一節ブレイル・ホワイトスター19終
「――は…え?」
“少女”の名乗り。
誰よりも先に声を漏らしたのはパルであった。
当たり前だ。目の前の“少女”が自分を「死」だと名乗り始めたら誰でも同じ態度をするだろう。
それは“彼女”に正体を聞いたブレイル本人でさえ同じ気持ちだ。
“彼女”は「邪神」と忌み嫌われていた。
だから人間からすれば「悪」と呼ばれる分類の神であろうと想定はしていたが。
まさか「死」そのものを名乗ってくるとは思いもしなかった。
だが“彼女”の正体が死であるなら、傍らのリリーの怯えようにも納得が出来る。
だからブレイルは“死”に問いかける。
「――死ってお前、死神って事か?どういう意味だ」
「どういうって………いや、そのままです。死を告げる存在、人間に死を与えるもの……と言えばいいですか?………ただそれだけです……」
ブレイルの問いに死は当たり前のように答えた。
「死を告げる存在」「人間に死を与えるもの」ただそれだけだと。
――冗談じゃない。
いや、“光の神”がいるぐらいだ。“死の神”もいる可能性は大いにある。ソレは良い。
問題は先ほどの行動。
“彼女”は唐突に目の前に現れてアーノルドに死を告げた。
前振りもなく、本当に唐突に、絶対的な終わりを彼に告げた。
そして、その通りにアーノルドには死が訪れた。
“彼女”の正体を知った瞬間に、死に恐怖し、逃げ惑いながら、最後には命を奪われたのだ。
その様子を“彼女”は最後まで見届ける。助けることも無く、最後まで見届ける。
まるで、人が死にゆく姿を楽しみ、苦しんでいく姿を嘲笑うかのように。
この女は、いたずらに人に死と言う恐怖を人間に与えた訳だ。
子供の悪戯じゃない。“死の神”として、人間に一番与えてはいけない死刑宣告を与えたのだ。
「……人殺しを見るような目は止めてください」
「っ!人殺しだろう!!お前は――っ、アーノルドさんを殺しただろう!!」
“死”の言葉にブレイルは感情を抑えきれず叫ぶ。
いつの間にか“死”からは表情が消えていた。
まるで人形の様な感情一つ無い目がブレイルを見下ろし。
その顔のまま、“死”は首をかしげる。
「――……はぁ、あの、アーノルド・ヴァリーを殺したのはそちらの………男性ですが。それとも何故、彼の凶行を止めなかったのかとか、そういう事ですか?………それに関しては、ほら――……ブーメランってご存じです?」
表情一つ変えない癖に、“彼女”は当たり前にブレイル達に放つ。
しかして、その目は語っていた。
「止めなかったのはお前たちも同じだろう」――と。
ああ、それは正論だった。思わずブレイルは息を詰まらせる。
確かに“彼女”は死をアーノルドに死を告げただけだ。
アーノルドに手を掛けたのは間違いなく、そこに倒れている男。
そしてアーノルドが殺されているとき、ブレイル達は誰一人として動けなかった。
動いた時には既に遅かった。
ああ、いや。助けたと思えたのに、この“世界”では「間に合わなかった」
だから、それに気づき、分かっているからこそブレイルは口籠るしかない。
――でも、しかし“彼女”はどうだ?「死」を名乗るこの“神”は。
彼女なら、アーノルドを助けられたはずだ。
だが、もともとアーノルドに死を宣告していた“彼女”は助けるはずもない。
そもそも、あの結末を知っていた可能性だってある。
目の前で凶行が行われようと静観していたぐらいなのだから。
ああ、それならば。やはり“彼女”は人殺しだ、違いない。全て分かった上で見殺したのだから。
だから、やはり“彼女”は間違いなく人殺しなのだ――
