そして歯車は狂い出す③ sideフレアルド 過去編
長い時が経ち、俺様はというと毎日ただひたすら鍛練に明け暮れていた。
戦う相手を失った今、いまいち物足りねェが……そうすることでしか憂さを晴らすことができなかったからだ。
四天王としての仕事もあったんだが、そんな面倒な事は全部副官に任せていた。
まァ、戦うことがなくなったんだ、それなら軍隊なんてやることもないだろうし、大した手間でもねェだろうから別に問題ないだろ。
そういや魔王クロム様も、いつの間にか王妃となる女を連れ込んでいてな。
どうもクロム様が魔王城に初めて来た時には既に居たらしいが、最近になって国民の前に顔を出すようになってな、毎日ニコニコと楽しそうにいちゃこらしてやがるよ。
……まァそんなことはどうだっていい、女を侍らすのは強い男の特権だからな。
問題はつい先日の出来事だ。
「あァ……? なんだテメェは?」
ある日呼び出されて王の間へと赴くと、見覚えの無い人影があった。
「初めまして……だな。一方的にだがお前のことはよく知っているよ。四天王の一人、『獄炎の魔将』フレアルドだな? 俺はアース。俺も今日から四天王の一人に加わったんだ、よろしく頼むよ」
外套を目深に被っていたので顔はよく見えなかったが、雰囲気からして俺様よりかなり年下だろうに、馴れ馴れしい奴だ……いや、そんなことよりこいつ……今四天王の一人になったって言ったのか?
「――あァ!? アースだァ!? そんな名前聞いたことがねェぞ!」
長らく空白だった四天王の席が埋まるのはいいんだが、こんなどこの馬の骨ともわからん奴がその座につくのは、どうも納得いかねェ。
まァ強いなら俺様としては文句はないんだが、コイツからは強者特有の覇気のようなものは感じられない。
「聞いたことがないのは……まあ、そうだろうな。魔王様に拾われて俺がここにきたのは十年以上前になるが、事情があって部屋から出たことは殆どなかったんだ」
「はァ? なんだってそんな奴が四天王に――」
「よさないかフレアルド。その判断を下したのは私だ。文句があるのなら私に言うんだな。それに、これからの時代は強さだけではなく、別の力も求められる。アースにはそれがあると判断したのだ」
クロム様がアースって野郎を気にしてか、口を挟んできた。
……あんたにそう言われちゃァ、文句も言えねェだろうが。
四天王に選ばれてからも、時間を全て鍛練に費やしてきたと言うのに、未だにこの人に届く気がしねェ。
「チッ……わかったよ」
「助かるよ、フレアルド」
そう言ってクロム様は俺様に微笑みかける。
ケッ、別に笑って欲しくて言うことを聞いたんじゃねェよ。
あんたが強いから従っているだけだ。
最初に戦ってからも、何度か手合わせをしたんだが……何度戦っても同じ結果だ。
力の差が縮まっているのかすら実感ができなくて、ほとほと嫌になるぜ。
いくら鍛えたところで、永遠に勝てないのではとすら思えてくる。
……と、この時は「まァいいか」ぐらいの気持ちで、アースって野郎が四天王に選ばれたのを納得していたんだが……それは後で後悔することになった。
あれから数年経ったが、あの野郎は四天王になった後もずっと引きこもってやがって、何かしているようには思えない。
周りの連中も最初は不信感を持っていたんだが……タルトムのジジイが引退して、代わりに四天王になったミストリカとか言う女を筆頭に、あいつの事を認める奴も増えてきた。
俺様はただ隠れて引きこもってばかりいる奴なんて、四天王として認める気はない。
日々アースの野郎に対する嫌悪感が増していたんだが……極めつきは、偶然魔王夫妻の会話を聞いてしまった事だ。
「アースか? ああ……種は――の――そうだ」
「あなた……でも――あの子には――に――って欲しいわ」
はっきりとは聞き取れなかったが、どうやらアースについて話しているようだった。
「そうだな――しかし、――成長すれ――次の魔王は――アースになる――だろう」
――――!!
途切れ途切れだったが、これだけはハッキリと聞こえた。
アースが、あの野郎が次の魔王……?
何故だ?
あいつより強いのは俺様なのに?
あいつはただ引きこもっているだけの役立たずなのに?
誰よりも敵を殺してきたのは、この俺様なのに?
俺様は毎日、強くなるため……魔王になるために鍛えてきたんだ、それがなんだ? ただ魔王様に拾われてきたガキが四天王……あげくは魔王だと……? 今までの努力は無駄だったのか?
わからない。わからない。わからない。わからない――
許せない。許せない。許せない。許せない――
それからというもの、俺様はドラグニルを握ることすら無くなった。
代わりに、アースと顔を会わせるたび罵倒を浴びせ、副官が退役しちまったんで、奴がやっていた雑用を全部押し付けてやったり、時にはあいつが部屋から出ないのをいいことに、あらぬ噂を流したりもした。
もはやそうすることでしか、不満が解消されなくなっていたのだ。
あいつに自分の立場ってやつを理解らせてやらなければならない。
そんな陰鬱とした現状が続いていたんだが、ある日俺様宛に一通の手紙が届いた。
驚くべき事に送り主は人間族だった。
「フン……とうとう手紙のやり取りをするほど平和ボケしたか……」
愚痴を溢しつつも、手紙を手に取る。
今までなら一読もせずに、人間族からの手紙なんぞその場で燃やし尽くしてしまうところだったんだが……気まぐれに中身を確認することにした。
「――ッ!!」
その中身を読んで驚愕した。
いや、もしかしたら嬉しかったのかもしれねェ。
そこには、クロム様暗殺の計画を企てていること、その協力者として俺様が相応しいだとか……そんなことが記されていた。
魔王が殺されれば再び戦争になるだろう。
そうなれば俺様が魔王に一番近い男となるのは間違いない。
人間族にも戦いを欲している奴がいたのだと思うと、不思議と気分が晴れたような気がした。
そして、ある一文を見たとき、自分でも抑えられないぐらいに、口元が歪んでしまう。
・要注意人物『四天王アース』
非常に危険な存在の可能性有り。故に抹殺を推奨
「フハッ……ハーッハッハ! アースの野郎……人間族にも嫌われてやがるな! いいぜ……どこの誰だかわからねェのが少し気に入らねェが、乗ってやるよ!」
ただブッ殺すだけならいつでもできるんだが、名ばかりとは言え奴も四天王の一人だ。それをしたら俺様の立場が危ぶまれる。
気に食わない奴をブッ殺し、魔王の座に近づけるチャンスだ。
現状を打破するために、取引相手が人間族だとしても断る理由なんてなかった。
まァ俺様より強いクロム様を簡単に殺せるとは思わないが……手紙の主が暗殺に失敗したとしても、最悪アースの野郎を地獄に落とすまでの時間稼ぎをしてくれればいい。
「あァ……あいつの絶望する顔が早く拝みてェなァ……」
ここしばらくの間で最も気が晴れた俺様は、早速返事の手紙をしたため始めたのだった。




