舞踏=武闘
「――悪いが、ここで幕引きとさせてもらう。この舞台にはあんたじゃ些か役不足だ、ご退場願おう」
「なっ!?」
まるで舞台の一幕であるかのように錯覚させる程ごく自然なタイミングで、アースはエレミアを振り回していた男と位置を入れ替わる。
「――――アース!」
「すまないエレミア。勝手な真似をしたかもしれないが……見ていられなくてな」
「いいのよ、あの人明らかにマナー違反だったもの。従者が止めに入ったとしても周りからのお咎めはないはずよ。……でも、できればもうちょっと早く来てほしかったなって」
エレミアはすっかり安心しきった表情で、密着するほど近付いたアースの胸に手を置き、上目遣いにそう呟く。
「む……確かにこの後他の男の相手をするのも億劫だろうな。お詫びに俺が一曲付き合おう。安心してくれ、きちんとリードする」
アースはそう言ってエレミアの前に跪き、その手を取り自らの額に手の甲を当てる。
「――えっ? えっ!? アース……!?」
「さあ、いくぞ」
すっと立ち上がったアースはエレミアのもう片方の手を取り、軽快な曲調に合わせてステップを踏み始める。
すると、知らないダンスにも関わらずエレミアの体が自然に動き出す。
(――すごい! アースは何も喋ってないのに、次にどう動いたらいいのかがわかる……! それに、体が軽い……? アースが私の動きを補助してくれているの……?)
初めての感覚にエレミアは感動を覚える。
先程までの力任せに振り回される自分本意のダンスに対し、アースが自分のことを尊重した上で動きを助長し、導いてくれているのを感じるからだ。
二人のダンスは見るものを強く惹き付ける美しさで、他の参加者が霞む程の存在感を放っていた。
例えるのであれば、ドレスの赤と白が混ざりあい、桃色の花びらが舞い踊るような錯覚を見る者に与えた。
アースのリードが優れているのもあるが、エレミアがアースに対して全幅の信頼を置き、全身を預けているからこそ体現できているのだった。
先程まで悪目立ちしていたが、今度は逆に会場全体から称賛の目を集めている。
食事をしていた者はナイフとフォークを置き、踊っていた者は足を止め、アースに追い払われた男までもが二人のダンスに見入っていた。
その時この場で手を動かしていたのは楽団の演奏者だけであった。
逆に音楽家として二人のダンスに刺激を受けたのか、演奏にも熱が入り、激しくなりつつある。
アースもそれに負けじと気合いを入れようとしたその時、余裕が出てきたのか、エレミアからアースにだけ届く声量で話しかけれた。
「アース、凄いわね……こんなにダンスが得意だったなんて知らなかったわ。いったいどこでダンスの練習をしてたの?」
「ん? ああ、幼い頃父から武術を教わる時に一緒に学んだんだ。何でも『舞踏は武闘に通ずる。学んでおいて損はない』だそうだ」
ダンスを続けながらも、アースはエレミアの質問に返答する。
「へえ、そうなの?」
「ああ、重心の動かし方なんかは、かなり勉強になるぞ」
「ふーん。――ねえ、アース……」
自分で聞いておきながら、武の道を早々に諦めたエレミアにとって大して興味は惹かれなかったようだった。
それよりも、アースと共有したい気持ちがあることを伝えたいという想いが勝っていた。
「なんだ?」
「――楽しいねっ!」
「ふっ……ああ、そうだな」
子供のように無邪気に笑うエレミアを見て、アースにもその感情が伝播する。
アースと同じくそれを見る周囲の人間にもその気持ちが伝わったようで、皆自然と笑みをこぼしていた。
やがて曲が終わりな二人が動きを止めると、会場から拍手の嵐が降り注ぐ。
「……少々目立ちすぎたか?」
「ふふっ、そうね。後はエドモンド様にご挨拶してお暇しましょうか」
「了解した。とりあえずほとぼりが覚めるまでは一旦外に出るか」
二人は深くお辞儀をした後、一旦外に出るために出口の方へと振り向いた。
すると、エレミアを無理矢理連れ出した男が、はっと我に返りエレミアの肩へと手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと待つのだ! まだ話は――」
アースがそれを許すわけもなく、男の手首を掴みエレミアに触れることを拒む。
「――まだ、何か?」
「なっ!? 大体お前のような下人が、貴族である俺に対して失礼な口を――ぐっ! 腕が……動かない……!?」
男がいくら力を込めようとも、アースに掴まれた腕はその場をぴくりとも動かせないでいた。
今まで大抵のことは力で押し通してきた男にとって、それが全く通用しない相手など、恐怖でしかない。
どう足掻いてもこの男の足元にも及ばない、そう理解した男は全身から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「では、失礼する……します。エレミア……お嬢様を休憩させねばなりませんので」
締まらない言葉を残し、二人は一旦会場の外へと出る。
二人の去った会場では、先の素晴らしいダンスの話題で持ちきりだった。
エレミアに対してアピールをしていた者達も、先程の光景を目の当たりにしては、さすがに後を追うことを躊躇っていた。
ただ、一人の男を除いては。
「フヒヒッ! やっぱりあの女、良いな……! 他の令嬢どもはハズレだったし、どんな手を使ってでも僕の物にしてあげるよ……フヒヒヒヒッ!」