「あー……まぁ、いいです。人殺しで……。それが楽だと言うのでしたら私は人殺しで良い――……」
変わらないブレイルの視線に言い争うのが面倒になったのか、今度は“死”はサラリと自身が人殺しだと認める。
その態度にブレイルは一瞬愕然とし、また腹が立つ。
この“少女”はたった今、言い争うのが面倒になって、仕方が無く自身を人殺しと認めたのだ。
そうにしか見えない。「ま、それでいいいや」と今夜の夕食を選ぶ感覚で
そんなモノ完全に人間の死を軽く見ている。
こんな簡単にあっさりと、この“少女”は人を見殺して来たのだ。
さっきも、今までもずっと――。
どうやって死ぬ人間を選んでいるかは分からない。それこそ気まぐれかもしれない。
そうやって、神の御心のままに、遊び感覚で彼女は人を殺してきたのだ。
いままで弱々しくどこか気にかけてしまう少女は“彼女”の演技でしかない。
人間の中に溶け込み獲物を探していたのだろう。
昨日や今日の様に、街の中を平然と歩き回って――。
「――!おい、お前さっきタナトスって名乗ったよな」
「はい。――……一応、同じ存在かなって私は思っていますので」
ふと、ブレイルは一つの事を思い出す。先ほど“彼女”は自信をタナトスと名乗った。
そう呼んでくれて構わない、と。
その名には聞き覚えがある。“医術”の屋敷でのことだ。
あの神――……アクスレオスは診察した男の刺青を見て言った。
「タナトス信者だ」と。
それはつい先ほど、アーノルドを殺し自害した男の事だ。――間違いない。
「…おまえ、自分の信者を殺したのか…。――いや、この瞬間の為に使ったのか…?」
問いかけに死は口を閉ざす。
ブレイルは思う。
あの男。ブレイルが暴漢だと判断して警吏に付き出そうとしたあの三人。
今思えば彼らは信仰する神を見つけて、声に掛けに行っただけではないか?
そうと知らずにアドニスが倒してしまったが。その後、わざわざ“彼女”が警吏に連れて行こうとするブレイルを追って来たのにも説明がつく。
信者だから、警吏に届けさせるのを止めた。
そればかりか。信者を利用して。
信者の一人を唆して、この凶行を起こしたのではないか?
――それだと全てつじつまが合う。
普通ならやらない。普通の神様だってやりはしない。
しかし“彼女”は死だ。
それもあの凶行を静観しているあたり、人間を苦しませるのが好きな分類。人間の命を軽く見ているそんな存在。
――そんな「死」であるなら、遊びと称して平然と人を玩具にするだろう。
其処まで考えて、ブレイルに言い表せない恐怖と不快感とすさまじい程の怒りがこみ上げる。
退治した魔王だってこんな悍ましい事はやらない。
改めて理解する。
――こんな存在が世界にいてはならない。
死を司り。自分の好きな時、好きなように人を殺す。そんな存在は。
ああ、まさに“邪神”そのものだ。
――ブレイルは聖剣を握りしめる。
先ほどの攻撃はあっさりと止められた。純粋な力で言えば“彼女”の方が上なのは確かだ。
しかし、もう我慢できない。相打ち覚悟で“彼女”に向かう。そう覚悟した。
側にいたパルも同じ気持ちなのか静かに立ち上がり死を睨む。
「――……リリー、逃げろ。ここは危ない」
「――!」
今からここは何より危険な場所になるだろう。ブレイルは後ろで震えるリリーに声を掛けた。
彼女の事を想うと胸が張り裂けそうだ。目の前で神の気まぐれによって父親を殺されたのだから。
父親の死体を置いていくのでさえ嫌なはずだ。
「アーノルドさんは俺達が後で連れて帰るから、早く逃げてくれ――!」
それでもと、ブレイルはリリーに叫ぶ。
何時ものようにニッと笑って、出来ない約束をする。
