魔王軍のその後⑤ sideフレアルド
連戦に次ぐ連戦で、フレアルド率いる魔王軍の陸軍部隊は疲弊しきっていた。
ここしばらくは膠着状態が続き、アース不在の影響で物資もろくに補充できず、心身ともに疲れきった陸軍部隊が敗北するのは、もはや時間の問題とも言える状態であった。
他の四天王率いる部隊はフレアルドが各拠点を制圧後に合流する算段であったが、一向に侵攻が進まなかったので、一度体勢を整えるために続々とサタノキア魔王国に撤退していた。
それはフレアルド率いる陸軍部隊も例外ではなく、現在はフレアルドも含めた精鋭のみで構成された本隊、竜人族の戦士30名の部隊『滅戯竜隊』を残すのみで、他の部隊は負傷や飢えなどの理由で戦線を離脱していた。
「クッ! このままじゃ敗戦の将の汚名を着せられることになる……! こうなったら無理を承知で、滅戯竜隊で帝都まで突っ込んで皇帝の首を取るしか方法はねェか……」
制圧した帝国軍の拠点の中で、フレアルドはこの敗北寸前の現状に焦りを見せた。
しかし、いくら作戦を考えても思い付くのは捨て身の特攻ぐらいなもので、とても現実的とは言えない。
もっとも、フレアルド率いる陸軍の今までの戦闘のほぼ全てが、戦略と呼べるようなものは用いらずに、ただただ正面から攻めるのみであった。
しっかりとした戦略を練り、それを指示実行できる能力か、その能力を持つ他者の意見を取り込める器量がフレアルドにあれば、きっと結果は違ったものになっただろうが、今となっては後の祭りだ。
「フレアルド将軍、失礼致します」
苛立ちを見せるフレアルドの前に、一人の男が声をかけた。
「あァ!? ……なんだ、お前か。ゴラウン」
その男は、『滅戯竜隊』の部隊長を務める竜人族の戦士、ゴラウンであった。
ゴラウンは、フレアルド程ではないが大きな体格に、極限まで鍛えられたであろう引き締まった筋肉の鎧を纏っている。
更には顔や体にいくつもの傷痕があり、今まで様々な戦場を潜り抜けてきたであろうことが想像できる。
事実、先代魔王の時代から戦い続けてきた歴戦の勇士であり、その実力からフレアルドも一目置いている男だ。
「フレアルド将軍、此度の戦は我が軍の敗北です。ここは一旦退いて体勢を整えましょう。これ以上の進軍は敵に囲まれてしまう恐れがあります」
「なァに言ってやがる! この俺様が! ここまで来ておいて! 大した戦果も上げられずに、おめおめと本国へ帰れと言うのかァ!?」
「……ですが、我が隊の面々も限界が近い。食糧も足りなければ薬もない。いかに我が隊が強者揃いだとしても、本来の実力が発揮出来なければ意味がないんです! 隊を預かる者として、彼らを今の状態で戦わせることは容認できません!」
精鋭のみを集めた部隊ではあったが、彼らとて食事を摂らなければ活力も湧かないし、戦い続ければ疲労だって溜まる。
人間族に比べ強靭な肉体を持つ魔族であったが、それにも限度はあるのだ。
ゴラウン程の人望がある部隊長の反対を押しきると士気に関わる。
そこでフレアルドは一つの結論へと至る。
「――――わかった。なら手近な街を襲撃し、物資を略奪するぞ」
「――!? それはなりません! 魔王様の定めた掟により民間人への侵略行為は禁止されています!」
魔王が万が一争いになった場合に、禍根を残すことを極力避けるようにと定めた掟で、軍を持たない民間人の住む街や集落等への侵略行為は禁止されていた。
フレアルド含む魔王軍は、今までそれを守り、軍事拠点のみを制圧してきたため、制圧した拠点で備蓄されていた食糧などを略奪してもせいぜい数日持つ程度だった。
しかし、人々が生活する街ならば食糧も豊富にあるだろうと予想したフレアルドは、窮地に立たされたこともあり、手段を選ばずに掟を破り、民間人を襲う腹積もりであった。
「食糧も薬も足りないと言ったのは貴様だぞ? ゴラウン。俺様がどうにかしてやろうって言うんだ。黙って従えばいィんだよ……!」
「しかし……魔王様がいらっしゃったら決してそんなことお許しになりません! どうかお考え直しください!」
「あのなァ……もういないヤツの言うことを聞く必要なんてあるか? つーか最初からやっとけばよかったんだよ。そしたらもっと楽勝だったのになァ!? ゴラウンよォ!? 」
フレアルドのあまりにもの気迫に、歴戦の勇士であるゴラウンでさえも気圧されてしまう。
「いえ、しかし……!」
「ふん、いいか? これ以上俺様の決定に逆らうのなら、反逆罪で貴様の家族もろとも死罪だぞ!? それでもいいのか!」
「くっ……了解……しました」
フレアルドの言い分は横暴なものであったが、事実としてそれが出来るだけの力と権力を彼は持っているのだ。
自分だけならまだしも、家族のことを持ち出されてはゴラウンはフレアルドの言葉に従う他はない。
「さァて……早速手近なところを襲撃してやろうか。まずは食糧か……その辺の農村なんて戦力と呼べるほどのものはねェだろうし、楽勝だな」
フレアルドが地図を広げながら次の標的を探していると、何者かがそこに駆け込んできた。




