクは上級職への登竜門と言われている。
「神聖力を上げる方法は無いの?」
「神を信じ、神に祈ること、って言われてるわ。でも、もういいの。闘者になれなくても、ディートハルト様と一緒になれるなら……」
マリベル、真っ赤である。
「と、とにかく。ディートハルト様も戦鬼のレベル三十を目指すのは認めてくれたわ。だから、いいの!」
はいはい、いいですよ。




