そして歯車は狂い出す② sideフレアルド 過去編
あれから間もなくしてガイアス様……いや、ガイアスの失踪と、新たな魔王の誕生が同時に発表された。
国内はしばらく騒然としていたが、新たな魔王……クロム様の強さはやはり尋常ではなかった。
当然納得がいかない者も多くいたんだが、異を唱えるために、腕に自信のある奴らが魔王城へと押し寄せ戦いを挑んできたのだが、クロム様はそれをことごとくねじ伏せたのだ。
それがしばらく続いたんだが、遂には誰も文句を言わなくなった。
その力で以て、魔王国全体にその存在を知らしめたのだ。
まあ、この俺様が大人しく従ってる時点で察せよって話だよなァ。
だがこの新たな魔王様が、ある日とんでもないことを言い始めたんだ。
「長く続く人間族との戦いを終わりにする」
「ハッ! 遂に奴らとの最終決戦てやつかァ!? 腕がなるぜ!」
「フレアルドよ……魔王様の話は最後まで聞くもんじゃぞい」
タルトムのジジイが何かわかったような口振りで俺様に文句を言ってくるが、当然聞く気はないので無視をする。
しかし……最終決戦か、最近戦いが少なくてウズウズしてきたところだ、燃える展開じゃねェか。
「以降、人間族との戦争は禁止とする。既にあちら側には話は付けてある。相手が手を出してきた場合は仕方がないが……こちらからは一切仕掛けないように徹底してくれ。仮に戦うことがあったとしても、非武装の一般市民には決して手を出すな」
「――――あ?」
続いて紡がれた言葉に、言葉を失う。
この男は何を言っているんだ?
血迷ったのか?
話は付けてあるだと?
「ハッ……おいおいクロム様よォ。何言ってるか解ってるのか? 魔族と人間族は遥か昔から戦いを続けてきたんだよ! 今さら手を取り合って仲良しゴッコかァ!?」
「――仲良くしろとまでは言わない。だが、これ以上の無駄な争いはやめるべきだと言っているんだ」
「無駄だと……! 今まで戦場で散った同胞達の死が無駄だったと言うのかァ!?」
「では聞くが、我々は何故争っている? その理由はなんだ? 本当に殺し合いをしなくてはならなかったのか?」
そう言われて、返しの言葉に詰まってしまう。
確かに、何故争いが始まったのかは知らない……人間族を憎むのは、敵として戦うのは、物心ついた時から当たり前だった……そういうものだと思っていたからだ。
「確かに最初は何らかの理由があったのかも知れない。だがそれを知る者がいるのだろうか? 少なくとも私は知らない」
俺様だって知らねェ。
いや、理由なんて考えたこともなかった。
「別に魔族側の土地が不足している訳ではないだろう? 食糧だって現状十分に自給自足出来ている。確かに……この世に生きる者同士、争うこともあるだろう。だがな……私は思ったのだ。何故数百年では済まない程の長い間、人間族と魔族は争い続けている? 何故それだけの時間があって決着がつかない?」
「それは――」
わからねェ。
言われてみれば確かに不思議だ……人間族は魔族と比較して、種族としての能力は劣っているが、厄介なことにその数だけは多い。
だからしぶといもんだと勝手に思っていたが、クロム様の言う通りここまで戦いが長期化するのはおかしい気がする。
「フレアルド、私はな……人間族と魔族以外の第三者が裏で糸を引いていると考える。奴等の思惑通りにはさせたくないんだ。だから争いを止めるために私はここに座っている」
「――――この話、オッサンとジジイは納得しているのか?」
ちらりと、その場に居合わせている他の二人に目線を向ける。
「儂は魔王様に従うだけだ」
まァそうだよな……ガルダリィのオッサンはそういう奴だったな。
魔王の……いや、この国のためになるならばどんな命令でも聞くんだろうよ。
愛国心ってんだっけか? さぞかし立派なもんなんだろうが、俺様にはよくわからねェぜ。
「同じく、反対はせんぞい。いや、むしろ賛成かのぅ」
タルトムのジジイは賛成か。
まあ見た目からして戦いには向いてなさそうだし、その方がジジイにとっては都合が良いんだろうな。
「そうか――納得はできねェが……ここは従うしかなさそうだなァ」
四天王の過半数が賛成派であるので、ここで俺様一人が反対しても結果が覆ることはない。
力でねじ伏せてやりたいところだが……悔しいことに今の俺様では手も足も出ないだろう。
こうして、人間族との間で和平協定が結ばれることとなった。
最初は冗談かと思っていたんだが……本当に現実にしやがったんだ。
どんな奇跡を起こしたのか知らねェが、本当に人間族と戦うことが無くなったんだ。
今まで戦うことで自分の価値を高めてきた俺様は、これからどうすればいい?
戦うことを取り上げられたら、何が残るというんだ?
今まで自分が信じ、築き上げてきたものが崩れ落ちるような感覚に陥る。
焦りや不満が徐々に徐々にと、自分の腹の底に積もっていくのを感じていたが、こんなつまらん時代もそう長くは続かないだろうと高を括っていたんだが……そのまま数十年の月日が過ぎた。