そんなブレイルを見上げ、リリーは唇をかみしめると、涙を流しながら立ち上がった。
小さな足音が離れていくのが分かる。
――これで良い。
ブレイルは死を見据える。
「パル!補助魔法を!」
「はい!」
ここからは勇者の戦いだ。
パルの周りに大きな魔法陣が浮かび上がる。
彼女が使う魔法の中で随一の補助魔法。
この時ばかりはパルが最後まで側にいることを選んでくれて感謝した。
さすがに一人では“神”を相手取る自信は無いが、彼女がいれば力がわく。
相打ちはもう覚悟の上、ブレイルも自分の中の魔力を使い切って最後の魔法を自身に掛ける。
すべてを掛けてでも、今ここで、この存在を倒すのだ――。
「――‴加持祈祷‴――!!――っ‴意志堅固‴」
「――‴一死報国‴!!!」
二人分の魔法が発動する。
パルの魔法は一つを自身に、もう一つをブレイルに掛ける。
‴意志堅固‴。
1つ、それは、ありとあらゆる攻撃を防ぐ、自身の周りに掛ける結界魔法。
‴加持祈祷‴
そしてブレイルに掛けたもう1つは、どんな全ての攻撃をも「無効」とする補助魔法の中でも最高位の魔法。
物理は勿論。魔法の攻撃も、呪術と言われる魔法も。時間操作と呼ばれた魔王の神術ですらこれを打ち破ることは出来なかった究極魔法。
彼女が魔法を解かない限り、これを突破することは絶対に出来ない。
‴一死報国‴
ブレイルが自身に掛けたのは「勇者」として最後に身に着けた究極魔法。
自分の能力の全てを、人間が成し得る限界以上に引き上げる。
単純で、しかし強力なモノ。
結果的に対価として自分の寿命が縮み続ける。神様だって越えられると神話に語り継がれる能力。
――魔王戦で初めて使って、以降絶対に使わないと決めた代物。
この2つを身に纏い、ブレイルは死と対峙する。
限界時間は一時間。いや、その前に二人とも魔法を酷使していたから30分も無い。
それ以上はパルの方が持たない。その僅かな時間で全てを決める。
そう決心して。ブレイルは聖剣を死へと向け、一気に飛び掛かるのだ——。
「――‴一死報国‴……」
「――な!!」
幼い声が当たり前のように、そう唱えるその瞬間まで。
――がきんと、先ほどとはあからさまに違う音が響く。
ブレイルの究極魔法を纏った一撃は先ほどと同じく細い手一本で止められた。
いや、「先ほど」と大きく違う。
聖剣の刀身を鷲掴みにする青白い手は、今度は傷一つ付いていない。
そればかりか“彼女”がブレイルの動きに着いて来られた事。それ事態が異常だ。
ブレイルの能力は先程より異常と呼べるまでに強化されたのだ。
それは勿論、敏捷も含める。
魔法の結果、音速なんて軽く超える強化をブレイルは自身に与えたのだ。
目に終えるなんてレベルは最初から超えている。
それを“彼女”は、“死”は当たり前のように見切り、受け止めた。
――神だから。受け止める事ができた…違う。
神だから、じゃない。“神”である上に“彼女”は更に強化を自身に施したから受け止められた。
それもブレイルが良く知る魔法で、能力を底上げして。
“神”と言う未知数な敵の前にブレイル達はもっと“彼女”の実力を図るべきだったのだ。
でも誰が思えようか。
自分が限界を超えてようやく手にした能力を。
こうもあっさり当たり前に使用して来るなんて。
そもそも“異世界人”である“彼女”が『此方の魔法』を使用できるなんて考えつけるはずがない。
「――うるさい、これは主に言わなかった貴方の責任、嫌ならどうぞ、頑張って抵抗してください――」
「――!」
現状に驚くブレイルに“死”は苛立ったとうに呟く。
そのまま“彼女”は聖剣を掴む手を勢いよく振り回した。
ブレイルの身体があまりに簡単にふわりと宙に浮く。
その衝撃に耐え切れず聖剣から手を離し。吹き飛ばされたと気づいたのは。
聖剣を手にした“死”が、静かにパルを見据えていた姿を確認した時。
次の瞬間ブレイルの身体は建物に叩きつけられる。
ガラガラと後ろの建物は崩れ、上がる土煙。
そんな中で“死”は迷うことなく愕然としているパルへと近づいてく。
勇者にしか扱えないはずの聖剣を、手の中でギラギラと輝かせて。
結界の前で“死”は止まった。
「じゃま」
そう、一言。
子供がただ棒切れで遊ぶように。聖剣を、簡単に振り上げて振り下ろす。
ただ、それだけ。
それだけでパルの結界は当たり前のように砕け散り、同時にパルの右腕がはじけ飛んだ。
何が起こったとか、理解なんてできない。
なんで聖剣を扱えたとか、なんで結界が破られたとか。
それ以前に距離がおかしい。
“死”とパルの間には結界を挟んでそれなりに距離があった。
少なくとも聖剣の刀身の長さで届く距離じゃない。
それなのに、なぜかパルの腕が弾け飛んだのだ。
――ああ、でも……今は理解する暇なんてない。
「あああああああああ!!!」
襲ってきた痛みにパルは絶叫を上げた。
無くなった腕を押さえて、ただひたすらに叫びをあげる。
そんな少女を前に、“死”はクルリと身体を後ろに向けると、聖剣を振る。
よく切れるナイフ――なんて表すべきか。
その切っ先は魚の腹を裂くようにバッサリと、飛び掛かってきたブレイルの身体を引き裂いたのだ。
「…武器無いのに飛び掛かってくるのは悪手では?」
なんて、“死”は酷く怪訝そうな表情を浮かべながら。
「ぐ、あああ――」
「さっきから煩い」
音を立てて“死”の足元に倒れ込んだブレイル。
彼がパルと同じように痛みから声を上げようとすれば、鬱陶しいと言わんばかりに死はその喉元を一気に踏みつけた。
ブレイルの口から声にならない音が漏れる。
「――ぶれ…」
「お前も煩い」
必死にブレイルに手を伸ばすパル。
“死”はそれさえ許さなかった。
次の瞬間にはパルの首から勢いよく血が噴き出る。
切られたと気づいた事には、もう遅い。
小さなパルの身体は倒れ込む。
残った小さな手で、ただ必死で血が流れる首元を押さえ。
今にも、消え去りそうな微かな息を漏らすだけと物なった。
ブレイルに掛かっていたパルの魔法が完全に消え去る。
「――ぱ、る」
そんな彼女にブレイルも必死に手を伸ばそうとする。
その腕を銀色の剣は容赦なく切り裂く。
勿論「叫び」なんて“死”は許してくれない。首元の足が只重くなり、息を吸うのでさえ困難になった。
――それで、終わりだ。
そう、それで、彼の戦いは終わったのだ。
ブレイルは必死に残った手でもがいたが、“死”はビクともしない。
むしろ抵抗がウザかったらしい、もう一本の腕も身体から切り離される。
もう戦うどころか、抵抗一つできない状態へと変わり果てることになった。
決死の覚悟で挑んだ戦い、たぶん3分ほどしかたっていない。
ただその僅かな時間で。
勇者ブレイルの敗北は決定したのだ――。
息も絶え絶えで、かすみ始めた視線の中、黒い“少女”の目だけが何故かはっきりと分かった。
真っ黒な瞳、何処までも黒い暗い瞳。
ただ無表情で、無感情で、見下ろす。死の瞳。
“死”は最後に聖剣を振り上げる。
相変わらず、場違いな幼い静かな声が響く。
「ブレイルさん。言い忘れてました。――今度からは私の邪魔はしないでください。それから――」
――私の事は神と呼ばないでくださいね?
嗚呼、それが。
ブレイルが最後に聞いた言葉となった――。
『まさか、ほんとうに、かてるとおもったの?』




